シユの戦場~The Mars Of Connection Ⅲ
第五章 再会
針の穴から突破する試みが、迅速な判断と行動によって流れ落ちる砂時計の様に集結して防衛ラインを抜け、第二次攻防戦への転局を示している。
此方の展開に合わせきれなかったのは統合軍の指揮系統の複雑さが影響し、内部的な派閥化による情報伝達の遅延と艦隊の所属ごとに異なる指揮が生まれるという大規模化の弊害が露呈したからだ。この時点で統合軍の不利が誰の目にも明らかとなり、出目が悪いと知りながらも戦局の変化に対応が追いつかない事から、現地と司令部間で齟齬が発生し、今時は双方共大慌てとなっていた。
その混乱に乗じて、トランスが進軍する。
もう、眼下には攻略目標が佇んで待っているのだ。
特命と一緒に渡されたEPS設置式爆弾、シユらスク―ル三人は操縦席とコックピット構造の接続部分にある収納スペ―スに入れて、不慮の爆発を防ぐ案を取る。四隅の箱型トランクに十センチ程度の厚みがすっぽり収まる辺り、まさか想定して作ったのではと疑う気持ちも芽生える。
煩わしくは感じるが、決して恐れとは感じていない。扱いにも慣れてもいる、それに緊張の振れ幅なら爆発物解体処理の訓練の方がより死と隣り合わせという感覚があった。
――恐いなんてあるものか、統合軍を倒すんだ。
誰かに当てこする様呟く。
「認証セット、ミッションガイダンスを新しい順番から個別情報で」
網膜スキャンから始まる生体情報を通して、搭乗者の確認を行い、トランス軍デ―タバンクへの一部アクセス権を得る。
モニタ―のパネルをいじって更新されたデ―タを上から眼で読み、自分達に与えられた命令、発電所攻略に関する情報が新しく載せられていて詳細から図案に至るまで通じていた。逮捕から悪ければ死亡まで存分にある工作員による情報収集の賜物を淡々とシユは読みながら、眼を閉じて頭の中に知識として蓄積させ、発電所の構図をコピ―して描き始める。
その間に、手持ち無沙汰になった頭脳は別の事を考え、思い出していた。
「覚えていると思うが改めて自己紹介させて貰う。特殊搭乗訓練所所長ラプリ―だ。作戦行動中に恐縮だが、君達にある指令を授けにきた」
随分と不遜な言い草で語り出した初老の男を勿論自分は知っている。煩わしい筆頭の教官を束ねるスク―ルの頭、入所時に刺とインパクトのある挨拶を残し、時折視察に来ていたからである。
階級バッジは見栄えのする少佐相当、何年ぶりかの対面も面識は薄く、恩を覚える間柄でも無かったので何の感傷も其処にはなかったが、相手は自分達を見据えている。
「君達はスク―ルだ。ならば、何も言う必要はあるまい、これから渡す物を手に別命を遂行してもらう」
単刀直入に要件だけを言い渡し、小さめのアタッシュケ―スを三つ机へと置いて促した。
「最終目標である基地破壊。その前に君達に発電所を攻略してもらう」
それだけだった。
後は付添いの部下に説明を任せて黙りを決め込んで本人は口出しせずに耳を傾けていただけである。
厳しいどころではない訓練を敷いてきた創設者ではあるが、彼に対する怒りや恨みは一切ない。真実を知り得た事、そして何よりもこれだけの力を与えて貰った。
眼を開けて現況を再度把握し直し、今考えていた事を隅に追いやった。
『カタパルト、射出機エンゲ―ジ、各機発進スタンバイ願います』
再出撃の言葉に呑まれずに、気持ちはいつも通りのままを演じる。グロ―ブを指先まで延ばして操縦桿を掴み、いつものカウントダウンを待つ。
そこへ小隊通信が入った。
『正直、不本意だが命令とあっちゃ仕方ねぇ。俺達の狙いは発電所攻略だ。先導は俺がする、遅れるなよ』
『強がりはやめて後ろから来てもいいんですよ? 隊長殿』
挑発めいて、更に直接的表現でマティスは煽った。彼からすればこれまでの雰囲気交じりの軽い冗談だろうが、今また話題をた蒸し返すのにはシユは反対である。
また、とクシカも慎むよう一言申した。
『馬鹿野郎。安全圏で命令する隊長に誰がついていくかよ』
ごもっともな話である。尤も、これは敵がよくやっている事だ。
故にというか、トランスでは総人口に比例して少数精鋭、能力主義を取っている。
『それにな、ヴァリスは熱核反転で動いてる、つまり最初から爆弾背負ってるもんだ。今更ビビるかよ』
『射出準備完了。各機発進を願います!』
『分かった! 俺が行く!』
中々出ようとせず、返答も無いためにやや語気を強めた女性通信士に対して、即座に勢いのある返事をし、カタパルトへとレ―ンの移動を要請する。
隊長機のシンボルマ―ク、部分的に紫色に染め上げられた機体を駆って再び戦場へと躍り出る。
『全員、遅れるなよ!』
奇抜なカラ―の機体も宇宙の背景へと溶け込んで出撃していった。
『ああ言ってるけど、どうするよ、シユ?』
個別通信でマティスが茶化す具合で尋ねる。
「知るもんか。今は作戦に集中するだけだ」
もう、その話題は掘り返すのも勘弁だ。
『ハイハイ。俺は早く基地に戻って買い物に行きたいぜ、ガンパトの新作聴いてたらギタ―欲しくなってきた』
「だから、何だよ」
『へいへい』
ちょっと楽しめなかった様子で漏らして通信を切り、その後は順次従って出撃していく。
見送るには電磁カタパルトの高速射出により僅か一瞬だけだったが、チョウマは重量感のある武骨な図体でどっしりと構えたまま最後に自機へと指の形を変えて親指を突き上げるパフォ―マンスをひけらかして出て行った。
『いいわね、皆やる気満々で。私は早く帰ってシャワ―浴びたいわね』
「どうでもいいだろ」
この場に関係ないこと極まりない。心底どうでもいい声色を表現して伝えた。
つれないわね、とねめつける反撃の声も無視して通信をこっちから切った。
ハァッとややもうんざりする覇気を漏らす。一人一人が戦闘前に語り出して何なんだろうと思った。勝手にそれぞれがサヨナラでもするつもりなのか。
「何なんだよ・・・」
自分も含めて敵の怪電波を放射され、それを浴びて毒されたのかも知れない。気持ちが前に出ているのが持ち前のコンディションであり、こんなモヤモヤにふわふわした綿製品みたいな軽さでは出撃した瞬間にでも不意打ちからの一撃で落とされそうだ。
結局は何を意味するか末路を理解し、悟って、キッと目元から意識転換を行い切り替える。
『発進準備完了。以後、パイロットコントロ―ルに移譲します』
「了解。シユ・リ―クアト出ます!」
チョウマは背部に大気圏内用のブースターを追加装備し、射出口から姿を現す。
機体がカタパルトから離された瞬間、あれだけ遠くで輝いていた光がすぐ間近まで迫る。
「凄い・・・」
宙域の周円を覆う戦場で、どの角度からも光球が激しく燃え散る様が確認出来る。
もう、濃厚な戦場跡が形成され、スペ―スデブリとして双方朽ち果てたVALAWがただ無軌道に漂っていて、これに当たる危険性も考慮しながら前線へと徐々に詰めていく。
付近で鮮やかに発光する閃光の光景は無く、インタ―バルを挟んだ時間の経過もあったとはいえ、トランスの軍としての展開の早さには舌を巻く程である。侵入コ―スも安全性を保障された様な静けさで、情報力の高さにも同様の感心を持った。
『敵影、依然微塵もなしっと』退屈そうに呟くマティス。
『これって嵐の前の静けさって奴かな?』
そんな危惧をクシカは漏らして、完璧を思わせる情報に対する不安めいた一言をこちらも呟いた。各機は隊列を組んで指定ポイントへ向かいながら、隠密効果を得たように異様なまでのセ―フラインを突き進む。
『まるで出来レ―スじゃねぇか。これが上層部の力かよ』
通信を介して聞こえるアイミ―の声に、シユは先程会ったばかりの初老の男性の姿が思い浮かぶ。確かに計算を重ねた理論通りの行動を好みそうな性格をしてそうであり、一方で、味方にも告げていない、彼だけが知る良し悪しの情報を握ってそうな印象もある。
こうなるように予測を的中させたのか、自軍を用いて仕組んでいるのか。疑う余地はあっても調べる余裕は無い為に小賢しく側面から事態を把握するのは難しい。
『座標軸より通信。味方識別番号確認、照合・・・・・・良し。通達、特務攻撃隊の一員はヴィラッジ隊長の指揮下に加われたし』
ノイズ混じりの機械的ボイスの様にくぐもった声で通信回線が一方的に結ばれた。本来、 場所を選ぶべき通常の無線通信だが、相手も戦火の最中とあっては意図もへったくれも無い。
しかし、内容に関しては些か不満足るものが芽生えて反抗心を表したくなるものだ。いきなり送りつけて、指揮権の譲渡とは、あの男性率いる上層部の息の吹きかかった部隊であろうとも簡単に納得するものではない。
『いよいよ、尖兵扱いかよ。参ったな』
「・・・・・・・・・」
アイミ―が不満とも促されるままを享受したとも取れる発言をし、シユは返答こそしなかったものの同意する部分はあった。彼が吐露する理由は混乱に似た感覚があるからだろう、何もかもがいきなりの置いてけぼり状態を食らっている。情報の端だけを握らされて、思うまま行動を誘導されているのだ。慣れた事だがスク―ルの彼等にとっても気持ち的には好ましくはない。
『所属202、JL05K以下了解』
所属、機体コ―ドを告げてアイミ―含む小隊は一時的な別部隊の傘下に組する旨を述べた。
光の筋が、またちらほら周辺を流れ始めた。僅かのラグの後でレ―ダ―でも複数機が三時方向より迫って来るのを捉える。
「こんな距離で当たるかよ!」牽制にもならない無駄弾の消費は、いざという時に限って 致命的ミスを生み出す恐れがある。劣勢を悟った搭乗者の焦りか、単純に技量と練度が低いのか、標的をロックしただけで狙いを付けているような初心者並みの射撃が余所へと飛び交うばかりである。
『目標はこの先にある、構っている暇などない。一気に突破するぞ!』
聞き覚えのない声だが、おそらく今し方降った所の部隊長であろう。体格に優れて強面をイメ―ジさせる低く野太い声に従って直参の部隊は各自活の入った応答で返す。
散開して輪を作り、白兵戦へ持ち込むべく進撃する姿にはつられて出たい気持ちも揺れたがコチラの隊長は冷静だった。
「お手並み拝見といこうかね」
結果は火を見るより明らかだった。せいぜいの支援も不要なぐらい、数と勢い、何よりも腕前の差がハッキリとしていて、隊列を崩されてからは各個撃破の態勢で必死に逃げる様を追いかけ回す、戦闘と呼べないくらいに無惨に破壊される有様だった。
『やるわね』
『格下じゃん』
傍観者の立ち位置で眺めていた自分達に見せつけていたかのような闘い振りである。
『シリンダ―内部は壁面に至るまで武装化されてある。こんなもんで気を抜くんじゃないぞ!』
やけに暑苦しい掛け声が耳障りに聞こえて、どうやらムサいオッサン達の集団らしいが腕の方は立つらしい。
「統合軍の連中は何をやっている!?」
壁外カメラがキャッチした映像ではトランス軍のヴァリスが群れを成して接近しつつ、更にシリンダ―内部へと繋がる管理局側の裏手口、つまりこの場所へと方向を定めている事まで納めていた。
「駄目です! 通信を何度掛けても繋がりません!」
「クソッ!」
まだ湯気の立つ机の上のコ―ヒ―カップが振動で揺れた。自らも試していた手段を諦めて、通信機器を乱暴に叩き付け、置き苛々とした感情も表面から溢れている。
どうして、両方の軍と直接関係のない我々が危機に脅かされているのだ。宇宙に七十八もの円盤型居住地を作り上げ、何の干渉も無く我がドット・ビルディング社の社員によって全権管理を行っているシリンダ―公社は未だ独立企業を保ち続けており、このゲ―ト、通せば統合軍からあらぬ嫌疑を掛けられ、それはここ一つで収まる問題ではなく飛び火する可能性もある。
「侵入口、隔壁閉鎖、並びに制電装置起動!」
ずっと取り乱しがちなオペレ―タ―とは対照的に彼はもう冷静な観点でモニタ―を眺めている。
「フン、まあいいか」
管理局の主任足る中年男性は年の割にはスマ―トな体躯で小走りをし、別の部下の元へと駆け寄る。
「VALAW隊の展開はどうなっている?
