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シユの戦場~The Mars Of Connection Ⅱ

第三章 新天地、予兆



火星本国、首都マ―ズノ―ツの中心地に位置する国会議事堂。お堀と庭園の様に美しく飾られた花や木々を見れば如何に心が洗われようか。鳥等といった野生動物も花園を見つけて暮らしている風景に心が癒されるであろう。そういう目的も踏んで造ってある。

しかし、戦争が始まってからは連日連夜に渡って絶論を繰り広げる議員と軍上層部の対立が響いて、中に入る者達はゆるりと鑑賞する余裕も無く、怒り心頭やだんまりを決め込んで殺伐した議会へと参加する。

この日もまた重要な案が裁定に下されていた。

「グワハルト中将の進言通り、目下の最前線基地を攻略作戦とする。部隊編成に関しては後日提示し、通達する」 

 戦時に合わせて願掛けのつもりで剃毛している男性が一礼をして会議のまとめ役として締めた。

 出席者であるトランス軍首脳幹部、並びに議員選抜の委員会や国防総長など各方面の重役達が各々本来の責任を果たすべく急ぎ足で立ち去っていく。三竦みの関係の和に入る軍部の行動は民意を反映するよう会議をもって決定される。私兵で無いことの証明、国全体による意思の体言者としての位置に置かれている。

 しかし、ハッキリ言って形骸化している印象は否めず、情報を共有する為の請求権、内政干渉を起こす権利を有していても触れようとしないのが実情であり、本職も戦時で急務が増えたのか、はたまた私腹を肥やすのに専念しているか分からないが、彼らは憲法上での役割を果たそうとするだけに留まっている。それでも会議の度に関係維持を考慮して、せめてもの抵抗とばかりに民意、民意と繰り返し使用して会議の遅延を引き起こすのが毎度の様に慣習化されてきて此方も会議の度に億劫になってきている。

丁度、今がその気分の真っ最中である。

「フゥ・・・何とか通せたか・・・」

 額面だけで捉えて、積み上げた知識が無駄に作用して批判的精神を煽る。

一つの議題に徹底した臨時会であったつもりだが大幅に時間を費やした上に、体感的には更に長さを感じた。

 起き上がる時に、無意識ながら声を出した辺りに肉体的疲労もあるらしい。もうそろそろで還暦も見えてくる年齢的な問題と、何より現場指揮官として長年を過ごした経歴が長時間椅子に座る事を拒んでいるのだ。

後の雑務は書記官に任せて、彼はシルバ―のケ―スに必要書類を纏め、火星圏における最大の討論が開催されるマ―ズ・コネクション第一議事堂より退出する。

「如何でしたかな?」

 窓枠を指で擦っても埃の付かない行き届いた清掃、赤い絹のカ―ペットまで敷かれた立派な通路、件の重役達が去りゆく中、脇に一人の壮年の男が立って待っていた。

「どうもこうもない、軍務は果たした」

 視線を合わせずにそのまま歩を進める。

「国民の総意が方向性の指針ではないのですか?」

「国民も今は酔っているだけだ、何処か一つ落ち目でもあれば波のように引いていく。そうではない、皆にも知って頂かなければならないのだ。如何に厳しい状況にあるかを」

 ジャ―ナリストみたいにズバズバと嫌味も兼ねて切り込んでいく、彼の正体はトランス軍宇宙第一〇一部隊総長、襟章は三本ラインに火星国旗と星一つと豪勢に詰め込んだ少佐相当の階級を示す。

「ところで、わざわざ待ち伏せていた用件は何だ? 大学の同窓会の呼び掛けにはまだ早いだろう、ラプリ―少佐?」

 グワハルトとラプリ―と呼ばれる男性、二人は年の差はあれど旧知の中であり、表向きでは親しい仲として互いに公表している。広義に第一火星移住民を両親に持つ、セカンドチルドレンであり、火星を人間が住める環境になるよう尽力を尽くし、種を蒔いたのが第一移住民で、彼らは花を咲かせ、更に増えた種を次代の為に植えた功労者である。当時は、今ほど快適に無い環境で学問を修める頃よりバイオプラントや大気改善に従事していた。 

厳しくも辛い日常であったが同級生達とにこやかに作業に勤しんで、その中でも楽しんデ―タ記憶は未だ色褪せない。これは自分だけの独りよがりでは無かったらしく、今でも頻繁に同窓会が開かれているのが仲の証拠だ。 

「半分以上は断られてますから、誘うのも気遣いますね。今度、週末にありますが来てみます?」

「いや、いい。今はそれどころじゃない」

 やっぱりといったリアクションでラプリ―は首を捻る、その後はニタニタと笑う始末。

実の所、この男を好きになれない。評判も年齢に対した階級が示すように、芳しくなく、軍内部には様々な派閥が存在するがどれともイマイチ折り合いが付かない離れ者の筆頭なのだ。

「それはまた残念です」

 言葉とは裏腹に惜しがる表情はなく、卑しい微笑を浮かべている。

まさか、本当にコレだけの用事で幾つもの手順を含んだまどろっこしい許可を取ってきたのだろうか。

 やりかねない、と一言で済ますなら単純だが、存分捻くれた性格故に実績は充分ながら昇進から外れた性分なので何かしら含みがある事は察していた。言葉遊びも腹の探り合いも演じる気はないが此方が振らなければそのまま持ち越す様な意地の悪さも備えているのも当の昔から知っている。

 通路を経て、エレベ―タ―を使わず階段で降りる。無論、後ろから語らすとも付いて来ている。

「君の提唱した、VALAW戦におけるエキスパ―ト集団が活躍しているそうじゃないか」

「もっと期待しても良いぐらいです。それだけ、手間を掛けましたからね」

 本命を引き当てる話題を起こしたつもりだが、彼の本心を覗かせる雄弁な口調は見られない。

「しかしな、良くない噂もある。何でも搭乗者の多くは十代、それも成人前の子供ばかりとな。刷り込みで殺人マシ―ンでも作るつもりかね? 世論が泣くぞ」

 手摺りでピタッと動きを止めて向き直る。親心としても一般的良識に従っても非を唱えたい。この道数十年を貢献した彼にとって、軍にその様な暗部がある事をよしとしていなかった。

「お言葉ですが、スク―ル側も強要や、まして強制をした覚えはありませんよ。本人の意志を汲み取って積極的にサポ―トしていくのが我々の役目です」

「まるで胡散臭い宗教家の言い草だな」

 自嘲ぎみにフッと笑う。 

「戦う意志を尊重しただけです。戦争で家族を無くし、身寄りのない子供達に希望を与えるのも大人の役目ですから。お国柄としても問題のストリ―トチルドレンを増やしてしまうより大助かりでしょう」

 続けて気取った口振りをするのも、乗っかって罰を悪くさせようとする魂胆だ。

「彼らの戦争を憎悪する気持ちは純粋足るものです。それが国を救う力になる」

 もういい加減、口調にも辟易しそうだが、それを態度で表すと益々悦に入る輩なので自重させてもらう。

「そうやって誇らしげに語るのは結構だが、私が閣議にかけたらどうなるか分からんぞ」

 脅し。気持ちは嘘半分、本音が半分といった所。

「ご心配なく。貴方は真っ直ぐな方だ。きっと軍人らしく勝てる選択を優先しますよ」

不快に思わせる笑みは絶えない。読まれただろうか。

グワハルトは言葉の意味を理解しても、頷きも否定もせず、

「どうかな」

 とはぐらかした。

もう外の日光指す、都市の光景が広がっており、待ち合わせる車が並んでいる。この馬鹿馬鹿しい禅問答のような話し合いも終わりにしよう。

「ですので、私の部下がお世話になる際はどうぞ宜しくお願いします」

 階段を降りてからペコリと一礼をしてその場で留まる。もしや、車の中まで追従するのでは、と疑問を抱いたがややホッとしている。深々とした礼はお見送りにも使われ、此方が立ち去るまで続いた。

「基地まで頼む」

 いつも通りに専属ドライバ―の運転で本職のマ―ズ基地司令部へと戻らなければならない。

結局、ラプリ―は何を目的として来たのかハッキリしなかった。

 同窓会の誘いか、それともスク―ルやらの自慢か。一見して意味の無い行動に裏付けを用意するのがラプリ―という男のやり口なのだが、と考える。

「中将、貴方宛です」

 慣れた付き合いで、気楽な感じで手渡す運転手。個人宛の物を手渡すよう届けられるぐらいなので信頼の高さは証明されている。

「ふむ」

 取り立てて珍しくない茶飯事だが、封を切られた長めの用紙にサラッと目で読み始めて驚く。送られた書類それは次回作戦における特殊任務にあたる人事転属の知らせだった。



満足にテストもさせて貰えないのはあんまりよ!

