夜勤
雄哉は美咲を連れて、行きつけの食事処へ行く。
少しピークを過ぎたせいか、店内は席が空いているところがちらほらと見えた。
いつもならばカウンターを選ぶが、今日はテーブル席だ。向かいに美咲を座らせると、雄哉はいつものように店員に声をかけた。
「すいませーん。飯食いたいんだけど」
「うおっ!? あぁユーヤか、いらっしゃい!」
ビクッ! と大きく肩を跳ね上げた店員は、すぐさま声の正体が雄哉だと気付いて注文を取りに向かう。
赤い髪に少し茶色が混ざった短髪が特徴の爽やかな男である。毎日のように来店しているというのもあるが、冒険者としての依頼で何度か店の手伝いをしたこともあり、顔見知りだった。ちなみに名前はヒュージといい、歳は18らしい。雄哉からすれば、学校の気さくな先輩という感じだった。
「今日はちと遅かったな。ていうか、いい加減に気配を消して来店するのやめてくれないか?」
「そのつもりは一切ないんだが。俺ってそんなに影薄いのか……?」
「自覚なしかよ。っと、その子は? ずいぶんとひでぇ格好してるけど」
「……まぁ、色々あってな。一緒に暮らすことになった」
奴隷として買ったことは隠すことにした。
レーテ商店にいた他の二人は買われる際に首輪を付けたままだったが、雄哉はそれを外してしまっている。結果、美咲は見た目で奴隷と判断できなくなっているのである。
それに、雄哉は美咲を奴隷として扱うつもりは一切なかった。
「深くは突っ込まないでやるよ。あんた、名前は?」
「……」
何も答えない美咲。紙と鉛筆を置いてきたらしく、会話ができないのだ。
すぐさま雄哉が助け船を出す。
「すまん、訳ありでな。声が出ないらしいんだ。今は筆談でどうにかしてる。名前は美咲」
「ふうん? ミサキちゃんね、覚えとく。んで、注文はどうするよ」
「一番安いの二つで」
「そりゃまたどうして?」
「冒険者ランクが上がってな。武器を買ったら貯金が吹き飛んだ」
「なんだよめでたいじゃねーか。俺がツケといてやるから、うまい飯をたらふく食いやがれ」
「いいのか?」
「そのうち指名依頼だして、タダ働きさせてやるよ」
「そりゃ怖い」
「ハッ、楽しみにしとけや。んじゃちょっと待ってろよ、すぐ作ってきてやるから」
そう言ってヒュージは調理場に引っ込んだ。
数分後、テーブルの上には豪勢な食事が並ぶ。おそらく二、三日の食費分ぐらいはあるだろう。
「おいおい、どんだけタダ働きさせるつもりだよ」
「安心しろ、ミサキちゃんのは俺のおごりだ」
「クソッ、恨むぞ!!」
「はははっ! じゃあごゆっくり~」
ヒュージは片手をあげて、他の客の注文を取りに行ってしまう。その後ろ姿になんやかんやで感謝しつつ、雄哉は美咲に目を向けた。
「うし。せっかく作ってくれたんだ。思いっきり食おうぜ」
「……」
何もしゃべらず、相変わらずの無表情だったが、そこはやはり人間。『くぅ~』と、お腹が鳴る音が雄哉にまで聞こえてきた。
よほど空腹状態だったのだろう。それに目の前の料理は凄まじく良い香りを周囲に振りまいており、これで手を止められる者などいるはずがない。
美咲はそれでも表情を変えず、チラリと雄哉の様子をうかがう。食べていいのか、いまだに判断しかねているようだった。
「美咲の分はヒュージのおごりなんだから、食ってやらないと失礼だぞ」
「……」
「はぁ……食えよ。命令」
瞬間、美咲はナイフとフォークを持って、マナーなどお構いなしに料理を口に含み始めた。
ガツガツと、それこそ雄哉よりも早いペースで。奴隷にこれほど豪勢な食事はまず与えられないだろうう。こうなってしまうのも当然と言えば当然だ。
少し、意地悪をしてみる。
「太るぞ」
「……っ、……」
ぴたっ、と一瞬だけ動きが止まったが、すぐさま再始動。今は食欲が最優先らしい。
「冗談だよ。むしろ太らないと、そのままじゃやせ細って死んじまう。まだ気にすることはねーだろうさ。将来的には知らんけど」
「……」
「さて、俺の分まで食べられる前に、さっさと食うか」
「……」
雄哉には目もくれず、美咲は食事を続ける。
結局、出された料理の6割は美咲の胃袋に吸い込まれることとなった。
◇◇◇◇
たらふく晩御飯を食べた後、店を出た二人は服屋に来ていた。
いずれツケを払うことにはなってしまったが、おかげで二人分の食事代は浮いた。そこで、せめて美咲の替えの下着だけでも買っておこうと考えたのである。それで本当に貯金は無くなってしまうが、彼女にシャワーを浴びてもらうためにも必要なことだ。