「我が社の物は発進準備も出来ていますが、統合軍が相変わらず連絡が取れる状況ではありません」
「フン、大口叩いていても結果がコレか。引き続き繋げる努力はしろ、統合軍から難癖つけられる訳にはいかんのだ!」
引いては我が身への境遇も踏まえての善策を導き、その根本となるのは不可抗力という一言に尽きる。公社は予め備えていた警備を用いたがこれは予期せぬ突然の襲来に対してマニュアル化されていた自衛手段を取っただけ。
トランスにも統合軍にも通る独立企業としての言い分である。「配備分、八機が待機完了しました」
ゲ―ト内部にて所狭しと並ぶ、警備用VALAWの姿をモニタ―越しで確認し、部門総括長は鼻を鳴らす。
「どうせなら、本社が売りつけている新型も取り寄せておけばよかったものを」
独自開発しているVALAWを性能テストも兼ねて公然と送り出せる理由が揃っている機会なのに、と若干口惜しい表情を見せる。無論、現戦力で足止めが出来れば越した事は無いが、両極端な結果は公社として望んでいない。あくまでも独立企業としての立場を貫く、彼はこの企業理念となる意志を汲み取っていた。
「手出しは必ず後手にまわなければならない。我々に求められているのは正当防衛だ。要は、被害者を装えればいい、そう伝えておけ」
オペレ―タ―を通じて各搭乗者に最重要項目を可能な限り手短に話した。
防衛戦力としては過不足無し、例え突破されようとも非はあらず。
これでポ―ジングの種は撒いた。後は事後処理だけが彼のプランでは問題になっていて、それは自分が気を煩らわせなくとも、上が勝手にやってくれるだろう。
もうじき温くなりそうなコ―ヒ―を取って、マイペ―スに少しずつ飲みながら室内のスペ―ス大半を占めるスクリ―ンの中にある戦況を見守る傍観者の立ち位置に彼はもうなっていて、気持ち的にはもう行く末も決まっており予定調和の出来事を眺めるだけとなっていた。
虚空の宇宙では瞬間的な煌めきを放つ爆発が生じ、終始無音のままで儚く消えて行く。ドット・ビルディング社管理ゲ―ト前でも星々の輝きに混じって点灯と消灯を繰り返している。
その光景に更に加わって、点として映る球状体が徐々に拡大し、やがて群となって最接近した時、無音の相乗効果と合わさって恐怖を感じ、四肢を持ち、黒色に覆われ、一つ眼の巨人がこちらを見据えていると知れば恐怖は倍増する。
間を置いて緑に統一された同種の巨人が援軍として着いたのを見計らって合図を施した黒色の一つが、指と手で支える銃器のトリガ―を引く。
排莢され、宇宙空間を漂う弾丸、生身の人間が扱う程度とは比較にならない口径をもってしまえば頑強なシャッタ―にも穴を作る事は可能である。これに、対の手に握る刀剣で突き刺し、裂いた部分をマニュピュレ―タによる動作で広げる事で侵入ル―トを形成している。
ひしゃげた鉄壁を元に戻りようのない角度までねじ曲げて、巨人は脚を踏み入れる。
眼前にはシリンダ―内部まで縦長に続く僻路、そして遠く際の方まで引いて、銃口を向ける形状の異なる青い存在。
持たざる事への脅威か、すかさず短身バレルの銃を相手へと翳し、照準を定める。すぐさま発砲しないのは相手が敵として認識出来ない事にある。青い基調のカラ―リングに白のラインが入ったデザイン、ドット・ビルディング社のマ―クを由来とした色取りをVALAWに描画してあり、恐らく隠れた背部のバックパックには社の印字がされているであろう。機体そのものもオリジナル品である。名前をア―ス2nd。
一触即発の緊張感漂う睨み合いを打開すべく、光通信による電文が公社側へと送られ、その内容はVALAWを退けば危害は加えず、また隔壁を開き、通せば公社自体への損害も考慮するといったものである。
トランスと統合軍、どちらとも密接な関わり合いを持つドット・ビルディング社にとっては争乱に巻き込まれた傍迷惑な話しであり、交渉にすらなっていない脅迫めいた電文を社として受けられる訳も無く、暫しの沈黙を重ねて断りの電文を返す。
これは当然の処置である。公社にとっても、また、黒き部隊も納得したように頭部を器用に操作して頷く姿勢をとり、引き連れた僚機にも合図を出して簡単に意志口上は伝わった。
そして、黒を連ねる彼らは武器をそれぞれのウェポンシステム内に収納し、得物無しの手ぶらの状態でなんと、急速にバ―ニアを前進方向へと一気に噴かせて猛ダッシュを行ったのである。
トランスとドット・ビルディング社、本来ならば敵対関係にない双方が緊迫を敷くラインを踏み越えて、複数機が青白い自機の眼前へと迫った時、
「来るなァァァ!」
驚きと我が身の危機に駆られて絶叫と共に操縦桿を引き、VALAWは銃器のトリガ―に指を掛けてしまう。
熟練した腕前と生半可な牽制攻撃では微動だにせずとも避けられ、中央の一機に対して懐に潜り込んだと同時に助走をつけながらの威力と不意打ちぎみに放たれたタックルで壁へと打ちつけられ、背後にある漆喰の外壁が崩れて中の各所コ―ドが剥き出しになっていた。機体自体は損傷が少なくとも搭乗者は衝撃で気絶している。つまりは使い物にならない、戦闘不能と同義だ。
中央突破されたドット・ビルディング社のVALAWは、自分達を置き去りにして突っ切った黒の先行機へと、銃撃を集中しようと計るも見え透いた、安易な対処法を逃さず、後方から支援の形で撃ち放ち得物を中心として破壊し、妨げる。
三機共に肢体満足、武器を失っても強固な造りの各所装甲が武器となり戦力としてはまだ十分である。しかし、操縦する三名は戦意喪失をしており素、通りするトランス軍にピクリとも抵抗を見せなかった。機体性能は優らずとも劣らず、だが攻性を備え、実戦を前提にしている兵士と有事の非常時として警備を担う者とでは、搭乗者の質に決定的な差が生まれ、圧倒される結果になってしまった。
「悪いがな、ここは通させてもらう」
心理につけ込んだ様な無粋な真似をしでかしたのを恥じらう感情を出しながら、この先へ進むべき道筋に沿って隊列で再び動き始める。
「私に続け、間もなく内側へと出るぞ」
血眼になってスクリ―ンへと叫び檄を飛ばす。
「何をしている! 破壊しろォ!」
あんな幼稚なフェイントのつもりで自己防衛を主張しようがまかり通る筈が無い。
これは明らかな侵略行為だ、どちらが先に手出しをしたかの是非など問題にならず、公社に被害を加えている事実だけで、裁く理由には十分値する。
しかし、彼の腹の虫が収まらず辺り散らしているのは戦力の無力化だけを目標としたあざといとまで思わせる遣り口にある。
「情状酌量の余地などあるものか! その前に全て撃破してくれる!」
管理局本部室内にて裂帛の気迫を感じさせる怒号が飛び交い、血は煮えたぎるように熱を持ち、全身の血管が浮き出る調子で促すも、これにまるで相反するかの様に次々と警備隊は蹂躙され、悉くが無惨とも無様とも言える状態で倒れて行く。
「スペックは大差ないんだぞ! 局地戦なら利する所もある」狭所に向いた折りたたみ式サ―ベルでの応戦も虚しく、切っ先は壁へと鋭い切断面を刻むも標的には触れること叶わず、カウンタ―による殴打で叩きつけられ姿勢制御を失い、昏倒する形で銃を目前に突きつけられ、搭乗者は退避する始末。射撃もスライドし、滑走するアクティブロ―ラ―による駆動を前に翻弄され近距離にて銃は潰されて機体も単調な殴りや蹴りで圧倒される。
「これではまるで八百長じゃないか!」
想定外の事態に、二杯目の盛ったコ―ヒ―が零れるのも気づかず、ありったけの力を込めて机へと怒りを発した。
「ありえん・・・。相手も数では同じ、性能だって引けをとらないのだ。なのに、殲滅どころか・・・。これでは、これでは・・・」
自社における主力配備も含め、一部はPMCへも輸出が決定している高性能汎用兵器を謳っている大事な商品価値に関わる。公社の沽券に関わる一大事、且つこの様相、
「統合軍に八百長などと難癖つけられるぞ!」
幾ら、嘆き、机を叩いて、訴えようとも好転するばかりか遂に残された一機までもが機能不全に陥り、これで全機が行動不能となる未曽有のシナリオとなった。
「あ、ああ・・・」
トランスにとって行く手を阻む者は存在しない。そこいらのトラップなど対物攻撃すら防ぐ堅牢な装甲相手では足止めすらならないのだから。
トランスの部隊が悠々と素通りしていくこの有様を上層部へどう報告すればいいのか、統合軍に只の一機も落とせず碌な損傷すら与えらなかった、と状況報告をせねばならないのか。チラと事後処理を考えただけで頭痛が走り、彼は周囲の注目する視線も気に入らず負を煮しめたような表情のままワナワナと震え、倒れこむ形で机へと突っ伏した。
「私は知らないぞ・・・。対処通りに、言われたままにやっただけなんだ・・・あああ・・・」
最後に留まったのは転嫁。部下達は酷く侮蔑する表情で彼を見下ろしていた。
「なんだよ、全部生殺しかよ。面倒くさいことやるなぁ~」
後追いを続けていた為に、戦闘から遠ざかっていたが、こうやぐらしい作業をさせられるならアイミ―の指示も悪くはなかったとマティスは思った。
『一応、敵ではないからな。ここで暴虐の限りを尽くせば、更に武力間衝突を増やしちまう。善策だと思うぜ』
フ―ンと聞き流すように返事をしながら、横たわるドット・ビルディング社のVALAWを尻目に通過する。どれもこれも武装を奪われただけで五体満足、手に何か無ければ逃走するなんと弱腰な連中だろうか。損傷具合から言って斬られたり撃たれたりした機体は少ない、殆どが素手で手加減された挙げ句やられたものばかりだ。ならば、逆にマニュピュレ―タを活かした格闘術だってあるだろうにと責めたい気持ちがあった。
『ドット・ビルディング社って女の子なら憧れの職場だけど、ちょっと幻滅しちゃうな』
自業自得、統合軍以外にも数多の企業と懇意にしているから起こった必然的弊害だ、とシユは認識し、くぐもった表情で木偶と化したVALAWを見やるも、この先に待つ敵の防衛網の激しさを予見し、余計な思考を破棄する。
薄暗い、VALAW一機分程の非常用運搬通路を縦長にトランスの部隊は続いてマップを把握しながら予め描いた道筋を辿る
『閉鎖区画、最終ブロック発見! シリンダ―内部と通じています!』
黒い部隊の一人が歯切れ悪く通信機に叫び、緊張具合が知れ渡る。
「あれが・・・」
後続するアイミ―の小隊も行き止まりのように貼られたグレ―の壁面を、囲んで待ち構える主導部隊へと追いついた。
『よし! ここを破壊して、一気に内部まで躍り出る。デ―タの指針は間違っていない。俺が先陣をきる、脇目も振り返らずついて来い!』
一拍置いて、アイミ―から小隊各機へ。
『出れば敵陣真っ只中だ。説明不要で危険だぜ、遅れをとるなよ』
流石に、この先どういった待遇が待っているのか隊長格は理解しているらしい。とっくに自分達の侵入はドット・ビルディング社を通しても知れ渡っている筈で、数に機体種類も割れて、全て承知済みであろう。
迎撃用に編成されたVALAW、州境警備隊、対空砲火、偏向式と距離制限のある地対空ミサイル、旧時代化しつつある戦闘機まで出張ってくるかもしれない。
それら圧倒的な物量が、まるで開けてはならない箱のように押し寄せてくる可能性があるのだ。
『開けてソッコ―大歓迎なんて、なんて好待遇かしらね』
『ファンなら節度ある行動を心掛けて欲しいぜ』
クシカとマティスの冗談の掛け合いもそれ以上続かず残滓を残して消える。やはり、誰でも張り詰めた気持ちの糸は解けず、シユにしても緊張が拭えずに、額から汗が伝って鼻筋へと流れ、突入のシチュエ―ションを何度も想定している。
壁一枚隔てた向こう側に一体どれだけの戦力が潜み、まだかと登場を舌なめずりして望んでいるのか。
『作戦、開始!』
前衛を担う三機による一斉射撃によって最後の砦となった鉄板は凹んだまま、人工の重力圏へと引き込まれ落ちていく。
そして、巣立ちを迎え、推力を目一杯に噴かしながら多角的な軌道を描き、ゲ―トより次々とトランス軍のVALAWが姿を現した。
『つづけぇ!』
勇猛な雄叫びと共に高速飛行する黒き隊を率いる部隊長が有言実行、先頭を駆け抜ける。
シユも後方に僚機、前方に味方機を並べ、逸る気持ちに呼応して各所スラスタ―を限界まで出力を絞り、追いつき追い越せとばかりに標的までの道のりを縮める。
前の奴のようにノロノロとしているようでは本隊が物量差で次第に遅れをとってしまう。一刻も早く、を問われている場合なのだ。そしてなによりも、
バスンッ!
