召喚
やかましい蝉の鳴き声が四方八方から襲い掛かる中、武山雄哉は高校の屋上にいた。
太陽はほぼ真上の位置にある。絶賛授業中であるにも関わらず、完全にサボっていた。
本来ならば屋上は施錠されていて入れない。しかし雄哉にとっては、教員室へ密かに忍び込み鍵をかっぱらうなど字を書くよりもたやすい。
昔から影が薄く、そのせいか隠密的な行動には自信があった。
「暇だ……」
屋上にはかつて解放されていた頃の物だろうか、ボロボロになったベンチが一つだけ残っている。そこに寝転んで空を見上げながら、雄哉は大きくあくびをした。
高校二年生、夏。青春真っ只中というところだが、部活に打ち込むわけでもなければ恋人と甘い日々を過ごすわけでもなく、大学進学に向けての受験勉強すら全く準備をしていない。
将来は何になりたいのか、と訊かれたら、ノータイムで「知らん」と答える自信があった。
この世界はしっくりこなかった。
自分の生きたいように生きたい。
しかし、生きるためには金が要る。
金を稼ぐには働くしかない。
働くには学が必要だ。
「面倒くせえよ……」
誰にも聞いてはもらえない愚痴を零す。
面倒くさい。それは便利な言葉だった。
やる気が出ないときはいつも、そうつぶやいてしまう。
ふと、雄哉は一人の少女を思い浮かべた。
髪は肩にかかるくらいのショートカットで、いつも元気に笑顔を絶やさない世話焼きな女の子。
家が隣で、幼稚園の頃から今までずっと同じクラスになり続けている幼馴染。
彼女は今も教室で真剣に授業を受けていることだろう。確か、某大学の医学部に推薦で入ろうとしていたはずだ。将来は医者になってたくさんの人を助けたいとか言っていた気がする。
「俺とは正反対だな、ほんと」
いつも隅っこでおとなしくしていて、授業をサボるのは日常茶飯事。なんでもかんでも面倒くさがって、勉強なんてろくにできやしない。
高校は幼馴染が無理矢理勉強させてきたものだから、かろうじて入ることはできた。しかし、さすがに大学受験まで面倒は見てもらえないし、そのつもりもなかった。
「どうすっかねぇ……」
将来に不安しか残らない。このままでいいのだろうか。
でも面倒くさい。何もやりたくない。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴り響いた。授業が終わり、これから昼休みが始まる。
直射日光を受けて全身汗まみれだったので、さすがに教室に戻ろうとベンチから降りて立ち上がった、
その時。
雄哉の足元から半径数メートルに、謎の文様が現れた。
「はっ!?」
光の線で描かれた、円形の……そう、言うなれば魔法陣。二重の円で構成されており、内側の円の中には複雑怪奇な図形、内側と外側の円の間には見たこともない文字がびっしりと記されている。
咄嗟に飛び退こうとしたが、無駄だった。魔法陣らしきものはどれだけ動いてもしつこく追い回してきて、雄哉を陣の中心に照準してくる。
刻一刻と光は強さを増していく。雄哉は果てしなく危機感を覚えた。
だが、それも一瞬のことである。
爆発的な光が周囲を包み込んだ直後、雄哉は意識を手放した。
◇◇◇◇
意識を取り戻す。
気絶というものをしたことがなかった雄哉だが、感覚的にはそれに近かった。
全く、現状を理解できない。自分が前後左右上下のどちらを向いているのか、寝ているのか、立っているのかも分からない。
とにかく、光に焼かれ、チカチカする目をこすりながら開く。
すると、視覚情報と共に聞いたことのない声で話しかけられた。
「ようこそ、勇者殿。あなたの到着を心待ちにしておりましたぞ」
「……は?」
雄哉は立っていた。
――なんか、儀式場のようなところに。
異世界ファンタジー、開幕。