「仕方ないじゃない。あんな事件があった後だし・・・。今は人事問題だけで手一杯だわ」

 エデンに侵入した火星軍の襲撃事件。明るみとなった第四番港と侵入された挙げ句取り逃がした失態への責任追及で上役が何人も交代し、軍としての機能もままならないまでに未だ混迷している事をイルナレットは知っている。

あれから自分へと言い渡されたのは新機体のテスト計画は頓挫、半ば強制的にテストを完了した上で異動。持ち運ばれる弾薬とVALAWの姿が見えない日は来ない前線基地へと配属を移したのだ。

 固定電話による会話をしながらガラスの外に眼をやると、雨模様の空模様。

シリンダ―内では一月の降水雨量を定め、決まった曜日にだけ雨を降らす事も可能だ。自然環境から離れた宇宙空間では実際にはおままごとに過ぎないが、これは人が地球から生まれた事を認識する為の慣習なのである。

『宝の持ち腐れよね。修理も後回し、直っても倉庫行き、やっと計画が復旧したんじゃ技術者魂が折れるわよ』

 保身を優先し、現況を省みない軍部への批判である。

「それで、今日搬送したのよね」

 イルナレット少尉着任より一週遅れての機体搬出。乗機を待っている間、彼女は情報収集やら作業班の手伝いをしていた。

『ええ。だから、整備はそっちでやるから。こっちじゃ色々煩くて点検一つでも白い眼で見られるわ』

外装は軍の正規模範のアブリズそのもの。しかし、基本フレ―ムからなる金属骨格に至る中身はドット・ビルディング社とのハイブリット、こう言えばまだ聞こえは良いが、実際は大半をDB制の規格を使用している。重装甲に伴う一定レベルの機動性の確保とのコンセプトを維持するにはアブリズはお粗末だった。こういった開発背景が遠因して、修理作業を遅らせるハメになったのだ。

 彼女の苦労が電話越しでも伝わるようで眉を細める。 

とにかく、調整も兼ねた作業諸々はこっちでやるしかない。現場重視の上官からは、これから近々戦争を行う手前、不確定要素の多い試作機に手間を回すのは内心では拒みたい気持ちであろうが、一個の戦力として認めて貰う為にも厄介になる必要がある。

この計画、進行半ばで散った同僚達の意思を継ぐ意味でも成功させたい想いがイルナレットにはあった。

 他に二、三の近況について質問をした後、他に電話待ちの人が並び始めたので切ろうとする。

「なんにせよ、まずは機体も貴方も無事に届く事を願うわ」

『それはどうも』 

「それじゃあ、待ってるわ」

 受話器を掛けて通話が終了した。電話ボックスに入る前と比べて悪化した天候と雨量が待ち受けていて、一応の用心で持ってきた傘をさした。

街並みを歩く中でハシャぎ回る子ども達を発見し、通り過ぎるその小さな背中を追う。時折しか降らない雨に喜んでレインコ―トも着ずに走っている姿が印象に残る。この雨は地面に染み込んで循環していき様々な用途で再利用される。地球を巣立った人達が何故この擬似天候作用を作ってまで地球環境に似せようとしたのか。そんな大衆的な疑問が浮かぶ。

茶番だと冷たくあしらう人物も多いが、結局は人々が地球を忘れられず、離れて見て客観的な視点を得る事で母星の恋しさが分かったのだろう。 だからこそ大切さを改めて学び、地球を守ろうとする試みと地球に惹かれる想いが交錯するのだろう。それが戦争への延長線上へとなっているのではないか。あの時読んだアングラ雑誌へと論ずる答えがふと頭の中から湧き上がった。

 イルナレットは初めて立ち寄った街並みを風景として楽しみつつ、目に留まった店を発見すると購入意欲も有りながら見物し、気になった小物類を買っていく。転々と戦地を歩く搭乗者らしい癖と言われ、思い出を品物で置き換えようとするきらいの事だ。本人としても服装に関する身嗜みやお洒落にも人並み程度には気遣っていて、今日も多少は選んで外出した。彼女も一度戦場を離れたら年相応の女性と何ら変わりない。軍に身を費やす意志の無い表れである。

「戦争になるかも知れないんでしょう?」

 井戸端会議中の主婦層が話す会話内容、不意に耳に入ったワ―ドは彼女にとっては最も身近に接する立場になる。

「あるわよ。最近、旦那の帰り遅いもの」

「それは単に遊んでるだけでしょ。上司の付き合いだって嘘ついて」

「本当になるのかね。だとしてもココが戦場になる訳が無いわね」

「基地があるなら火星軍は攻めてくるわ。そうなったら安全の保障なんてしてくれないわよ。いつも泣き寝入りするのは市井の人達ですもんね」

「軍には愚痴ばっかり零すけど、今回は勝って貰わないと・・・」

「子どもの事を考えたら、旦那に万が一があったらなんて考えてしまうもの・・・」

 ゆったりとなっていた足取りはやや早歩きへと変わり、傘で向こうからは顔が見えないように傾けて、下りとなる緩やかな斜面を降りる。

片手の指が余らないぐらい小物を買ってしまい、傘の防雨圏内よりはみ出した袋事中身が濡れ始めているが気にならなかった。

「守らなきゃ・・・」

 オフの気分で街中を散策していたが続けるのが恥ずかしいと思えるぐらい気持ちの方は切り替わっている。芽生える感情は昔から、そう軍属への道を志してから抱いてきた支えとなる想い。

 散華の悲劇後に起きた醜くも悲しい戦争、その螺旋に巻き込まれ無関係にも命を落とした人達をこれ以上増やさない様に自分は闘っているのだ。この街を、市民を守ってみせる。その為に敵が武力を振るうならこちらも眼や歯で返す姿勢を厭わない、と。

今もこうして戦争に巻き込まれ、無関係であれ無差別に人を悲しませ、苦しませるのだから。これ以上シユのような不幸な境遇に遭った人を見るのは沢山だ。

その彼に僅かばかりでも心が休まれば、と思い手紙を出していたが、咄嗟に聞いた連絡先には届かず不渡りとして先日返ってきたばかりである。

彼の仕事内容からしても危険が多そうだが、こちらから連絡しても繋がる気配はなかった。

一体、彼は何をしているの、昔の様に明るい笑顔を振り向いて暮らしているのか気掛かりである。

『また、会えるかしら』

彼女にとっても大切な存在、その彼が不幸を背負っていると聴けば自らも心が痛むのだ。あの、心優しい伯父さん伯母さんはもういない。自分の両親が知ったらどれだけ悲しむだろうか。考える度に過去の鮮明なる記憶と共に悲しみよりも深い怒りが湧いてくるのだ。

一時であれ信念を忘れていた自分に反省を促して彼女は尉官部屋へと戻って行った。



「まもなく離陸します。乗客の皆様は席をお立ちにならないようお願いします。尚、離陸に影響を及ぼす恐れのある所持品に関しましては・・・」

 乗り込んで指定の席に座ってから時間にして長らく待たされたがいよいよ発進するらしい。自分達はともかくも、前方にて待ち惚けを喰らい痺れを切らして騒動を立てる同年代ぐらいの一般兵はアナウンスの言葉も届いたのかはしゃいでいる。 

 面子から察する事が出来るに、乗客は全員がトランス軍関係者だ。それも目的地は誰もが同じ、火星圏宇宙開発基地クロスゲ―トである。

此度、地球統合国家の尖兵たる軍との戦争が激化し、フロントラインでのせめぎ合いによって消耗した兵士達の補充要因として派遣された次第である。シユ達は着任理由が異なるが、あの小うるさい連中がどれだけの軍事過程を積んできたかは知らないにせよ、一般常識はやや欠如している様に思える。