移動速度に比例して、光景は僅かに一瞬、破壊音と同時にシユの前方より味方機が消えた。
そして同時に、計五つの方角より警戒を示すアラ―トが鳴り出し、モニタ―はあちこちが危険な朱へと染まる。
「だから!」
ここは完全に敵地、手を緩める瞬間なんて無いのだ。
芝生を模していた地面がパネルの反転のようにひっくり返り、中から対空砲火の火器や、ミサイル台が次々と展開され、侵入者へと照準を合わせていく。ドット・ビルディング社との関係性が見て取れる。一般人が暮らすシリンダー内部まで、こうも要塞化しているとは思わなかった。
チョウマは急旋回とねじ回る動きを加え、四方八方より牙を向いた挟撃、砲撃、空撃に対して回避動作を用いる。
「グッ・・・ゥゥウウウ・・・」
身体は無意識に震え、内臓物が浮かび上がる奇妙な感覚に耐え、放物線を描いて襲い掛かるミサイル群をやり過ごす。シリンダ―内は地球と似た環境を持つ故、1Gを形成する重力化では速度に上乗せして身体へと負荷が掛かる。火星本国や訓練で慣らそうとも実戦と重なり過酷な条件になっている事は否めない。
『なんて、物量だ!』
同意せざるを得ない。アラ―トは常に全面が染まり、あろうことか懸命に避けたミサイルが転換して再度此方へと誘導してくる。
『旋回しながら、弾避けだ! 馬鹿正直じゃ落とされるぞ!』
「クソォッ!」
背部マウントからミサイルアラ―トを避けるフレアを射出して、機関銃を降ろし、反転という不向きな態勢のままバ―スト射撃を行い、外壁保護の為、不規則な変化が緩まった分だけ利が生まれ、束状で連なっている事も活かし、適当に当てて全体を誘爆で包み消滅させた。
更に爆煙の真横から、チョウマの限界速度を上回る強大な加速力で州境警備隊へ払い下げられた統合軍の戦闘機ド―ス・ルンダ―トが機銃掃射で攻撃をしてくる。正直、当たろうともさほど脅威になり得ない貫通力だが、滞りない集中砲火で容赦なく浴びせられる攻撃は機体よりも寧ろ搭乗者への負荷が大きい。
全速力を以てしても振り切れないトップスピ―ドの差で、執拗に、ここぞとばかりに張り付いて先行く自分達を阻もうとする。人工の雲掛かる地上からは乱れ飛ぶ応射の霰、敵VALAW隊も信号を確認し、刻一刻と進路を塞がれる状況にある。
『構うな! 囲まれて袋叩きにされるぞ!』
無論、逃げの一手以外に術がない事はシユも理解している。とは言え、追いすがるド―ス・ルンダ―トは尾翼をはためかせながら、VALAW戦の切り札である三連電磁速射砲を隠し持っており、まるっきり無視出来る存在ではない。本命を留意しながらの回避行動に、重力化でのフルスロットルによる衝撃、一つ判断を誤れば即撃墜される猛攻の中で集中力を研ぎ澄まし、肉体と精神は磨耗される。
モニタ―は更に一機の友軍が撃墜された事を告げる。
このままでは一方的に削られていくばかりだ。
『クッ・・・高度を下げるぞ! 下は都市部が広がっている!』
苦肉の策とばかりに都市を隠れ蓑に、いや、盾にして攻撃の手を緩めさせる手段。この命を下したのは部隊長で、シユは民間人を巻き込む危険性を考え、反感を覚えたが、このままでは目標地点にすら辿り着けず、撃たれて空中分解する公算が高い。
誰とてよしとする者はおらず、また答えずとも、進路は自然と雲を抜けて街並みが映る都市上空へと代わる。
『汚名を着せられても!』
完全な安全地帯には成らず、統合軍が組み入れる都市国家ゆえ幾分武装化はされていて、対空機銃などが出迎える。
シユはパネル操作し、周囲モニタ―が映す光学映像を拡大化させ、地上から数メ―トルに視点を置く。間違いない、地上に棲む人々は自分達と統合軍直々の出現に軒並み混乱を抱えつつも、いつもと変わらない日常を送っている。その眼は同じ場所であれ、何処か違う場所で起きているような他人事の様な視線。これはある意味統合軍への信頼と置いてもいい、しかし、
「エッ!?」
アラ―トは鳴り、予想外の方角より刺客が来る。
不意に近い。だが、察知してからの反応が早かったチョウマは辛くも旋回し、ギリギリ掠めもせずに速射砲を避けた。
外した砲弾は都市部を僅かに逸れて地表へと着弾する。プラズマ粒子が広がり、電熱で地面が焼け焦げて黒く染まった。
それだけではない、漸く追いついた重力圏仕様のアブリズも追撃に加わり、専用機関銃を手に追いすがるのだ。
「コイツらッ!」
自分達の下には民間人が居るのに。躊躇いはどうあれ撃ったのだ。
外れたのは偶然による結果に過ぎず、一歩間違えれば何の関係もない人間に被害が及んデ―タ。
「いっつもそうだ」
一直線に向かって噴出していた出力を、後方にメインを切り替えて急制動を掛け、歯を食いしばってGの衝撃に耐え、戦闘機やVALAWらに向き直る。
「自己保身に走って、関係ない人を巻き込んで!」
『シユ!』
『戦ってる場合かよ!』
『ったく!』
「ちぇぇぇえい!」
チョウマは次弾を放たれる前に剣を抜き、異常な速さですれ違うものの、片翼をもぎ取り、今度は逆に追う側へと転じ、黒煙を巻きながらもバランスを修正中のド―ス・ルンダ―トを強引に掴んで中心から潰し、被害になりそうにない地点へと放り投げた。
だが、追われる立場までは逆転しておらず、編成されたアブリズがフォ―メ―ションを立てて、シユが操るチョウマ一機を襲う。
四機は巧みなコンビネ―ションを演じ、一対一では無く、理論は上げても相当な連携を用する四対一で息もつかせぬ連続攻撃を仕掛け、回避運動を取るのが精一杯な状況に陥り、友軍部隊への方へと戻る余裕が無い。
「クソッ! こんなんでやられるか!」
勇ましく鼓舞する言葉の気合いに乗って、何とか弾幕をかいくぐって同士撃ちを避ける近距離戦へ持ち込むも、冷静に対処され鍔迫り合いのまま、斬り合いへと運べず距離を離される。
『我々、小隊は別ル―トより発電所を目指します!』
アイミ―は部隊長へと言い放つ。言ったスグで進路修正後の侵攻ル―トを部隊長へ伝えた。
『助けにいくつもりか? 無理だ、直にやられるぞ!』
『囮ぐらいにはなりますよ!』この通信を最後に緑を彩ったチョウマ三機は反転して、都市部の外れ、同じく多数の敵機に囲まれて進退きわまっているチョウマの元へと全速力で後退していく。
『見誤ったかもしれん。だが、無駄にはせんぞ!』
此方も四機引き連れていた筈が半分を落とされ、戦力の低下と発電所攻略の難度が上がっているが、若い命が率先してより危険を選んだというのだ。使命だけでなく、意地にも賭けて是が非でも成功させねばなるまい。コックピットに飾った家族の写真に誓って、振り返らずに突き進む。
「ウウッ!」
地表間近まですり寄って、敵照準から逃れることに必死であり、目標地点から大きく外れているのを確認した。
だからといってどうも出来ない。
敵が敷いた網目を潜って突破するのは至難であり、また、都市部を通過するのには抵抗がある。根底にある拘りを断ち切れば可能性も見えてくるのだが、拒否反応とばかりに身体は敵の動きを見ることだけに集中力を割いている。
上空より、変わらず四機が牽制と白兵戦に分かれ、バックの援護を受けて二機が交互左右に十字を作って近寄る。
これを不利とみたシユは後退しながら銃で応射して、接近を阻む手段に出る。
「クソォ!」
いつもならこの戦法を逃げ腰、臆病者の例えとして卑下しているが、いざ自分が逆の立場になるとは思わなかった。
射撃の最中に弾薬が底を尽き、自動操作で急いでバックパックより交換を行おうとするも、
「しまった!」
真っ赤なアラ―トの中でいつの間にか輸送パイプが損傷していたらしく、らしくない凡ミスで受け取り損ね地面へと落としてしまう。
心の中で生まれる動揺をすんなり吐き出せず、状況は悪い方へとばかり傾いている。
落ち着け、弾薬はまだ残っている。
だが、再度の交換をぼんやりとアブリズが見逃す筈がなく、刀剣が振り下ろされ、大腿部の表面を掠り取られる程度で済まし、肩部から腕部武装への弾薬補給を手動操作で終えるも時間差でもう片方が居合いを仕掛けるが、こちらは高周波ブレ―ドの腹で受け止める。そのまま、刺突の態勢で切り返してきたアブリズの方へと体は流れ、右手に構える銃で狙い撃つも肩部や足先といった致命傷には遠い部分に穴を開けただけで、すぐさま背後へと移動して身の守りを固める態勢へ。
また、フォ―メションを取るべく密集隊形を組んで自機との距離を狭めつつある。機会をモノに出来なかった結果がどう繋がるのか、不吉な予感ばかりが浮かぶが、それをはねのける精神力もここまで散々追いかけ回されて疲弊している。
やがて、散会して四方に分かれた時、囲い込む戦術を予期して操縦桿の重みを感じながらも身体に鞭打ち、引いて一気に後退しようとした。
『やらせるかよ!』
尚も詰めようとクロスコンバットを挑むアブリズに、上空から幾重もの線条となる機関銃の雨が間を分かつ、シユにとっては救いとなる分断であり態勢を立て直すのに充分なだけの時間になった。
『シユ! 生きてるよね』
『ったく! 一人で勝手にノコノコ行って、世話掛けさせやがって!』
「・・・・・・・・・!」
何故、という驚きで眼を開き、聞き慣れた同僚達の声と、映像でチョウマを確認し、感傷が生まれる。今が戦闘中だと強く認識しなければ、仲間の頼もしさで安らぎが身を包み込んで戦闘が覚束なくなりそうだった。
クシカ、マティスは駆け付けるように自機の前方へと降り、代わって気力全開で相手を務める。
嬉しさ反面、重大な見落としを忘れておらず照れる様子を隠すつもりで怒ったような口調で話す。
「発電所攻略はどうするんだよ?」
『俺達は別ル―トから攻める。戦力の分散化だ』
アイミ―もやや離れた位置から支援に入っており、今の自分はおんぶに抱っこの状態である。いつもなら、自らの力の無さを自覚して意地でも単騎突破を試みるだろうが、今回ばかりはそれが心地良く思えた。
今からスク―ルの戦い方を見せてやる。
「アイツら、連携を組んでくる。各個で撃破はセオリ―じゃない」
『なるほど、連携に自信があるみたいで』
含みがある台詞を吐いて、フッとクシカは微笑む。
『そしたらスク―ル仕込みも披露してやらないとな』
異存は無い。多勢に無勢の言葉通り、四機の戦い方を身に付けた相手に一人一人が個々で対抗するには余程機体か技量に差でも無い限り不利は覆らない。
VALAW戦における披撃墜率はほぼ一対一、ならば決定づけるのは他の要素にある、その為の訓練は積んできた。
『シユ、クシカ、フォ―メ―ションαで展開だ。こっちの方が上だって所、見せてやろうぜ!』
『了解』
『オ―ケ―、久しぶりね』
本来、リヒルを合わせてのフォ―マンセルでの戦術を三人で埋め合わせする事は出来ない。だが、それでも通用するとそれぞれに自負を持っているのは彼等が受けてきた訓練の程を物語る。
なだらかな荒野を滑るようにギリギリの高さを保ち、三機が斜め軸に揃って牽制を加えて、前衛を抑えつつ、敵の狙いには各種方向へとスライドして避け地表へと弾を散らし、まるで一つの集合体であるかの様にすぐさま密集する。
ネ―ムは元々四枚が開閉する動きになぞらえて、花弁。
前線への突出を防いで固まったアブリズ四機と、三位一体となったチョウマがラグビ―のスクラムと似た形で激突する。刀と剣が切り結ぶマティス機とアブリズが上昇しもつれ合い、支援の役割を担うアブリズが銃口ごと上向いた瞬間を見逃さず、シユは俊足の元に胴を薙ぐ。急速リタ―ンで旋回に掛かる衝撃で、狙いは甘いものの白兵主体の方へ照準を絞り撃った一、二発が命中し、背後に気を取られた瞬間をクシカが逃さず頂く。
空中戦はマティスが制し、腹部へと刀剣が刺さってコックピットを貫いた。
僅か、数秒の出来事であるが戦局は一転した。
単騎では一機分の能力でしかないアブリズに刃向かう戦意も無く、なくなく撤退を開始するが追う必要性は無い。
「止んだ・・・? 来ないのか」
アラ―ト警告が鳴り止んだのが、恐ろしく感じてしまう。周辺に敵の機影はなく、金属音も聞こえない周辺の空間が異様とすら思えるのだ。部隊が散開した事で敵も分散し、向こうに多く振り分けたのだろうか。
小隊四機が揃い、機械のモノアイがお互いを見る。
「隊長・・・」
弁解の余地は無い。愚行と言える判断で仲間を危機に晒し、シリンダ―内部への突入後、最優先すべき目的への到着すらも著しく遅延してしまった。これは作戦違反とも捉えられ、軍規違反とも捉えられる。自信の処遇に巡っても軍事裁判沙汰まで有り得る行いなのだ。
『行くぞ』
「えっ?」
『説教は後だ。ここで軍罰を言っても仕方ねぇ、罪滅ぼしは戦果で払えよ』
「・・・了解しました」
束の間の安堵に終わりのお知らせを告げる警報がまた始まる。おべんちゃらを続ける時間の余裕もなく、修正デ―タに従って発電所まで新たな経路で一刻も早く着かねばならない。分隊だけの攻略では手に余るだろう。高機動パックのバ―ニアが点火し、チョウマが目標を見据えてどよめきながら、色合いで再現しただけの模倣の空を駆ける。
「シルエット確認、トランス軍主力VALAWチョウマと特定しました。機数二、前方直上、当基地へと接近している模様です」
当該基地からも大多数を本部基地へと派遣している中で襲来の二字は兵士全体に震えさせるものがある。
「電力供給の切断が狙いか・・・」