しかし、雄哉はほとんど服屋を利用したことが無い。基本的に高校の制服姿でいることが多いし、ファッションにも特に興味がないからだ。そもそもこの異世界――ミリンダスト王国で流行っている服などわかるはずもない。必要最低限、体が隠せて動きやすければそれでよかった。
「でも女の子はそうもいかんだろ」
いずれ普通の服も買わないとなぁと思いつつ、雄哉は下着が置いてある場所に美咲を連れて行く。
日本のランジェリーショップなどとは全く違い、過激な下着は置かれていない。チューブトップやスポーツブラのようなものばかりで、ショーツに関しても基本はフルバック。しかも地味な色の布で作られたものばかりで、雄哉の目に毒なものは皆無だ。なんというか、親の下着を見ているような感覚だった。
とりあえず、美咲の体のサイズに合った下着を自分で選ばせる。
「よし美咲、体に合ったサイズの下着を探して、試着室で着てこい。上だけならいけるみたいだ。問題なかったらそれを買うぞ」
「……」
美咲は小さくうなずき、下着を漁り始める。
それを確認して、雄哉は再びこれからどうするかを悩み始める。
明日の朝食は、まだパンが残っているから大丈夫だ。問題は昼。まだ自炊はできないし、冷蔵庫は存在するがそもそも食材がないので、結局は食べに行くしかないだろう。
しかし、金がない。朝早くに依頼を受けて、昼に帰ってきて稼いだばかりの金で食べる、という手もある。だが、これでは貯金が少しずつしか溜まらない。一応、今月分の家賃はすでに払っているが、来月のことが心配になってしまう。
(……睡眠時間、削るかぁ)
普段なら寝ている時間。そこで稼げば、入ってくる金は当然増える。
体力が心配だが、今はそれしかない。
そんなことを考えていると、美咲が試着室から出てきて、下着を雄哉に手渡した。
「お。サイズは合ってたか?」
「……」
雄哉の問いかけに、美咲はまた小さくうなずく。
受け取った下着には体温が少し残っていて、雄哉は一瞬心臓を弾ませたが、すぐさま頭を振って気を取り直し、下着を購入する。
「……はぁ」
もはや何も入っていない財布をポケットにしまい、雄哉はため息をつくのだった。
◇◇◇◇
「よし、シャワー浴びてこい。体をきれいに洗って、髪も丁寧に手入れしろ。下着はさっき買ったやつな。服は……まあ、俺のやつ適当に出しとくから、とりあえず今着てる衣服は明日に全部洗っとけ」
『かしこまりました』
部屋に戻ったらまず、雄哉は美咲にシャワーを浴びるよう命令した。美咲は紙に書いた文字で返事をし、シャワールームへ姿を消す。
やはり体は常に清潔にしておかなければならない。女の子ならばなおさらである。あの傷んだ髪も、顔がいいぶんもったいない。水分を含ませるだけでもかなり変わってくるはずだった。
20分ほど待っていると、タオルで体を拭いた美咲が、雄哉の替えの服を着て現れた。
「っ……!?」
息を飲む。
雄哉はしばらく、美咲をじっと見つめた。
髪は水気を帯びてしっとりしている。
それは茶色ではなく、明るいオレンジ色。茶色だと思っていたのは汚れていたからだったのだ。
肌も、日に当たっていないせいかとても白い。お世辞抜きで、輝いているように見えた。
『私に何か問題がありましたか?』
「え……いや……」
言葉を失っていた雄哉は、美咲が突きだした紙の文字を読んで現実に戻ってきた。
はっきり言って、かわいい。顔のつくりはかわいい方、などと評価していたが、シャワーを浴びただけでここまで印象とは変わるものなのだろうか。
おそらく一番の原因は髪だ。オレンジ色の頭髪は、美咲にとてもよく似合っていた。
「髪の色が綺麗だなと、思っただけだ……」
褒めたつもりなのだが、美咲はやはり表情を変えない。そのまま部屋の壁にもたれて、小さく丸くなってしまう。
時刻は21時半。普段ならば今から魔法の勉強でもしようかという時間帯なのだが、雄哉は立ち上がった。
「それじゃあ、俺はちょっと出かけてくる。眠くなったらそこのベッドで寝ておいてくれ」
『かしこまりました』
美咲の返答を確認し、雄哉は再び部屋を出た。
明日のご飯のために、ギルドに行って、夜でもこなせそうな依頼を適当に消化しなければならない。
「もっと稼がないとな……」
街灯に照らされる町を歩く雄哉は、星空を見上げながらそうつぶやいた。
美咲ちゃんはオレンジ髪の美少女