 志願兵ではなく、戦争の激化が招いた臨時召集の気がするが、実力の面でも、精神面でも一兵士としてはかけている部分があるのではないか。

「なに、物思いに耽ってるような表情してんの? 悩み事なら相談に乗っても良いわよ」

 出港前の窓から、真っ平で変わり映えのしない外の滑走路と、中のわいわい騒ぎを交互に視線を移していると隣席に座るクシカから、言ってしまえば勘違いの言葉をかけられた。

「別に、大した事無いけど・・・」 気に病む問題なんかでは無いのは断言出来る。

「もしかして、心残りを持ってきてる? せっかく丸三日も休み貰ったんだから有意義に使えばよかったのに」

「そうじゃないって。本当にやる事なかったんだよ」

 一応、この話題は乗り合わせる前に開口一番で話したのだが、クシカは滅多に貰えない三連休を使って妹と買い物に出回ったり、友人達と昼過ぎから深夜まで遊んだり、養父養母の住む家で水入らずの一日を送ったりと彼女が言う分には有意義を過ごしたらしい。無論、「シユは?」と同様の質問を返されて対照的に味気ない三日間を語る。身寄りの無いシユは暫くの別れを惜しむ相手もおらず、親しい同僚達も各地の戦場へと転任していて不在、単刀直入に言えば何もする事がない退屈なだけの時間を余して、行ったといえば食事の為のコンビニと精々、市街のモ―ルぐらいか。寝泊まりにはスク―ルの個室部屋を、先輩風と戦果を手土産に空けさせてもらって、と別段取り上げる事のない三日間だったと告げた。           

 当初はエデンへと行く考えもあったが、それは少し現実を見れば不可能だと分かる話で、戦争中に敵国同士で行き来出来る国交を保っている筈も無いのだ。実は今日もフライト前に航空便情報を確認したがエデン行きは直行であれ経由であれ閉鎖されていた。

 イルナレットの事が気掛かりだ。市街を巻き込むような戦いはしてないが、エデンに居るというだけでトランスにとっての攻撃目標に属するのだから。

「お待たせ致しました。これより当機は離陸します。安定宙域に入るまで席から離れないようお願いします」

 航空会社からわざわざ出向いて貰ったらしい、女性のフライトアテンダントが合図を知らせた後でシャトル後方部の主力ブ―スタ―が展開し、勢いと共に点火させて出力を上げ動き出す。火星へのテラドット・ビルディングが完全に完了した時代、元々母星の重力が地球の三分の一である事に加え、プラズマ推進技術や電気ロケットのハイブリッドで推力を十分に賄える為、様々な面で安定安心を持てない燃焼型の化学燃料を必要とせずとも軽々と惑星間離脱を可能にしている。中からすれば、動き出したと分かる挙動が伝わるが音も揺れも無く快適な宇宙旅行が楽しめるようになっている。

飛んだ、と思ったぐらいには窓からの景観もあっという間に昼夜が逆転した様に星空が散りばめられた夜景へと様変わりした。しかし、シユにとってはコレも見慣れたものであり、別段、心情にも喜びめいた変化は無い。

 安定宙域へと入った所でスチュワ―デスの方が軍服揃いの連中に機内サ―ビスを運んで来ていて、クシカはアップルジュ―スを注文していた。シユは「要らない」と一言口にして、イヤホンを耳に付けて会話の遮断を示し、興味も無い最新曲の衛星配信を聴き始める。そこからはわざわざ向かい席にするマティスと、会話から暇潰しにと持参のトランプで遊びまで始める二人のやり取りというか、わざと自分の気を引く誘惑的行動を悉く無視して、ガキじゃないか、と内心で小馬鹿にした上で宇宙の片隅を眺め続けていた。

一時の軍属から離れて、新たに開始される作戦概要の切れ端ぐらいは握らせて貰っている。

 大規模な拠点攻略、それを前にしてガヤガヤと騒ぎ、おちゃらけた気持ちにはなれないという事だ。

 幾ら楽しさアピ―ルをした所で、気晴らしにもなりそうにない、それより早く新配備のチョウマに試し乗りした方が色んな意味で安心が持てるというものだ。

さほど眠たくは無いが窓際を向いて、マティス達から顔を背けるようにして眼を瞑った。

休める時に休む、それが兵士の心得かもしれない。

 シユは雑音なだけのマティスが好きそうな五月蝿い音楽を無理矢理子守歌にして眠りについた。 

 夢見心地は殆どなく、夢自体は全く見ない。

ふと、意識が無くなれば、次に眼が開くときは時間の経過を認識させられるだけだ。

「シユ、起きた方が良いもの見れるわよ」

「ああ、うん」

ゆさゆさと軽く肩を揺すられて眠気眼で返事をする。どれぐらい進んだろうか、時間の方はどうか。

ぼやける視界に窓の外へ指差すクシカの思う通りに、視界を移すと目も覚める圧倒的な光景が待っていた。

「・・・凄いな」

巨大な建造物は要塞基地という名目よりも城に近い形状をしている。

火星圏宇宙開発基地クロスゲ―ト、元を辿ればバイオプラントや大気清浄化を目的としたナノマシンの開発等、火星環境を人間が住めるものにするよう、テラドット・ビルディングの一貫として作られた基地だったが、地球環境下との対立をキッカケに真っ先にトランス軍によって軍事基地として役割を変え、更に地球圏との距離面で前線に位置している事、軍上層部含む民衆の反感意欲を押し出して受けている為、近年要塞化が著しく元の原型からは大きくかけ離れて戦闘を想定した建て構えとなっている。 

「スッゴ―イ!」

「マジかよ。スゲェ・・・」

 スク―ル生の時でも拝めず、写真やデ―タでしか知らなかった訳だが、実物を初めて見て、圧倒される大きさと攻撃性を表にした威圧感に、何がどう凄いと言語化しにくい感想を抱く。

 側面の一部分のみを自分達は見ているだけだが、そこに無数に設置されたミサイル砲台や粒子カノン砲、規定ル―ト以外での接近を拒むレ―ザ―網や宇宙機雷帯など徹底した防塞機能を僅かながらの視界範囲でもまざまざと凄さを教えてくれる。 

「ゴミ一つ通してくれないんだろ? ある意味コモン側じゃなくてよかったぜ」

 マティスが取り留めもない冗談を口走ったが、一万歩譲って自分がコモンの連中側だと考えた場合にどうやってこの要塞を墜とそうと言うのか、実際に確かめると攻略の意思が萎縮して程に不可能だと思ってしまう。防壁となる電磁フィ―ルドに物量コストを度外視した迎撃能力、運と実力を駆使し接近した所で大量のVALAW直掩部隊が待ち構えている始末、飛んで火にいる夏の虫とはこの事を表す状態であろう。事実、あちらの攻略目標に当然入っているであろうが、目の上のタンコブ扱いして一度も攻め入るどころか偵察さえもマトモに送れないぐらい恐れおののいている。 

「まさに難攻不落の砦って所ね」

 宇宙空間に引かれた赤の誘導線のコ―スに従ってシャトルはうごき、やがて基地が肉迫する距離まで近づいてから、収納される格納庫分がゆっくりと開かれる。すっぽり納まる位置まで誘導されると周囲にシャッタ―が掛けられ、タ―ンテ―ブルが起動して沈降して行く。この回転体によって停泊港まで繋がる経路を進む最中、操縦系は全てデ―タリンクとの照合によって自動操作へと切り替わり、それぞれ振り分けをされる仕組みだ。基地の光景に興奮冷めやらぬ連中は行儀悪く席を立って、辺りを見回している。

「まもなく当機は到着致します。本日は当機をご利用頂きまして誠にありがとうございます。皆様のご武運を祈ってお見送りの挨拶とさせて頂きます」

 興奮の余波が伝わってアナウンスに拍手喝采のエ―ルを送る盛り上がりを見せて締めくくりとする。シユ達は訳も分からずにキョトンとしているが多分これが軍人らしさなのだろうと解釈をする。スク―ルという軍部でも異端に属する位置で育ってきた彼等には理解し難いものだった。

「シユ、荷物取って」

 頭上の収納ケ―スより天然革張りの紅色のハンドバッグを取り出し、彼女へと渡す。

必要となる荷物はまとめて積んであるのだが、彼女は別クチに所持していて仕事とは無関係の私物らしいがそれを持ち運ぶ事に軍務へと携わる者としての疑問はあるが、彼女も女の子なんだなぁと自分なりに納得していた。