しかしながら、緊急とあって一時的に軍部の人間を置いているものの、此処に従事する人々の殆どは此度の戦争と無関係な民間人ばかりである。
「よもや本気で戦場にするとは、統合軍はこれも見越して派遣したというのか」
投げかける様な問いに、答える人物が居る。
「分かりません。しかし、事態は急を要しています。出撃許可を願います」
渋い表情で即断は見送られる。軍の半ば強制とは言っても余所の土地には違いない、しかも巻き込まれた立場として決して良い顔はしないだろう。余所の土地で暴れる権限が欲しい、そう傍若無人な発言をしているのと同じなのだ。
「ここの電源は一部、顧客分も賄っている。君達の争いが原因で信用を落としてしまうのは問題だ。条件は奴らを止めろ。それと出来る限り穏便に済ませてくれ」
「努めます!」
一瞬、技術者故の喜びが漏れそうになったが表情を引き締め、敬礼の後ですぐさま退室する。彼女は耳当てから伸びるコ―ド先端のマイクへ通信をする為だ。
「出たわよ。久方ぶりの出撃容認」
今から、トランス軍のチョウマが攻撃を仕掛けてくるというのに、綻んだ笑顔で相手へと話し嬉しそうに体を弾ませている。受取人は軍服からパイロットス―ツへと着替えを行っている最中で、同様に耳に小さな端子の機器を付けている。
「随分、待たされたわね」
清涼感のある声で会話をしながら、女性専用の更衣室とは言え誰も居ないので目隠しも使用せず、その場でスラスラと着衣する。時間が惜しいのだ。
「平時何もないとこういう扱いを受けるのよ。逆に、ここで上官達の印象を変えるチャンスなの」
イルナレットは発電所の数少ない迎撃部隊として組まれ、凍結でもくらった様にマトモに搭乗した上での稼働も無かったアブリズ・トンプソン型に漸く光明が射した。
技術者魂として上官相手に見返そうと燃える彼女に対して、イルナレットは落ち着いた様子で、これまでの処遇にも特にわだかまりも無く、自分が搭乗者として立ち向かう理由は市民を守る為と考えている。
「右手、大丈夫なのよね?」
「存分に奮って頂戴!」
ガトリング砲の衝撃を緩和する特殊仕様のパイロットス―ツを装着する。
ミサイルが上空より飛来し、敷地内となる道路周辺に着弾して爆発音が鳴り響く。舗装された道が壊され、シリンダ―の内壁が見える光景はエデンの時を彷彿とさせる。
敵の先制打に発電所内も揺れ、イルナレットも壁にもたれ、落下物等の危険に阻まれる状況ながら裏手の出口まで漕ぎ着けた。
運悪く、搭乗前にミサイルの被害で乗機が壊された者も居る中、アブリズ・トンプソンの頑丈な性質は瓦礫や破片の影響をまるで受けてなかった。遠くではない近くで鳴り響く銃撃、地響きから既に防衛行動は始まっており、イルナレットも垂らしたハンガ―捕まってコクピットに乗り込んで機体を戦闘モ―ドへシフトする。
「くいとめろ、絶対に侵入させるなァ!」
兵士の叫びも虚しく、砲座は頭上に落下された重みで潰れ、爆発でチョウマにも一矢を報いるかと思われたが、幾重にも層のある合金装甲には煤程度のダメ―ジしか与えられず、進軍を止められない。
歩兵が携行するバズ―カ―で斜上に見上げる緑の巨兵目掛けて砲塔が向く。
脚部を崩すつもりで直撃させたが、人間が扱う兵器等もってのほかで、中の搭乗者が意に介していないぐらい無力なのだ。
有針鉄線を一歩で乗り越え、発電所内へと容易く侵入される。
開閉型のハンガ―に収納してある頼りの三機が各々上昇し、通路を滑走しながら端に辿り着いてしまったチョウマを撃破すべく出撃する。
「これ以上は、侵攻させない!」
アブリズ・トンプソンは独特の脚部に付属されたタ―ンロ―ラ―を活かし、加速を高めて陣の最前線へ真っ先に立とうとする。
まず、守りに入れば防ぎようがない、重火力重装甲に飛行能力の低さから、地上の拠点防衛に向いた造りだが、その利を捨ててでも前に出むき、絶対の進軍を阻まらければならない。
「来たッ!」
アラ―トと彼女の反応はほぼ同時で、二機が分散するようにスライドして横殴りの銃弾の雨を回避する。
バズッ!
味方機がよろめいて、瓦解する。僅かなタイミングを逃しただけで崩れ落ちる。
搭乗者もよもやこの距離から正確な射撃が飛んで来るとは思わなかっただろう。相手の格を示す情報を弔いの代わりに頂いていく。
相対する敵をモニタ―上で視認し、即座に攻撃態勢へと入る。
「照準ロック、多連装誘導弾セット」
前進しながらトンプソンは機体大腿部に接続されたミサイルランチャ―を発射させ、地上から盛り上がるようにして低い軌道から向かわせる。追尾機能を持つ三発の弾道は上へと逃げる相手を追うも、機銃掃射の一発に触れて爆散する。
しかし、囮には役立ち、その間に射程圏まで詰めて右腕の砲身がサ―チ可能な距離に持ち込ませた彼女は、一瞬この武器に使用に躊躇いを覚えるも、すぐさまトリガ―を引いた。
「クッ!」
右腕そのものであるガトリング砲、ア―バニティ―は耐Gス―ツを着込む搭乗者すら危険に脅かす衝撃を、バレルが回り無数の銃弾が飛び放つまで続け、標的が穴だらけで残骸が地上に堕ちた後に唸りを終えた。
「まだ一機残ってる。後ろには退がれないから!」
踏み込んで、進路を塞ぐようにして白兵戦を挑みかかるが、相手もなんと正面から迫り来て、咄嗟に抜いた刃同士が交錯する。
コックピットの位置よりアップとなって映るチョウマの特徴に隊長機の印があって、大胆さに納得が持てる。火花散るせめぎ合いの中、側面を突いたアブリズが銃撃するも下がってかわされ、カウンタ―の射撃に反応がやや遅れて右半身が吹っ飛ばされる。
「下がって!」
戦っている相手は手ごわく、ましてや損傷具合から退避すべきだが、基地を守る為か果敢にもる剣で立ち向かうも斬撃はスルリと空を切り、過ぎ去る背中に機関銃を撃たれ地面に這いくつばって崩れる。
動力炉は外れて爆発は起こさなかったものの搭乗者の絶命は免れないだろう。イルナレットは仲間の死による哀しみの情を捨てて、持ち前の機動力で制射をジグザグに動いて、回避しつつ組み付いてガトリング砲で一気に終わらせる手段を狙うが、敵も警戒して集中的に右腕を破壊しようとするきらいがあり、高周波ブレ―ドに触れれば装甲ごと楽に切断される為、迂闊には攻撃が仕掛けられず、捌いて要のア―バニティ―を放つ機会を待つ戦術に出る。
近距離のデスマッチでは機体構造からして不利が見え見えで、腕が実質一本無いのに加え、四肢の可動範囲が強度と耐衝撃特化の為狭く、防戦一方の展開へなるだろう。
離れれば守り盾を失いかねない、接近戦では片腕一本で斬撃を凌がなければならないと相反する思いを抱えながら耐える。
「機会は・・・来る!」
上段より振りかざした搭乗者の気迫さえ感じる唐竹割、喰らえば頭頂部から真っ二つに切り裂く一撃を片腕の剣を翳したが止めきれず右肩から切り込みが入るも、守りより攻めを優先した前進 で浅く削がれただけで、逆に機体をぶつけて押し飛ばした。
「そこっ!」
狙い目を右腕が火を吹くが、チョウマは機敏な宙返りで土煙の立つ銃撃ポイントから抜け、態勢を立て直し、こちらにではなく発電所への攻撃の手を緩めない。
「抜かせない!」
思い切りと判断、搭乗者の頑強さを改めて肌で感じたイルナレットは危険性を見直し、真っ向から立ちふさがる。
間合いを気にしていたら、隙を突かれる。
イルナレットは決心をして、背部マウントから抜いた短剣で侵攻を防ぎ、自らの防衛ラインと定める。
肉迫する接近戦での攻防の応酬、これ以上退がれない二機が激しく渡り合う。
相手は何より作戦の成就を優先している、黒いアブリズが見ている先は自機ではない。
「くぉっ!」
イルナレットの駆るアブリズが切り上げた斬撃が膝を掠め、左肩を深く抉る。ベテラン故の熟練した技能と反応が無ければ致命傷となっていたであろう。胴体と接続するフレ―ムが剥き出しでかろうじて腕部を支えている状態である。
だが、荒々しい映像に映るその状態を見て彼は不適に笑う。
「しかし、使い物にならなくなった訳では無いぞ」
片足と頭部を失い、機体は浅いながらも切り刻まれ、サブカメラを起動しても視界の半分は死んだ満身創痍さながらの状況においても彼の闘志は揺らいではいなかった。
一方で眼前にて尚も阻むアブリズはより小さな傷が数カ所付いているだけ。魔手を備える機体性能、ホバリングを活かした地形適応差も考えても、技量に関して自分より上を行く存在なのだ。度々の戦闘では四方八方より矢の如き攻撃が飛んでくる上に流れ弾もある。そうした不慮で名だたるエ―スも散ってしまう中、こうして純粋に白兵戦が出来、力くらべが出来るとは搭乗者にとって幸せな事ではないかと思う。
「だが、最後に勝つのはトランスだ」
彼は意を決したように唱え、そして、刀を構えたままで前進する。
「来るッ!」
相手はもう限界だと知りつつ、捨て身の戦法も有り得ると頭に入れてイルナレットは正面からいなす試みを取る。
間合いを察してからのイルナレットは数分の一秒の争いを制し、ワンテンポ早い斬撃を繰り出した。
甲高い、軋む音がして装甲が切断される。
イルナレットはSCDシステムの感覚受領で確かに自分が切ったという感触があった。ただ、彼女が見た光景は左肩を損失して尚も居合いの態勢を保つチョウマの姿だった。
引いた? 誘い、罠、布石、様々な考えが逡巡するも瞬き一つだけ許された時間内では彼女の身体は言うことを利かない。
渾身の一振り、白刃がアブリズを捉える瞬間、彼女は覚悟した。
ジャキィン!
両機が交錯する。
切られた。何処をやられ、何処を切られたかはまだ知覚出来ないが間違いなく切られた。いや、それよりも抜かれてしまった。
仲間の決死の思いを無駄にしたなくない、使命が脳裏によぎり、機体や自身が無事かどうかは置いて反射的に振り向く。
背を向ける相手がこちらに対して向き直った時、アブリズは刀剣を翳し直下に降ろす。
敵の反応は追いつかず、頭上に構えただけで、これを難なく武器事折って、腹部まで両断せしめた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・」小爆発の後でも立ち往生するチョウマを見て、今度こ そは動かないと確信を得る。コックピット内の駆動系を確かめれば右腕ア―バニティ―を根こそぎ切り捨てられていた。
「あの搭乗者・・・」
時折、システムの影響で思念めいた何かを装甲越しに感じるが、今回は殊更に強く感じた。
生死の際で、半ば死を意識した戦い方など出来るものではない。彼女自身もどうやってあの一撃を凌いだのか分からなかった。
「まだ、終わりじゃない・・・」
そう予見させるものがあり、彼女の予想は正しく間を置かずして通信が入り込んだ。
『イルナレット、お勤めご苦労様。戦果を祝いたいけど、あと三機、機影を発見したそうよ。このまま待機してもらえる?』
「そうなのね・・・」
恐らくその三機に託したのだろう、一矢報いたのは手土産だったのだ。
「ここは民間人だって沢山居る所なのよ。軍人としても一人の人間としても守るべき理由
があるわ」
通信は切れたかも知れないが、自己責務を話し。まもなく来襲するであろう敵機を待ち
構えていた。
「追っ手が来ない?」
『みたいね』
相槌を打つクシカはもう沢山だとばかりに溜め息をもらす。
しかし、シユは穏やかに波打つレ―ダ―に違和感を覚えつつ、不吉な予感が巡り始める。
『罠じゃねぇの?』
或いは発電所で大量に待ち構えているか。
細々とした道路しか見えない地平線を進みながら、襲撃に躊躇いの要らない場所で全くの野放しては考え難い。何かしらの裏が潜んでいるのは確実だが、それが何かは探る余地がない。
本隊はもう交戦している頃合いだろう。数の比は全軍の被害状況は分からないが、前段階で六対四だった。あれだけの防衛効果を耐え抜き、一体、何機が本基地攻略にありつけだろうか。踏まえた時点で、このままひた走る以外の選択肢を除外する。
『嵐の前の静けさだな』
楽観視出来る状況ではないと誰もが気づいているらしい。
「意図的に来させないようにしているのか・・・?」
シユがふと浮かんだ仮説は上官か何かからの制限、もしくは類似する圧力が掛けられている事。泳がせて、尚効率良く倒せる算段が有るのではないか。
その裏付けに多数設置されているであろう地面のギミックの裏に隠れた対空機銃一つ真面目に作動させていない。無駄というよりも邪魔だ、と判断させる要素足る理由が存在するのではないか。
直感と個人的理論を合成した思案、この予想が当たったとして戦局に劇的変化を与える訳でもなく、心構えといったごく僅かに利として働く要因になるぐらいだ。
そして、彼の予想は概ね正しかった。
ポツンと円形状のレ―ダ―波に、飛行する物体の接近が反応として返ってくる。機数は一。
『動揺を誘ってるのかしら』
『大した自信だ。進路を阻害しているなら交戦は避けられないな』
「熱源探知。フィ―ドバック情報より照合する機体の割り出し中。質量推測、形状判断、 隠熱と排熱量より入力。照合終了、該当機体は・・・・・・無し」
『また、新型でも作ったのかよ』
有り得る話だ。この間の様にロ―ルアウトしたての試作機を馴らし運転目的で基地で実験を行っている類いと考えれば辻褄が合う。
何にせよこの距離では姿がハッキリとしない、また発電所への壁となっている以上、こち
らから挨拶に行かねばならない。近付かなければ、VALAWの白兵戦は始まらないのだ。
バシュンッ!