 無論、中身についても聞いていないがジャラジャラと詰まった音がする辺り、女の子の大変さが若干分かった気がした。

 シャトル中心部より降り口があり、約三時間のフライトが終了した。

「スゴ―イ! 基地っていうよりタ―ミナルって感じよね!」

火星圏宇宙開発基地クロスゲ―トへ足を踏み入れて、周囲のぽっかりと空いた空間に驚く。

作業員などは疎らで慌ただしい様だが、人員の規模に対して空間の広さが実に印象的だ。

「俺、もっと歓迎されるもんかなぁって思ってたんだけど」

 確かに出迎えも一切なく、この作業員も軍関係者とは言えども詳細は知らないだろうし、クシカが言う様にタ―ミナルに迷い込んだ気もする。 

上を見上げればタ―ンテ―ブルの経路が延々と奥深くまでずらりと繋がっていて、あんな所から来たのかと改めて基地の広さを思い知る。

「行こうぜ。時間も余裕ねぇし、紙切れに縋って行くしかねぇ」

 自分達に下った命令書と申し訳程度の案内状に頼って進むしかない。

それぞれ皆が衣服やら貴重品やらを詰めた荷物をロ―ラ―で転がしながらマティスが先導して歩き、シユとクシカもあっち見こっち見しながら続いた。 



「いや、スゲ―な」

 もう、何度耳にした言葉だろう。転属手続きの受理を終えた後で受付から指示された場所へと案内された先、それまで道程にあったプチ商店街にも驚かされたが、軍標準の格納庫と呼ばれる兵器工蔽にひた歩けば、全長何百メ―トルあろうかという縦長の構造を、徐々に円形を描く様に回りながら拝めるトランスの兵器の数々に驚き以上の喜び楽しみがあり、特にシユは眼を輝かせて時には防壁ガラスにしがみついてまで眺めていた。

 クシカ曰わく、その姿は楽器を物欲しそうに眺める少年に通ずるらしい。 

高機動巡洋艦モヘリグス、戦争開始当初の功労艦シャイカ―ヨ、トップカラ―揃いのVALAWの整備現場等、数を挙げればキリがない程、軍事兵力が集中しており、これらが改装、修理、新たな任務を受領した場合には、またそれぞれの戦地へと赴くのだ。

その中でも一際、遠目でも目立つカラ―リングと巨大な船体が目を引く艦艇が大掛かりな補修作業を行われていた。

 シユの知識にもあるVALAW運用を前提にした本格的な搭乗艦の試作段階で作られ、ユ―フラテス級の冠名を用いて後に多くの正規採用を生み出した雛形的存在、壱番艦ユ―フラテス。武装にはレ―ザ推進の長距離弾頭を放つ対艦砲、弾幕を形成する多数ミサイル装備、防護機銃など、これまた現在の主流となる物を搭載し、現在は特殊戦闘艦として手解きが加えられて、試作品だが船体下部にレ―ザ―カノン砲を備えられたりと実験要素が強い扱いとなっている。アレが今度の自分達の家となる。

 以上、軍部にて公表されているカタログスペック並びに自己探求心の結果から基づく概要である。

 マティスが先行して色違いの整備士の一人に声掛けて、配属先の人物を呼び求める。最寄りの場所より船内に入ったオッサンが程なくして一人連れ出した。三人は並ぶようにして迎え来る者を待ち、踏み出した相手が立ち止まり暫く姿勢を正している。 

「マティス・ハ―ソン、シユ・リ―クアト・、クシカ・ハルンショウ、以上三名、第四艦隊 麾下所属への拝命に従い、只今着任しました!」

 敬礼をして通例行事をこなす。本来、こういったお堅い行事を率先してやっていた人物はもういない。メンバ―で年長者のマティスが継いで代表を務めた。 

「ほいほい、資料は貰ってるよ。十八、十七、十六、か、若いな皆。スク―ルってのは年齢に関係ない実力主義者の集まりかい?」

 今後、共に乗艦する上で同僚となる間柄だが、何かを当てこずる様な聞き方をされる。探りが入りそうな言葉に警戒前の注意を走らせる。

「そうです。自分達の搭乗回数は三千回を超えてます」

 シユが言った。

「なる程ね。見かけで判断すんなって事か。俺はアイムルック・ケ―ショウ、お前達が言った部隊の中隊長を任せられる事になってる、因みに二十六歳だ。年長者だが親しみを込めてアイミ―と呼んでもいい、宜しく頼むぜ」

 そう言って一人ずつ握手を交わす。自分達の手首にあるリストバンドがスク―ルという存在、印象の代名詞となっているが彼は全くの無反応だった。自分の番で上司の眼をしっかりと見ながら右手を差し出す、向こうは微笑を浮かべたままやんわりと握るが自分は微笑みも出来なかったし、真摯な態度で返した。

 その後、マティスとクシカがそれぞれ艦や彼への質問をする中で、シユは一人アイムルックという人物を観察する。

長身の金髪に端正な顔立ち、頭髪の長さと微妙に飾ってある制服、あれは軍規違反じゃないかと疑ってしまう。ギラギラとした碧眼を持つ男性は見た目からして明るいイメ―ジを醸し出しているが、シユの第一印象としては気さくというよりも中身が詰まっていない、言わば軽石の様な男として見えて、彼の言動もまたイデオロギ―が備わっていない食い扶持を得る為に選んだ職業軍人の一端に感じられた。戦争のイロハを教え込んだ教官と比べてしまっているのだろうか。 

「もう部屋も空けてあるから、挨拶がてら回ってみたらどうだ? 俺はちょっと所用で案内出来ないから、他の奴に頼めばいい」

「はい、ありがとうございます」

 多く会話をしていたクシカが敬礼と共に見送り、アイミ―は背中を向けて艦とは違う方向へ歩き出す。しかし、一度こちらを振り返って三人を順番に覗き、もうお得意となりつつあるアルカイックスマイルを讃えて言った。

「噂じゃ、サイボ―グ、冷酷残忍、無感情の殺人機械みたいな事聞いてたけど、やっぱりお前ら青春真っ盛りの十代だ。好きになれそうだぜ」

 最後に手で合図して去って行った。暫く三人はその背中を思い思いに見つめていた。 

「気にくわねぇの、シユ?」

 含む部分まで悟ったのかはともかく、態度には出ていたらしい。

「別に、そうじゃないけど・・・。何か軽い感じがしてさ」

「いいんじゃね? アレコレ縛らずに裁量権を認めてくれそうだぜ。教官と真反対みたいで俺は悪くねぇな」

「ああいう型が意外と統率取れるものよ。昔堅気の鉄拳制裁、精神論者なんて古い古い」

 印象は人それぞれ異なるもの。

「でも、俺達の上司になるなら相応の腕がないと認められないぜ」

マティスは自分に同調を求める視線を向け、それに倣いシユも返す。

「そうだな。口先だけなら教官と同じだ」

「男の子ってホント競争とか好きよね。もうちょっと協調性があってもいいんじゃない?」

上司の甘いマスクと雰囲気に釣られて行った様なクシカには分かるまい。スク―ルでは

実力が何よりも優先して証拠となる。同僚と比較され、賛辞や叱責を受けながら常々競争

を繰り返して来たのだ。

とりあえず、見極めとなる選定はまた後程、最も手っ取り早く暴かれる実戦の場まで保

留して置こう。



「・・・汚いな」

アイミ―の言うとおり手近な人物に、荷物置き場となるパイロットル―ムへの案内を依頼

し、それぞれの個室を確かめに行った訳だが部屋を見た第一声は新たに配属されてからの

意気込みを若干削ぐものであった。

まず、前の使用者特有の臭気が漂っておりキチンと換気を働かせていない生活だったと

推測出来る。次に、壁際のシミがあり特にベッド横には色濃い後が残っており、僅かに空

いた隙間の床からはスナック菓子の欠片も見つかった事から寝具でも飲食を遠慮なくして

いた可能性が浮上する。まとめると随分、ル―ズでズボラな人物が使用していたと思われ

る、という事だ。

シユは荷物を扉付近に立てかけると、すぐさま掃除の姿勢に入り棚から掃除機を引っ張

り出した。

別段、自分が潔癖症という訳ではない。しかし、これからよりも今日から自室扱いになるのに既に汚されていたとあれば自身の生活空間に土足で踏み込まれた気がして釈然としない。現在の使用者が誰かという確認の為にも足跡を消しておきたかった。だが、前の使用者が誰などとは直接問うつもりはないし、口にするつもりもない。これはある種の暗黙の了解となっていて失礼に値する。戦時中に中途で組み込まれるとなれば尚更だ。

「シユ―! そっちどう?」

 ノックも無しにパスワ―ド設定していない扉は勝手に招き入れる。

「ちょっと汚い程度。ブリッジ行くの、ちょっとぐらい掃除してからでいいだろ?」

「そんなの汚れの内に入らないわよ。コッチはもう最悪、臭いの汚いのなんの、片付けぐらいしてから引き渡してよね。後で誰が使ったか聞いとかないと気が済まないわ」

 彼女はタブ―をもう破ろうとしている。個人情報を聞き出して居る居ないに関わらず、暫くは罵り続けそうな怒りを微弱ながらも表している。

「そんな訳で個室のトレ―ド交渉権、どう? タダとは言わないからさぁ~、何か条件聞き入れるわよ」

「断るね」

 あてがわれた部屋に平等の観点からジャンケンでの振り分けを言い出したのはクシカだ。そして、クシカが一抜けて左斜め自室真向かいを選んでいる。なんなら証拠映像だって監視カメラに記録されている筈だ。

「じゃあ一度入ってみてよ。アレ汗かな、酷い体臭の持ち主って特徴が一つ分かったわね。レディ―にアレを使わせるってのは、これはもう仕打ちとも言い換えられるわね」

まるで追いやったみたいな言い方で、自分らに非がある口調とも取れるが、

「断る」

 面と向かってでなく掃除機を掛けながら背を向けて言う。生憎と自室の掃除で余念がなく、それに臭いと聞いてわざわざ嗅ぎにくるフェチズムも持っていない。付け加えると、平等施行を唱えたのはクシカであるから部屋を交換する気はさらさらなかった。

「汚いと思うなら部屋を掃除すればいいだけだろ。俺の部屋だって・・・」

「とうっ!」

 話しの途中でシユの背後よりダイブよろしくクシカがベッドまで大きく跳躍し、柔軟性自在の寝具へと飛び込み着地し、女性らしい体つきと胸が上下左右に跳ねた。クリ―ン作業に勤しんデ―タ彼の不注意の視線を明かしてすかさず掛け毛布を広げて全身に覆い被せ丸くくるまった。

これは彼女の実力行使。所謂、抵抗運動である。

「クシカ、何やってるんだ! どけ、離れろよ!」

「嫌よ! 素直にこの部屋を明け渡すまで籠城するわ! あんなの女子に使わせるなんてどうかしてるわ!」

 その文句は自分に対してなのか、前の使用者になのか、どちらにしても今この状況がよろしくないのは当然で、シユは無理矢理ながらに毛布を引っ張ろうとするが彼女も押さえつけて離そうとしない。

「ハイ、ジャンケンポン!」

クシカから唐突にジャンケンを提示されたが、そこは鍛えられた反応の速さで、すかさず出して、しかもしっかりと勝ちを収めた。だが、

「やっぱ嫌」

「駄々こねるなよ!」

「出てけよ」

「そう思うんなら一回嗅いできてよ!」

「俺は変態じゃない!」

 不毛な争いは舌戦と行動の両方で繰り広げられるも終始に渡って納まりが付かず、すったもんだの毛布を巡る決着は傍目からは呆気に取られる光景であった。

「何やってんだ、お前ら」

 事の経緯を知らないマティスからすれば髪や軍服にやや乱れがあり乱暴されまいと毛布を最終防衛ラインの様に死守する少女、レトロシアタ―で有りがちな悪代官ばりに卑しさを露わにして少女の毛布を引っ剥がそうとする少年、いやらしい一面に出くわした気がするが二人の関係性を見るにそれは無いと即座に判断出来た故に、何をしているのかが分からなかった。

「・・・・・・・・・」

 シユとしては余り他人に見られたい場面ではなかった。狼狽えて思考が追いつかない彼の代わりにクシカが説明する。

「うん、ちょっと部屋の交換の件で交渉を・・・」

「何で?」

「臭うのよ」

「あ―ね」

 一応の納得をさせるに値する理由らしい。 そもそも搭乗者に対して個室が与えられるのも精神状態の変化が戦闘に影響を及ぼし、相部屋、人間関係など余計な負担を背負う可能性は無くす為の処置である。

ならば今現在でも突飛な行動に出ている彼女の場合は要考慮すべきだ。クシカの言にはこういった意味合いが含まれていた。しかし、

「ジャンケンだから不文律だろ」

 その瞬間、勝ち誇った様に冷笑を浮かべるシユ。

これを見逃さなかったクシカはねめつける視線で、彼を睨み返した後に再び潜り込んで無言の抵抗を続けた。 



「私、諦めてないからね。何度でも再判を要求するわ」

 まだ言うかとばかりにマティスは自分に苦笑を浮かべる。

ブリーフィングルームはすぐ其処、艦の指揮編成を担う上官が待っている初対面の場を

前にして私情を挟める彼女は緊張や不安等の感情を抱いてはいないのだろうか。 

別室へと繋がる通路を、足取りは慎重に歩いて、厳重に念を置いたシャッタ―前まで辿り

着き、標準時間で定刻一四〇〇、第四艦隊所属ユ―フラテス級初番艦艦長へ着任報告を行

いに来た。 

三人が揃い踏みし、扉は開く。上官に当たる人物が女性一人に、男性二人、待ち構えて

いた。

「艦長のハ―ブナウ・カナリアです。これから宜しくお願いするわね」

中央席に腰を掛けていた女性が先立ち、率先して挨拶を行う。特に癖もなく真っ直ぐに

垂らした黒髪が肩先まで伸びて、位を示す帽子との見た目の整合が取れておらず、正直不

釣り合いに映る。小顔には小さな皺も若干現れ始め、女性ならではの身嗜みも施されてお

らず口元に薄いル―ジュを引いてあるのみ。

後で年齢を間接的に知ったが、今年で三十六になるそうで一般に艦長職に就く位である。

取り立てて印象に残る容姿ではないが、彼女がユ―フラテス級初番艦と、そのクル―を束ねる人物らしい。

 型通りに自己紹介を終えるとハ―ブナウは帽子をパッと机の横に置いて軍服の首まで上げていたファスナ―を胸上まで緩める。

「さぁ、座って頂戴」

 通過儀礼は此処までとばかりに手を差し伸べ空席へと促す。横目で副艦長と思わしき男性に促して説明は始まる。

「先ずは我が艦にようこそ。私は副長のカルコス・ブリーナ。噂に名高いスク―ルの面々を預かる事は当方としても光栄である。諸君らが艦隊指揮に組み込まれ」

「副長」

 表情はそのまま、やや咎める様な声で艦長が洩らす。

「ガキの使いじゃないのよ。言った通りスク―ルの子達なんだから、一から十まで話す必要はないわ。分かるわよ。私達しか見ていないし、もっとラフにお願いするわ」

そう頼まれても苦笑すら無く、あくまで生真面目に返答するこの人物と艦長の関係は両者とも初対面だが、なんだか折り合っていない様に思える。どちらかはまだこの艦に来て日が浅いのかも知れない。

「ハッ、失礼しました・・・。当艦は修理並びに補給終了後、クロスゲ―ト基地より出発し、フォ―ルジ―作戦への参戦が目的です」

「・・・フォ―ルジ―作戦?」

 三人共に聞き慣れない単語だが代表してマティスが呟いてくれた。

「重力落ち、つまり地球降下作戦への一手を想定した作戦名の事よ。要は前線を押し上げるべくサウスベルク宙域を制圧するのが狙いよ」

「我が第四艦隊は、シェルバルク中将率いる大隊麾下に入り攻略作戦に加わります。かなりの激戦が予想されますが、スク―ルを含め増強したVALAW部隊の活躍で今作戦の遂行を担う役目を果たして貰いたいと思っています」

 副艦長の話しを、横から割ったように入り込んだ彼に対してハ―ブナウはじと眼で睨みかかっているのをシユは見た。

 二人の間柄に何かしらの亀裂があるのかと勘ぐってしまう。もしそうなら立場上から下へと流れる影響も決して少なくは無いだろうし乱れが生じてしまう可能性だってある。

「とにかく、アナタ達には着任早々で悪いけど厳しい戦場に臨んでもらう事になるわ。私も艦を預かる立場だから期待させてもらうわよ」

 艦長からの視線が注がれる。真摯に見つめる瞳には、見た目容姿や年齢または噂を耳にして軽んじる面は微塵も感じられず、一つの戦力として純粋に力量を定めていた。

今や戦局を支配する主力となるのはVALAW、その機体性能や搭乗技術には天井知らずで開発が進んでいる。搭乗者もまた然りで、トランスにとってその先鋭となるのが自分達だ。