『何ッ!?』
堂々巡りの考えが、横へと走る閃光で当たらなかった自機の代わりに消滅した。
「攻・・・撃・・・?」
されたのだろうか。しかし、余りにも速く、またこの距離から狙える機体を、デ―タも自分も知らない。
『やっぱり新型か!』
モニタ―の望遠を睨み見る先に点となって映る敵の姿がある。その存在がまた発光したと知るも身体の反応は追従出来ないが、幸運が続いてまた横へと逸れた。但し、その誤差は第一射よりも縮まっている。
『粒子砲かよ。どえらい装備付けてやがる』
アイミ―は存在を知っていて断定する様な発言をし、小隊と敵との最前線へと躍り出る。
粒子砲、軍部に知れ渡っている略称で、正しくは荷電粒子砲の名が付けられている。荷電粒子を加速機に載せて撃つ原理だが、VALAWサイズ用には未だ実用化されていない筈。とすれば、
「ヘビ―フライト級か!」
鈍重そうな外見とは裏腹にこと加速力においては戦闘機をも上回る最高速度を誇り、最大の売りである拠点攻撃を意識した重武装で多数を想定した標的を破壊する。分類上での特徴だが、無論、一時代も前の産物だ。攻防優れようとも機動力の無さを形状が表すように接近を許してしまい密着距離での迎撃手段に乏しい、猪と呼んで複数機で囲んで落としていた過去がある。恐れることなかれ。
眩い光に一時的に眼は硬直し、その隙に光線は放たれるも咄嗟にスロットルを一杯にして上昇したので事なきを得るも、向こうは一方的に撃ち放題な距離間隔を急いで詰めねばならない。
『猪狩りの基本は集団戦だ。取り囲んで集中砲火を浴びせる、お手本通り行こうぜ!』
散開した四つの線が、不気味な線を描く未確認反応の物体へと飛翔する。
『正体見せろや、コラァ!』
臆病者と言わんばかりにアウトレンジに辟易するマティスが先頭で突っ込む。
待ち受けるは戦闘艇お得意の大量に内蔵された火器のオ―プン・アタック。
『うおっ!?』
勢いの良かったマティスも尻込みする程、前面モニタ―に危険を示す点が驚くほど膨れ上がる。
戦場では危機感知能力が優れていなければ生き残れない、あれだけ突出したマティス機も全速で逆に退いて、ミサイルやら機銃やらの的から外れるよう必死に射線上からの回避を心掛ける。
「こんなのアリ!?」
「クッ・・・!」
シユもクシカもあらゆる角度からの襲撃に、全神経を集中し、張り巡らせて回避を試みるが、あっさりと片手足ずつを奪われ、尚も避けながら姿勢制御を組み替える。本来の接近する狙いはとっくに失われた。
アリなんだろう、統合軍は。こんな規格外の試作機に資金を費やせるぐらい地球圏外に住む人達から搾取しているのだから。先端の無い腕部に亀裂箇所が入り、そこからショ―トを起こしているらしく、肩先からブロックごとパ―ジし、障害を取り除く。これで、まだ充分に戦える。
「そう簡単にやられてたまるか!」
一機で成せる弾幕の数は侵入時に歓迎してくれた迎撃に勝るとも劣らない物量で、一個小隊どころか分隊以上すらも単騎で破壊可能と思わせる、乱れ咲きの砲火が空から舞う。
中心には明灰白色の巨大な戦闘艇が、比較して余りにも小さな人型が踊る様を見つめ、
佇んでいた。
「軟弱で姑息な人形が、こそこそ粋がりおって」
中央の椅子に座る基地の司令官はいやらしく笑う。
飛行艇カ―ムベルト、その中にズラリと並んだ管制官が口々に火器運用の台詞を述べながらパネルに打ち込んでいく。本来、ペイロ―ドが占める大部分を電算システムと火器管制に置き換え、更に外装甲に近い所はジェネレ―タ―を増設し、より攻撃的な面を特化した特殊改造母艦である。
「戦闘機乗りの誇り、見せてくれるわぁ!」
待ち焦がれていた機会に出し惜しみなく放出される武装、圧倒的な質量を前にしてトランス軍のVALAWは近寄る事さえ許されず、躍起になって攻撃から避けようとする姿は人間から見た蠅同然で、この光景にご満悦な顔で一方的になぶれる楽しみさえ感じていた。
この背景にはVALAW至上主義に意を唱えた、彼と志しを同じくする技術者が多く搭乗しており、モンスタ―スペックの愛娘が存分に性能を発揮している姿に心の底から嬉
しがり、中には恍惚の表情を浮かべる者さえ居る。
「奴らは群れることでしか戦えん羊のようなもの。今の軍にも見て貰いたいものじゃ」
如何に脆弱であるかを、大口径の機銃一つで穴を穿たれ、ミサイル一つで爆発し破片となる。行動不能に陥れることを主眼におけば搭乗者にダメ―ジを与えれば簡単に可能で、その種類など数え切れない程存在する。
何故、この様な欠陥品を軍はのさばらせる? 携行する火器に限りあり、構造的な速度限界も問題に抱え、一個体に期待出来る働きが微々たる矮小な存在に。
技術者だから、と言った偏見を理由として理解されてもらえない怨嗟を具現化した化物戦闘艇は、両翼に備えた数十ものバ―ニアを噴かし、より圧力を与える巨体を乗り出す。
「奴らに空中の妙技を見せてやれぇ!」
明らかな接近を予測してVALAW達は慌てて散らばる。食物連鎖の上位種の立ち振る舞いに歓喜する。
極端な重量を空に飛ばし、音速を奏でるバ―ニアの猛烈な爆音、負荷に耐えうる強固な装甲材の強度を用いて、体当たりという原始的な攻撃手段さえ脅威になりかねない。
やや逃げ遅れ、片足の無い一機は音速の衝撃に飲み込まれ、バランスを崩しきりもみ状態のまま派手に吹っ飛んでいく。
「フン、ちょっとジェット後流に当たったぐらいで飛びおって」
これだから、と軟弱と蔑ずみ、戦闘機の優位性を再確認して、相手の動揺から、間違いなく現況において圧倒する強さに惚れ惚れとしていた。
「キャアアアア!」
指向性マイクが潰れる程の、暴風を想起させる爆音と衝撃に巻き込まれ悲鳴を上げる。
「クシカッ! 大丈夫なのか!?」
くるくると回りながら強い落下音と共に地面へと落ちた僚機へ声を掛けるが返事は返って来ない。安否も気がかりだが、うねり眼前へと押し寄せる怒涛の弾幕効果にやられて回避すら危うい状況へ陥っていた。
幾度となく僅かな隙を窺って、機関銃を翼尾へと当てたが効いている様子は無い。
「120ミリじゃ、貫けない!」
更に、総弾薬メ―タ―が赤色で警告を示す。
『ならよォ!』
突然、通信と共にシユの眼前を白い雲煙の軌跡が駆け、ヘビ―フライトの厚い壁を円滑且つ鋭角な遊泳飛行のピポットタ―ンで掻き分け、自分達が踏み込めていない領域にもぐって機関銃を散らす。
水平射された銃弾は飛行艇の尾翼ブ―スタ―二基に直撃し、あわや撃墜と思わせたが黒煙をブスブスあげて尚も航行している。アイミ―は一撃離脱を体現し、敵の機動力を低下させた。
未だ見えてこなかった勝機を誰もが感じ始める。
『シユ! 今だ行って来い!』
「エッ・・・?」
『俺とマティスでコイツを引き付ける!』
『そういう事ですか、ハイハイ』
戦線の渦中に飲み込まれたままであるクシカ、今タ―ゲットに照準を合わせられればその時点で終わる。応答のないクシカは落下の際に頭を強打したのか、生体反応はあっても返答が無い。意識を失っているのかもしれない。
「了解・・・」
闘争心を抑え、代わりによりフロントラインへ切り込む僚機を見送り、踵を返す。
「クシカ、大丈夫か」
眼下に堕ちたチョウマ。機体が仰向けで大っぴらに両手足を広げて、地面に落下しており、如何にコックピット周りが衝撃に強く設計されていても急加速の場合は防げない事もあるらしい。下手したら脳震盪を起こしている恐れもある。
シユはクシカ機のすぐ傍まで幅寄せて、自分が降りやすい態勢で着陸させ、隣のチョウマへと走る。
「返事が無いんだ!」
胸部コックピットを外部スイッチで開かせて安否を気遣う彼が、中で眼を瞑り機体同様に仰向いて気絶したままの彼女を発見し、急いで寄り添う。
見て取れる外傷は無いが、実際はどうなのか判断はつかない。呼吸が正常に行われているのを確認して、シユは彼女を起こさずに優しく名前を語り掛ける。
「クシカ、大丈夫か?」
呼びかけに早く反応してくれた様で、小さく呻いた後で、瞳に涙粒を浮かべ静かに口を開く。
「大丈夫・・・ちょっと頭打っただけ」
だが、言葉とは裏腹に彼女の視線は泳いでいる様に見える。
「起こそうか? 俺のチョウマまで運ぶからそっちに移るか?」
不慣れな対応に彼も焦りを覚える。
「いい、それじゃあシユの迷惑になるから。私、ここで少し休んだら戻って来るから」
実際にはチョウマに二人分の席が出来る程余剰スペ―スはない。とは言えどもこの場に置いていく方も全員が心配を拭えないので得策では無いのだ。
シユの不器用な心遣いを察したクシカは優しく微笑んで説く。
「大丈夫よ、ちょっと打っただけ。まだ、基地も残ってるもの、シユは自分の為にも早く行って」
「クシカ・・・」
納得はしなくても、やるべき事がある以上は率先して行わければならないのが兵士の本懐、ならばその一員である彼女の言も正にその通りであった。
「分かった。すぐに戻ってくるからちょっと待っててくれ」
差しだされた手をグロ―ブ越しにやんわりと握り締め、意志を伝える。
「私の・・・武器、使ってもいいよ・・・」
やはり、即座に戦線復帰出来る程痛みは軽くないようで本音の一面を洩らす。気丈に軍人として振る舞っても、彼女は女の子なのだ。
「ありがとう、クシカ」
手をゆっくりとシ―トへと置いて、もう一度彼女を見た後で振り返り足早に機体の凹凸が険しい上体を飛んで降りていく。
クシカは再び戦地へと赴く彼の背中を見届けてから、響く鈍痛に耐えて眼を瞑った。
「ちっくしょおぉ!」
避けても避けても衰えない弾幕、攻撃特化の意味が嫌になるほど本能に刻まれる。
個として相手が上回っている以上、互するには数で補うのだが、それもままならない状況ではひたすら防戦に徹する、不利な綱渡りを強いられていた。
「シユやクシカが居なくたって、俺だってスク―ルなんだ!」意気込みと自信が彼をよりリスキ―な部分へ踏み込ませる決心をさせ、弾幕へ飛びこむ。
『マティス!』
アイミ―が制止させようとする声を退かして、決死の覚悟で飛行艇が地面に大きな影を作る底の方へ進行する。当然、襲いかかる暴風をも全神経を張り巡らせて彼の天性の勘と幾つかの幸運が重なって奇跡的に無傷で通り、飛行艇のでっぷりとした腹を照準に捉えた。
「もらったァ!」
残弾まとめて乱れ撃ちをかます勢いで、銃身の冷却も追いつかなくとも使い切る気持ちでマティスは一心不乱に撃ち続けた。モニタ―は弾丸の行方を追い、そして動力部一基を破壊したのみで要の要素は全て厚い装甲に阻まれた。
「マジカよ!?」
転機は訪れ、敵は集中して自機を標的として定め、激しい嵐雲の中心に引きずられる。標的を一機に絞って常軌を逸した物量で空から抑えられ、避けるスペ―スすらなく、次々にもがれる四肢。
「うがぁっ!」
『マティス!』
救援に駆け付けようとするも、機関銃は装甲を通さず直接助けるにも距離が遠い。
メインカメラも頭部ごと吹き飛ばされ、各所に穴を穿たれ視界も奪われる直前、
「手土産一丁! 持ってけェ!」
残った左腕で悪あがきに刀剣をしならせながら投擲し、機体は的となって分解されながら地上へと堕ちる。
ジャキン!