 シユは強く頷いて、期待に応えられるよう覚悟を決める。

そのためのスク―ルなのだ、異論は無い。

「期待以上を狙わせて貰いますよ」

「出来るだけ、の幅が普通とは違いますから」

 各々自信を見出して、まず戦闘に向けての心構えを表した。

「そう言って貰えるとこっちも少しは気が休まるわ。出発するまでの時間は短いけど、クロスゲ―トを楽しんでらっしゃい」

以上をもって着任報告が終了した。残りのクル―に関しては本人のコミュニケ―ション能力と性格次第で挨拶回りはどうするか好きにすればいい。

「仲悪いんかな?」

「ぽいね。私、ああいう堅物嫌いなのよね。融通利かないし」

「俺も。やっぱ教官思い出す」

二人の話しを聞きながら後ろを続く。

「艦長は逆にサバサバしてて良さそう。マダムって雰囲気出てて」

「色々ウルサそうじゃないのが大きいぜ」

「シユはどう思うの?」

突然、自分に話題を振られ、二人とも自分へと視線を注いでいるので無視出来る場面ではなかった。

「俺も、別に皆と一緒だけど・・・。中隊長はあんまり・・・」

具体的にどうとは言い難いが、直感的に苦手意識を感じている。

「ふ―ん。まあ、合えばいいけどね、今度の隊長は」

「それより、今から店見に行かね? ここは品揃え良さそうだからいい音楽見つかるぜ」

「賛成」

「俺は掃除・・・」

意見を主張しようとする途中、

「さあ、行こう♪ 皆で行こう♪」

クシカに無理矢理腕を絡み取られ、単独行動の動きを封じ、察したマティスが反対を抑えて、宇宙人よろしくシユは連行される。「離せよ」と喚いても意志は伝わらず、何事かと興味を示すスタッフの眼から衆目に晒されて、渋々同意する事でようやく手を離して貰った。



「出港パ―ティ―?」

荷物持ちで散々クシカの買い物に付き合わされて、更に部屋の清掃もひとしきり終わら

せ、疲労もソコソコにベッドに寝転がった時、マティスの突然の来訪で話を聞かされた。

上ずった声でシユが聞き返すと納得の返答を貰ったマティスは説明したがりの表情で話す。 

「記念だよ、記念。大規模作戦前の景気付けって奴」

「行くもんかよ! 最後の晩餐じゃあるまいし」

そう言って話は終わりとばかりに背を向ける。

まるで、これから死を覚悟して戦う、片道キップを切りに行く様で断固否定する立場を取る。自分だけの不参加のみならず、その様な催し物自体を中止にさせたいと思った。

「でもさぁ、入隊ホヤホヤの俺達も挨拶回りしてない訳だし、コミュニケ―ションを深めるには持ってこいのイベントだろ? ここで印象悪いと技術士から整備不良で出撃させられるかもしれないぜ?」

 最後のはあからさまな冗談だろうが、志気に関しては影響が多少なりともあるのは否めない。マティスは孤立化しやすい彼の一面を危惧して部屋に呼び寄せたのだ。兼ねてより折り合いが悪い彼なので、見方次第では不謹慎な今回の催し物には反対するだろうと見立てをたてていた。

「端っこの方でもいいから参加しとくべきじゃね―の?」

「・・・行かないよ」

 相も変わらずそっぽ向く彼に対して、やれやれと言った感じで溜め息をもらしたが、目標自体は諦めておらず、又、事前策通り別途進行しているので、その点でニヤリと笑んだ。

艦内インタ―フォンがポ―ンと長く一度鳴り響いて誰かが訪ねに来た事を知らせる。来た、と間者の到着を知っているマティスには抜群の時間差だった。

鳴っても反応すらせず壁を凝視している彼に、部屋の主だろと面倒くさそうな態度で押し付け、出る事を頼む。

「ええっ!? 何で俺が」

 無論、拒否されるが、マティスは床の上で更に緩慢な行動を演じ、見かねたシユが立ち上がってドアへと向かうのを確認して再び笑みを作った。

内側からパスコ―ドでロックしているので入れないようにしてある、面と向かうよりもインタ―フォンで誰々と用件を尋ねる事にした。

「誰何です? どうしたんですか?」

 言い方に雑が見られるのは彼も面倒だと感じているからである。

「私よ。クシカ・ハルンショウ」

 余計に面倒臭さが増した気がする。解除ボタンを押した。

「何だ、クシカか」

 軍服姿から一転、赤いフリルに黒帽子の私服姿である。基地内の商店街でも回っていたのだろうか。

「何だ、じゃないでしょう、アンタ達こそ何してんの! 艦長から呼び出し掛かってるんだから! 早く行かないと! もう始まってるでしょ!」

 いつもよりもブスッとした表情が面食らった表情に変わる。

「ええっ!? え~?」

驚きですぐさま振り返るとマティスが片手でゴメンとの手の形をしてウィンクしている。

「悪いな、シユ」

「早く連れて来いって、上司命令も出てるんだから! ホラ、急いで!」

 慌てざまに抵抗する余地はなく二人に強引な形で連れ去られて部屋を後にする。

日時報告、マティスの急な振り、クシカが現れるタイミング、今ここで漸く自分が嵌められたことを知った。グルだったのだ。だからと言って今更どうしようもなく引き連れられ、スク―ル三人は人口密集度の高い即席の会場となった休憩室並びに食堂へと向かう。

ひっきりなしの笑い声にグラスの音、既に酔った連中の蛮行とそうでない連中の解放が入り混じった異様な雰囲気、入った瞬間に匂う甘ったるい香りにシユは周囲とは対照的に辟易して低下しているモチベ―ションを更に下げる。

「いや―盛り上がってんなぁ。やっぱり正規軍隊は違うね」

 自分達が入って来た事すら気づかないぐらい一部では盛り上がっている様だ。今、体格の優れた男性がステ―ジとも言うべき周囲の中心にて禁断のパフォ―マンスを披露している。

「私達も混じりましょうよ。ドリンク取りに行くわよ」

尚も連行されて、フリ―ドリンクの注文を受けるが勿論お酒は断りを入れて、適当なジュ―スを頼んだ。

「じゃ―後は席取りして開始ね」

 こんな時サバサバしてちゃっちゃと行動に移せるクシカが何となく凄いと感じる。自分の場合はまず場に馴染む所から難関であり、それぞれがライトアップの照明共々明るい感じに反して、自分は一人沈んで行っている。 

円形の掛けテ―ブルに座って、グラスも手際良くし、飲み物を注いでくれるなど積極的な姿勢のクシカを見つつ、あっちこっちを見渡しつつと落ち着きもない。

「じゃあ、始めるわよ。カンパ―イ」

「乾杯!」

「カンパイ・・・」

 互いにグラスを軽く当ててから、口につける。

気乗りしない自分は一口含んだだけだが、マティスなんかは一気に飲み干した。空にした後で「プハ―」などと年配者じみた行動をしているが、まさか中身は酒類なのだろうか。さっきの例もあるのでまたしても陥れる為のフェイクの可能性は捨て置かない。 

「いや―良いねぇ、こういうノリ。俺は好きだぜ」

 爽やかに笑いながらドバドバともう二杯目を注いでいる。

こちらは二度目のヘマを犯さないよう、警戒心を強めて敢えてチビチビと飲んでグラスを空にしない戦法に出る。勢いで酒を注がれて飲ませられたら堪ったもんじゃない。

「私達、スク―ルから何だかんだの付き合いだけど、こういうのは初めてよね~」

 言われてみれば、そうだ。何年も同じ場所で育ち、訓練を受けてきたが、軍より離れた公私の後ろの部分で場を共にする機会は無かったと思う。

クシカは順応しているのか、声を掛けられたクル―に対して笑顔を振り撒いて、お酌も会話も無難にこなしている。マティスはひたすら自分勝手に飲み物を瓶から空にするほど流し込むながら、変な独り言を呟いていて中年のオッサンの風体である。自分に関しては新規開拓地ばりに未知の領域で、故に何をすべきか分からない。

気持ちの沈みもさることながら、俯いて飲み物を口元まで持っていく動作を定期的に繰り返しているだけだ。

そこへ、

「よう、お前らも飲んでるみたいだな」

 氷入りのグラスを揺らしながら優雅に、しかしながら非常事態発令もなく何故かパイロットス―ツ姿でアイミ―隊長が登場する。

「隊長!」

 盛り上がりの場としても、上官に対する礼節は怠らない。クシカが先に敬礼を済まし、虚ろな視線で如何にも馴染んでいないシユが、彼女の動作で気づいて倣う。マティスは何やらと呟きながら自分の世界に入っていて気づいてもいない様子だった。

「ああ、いい。そういう堅いのは。今日は上下関係なく盛りあがる日だぜ」

 クシカがシユ側へと寄って空いた席を無視し、足下を跨いで大きく身を、柔らかいソファ―へともたれかかる。そして隣のシユの肩へと手を伸ばして消沈ム―ドの彼の驚きように関係なく腕を引いて近付けた。

「だのに、どうしてお前は冷めた面してんだぁ」

 酒と香水が入り混じった嗅覚に強い反応を起こす。決して清涼なる安らぎや開放感を齎すシトラスとは違う、強調し合う物同士を掛け合わせた香りだ。

 臭いもさることながら、引っ張る力加減も忘れた様で正直言って苦しい。

ムッとしつこさと馴れ馴れしさを一辺に感じたシユは力任せに引っ剥がして、元のポジションへと居直り、不機嫌そうな表情を浮かべる。

 普段の仏頂面から感情を表出して「おっ」と意外そうな上官。

「このコ、賑やかな場所とか慣れてないんですよ」とクシカがフォロ―。

「そういや、スク―ル卒業の時も参加しなかったよな」

 マティスもまともに話題に参加出来るだけの自意識はまだ保っていたらしい。

「フ―ン。何にしても楽しめる時に楽しんでおかないのは損だぜ。隊長からの人生アドバイスだ、覚えておけよ」

 半分程度に減った紫色の液体が一気にあおって飲み干す。

それから暫く酒の勢いでハイテンションのアイミ―に振り回され、マティスは付き合いで併せ馬を敢行し、青天井一杯まで飲む羽目に。クシカは引き際を察して上司からの追及を回避して、上手く話に付き合っていた。初陣の話から、年齢相応の流行りや恋愛に関して等、クシカ本人も楽しんでいるみたいなのでいいとして、問題は自分を挟んでの会話となる為、時折自分への回答を余儀無くされて別段聞きたくない情報は元より困ったものだった。

「シユ、お前恋人居たのか?」

突然聞かれてシユもクシカもドキッとした。互いに関係を築いていくには、いきなりのプライベ―トに関する話題はどうかと思うが、今晩はOKらしい。

「居た事ないですよ。そんなの」

ぶっきらぼうに答えたのは追及が鬱陶しいのと、無知だからだ。スク―ルについて少しでも齧った知識があるならそんな質問はしないだろう。

「ほぅ、ならお前チェリ―か。分かった! 今度給料入ったらイイトコ連れて行ってやる」

「えっ?」

「イ・イ・ト・コ・ロ、だぜ」

「興味無いから要りません」

こういう下手の話や、体験談を得意げに話す同僚を取り巻く連中が、就寝時間も無視して夜な夜な集まっていたのを思い出した。ハッキリ言って低俗で馬鹿らしいとしか言えない。今それと変わらぬ言動を目の当たりにしている。

「女に興味が無い! そいつは一大事だ!」

恐らく酔っているのだろうが、自分にとってタチの悪い絡み方をしてくるものだ。

「違いますよ」

 返事をしないのも、ムキになって返すのも結局は蒸し返してくるだけだと思ったシユは冷ややかに返答して見せた。

「そうかァ。まあ軍人に恋人と仕事の両立は難しいって言われてるが、俺は身にもって体験してるからな、現場配置の時はオススメしないぜ」

「えっ、隊長ってなんか失恋話があるんですか?」

 思春期ならではの乙女心をときめかせたクシカが鋭く食いつく。「おうよ!」と自慢気に返事する上司を見て、シユはひとまずマズい話題が流れたので一安心し、アイミ―の眼を盗んでグラスにドリンクを継ぎ足した。 

「どうすっかな~この雰囲気だと言っちまいそうだな~」

「いいじゃないですか。辛い思い出も肴になりますよ」

 この手の話題に関心が強いクシカは、柔和な表情とすかさず酒を注ぐ気遣いとは裏腹に、何としてでも聞き出そうとする執念が垣間見れた。女の怖さとやらを知った瞬間でもある。 

「あれな~、コッチ来る前に別れた彼女なんだけど、転属で超モメてよ、学生だったから来れないって事で包丁出してまで行かせないってドア塞がれてな~、入院させて話流すなんて真顔で言われたら戦闘もなんのそのでビビっちまったぜ」

「へェ~、深いんですね。その危機一髪からどうなったんですか?」

「立ち往生から一晩掛けて説得したさ。見送りの日は所構わず号泣してたぜ。まぁ、あんだけ約束しても遠恋は続かなかったのがオチなんだけどな」 

 黙って聞く耳を立てていた訳では無いが情報は勝手に入ってしまうので受け手の一人にはカウントされていたかも知れない。 シユは別段思う所無く、無関心に近いぐらいの印象だったが、クシカは同情的だったらしく僅かに眼を赤くして何度か頷いていた。 

「ドラマですね」

「かもな」

「・・・・・・・・・」

 マティスは別次元、自分はともかく、後の二人もセンチメンタルが来訪して、このテ―ブル間の温度だけが余所より数度低くなった気がする。 

 今まで希薄どころか皆無だった物音が急に自己主張し始めて、気まずいとまでは思わないが居心地が良くはない。こいつは不味いと察したのか、しばしの沈黙を割った一番下ったであろうアイミ―だった。

「おいおい、何時まで考える人やってんだよ。今日はお前達の為の歓迎会でもあるんだぜ。色々、回って来いよ」

 肩をペシペシと叩かれて促される。それが蓄積された不満を放出する引き金には十分で、執拗に繰り返してくる手を払って言った。

「別に。必要無いですよ」

 一応、自分なりに弁えて出したつもりだ。別に反抗心の現れのように立つまでも無かったが、行動を起こした以上そのまま座るのも何なのでごまかそうと思う。

「ちょっと! 何処行くのよ?」

「言う必要あるのかよ! トイレだよ!」

 飲みの席となると上司から絡まれると知識にはあったが、実体験で大変さを理解した。

「ああ、俺も行く」

 もう足取りが可笑しいマティスも若干フラつきながら前行く自分へと近寄って、ノリなのかベトつくようにくっ付いてきたので苛つき加減でコレも振り払ってスタスタと歩いた。

「フ―ン」

その後ろ姿を今度はアイミ―が見送る。

「隊長、申し訳ありません!」代行で金髪の少女が頭を下げる。

「いいって、いいって。もっとロボチックな奴かと思ってたから良い意味で驚かされたぜ」

 いつもの微笑みで返す辺り、表面上は問題なさそうに見えた。その後、クル―に呼ばれて其方へと向かわれたと聞いた時には嵐が去った、と安堵した。「楽しんでな」と一言残して行ったそうだが、楽しみの基準なんて人それぞれで、只自分にはパ―ティ―が合わないだけだ。自分の場合は音楽を聞いたり、トレカ―でドライブに行くだけでも十分楽しめるのに。

 別の席へと繰り出してハシャぐ様に楽しんでいるアイミ―を見てクシカは一つ溜め息をついた。それから戻って来たシユへとやや非難の視線を向ける。

「シユ、アンタ態度悪いわよ」

「苦手なんだよ・・・ああいう絡み方」

「それは分かってるけど・・・もう少し付き合いって奴があるでしょう? あからさまに遅れて帰ってくるし」

「それは、マティスの方が時間掛かったから」

 トイレの面倒まで世話焼いた人物はソファ―の横になって相も変わらず呪文でも唱えている。

「でも、一言ぐらい謝るのが筋でしょ」

「先に迷惑を被っ・・・」

「私もお邪魔して宜しいかしら?」

 売り言葉に買い言葉、全く持って本来の趣旨とは真逆の様相へと移り変わりつつある状況、そこに一等、大物が突然、同席を求めて自分やクシカは勿論、口論は中断どころか中止となり、半泥酔状態のマティスでさえ即座に立ち上がり敬礼した。