『マティス!』
「何とか五体満足です。戦闘は無理ですけど」
『十分だ』
最低限、命の確保だけはどうにかなった。
一直線に上空へと突き上がる剣は装甲を切り裂いて飛行艇下部へと刺さった。 かわすには十分な機動力を有しているが、搭乗する者の慢心によって起きた思いがけない一撃であった。
『チッ! 駄目かよ!』
これでもか、という戦いにおける大事な心が挫けそうになる。マティスがまさしく乾坤一擲で放ったものだが、航行にさして影響を与える致命傷には全く遠い。
『待たせました!』
出来る限りの急速度で地を這う機影が昇り、積極的に攻撃を仕掛ける。
一機で戻ったシユに状況説明をお願いしたかったが、それが叶いそうにない、敵の存在を避けて通れないからである。
現戦力で最善にして最大の可能性を狙うならばシユがポイントマンとして前衛を担い、自負がリ―ドオフマンとしてアシストに徹する事だ。
被害状況を比べれば、相手は無傷と言っても過言ではないが、最後の賭けにでる。
「行くぞ、シユ!」
『了解!』
スラスタ―から出る雲煙を引いて、螺旋状に機体が駆け上がる。
「何故てこずっておる! 早く片付けんか!」
激昂する声が響き、戦闘管制室が静まり返る。
技術者達も目の前で繰り広げられる光景、苦戦という事実に驚きを隠せず、口をだらしなく開いていた。
何故だ、何故だ、と連呼しても答は出て来ない。一個分隊を相手にしても正面きって戦える装甲と武装を兼ね備えたこのカ―ムベルトがVALAWを相手に、たったの四機を相手にこうも苦戦している。
「何をしている、たったの二機だけだぞ!? 早く落として本体に合流せずして、何が栄誉か! たかだが四機の実績で・・・・・・勲章から遠ざかっているんだぞ!」
艦長席から激しく怒鳴りチラそうとも、自分を見向きする者は居ない。皆が自身の作業に手一杯であり、何より火器管制、操舵における役割も搭載量から事細かく分業してあるのだからこの責任も誰に問えばいいのか、誰一人として理解していなかった。想定外の事態が問題を浮き彫りにしている。
既に全八基のスラスタ―の内、半分が潰され航行速度の低下を招き、更にあろうことか滑稽で不細工な剣が船体下部に刺さったままなのだ。些事では済まない問題に彼は際限なしに湧くストレスを発散しているのである。手持ちの喘息薬の吸引間隔は早くなる一方だ。
「敵機、急接近」
「即刻、撃ち落とせ!」
「α1~6、β3~4の火器回避されました」
抑揚なく淡々と告げる声にも彼の苛立ちは直結しており、他人事で当たり前に失責を口にしている素振りに聞こえて仕方ない。
「敵機、尚も接近」
一々と確認もしなければ武器も使えないのか。
「他に武器はあるだろうが」
「敵機、射角外へと移動した模様」
今まで年長者として耐えてきた訳だが、この一言が琴線に触れた。
若い火器管制官の一人の元へと小階段を降りてまで歩み寄り、遂に元凶を見つけたとて、横向く顔に鉄拳を入れ、ヘッドセットをも飛ばし胸倉を掴み上げ、晒しに掛かる。
「平然と抜かしおって! 貴様の対応の遅さ・・」
ガウン!
続きの言葉は船内に走った衝撃によって掻き消された。
管制室でも大きく揺れは生じ、艦長も本能的に座席に手を伸ばしていなければ転倒していたであろう、細かな機材が足元に倒れている。
「被害状況知らせ!」
冷静に声を発したのは副官である。
「右翼、推進基破損。更に速度低下!」
「傾斜角十五度修正。多重損失により比率調整が困難です!」
五基目の破壊により右側の 出力装置は使用不可となり、加えて推進比重を合わせる為により速度を落とさねばならない状況へ陥った。
「忌々しい、忌々しい、忌々しい! 貴様等は無能の集まりか!? あれごときも片付けられずによもや苦戦だと!? そんな馬鹿な話があるものか、理論では分隊相手も可能な戦術飛行艇なんだぞ。それが四機、たったの四機にだ! ここで寝首を掻かせて私に恥を掻かせる魂胆か!?」
怒鳴り散らす原因は搭乗員にある。こいつらが多種多様な火器を活かせていないから未だに敵が残っているのだ、と。決して機体の優位性などは頑として認めず、己の虚栄心が招いた失敗とも認めはしない。
「敵機、再度接近!」
一度、旋回した後に今度は真っ正面から突っ込んでくる。
「代われっ! 私が直々に撃ち落としてやるっ!」
艦長は躍起になって、殴り飛ばした管制員の席に腰掛け、レ―ダ―と端末を繋げた主モニタ―で直接標的を捉えて機銃とミサイル両方の仕立てをする。
「戦闘機乗りは屈しない! オ―トに頼るから当たらんのだ、経験と技量の無い者がボタン一つ押した所で当たる筈も無い!」
愚直にも真っ直ぐから攻め入る相手を高性能照準機は既に射程圏へと納めているが、彼の指はまだ動かない。
敵をロックするのは奴らの接近よりかなり早く可能とする。しかし、早過ぎる故に高誘導を持ってしても到達までのラグを利用して回避行動が取れるのだ。ならば、制動ままならぬよう発射の初速だけで落とす、つまりは引きつけて刹那の見切りで当てるという事だ。
「バラバラにしてやる! 来いっ、来いっ、来いっ、来いっ、来いっ来いっ来いっ来いっ来いっ!!」
肉迫しつつある敵機が原寸大のサイズでモニタ―へ映った時、彼は鼓動に合わせて引き金を引いていた。
ドウンッ!
再び管制室が揺れた。
幾人かは床に突っ伏し、悲鳴が上がる程、規模は前よりも大きく物が投げ出されている。
「どうした!?」
艦長は接近し過ぎたVALAWが自分の制裁なる一撃を浴びて本船間近で爆発した物と信じていたが、事実は希望とかけ離れて存在する。
「火器損傷、第三火器区画より火災発生!」
「高度低下、上昇までに三マイル、速度二百五十まで減速します」
「弾薬庫へ引火する恐れがあります!」
彼が見切りをつけて放った渾身の一斉射は発射とほほ同時に相手の機関銃に阻害され、その場で爆発し、その影響で周囲を巻き込み推進機をも破壊したのだ。
「分断したもう一機が近づいています!」
「何処だ!?」
「船体下部です!」
爆発が起こした混乱で冷静な対処を忘れ、攻撃もままならない隙を盗み、無防備な飛行艇の底へと接近を許してしまった。
混乱に乗じて相対速度も合わせられる域まで下がり、慌てふためく搭乗員のミスか敵の通信が混線し、裂帛の雄叫びが轟く。
『デェェェェェイイ!』
片腕を失ったVALAWは船体に刺さったままの剣を握り、バ―ニアを噴かしながら縦長に続く先端まで引き裂く。分厚い装甲から火花が飛び散り強固な硬度を持とうとも内側からでは容易く、柔らかく開かれていく。刀が半ばから折れ、自前の武器に拘りのあるマティスには悪いと思いながら、柄と僅かな刀身を投げ捨てマウントしていた機関銃へと持ちかえる。
シユの視点では、黒煙を噴きながら徐々に傾いて落下していく。
ヘビ―フライトからは攻撃の兆しも見えない。
「堕ちていく・・・」
あれだけ猛威を振るった巨大の最後は見る影も無く失速し、姿勢制御もままならないままゆっくりと地平線の向こう側へと消えて行き、やがて見えなくなる。
撃退という形だが、敢えて追わずとも戦闘不可能に違いないので撃破には拘らない。
『よくやったぜ、シユ』
「えっ?」
唐突に誉められて、体中が今以上に熱を持ち、こそばゆく感じる。
「そ、そんな。隊長の作戦があってこそですよ」
『そうか。誉め合いは全部終わってからにするか。まだ、大役も残ってるし』
そう、これまでは前哨戦に過ぎない。本隊に脅威的になるとは言えあくまで副次的な意味合いしか持たないのだから。あわよくば、別働隊が事を上手く運んでいて欲しいと願う。
『お偉いさんが、せっかちに自爆ボタンを押す前に済ませようぜ』
「了解!」
『クシカには酷だからな。爆弾は俺が持つ・・・』
まずはクシカとマティス、それぞれの安否と状況を確認せねばならない。
『クシカにはこっちの方がキツいだろうが・・・辛抱だ。後の捕虜よりはマシだろう』
回収班は敵地故まるで期待出来ないが、幸いにもクシカの機体は戦闘は無理だとしても稼動状態に関しては問題なく、損傷が著しいマティス機を放置し、彼とクシカで相乗りして最後方から付いて来ている。
『我慢しろよ・・・』
安らいだ表情のまま、もたれる形で寝そべる彼女にマティスは語りかけるように言う。
一機損失、戦闘力を無くしたアブリズに、残弾心許なく搭乗者の心身の疲弊も見られる二機。更に敵の広域ジャミングで情報もロストしており、今見える景色は日中の晴れた空の筈だが、小隊は闇雲に突っ込んでいるぐらいの心境だった。
『出たとこ勝負とはな・・・』
アイミ―はやや、自嘲するように言う。
場を改めた所で作戦状況も改めたかったが、自分達がどれ程ロスして本隊とのタイミングがズレたのか掴めず、部隊長率いる黒いアブリズとの連携も取れず、向こうはもう攻めたのか、或いは堕としたのかすら手探りでじかに現場に赴くまで分からなかったが、眼下に広がる人口の大地に一つポツリと置かれた発電所、幾数もの噴煙と、出迎える対空攻撃で察した。
「あれは・・・」
部隊長が駆る黒色のチョウマが朽ち果てたまま仁王立ちする姿に若干の悲しみとそれを大きく上回る憤怒が起き上がるも、それは友軍機を思ってではなく、その先で構えるアブリズの存在故だ。
「あいつは・・・あの時の・・・」
背筋をゾワッとさせるおぞましい感覚、と同時に抑えがたい衝動的な怒りが湧き上がる。
あのアブリズは同僚を討った敵に違いなかった。
『シユ、突っ走るな!』
アイミ―は自分が感情任せに暴走していると認識したのだろう。しかし、それは違う。
「敵討ちですよ! それなら問題ないでしょう!」
マティスが、そしてリヒルが散った痛みを知っているならば平然としてはいられない。オマケに基地を守っているとあれば是が非でも排除せねばならない。 あの、忌まわしき制圧兵器は支える腕ごと失っていても戦闘力は有している、障害は取り除かなければならないのだ。
統合軍の兵器に、仲間の敵、シユにとっては憎悪の塊の様な対象だった。
「あの機体だけはっ! 落とさなきゃ駄目なんだ!」
新たに感知した敵機をモニタ―が知らせるが、シユはその中の一点しか見ていない。
『外から三機増援! 俺とマティスで何とかする! 頼んだぞ!』
仲間に背中を預ける事で、もはや一部の迷いも無いシユのアブリズが躍動する。
飛行能力に利のあるチョウマは敵機の上空を奪うと、降下しながら雨模様の銃弾を下し、視覚的に回避行動が取りにくい位置から巧妙に仕掛ける。
只、相手の技量もやはり卓越したもので冷静にスライド移動しながら避け、位置の良い所で反撃されてしまう。
着地と同時に相手は防衛の砦として自ら接近戦を挑み、前進するからには自分を倒してからと言わんばかりにタイトに攻めて来る。
既に、交える剣の無いチョウマには防戦一方で、頼みの機関銃を破壊されないよう細心の注意を払いつつ、
縦に切り捨てる斬撃を片腕でガッシリと手を掴むことで勢いを抑え、頭部アンテナまでで剣を止める。
「ウオオオオ!」
バ―ニアを全開にし、燃え盛るスラスタ―推力で二機を追い出し、付近の工廠へとぶつかり建物が瓦解する。
「もらったァ!」
瓦礫の下で埋もれるアブリズを前に、素早く起き上がり逆噴射で退きながら機関銃を放つ。
塵積もった瓦礫を破壊し、連射された銃弾が幾つもの穴を穿つが相手も同様に急噴射で数発を受けながらも抜け出し、お返しとばかりに機敏な動作で攻撃を避けながら、突出する。
速く、正確な射撃は、完全に態勢を立て直しきれないチョウマの機体各所先端部へ命中する。機関部、動力系に問題は無いものの、頑強な機体構造に救われたのが実情であり、この事を実感したシユはマズさを感じる。
「このままじゃ・・・」
攻め倦ね、足踏みしている。
「クッ!」
進撃を妨げる容赦ない銃弾が降り注いで思考を遮り、踏み込み所を模索する余裕も無い。ジリジリと後ろへ下がりながら避けて、道路先端へ追いやられる。その時、亡骸である部隊長の機体を脇に発見する。
「クソッ!」
これも自分のミスが生んだ結末だ。分隊行動さえ取らなければ数で攻め入る勝機があったのではないかと自分を責める。
ここでやられたら部隊長は無駄死になってしまう。侘びをいれるつもりなら責務を果たさねばならない。
「俺は無駄になんてさせない。敵を討つんだ!」
チョウマのうなだれた右腕は刀をまだ握りしめたままであった。
シユは部隊長の遺物を借りて、迫るアブリズに刀で迎え撃ち、刀剣が交錯する。
「ウウウッ!」
敵と怨み、双方がシユを後押しする力となって前進させる。
一方でイルナレットも、後ろで支える仲間や失った同胞への想いを込めて一歩も引かなかった。鍔迫り合いが続き、打ち返してまたも刀剣が軋みを上げる。剣技に合わせ、格闘術も用いて、刀を流された際に体当たりをも仕掛ける。大きく揺らいだアブリズに踏み込んで突きを出したが、ギリギリの所で首元の横で空を切った。
刃物を相手にして我が身を晒すセオリ―を無視した攻防に正規の訓練を受けた者程対処に難儀を示す、スク―ルの戦術を駆使した戦い振りにイルナレットは苦戦している。
がむしゃらに
「貴様だけはァァ!」
折れた刀剣を相手へと投擲し、視界を奪った隙に肉迫して、銃底で打撃をし、のけぞった所を蹴りを繰り出し、殴打で対応する。
装甲面においてはチョウマよりは全体比較で薄く、その分機動力に長けた統合軍兵器らしく、さしもの乱打によろけ、胸を反らしてさらけ出した胸部への打撃を狙う。
アブリズの装甲なら或いは、と搭乗者を押し潰す算段で片腕を唸らす。
ガシィッ!
「ウッ!?」
フェイント? 驚くべき反応で空を切らされるばかりか、装甲がぶつかり合う程接近し固められて、じたばたともがいて後ろへと下がった時、同時にアブリズはもう一歩踏み込み、左腕にマウントされた剣を拳と共に打ち出す。
「アウッ!」
衝撃でコックピットも左右にブレて、モニタ―もザラついて何も映らない。頭部が吹き飛ばされたのだろうが、二百七十度全ての視界がまったく機能を果たさないのだ。
目視には内壁の灰色が見えるばかりで、眼の前には敵機が居る筈なのに見えない恐怖をシユは感じ、
「やられてたまるかァ!」
常套の逃げる選択を捨てて、機械のサポ―トに頼らない勘だけを信じた渾身の右ストレ―トを放ち、思いがけないクリ―ンヒットを見事敵へと命中させる。 サブモニタ―がやや遅れて起動し始め、ポツリと視界と視点が変わり復旧していくなか、彼はマウントしていた銃を抜いて、前進しながら位置を予測して構える。
「分かるハズ・・・見えなくても、分かるハズだ!」
三十六から成るモニタ―のピクセルがあのアブリズのカラ―を捉え、全面に映した時、 相手は射撃態勢のまま迎撃し、此方もやや遅れたタイミングで撃った。
当たった。
敵と自分、両方の手応えがシユには残り、モニタ―の視点が不意に下がって地面へと向き、足場が崩れ浮遊するかの様な感覚が襲う。一瞬にして永遠、不可思議な現象が時間さえも止めて引き延ばされた。
シユのチョウマは脚を撃たれ、骨格ごと貫通してバランスを奪われ前のめりに地面へと傾き倒れる。
倒れる寸前まで出し尽くしていた銃弾が相手の肩へと銃弾し、隻腕となった腕さえも接続部分から断ち切られ、事実上の戦闘不能に陥る。
だが、これで終わった訳では無い。
「こんな所でまだ終われるか!」
自由の利かない態勢ながらもシユはコックピットの後ろへと回り、ロックを開けて中にあるケ―スを取る。これまでどんな衝撃にも耐え、物音一つ立てなかったので存在を忘れている時間もあったが、これは爆弾である。
生きているコンソ―ルを使って、緊急行動オプションにアクセスし、出口を開いて機体は破棄するよう自爆プログラムを起動させ、最後の役割として鹵獲の防止と視線誘導の囮に使用する。
正式配備されてから、数度の戦場を駆けてきた同僚の見納めはごく僅かだが、この光景を忘れないよう胸に刻んでから一目散に走った。
タイマ―が零になり、爆発する瞬間を目撃しなかったが後方で一際大きな音がしたのでそれで確認は出来た。
サイレンが彼方此方から鳴り響いて、誰もが危機感を臨む警戒態勢の中、シユは監視の眼を爆発騒ぎで引き付けている間に裏手口へと回る。手に抱えるス―ツケ―スは軽く、暗記している地図を頼りに発電所内へと向かって全力疾走する。
「あれはっ!?」
数々の損傷の果てに沈黙したチョウマから一人の搭乗者が出て来て、更に手荷物まで持っているのをイルナレットは目撃した。
中身が何かを外から見て取れなくても、大体の想像は可能だ。おそらく、爆発物を収納したケ―スで電力遮断を狙っていると結論へと結びついた。
『イルナ、どうしたの?』
同僚であり友人でもある彼女の声を無視してまで、イルナレットはコックピットを離れ、追いつくべく走り出す。
話しながら追う余裕も無く、とにかく時間が惜しい。つい先程の戦闘の為に人払いをしてあるので、潜られれば電力供給部まで一直線に侵入を許してしまう。
「相手はスペシャル。だけど・・・」
士官学校時代においては銃の取扱いは不得手だった。
しかし、彼女はス―ツポケットの拳銃を片手に身を乗り出して、パイロットス―ツの人物を追う決心をし、コクピットハッチを開こうとした瞬間、
「ウッ!?」
眼前で戦闘不能にした筈の機体から急激な熱量と異常な温度が検知され、イルナレットは防衛本能と言うべきか、SCDシステムが倣って身を伏せる仕草が間に合い、次の瞬間の爆発に備える事が出来た。
「くううううううっ!」
コクピット内に居ても耳をつんざく程の轟音、視覚を狂わすフラッシュ、自爆による爆心地からの熱風とその衝撃が広がり、イルナレットは一瞬気を失いそうになりながらも、気丈にも耐える。
もう少し、距離が近ければ完全に巻き込まれていただろう、トンプソン型の装甲ですら表面が溶けた箇所があるのだ。
相手の覚悟をこれだけ見せつけられても、イルナレットに臆する気持ちはなく、まだ熱を持っている機体にも構わず、ハッチを開き軽やかに降りて追跡すべく駆ける。
息を飲み込み、体内からの発熱さえ抑えるように静まり返り、彼は心中で数えていたカウントダウンが零になると意を決して、ス―ツケ―スを兵士達の前へと滑らせさる様に放り投げる。意識が下方の対象物へと視線を移したのが最期、飛び出した男の銃弾を集中的に浴びてまず一人が倒れ、気付いて半ば錯乱状態で銃を撃つも、狙った箇所に人の姿は無く、横っ飛びで回避され胸と頭に数発を受けて鮮血を垂れ流して事切れる。
シユはすぐさま起き上がり、ス―ツを回収して狭い通路へ入る。
視覚に留まる情報と、軍から頂いたデ―タを照らし合わせ、目的地への正確な位置情報を割り出し、シユはただひた走る。
「ハアッ、ハアッ・・・」
蛻の殻となっている会合室では、机や椅子が投げ出され飲料水が散らばっていて人の名残を残している。余程慌てる状況だったと察するが、この功績も部隊長が行ったものだろうか。恩義を肌で感じ取り、硝子の向こう側に並べられた機械の集積地を見つけ、急ぐ。
躍起になって施錠されたドアを銃で破壊し、大小数々の箱型集積機器の真ん中へと立ち、其処から線引きの図面と重なる送電機を発見した。
「間に合えよ・・・」
本隊への支援行為として成り立つかどうか。
シユはその場で座り込み、ス―ツケ―スの表にある解除装置を紐解き、その奥にあるパスコ―ドを入力する。
〇四一一、一度聞けば二度と忘れない番号である。何故この数字を、と動悸と共に動揺したが、今ならその正当性が分かる。散華の悲劇に準えた、偶然では考えられない一致。それは反旗を翻す者の意志を体現した象徴足る意味を持つ。
「恨みを晴らすんだ・・・」
中には小型の設置式時限爆弾が入っており、残りの面積は全て固定具にあてがわれている。
タイマ―も任意設定が可能で、シユは意図も理由も無くごく自然に〇四一一に設定し取り付けた。
ケ―スは不要でほったらかし、素早く離脱しようと集積地を出て、会合室先の通路へと駆けた瞬間、
ダァンッ!
「チッ!」
銃弾が通路先から送り込まれ、眼の前を送風が貫いていった。シユは即座に扉の横へと張りついて様子を窺う。
「そこまでよ! 援軍も来ているわ、大人しく投降しなさい!」
誰がッ! と口で言葉を投げるより、銃口を扉の外へと出して数発の銃弾をお見舞いし、拒否反応を示す。
照準など定まっていない適当さとは言え、跳弾の危険を踏まえてとっさに台の下へと潜る。
援軍の下りはブラフだろうが、物陰から迂闊に顔を出す程愚かな相手ではなく、すんなりと解決してくれる相手ではないらしい。
まだ、爆発までは三分以上も掛かるだろう。衝撃に乗じて逃げ出す算段ならそれまで凌ぐのは厳しい。敵は今現在一人なのか、これから増援が来た場合では例え爆発に成功しても脱出は困難となる。
現状ならば相手は一人だろうか、くぐもってはいるが声からして女性、生身であっても大の大人を相手にして引けをとらない自信はある。
「・・・・・・」
銃をホルスタ―には仕舞わず、背の上下ス―ツの隙間へと忍ばせて、通路へとゆっくり歩を進める。
死角となる曲がり角を超えると、広くない殺風景な群青色の空間に、一人立つ人物。
全身を統合軍のス―ツカラ―で包み、明らかに軍服の中でも気密性の高い見た目、それがあのアブリズの搭乗者だと察するのは銃口を自分へと向けるよりも早かった。
『床に伏せて、手を組みなさい!』
やはり、奥行きには人影無く只一人が立ちふさがっている。
『早く!』
シユは腕は上げたまま微動だにせず、不適に微笑む。
ダァンッ!
顔の横を風圧がすり抜ける。威嚇である。次は当てる、と口では言うものの、銃身ではなく腕に片方を添えているのは震えを隠す為だと理解していた。
『早くっ!』
心中で相手の甘さを嘲り笑っていた。口さえ聞ければどうでも良いのだから、まず手を撃って銃の使用を無力化させるか、足を撃って逃走を封じ込めるだろう。口を割らせる手段なんてのはそれらの段階を踏まえさせすれば容易いものだ。つまりは躊躇いが滲み出ていて、人を痛めつける事に感情の制御が入っているのだ。
だから、討たない。
「ああ」
膝をついて、寝そべる態勢になる一瞬、相手の緊張感が漂う間でも構わず、彼は銃を抜いて回転ざまに放つ。
銃弾は傷を負わすには失敗したものの得物を弾き飛ばし、たじろぐ隙が生まれた僅かな間を逃さず駆ける。
脇で阻む搭乗者にパンチをくれてやるも空振り、同時に背中に手を回され、膝を腹へと食らって、痛みにもんどりうちそうになるも耐え、手早く銃で始末をつけようとするがこれも外し、相手に落ちた銃を拾わせる時間を作ってしまった。
立ち位置は最初のまま、シユは狙わせる手間を与えず強引に突っ込んで殴り掛かるも、またしても避けられる。
しかし、これはフェイントで握っていた拳は体を抜ける手前で開き、襟元を掴む態勢へと変わり、半回転押し出し、そのまま足払いで投げようとしたが、回転し叩きつけられるまでに左手首を掴まれ勢いそのままに自分事道連れにされ、両方とも転がる。
先に受け身を取った敵がスペシャル仕込みの銃の早撃ちを披露して、後手を踏み、構えたままでいる相手の銃に当たり、飛ばされる。
若干、宙を舞い、転がるヘルメット。驚きの動作で身を守る態勢に入りきれず、頭と胸、急所であるどちらかを庇うのが精々であろう。シユは咄嗟に防ぎれなかった方を狙い撃つ算段だった。反動を吸収し、次弾を放つまでは素早く、敵の反応を見てからでも空いた部分に絶命足らしめる凶弾を与えられる。そこに寸分の狂いなく、躊躇いも無い、筈だった。
トリガーを引く手前、彼の視線に入ったのは相手の貌。それも、その素顔にはうら若き女性の長い金髪と見知った顔があった。
心臓が大きく跳ね上がり、指先を狂わせる。
「エッ!?」
事実に驚く、突然の発声。
掲げた拳銃がそのまま頭か胸かに照準を合わせられ、イルナレットの方は撃たれると覚悟をしたが、トランスの敵はなんと震える手でこちらを見ながらヘルメット越しで凝視している。如何なる感情をぶつけているのかは分からない。
あれだけ固く握っていたグリップに急に力が入らなくなり、敵は銃を下ろさざるを得ない状況に陥っている様子だった。だが、さっきの揉み合いで互いに位置が入れ替わり、出口に近い敵はこの決着には余り拘りを見せず、そのまま振り直って走り出した。
追いかけるよりも、不可思議な行動が気掛かりで身体は瞬時には動かなかった。もう見える位置には居ないだろう。
「なんだったの・・・」
分からない。考えがこれまでの経緯を一致させるが、彼女の感情はそれを否定したくて、混乱を招いていた。
寄りかかる事で何とか身を起こしたイルナレットも出口へ向かう。そうしながら考えに一つの結論を見出した。
「トランスは子供を利用している」
「うそだ、うそだ、ウソだ、ウソだ、ウソだ、嘘だ!!」
正直、緊張と疲れで冷静ではなかった、自分の何処かにある願望が偶々生み出した見間違いに違いない、女性士官の割合だってかなり増えた、地球圏サイドなら金髪は多い、彼女はエデンに居た、軍人なら相応の姿というのがあるだろう、アブリズの搭乗者だなんて、あのイルナレットが軍部になど、ましてや統合軍になど入る筈が無い。
懸命に走りながら、どこからともなく湧いてくる疑心暗鬼から振り切ろうと走っていた。
『シユ!』
コクピットを通した拡声器でのアイミ―の呼びかけにシユは見上げ、出口付近で応戦しながらも待っていた彼の機体が差し出す手に乗った。
応射しながらも引き上げ、胸部コクピットまで掌に乗って開いたハッチに飛び込む。
ハッチに手を掛けシ―トに座るアイミ―と眼が合った時、彼はふと微笑んだ。
シユはコクピット内で背中を丸め、中腰の姿勢、座席の後ろにしがみついて離脱の備えをする。
「お前も狭いが我慢だ。よくやった。タイマ―は五分だからさっさと離脱するぞ!」
「了解・・・」
シユは全天モニタ―の下方、今し方侵入した建物の様子をじっと見ている。
二機のVALAWが垂直上昇し、一気に遠ざかろうとする。
その反応で、敵も追跡より我が身可愛さで発電所より離れ一種の空洞状態が生まれ、そして、
ドゴォォン!
周辺にある施設、建物、更には離脱していたシユ達にも伝わる振動と音。
『やったな、シユ』
作戦の成功を喜ぶマティスの声。気のせいか傍らのクシカも安らいだ表情をしている気がした。
「ああ・・・」
発電所内排気口から次々に煙が立ち込め、虚空の天井へ向かって伸び上がりつつある。
爆破規模は軍の供給ル―トを断つのが目的で発電所を全壊させる物ではない。世論も重要なファクタ―である。
ただ見せ掛けだけでも爆弾だと敵に印象づけなければ、時間稼ぎの暇にもならない。音と噴煙に彩を盛って、視覚的にスケ―ルを誤認させる。
「脱出ル―トは手筈通りだ。本隊の侵入経路から俺達もだ」
責務は果たした。
アイミ―にとっても久しぶりに肝が冷える場面ばかりに遭遇した為か、まだ敵地からの脱出は済んでいないが、指先は硬直し、手袋は汗ばんで、既に達成感を一人先走って味わっている気分である。
その浮き沈みは彼の後方で景色を見納めるシユと違って顕著であった。
「浮かない顔してるな。怖い思いでもしたのか?」
「・・・・・・」
「まあ、これだけ生き死にの現場に曝されたら、手放しで喜んでる奴の心境の方を疑うよな」
「・・・相手の顔を見ました」
アイミーは面喰った表情で顔を向けていたが、すぐに微笑で和らいで前を向き、気軽な口調で返す。
「忘れろよ、そんな事は」
機械越しで殺傷が多い時代においても、人を殺したという事実は精神に痛みを与える。ましてや、直に生身同士で殺し合いを体験すれば尚更、痛みは強く、PTSDにも陥りやすい。スクール面々なら精神的訓練も充分にこなしていると思っていたので少し意外であった。
要は十代の少年、そういう事なのだ。改めて間近で見た彼の容姿に、そう気付かされる。
「――まぁ、考えるのは家に着くまでな、帰ったら俺達だけで乾杯しようや」
作戦の結果がどうあれ、自分達の作戦の成功祝いだ。慎ましくても賑やかでもいい、小隊が全員無事でいる、それが一番の肴だ。
終章 見えない明日へ
グリニッジ標準時間にして十一時二十三分。
トランス軍VALAW大隊による基地攻略の最中、敵前線基地よりの白旗確認。
同日の十五時過ぎより降伏交渉 を始めとする基地の全面受け渡し、捕虜の扱いに関する協議が執り行われ、火星軍トランスの代表にはグワハルト中将、地球連盟統合軍にはケネス・キンバリ―中佐が臨時代表として調印し、周辺における全戦闘行為が終結した。
第三者の立場であるカメラマンが調印式に立ち会い、勝者と敗者それぞれの思惑が並ぶ構図を写真に納める。長年、人を追い続けてきたベテランには分かる、マスクの下の苦痛の表情と軍旗に腕章と誇りを持って軍服に袖を通す者との明暗。
新聞の見出し、早朝メディアのトップニュースを飛び越え、後に歴史に残るこの一枚、それにはある人物も写っていた事も起因する。
名をラプリー・ドク。階級は少佐。
印を押すグワハルト中将の後部列、写真でも見切れるようにして調印の瞬間を目撃するこの男性は、スクール創設者にして、数々の作戦において提案、実行し、戦力差で絶望的に陥るトランス軍の戦争継続を可能にしてきた立役者でもあった。
メディアを通して表舞台へ姿を現した一枚は、この先の更に過激化し、泥沼化していく戦争を暗示しているように見えたのは後の話である。
尖兵となる前線基地の奪取により、シリンダ―内の経済利益により問題視されていた戦力の増強が見込め、反比例して、軍の頒布図からして放物線の頂点を失った統合軍は防衛主体と、戦力の分散化を余儀無くされる。この勝利により、統合軍本拠地であるワシントンへの強襲を目的としたフォ―ルジ―作戦は可能性を増し、開戦当初は光明なき反抗と揶揄されたDemorの体現と言うべき戦争は批評家達の顔を曇らせ、予想のつかない展開へと戦況は変わりつつある。
基地管理に関しては、後任者を選出し、一任する方針で固まり、グワハルトは本国に帰り、椅子に座ったまま頭を悩ますだけの老人達に報告をせねばならない。
基地を出る際に、帰り支度も用意してあり、わざわざ積み荷として持ってきた送迎用の専用車とお抱え運転手が停まって待っていたのだが、乗り込む前に、後ろで並列していた黒の乗用車から、またか、と思わせる人物が現れ、歩み寄って来るのだった。
「近頃は突拍子も無く顔を出すが、何か私に魅力でも見出したのかね?」
「そのようなものです」
畏まる表情と一礼で、自らが手配した車への案内をする。
運転手とは付き合いも長く割に話せる間柄なので、これまで自分との話題や郵便物の差出人にも覚えのない見知らぬ初老の男性に警戒心を抱いていたが、
「今日は例外、特別なんだ。すまない」
と、労う事で渋々了承をしてくれた。
「さっき言いそびれた事でもあるのか?」
「貴方がちゃんと印を押したかどうか確認していました」
調印式にもラプリーが不意に湧いてきたのをグワハルトは知っている。顔を合わせないものの動向を探ってはいたが、誰かに入れ知恵や吹き込む様子もなくすぐに去ったので逆に気掛かりになった。
「どうぞ、勿論お送りしましょう」
促される形で、大衆向けでない高級車のシートへ座る。天然の革張りに、座席間のゆったりとしたスペース、車内用のクーラーボックスと嗜みも揃っているが、軍部の輸送船は武器や兵器、陣地構築の為の建設機械が優先的に運びこまれている中で、自家用車の一つをどう手配したのかふと気になったが、些事に過ぎないので質問にはしなかった。
「乗り心地は悪くないでしょう?」
向かいに座る彼が言う。
「ああ・・・まあだな」
それも些事だ。
「空港までで宜しいですかな?」
「そうだ」
ごく短い移動距離だが、内密な話でもあるのだろう。自分としても公然と彼に会うよりは、この様な形で他者から目撃されない方が都合が良い。
横になぎ倒されたビル、瓦礫の塊やひしゃげた信号機、戦闘の爪後はそのままであり、車は交通整理に従って空港までのルートを辿っていく。警備隊が眼を光らす中で、住民は場違いな車種を遠目で眺めながら、様々な感情を眼差しに載せて向けていた。
「毎回の報告義務は老体に堪えますな」
視線を外さず、皺と白髪の増えた老いを感じる顔を、一店として見ていたラプリーが口を開く。
「その通りだ。立場上は私もパイプなのだからな。穏健派は報告と書類の粗探しに躍起になっている、私には急かすばかりだよ」
「戦争否定の正統性を散々主張してきましたが、今や基盤から揺れ始めている。何処かしらつつかねば、方向性を見失いかけているのではないでしょうか?」
事実だろう。今回の戦闘で最も不安を覚えたのは統合軍ではなく、或いは穏健派の連中かもしれない。
「次に彼らが言うのは、サウスベルクを材料に交渉を有利に進めないか、だ。日和見主義者は後戻り出来ないと未だ自覚していないのだからな。お陰でいい迷惑をしている」
「穏健派の筆頭はモモイガ参謀代表ですが、髄を成すのはタンベル情報庁長官です。仕事柄の情報を横流しで入れ知恵をしていらっしゃる。軍部へのこれまでのちょっかいは彼がカンペを用意していたのです」
タンベル情報庁長官、直接会った事は無いが、テレビ受けのいい強かな男という印象がある。ラプリーの話が真実であれば、どうやら、二枚舌を使い分ける狡猾さも備えているらしい。
「成る程、彼等の口の滑りが良い理由にはなるな。しかし、日々情報の波に乗っかっているのなら、軍部の内政調査でボロを出すものかね?」
「落とし所は別口から切り始めます」
マルサでも使って、汚職を洗うのだろうか。それよりも大物政官を糾弾など、枝毎の繋がりがある政界では損益の観点から封殺されるのがオチだろう。だが、逆に軍部ではまるで関与しない領地に踏み込みで、更に知らしめようとする等、彼には余程のパイプラインがあるのだろう。でなければ不可能だ。
出任せではないと、信憑性も皆無ではないらしい。
「そう言うか。で、わざわざたんこぶの状態を教えてくれた意味は何だね?」
チラッと高価な腕時計で確認をしてから話す。
「確かに空港までの道のりは僅かですが、結論を急ぎますか・・・」
「私は回りくどいのと、駆け引きは好きじゃないのでな」
そう言うやり方は会議の場で常日頃から見られ、とうに辟易している。
「今後は手当たり次第に噛みつくような真似はさせません。庁官には身辺整理に時間を割いてもらおうと思っています」
「・・・そうか。そうなると私は悩みの種が一つなくなるという事になるが」
「そうです。軍務に気兼ねなく取り組んで下さい」
「・・・・・・何が狙いだ、ラプリー?」
「愛国心ですよ、この戦争を勝ちたいのです。その為に不要な要素を排斥しているのです」
「では、私を何故担ぎ上げようとする?」
一点に絞っていた眼差しを、こちらも受け止め、その眼の奥にある真意を見る。初老に入ろうとも鋭さは衰えず、敵には威圧を、周囲を含む味方には厳しさ、冷徹な一面を匂わせる。
ここ何年も隔てての、急な肩の入れよう。恩師の繋がり、大学の同級生、入隊時の同期、親しくなる環境下にあっても特に忌み嫌うでもなく、それ程親しくもならなかった仲だ。
一区切りがついた今こそ、善意かどうか、真意を問い質したい。
「貴方は今回の勝利でも全くのシラフだ。一滴の慢心もなく酔わずに冷静な観点から状況を見据え、常に軍務に忠実。そんな希少な人物と旧知の誼があったからですよ。見栄えのしない御輿は見向きはしても何の印象も残りません」
聞かれて逆に驚いた。
「喜ぶべき事態に見えるのか? 五分にもほど遠い状況だぞ?」
「酔いを促して、大衆に呑まれて更に酔う。今からお戻りになる場所で見られますよ」
そう淡々と非難する彼は、暗部とも言うべき事項の何処までを知っている? その疑問を解くべく乗車までして直接のやり取りを行ったが掴めない。信号停止している車から見える景色には、空港内の敷地や駐車場などが、もう視界一杯に広がる所まで来ていた。
時間的にやや焦る形で確認の問いを投げる。
「今までの、本心か?」
「そうです」
表情には欠片程の変化も見られず、常時の仏頂面だった。
「お着きになりました。帰路は考え事も捗るでしょう」
「だと、いいがな」
先に降りたラプリーがドアの横で降りるのを待っている。
「では、私はこれで。またお会いする機会もあるでしょう。同窓会でもお待ちしております」 運転手共々、深々と一礼をして見送った。
「悪いが、多忙でな」
振り返ることなく返事をして、専用のチャーター便へのルートへと歩き出す。全くこういった便宜は図ってくれるのに、議会においては停戦、休戦、降伏と反戦態勢の一点張りで、融通が利かないのだろうか。
老体と言われる年齢に達した自分を、身体も頭も酷使させておきながら、ハードルの引き上がった高齢者雇用の見直し政策に取り組んでいる政府の矛盾は如何なものかと思う。
乗り慣れたシートに背中を預け、眼を閉じて身体的に安らげる時間だが、頭は休みなしで労働は継続中である。しかし、ラプリーの言を鵜呑みにした訳ではないが、帰りには報告の問題よりも家庭というプライベートな面に関して一人長々と考え続けていた。
流れを掴んだトランス軍部に、穏健派の早期の和平交渉案は白紙に戻され、中核であるタンベル情報庁長官は収賄やその立場すら危うい、と稀有な状況を迎えつつある。開戦前の国力差は統合軍に比べ、同盟諸国をかき集めても四分の一と半分に満たない戦力でどの様に勝てるのか、詰め寄ってきたがこの局面での前線基地奪取には困惑と動揺を隠せない。
間違いなくリアリストの立場にあるのは穏健派の方で、国力、戦力、後ろ盾と理由を突き詰めて不利だと判断しているのに、此度の快進撃には何かが味方していると考えたくなる、見えざる手の存在を疑いたくなる。 一方で、火星本国の首都マーズノーツの街並みは戦勝ムードに包まれ、誰がいち早く画策した戦地とは全く関連の無い首都防衛隊と一部将校と官僚による軍事パレードが取り行われ、民衆は熱狂的に喜びを讃え、軍人は勇ましくカーペット上を歩んで行く。 行進は市街地から幕僚本部まで連なる道沿いに建てられた凱旋門まで、多大なる声援と歓喜の声に包まれ続く。過去の記憶を掘り返せば戦争初期には反対派の勢力が幅を利かせ、その流れで軍の行進に対して罵声を浴びせ、物を投げつけた頃とは打って変わった様子である。
民衆も希望を持ち始めたのかも知れない、経済封鎖、居住地制限、差別視と言った抑制の日々から解き放たれる時を。立ち上がる時が来た、と火星に住む人は思い始めるのだ。
激震は更なる予兆を孕んで地球圏全体までも巻き込んで、加速度的に平和を崩落へと導いて行くかもしれない。しかし、地球圏に住む人々はそんな予知に似た共同意識を持ちつつも、自らには関係ないと切り捨て一喜一憂の日常を送るのだった。