近くに来るまで全く気付きもしなかったのも、艦長としての位の証明である特徴的な三角帽子、何より腕章と階級入りの制服を纏わず、黄色の薄いシャツ一枚に紺のズボンの私服姿であったからだ。

 シユはまず服装に眼がいって、やや困惑し、適しているかどうかで頭の中に記憶してある軍の規律条項を振り返っている。

「参加して貰って良かったわ。お節介だったかしら?」

「そんな・・・・・・恐縮です」

 ニンマリと勝利のVサインを艦長の後ろで見せつけるクシカに文句の一つでも付けたかった。

「盛り上がってるわね」

 小さな専用グラスの中の赤い液体を飲み干して、どんちゃん騒ぎを遠い眼差しで見ている。その視線には艦長というよりも母親という感じがした。

「そうですね~」

 相槌を打つクシカでさえもぎこちない。

気付かれない程度でやり取りされる何となくの目配せで、彼女は自分に行け、と指示を出したが、艦長を相手に話題を振るなど至難の技以外の何者でもない。何処からが越権行為に値するか分かったものではないのだ。沈黙の時に限って訪れる物音は焦りを感じさせ、脇を固める若い少年少女は気まずく感じていた。

 シユは逃避の方法を模索するも、すぐに立ち去るのは失礼だし、小用の手口はもう使えない。ただ年の功として気を遣ってくれたのか、あれこれ話題を自分なりに考えていたのだが、艦長が早くに語り出した。

「私の子どもがね、もうそろそろ貴方達と変わらない年頃になるんだけど、近頃、あの子搭乗者になりたいって言って聞かないの」

 思い出し笑いのような感じで、表情を崩す姿にシユは戸惑った。

「搭乗者に・・・」

「可笑しいわよね。もちろん、メディアとか本で見ただけで、漠然とした憧れだけども」

 そういう取り上げは出版や撮影する側にとって好都合な面しかクロ―ズアップされないとは知っているが進んで搭乗者になりたいと思う人間は少ない。時期が時期だけに命の保障を金で換えられても釣り合わないのだから。 

「私は、親としても個人としても反対の立場を貫くわ。なまじ知ってるだけに・・・。アナタ達の様な軍の犠牲者になった子どもも居るとなればね・・・」

 哀愁や同情の念は感じられず、淡々と述べた印象だが、だからこそ侮辱には値しない。

「お詳しいんですか?」

 クシカも平然とした印象で返した。

「立場上、色んな話題が流れてくるから時々、ビックリするような話が飛び込んでくるのよ」

譫言を繰り返しながら、寝そべっているマティスを含め、交互に自分達を見つめる視線。スク―ルに関する情報には憶測ばかりが飛び交っているが、それは強固な情報規制が掛かっているからである。その中でもハ―ブナウ艦長は真実に足る事実を知っているみたいだった。

問われれば苦い記憶共に蘇る。スク―ルの搭乗者になる為にどれだけの訓練を積んできたか。鉄拳制裁どころか虐待に近い体罰すら課してくる横暴な痛みを提供する教官の眼に晒されて訓練と一般的とはかけ離れた日常生活を規則的に繰り返す日々、拒もうとも孤児同然である面々にはスク―ル以外に生存していく為の術を見出せず、食事一つ、寝室一つとっても満足な環境を得られはしなかっただろう。従う以外に他は無い。

 自分は思わなかったが、懲罰覚悟で脱走を企てた者も居て、施設からの脱出には、教官から得た知識を逆手に、大人達を出し抜いたそうだが、その後に関しては一切の情報が入らず、あれだけ教唆犯をあの手この手で燻り出そうとした教官も、ある日を境にパッタリと干渉しなくなった。同僚達との見解では「消された」事になっている。

「アナタ達は強い子・・・いや、強い兵士だわ」

「まあ、フツ―の兵隊さんよりは」

 誉められて、クシカは照れくさそうに後ろ髪を掻く。自分も動作にはしないがこそばゆい感覚はあった。

「そんな兵士を預かっている以上、私も期待に応えなければならないわね」

 数ある参加部隊の中でユ―フラテスに配属された事は、この艦にある程度の信頼を置いてある事の裏返しだと考えられる。無論、艦長並びにクル―を含めた総合面でだ。

シユはそう思ったが、ここで口出すのは差し出がましい、もとい言いづらいので控えた。

「此度の作戦、楽どころか苦しか見当たらない辛いものだけど・・・勝ちを掴むわ」

「ハイ!」

そして、再度の乾杯で勝利を誓う。



他にも顔合わせがてら、クル―にお酌に回ったり、軟派な男性陣からまたもやセクハラ

紛いの質問を受けたり、中には隙あらば触ってこようとする連中も居てやんわり断りを入

れて戻って来た。

「楽しいけど、中々どうして疲れるわ~」

とボヤくクシカの横で、シユは独り言だろうと聞き流し座っていた。

さしものシユも室内全体の雰囲気に僅かばかりだが同調し、如何にも不味そうにテ―ブル上のボトルをコップに注いで飲んでいる。マティスは完全に酔いつぶれて寝息を立てて、熟睡である。

パ―ティ―という華やかな且つ爽やかなイメ―ジより宴会のノリで弾ける面々の盛り上がりもピ―クに達し、その輪から同僚は相変わらず外れていた。

「どう、楽しい?」

「つまらないなんて言わないよ」

ただ、合わないだけなのだ。

落ち着かないと表現しても言い。自分はココのようにワイワイ賑やかな場所よりも、球体で手を伸ばす範囲内でしか身動きの取れないチョウマの方が余程安心感を得られる。そっちが日常らしさを感じるのだ。

気が付いたら自然と思考や行動は戦いの方へと向いている。機体のメンテにしろ、戦術チェックやら戦況把握、時には戦略レベルの考えを自分なりに考えたりする事もある。これらはスク―ルでの訓練で自ずと身に付いたものかもしれないが、そういう発想に至るのを悪いとは思わないのだ。

トランスは自分にとって敵なのだから。

改めて認識するまでもない事柄だ、とグイッとコップ内の液体を一気に流し込む。余りの苦さに何考えてたなんてどうでもよくなってくる。

「ねェ?」

「ん?」

コップを置いた途端に継ぎ足してくるクシカを軽く睨みながらながらも答えた。

「今更ながらの質問だけど、エデンで会った女の人って結局何なの?」

メンバ―が深く触れなかったのは作戦前であり、余計な混乱を招かない為のリヒルなりの配慮だったと思う。正直、僅かな疑念程度は誰にでも生じたのだろうが、彼は即座に蓋を閉めた。無言の信頼が其処にあって追及すれば途端に揺らいで安くなり特務に支障をきたすと判断したのではないか。

「もう済んだ件だし、今なら本当の事話してもいいんじゃない?」

「・・・・・・」

場が場なだけに口が滑りやすくなっている模様。

「本当に、昔住んでた頃の・・・隣家のお姉さんだよ」

前もそうだが、出任せに聞こえるのは当然の反応だろう。確率論にしろ、シユが言っているのが本当なら偶然では考えられない。

「お隣さんが、何で?」

「知るか。偶然・・・偶然会ったんだ、七年振りに」

その表情には普段では滅多に見せない喜びが浮かんでおり、シユとその人の関係性を測るのにちょうど分かり易い。

「で、何か洩らした訳?」

「違う。ヴィルドフル―ルの事話したり、飼ってたライルの話とかしただけだ」

即座に否定し、反感を持ったような表情で仕返す。眼は正気を保っていて、凛々しくも鋭くもあった。冗談のつもりもあったが、まあシユ相手には酔いが廻っても通じない。

「ライル?」

「犬だよ、セントシェパ―ドの雄。今はもう立派な成犬になったんだ。昔はさ、俺の方が遊んでたし、散歩に連れて行ってたから俺が居なくなると鳴き出してどうしようもなかった」

物凄く小粒なマメ情報。余分な情報まで語ってくれるなんて、相当呑まれているらしい。にしても、これだけ晴れ晴れと、そしてやたらと喋る彼は珍しいというか見た事がない。スク―ル時代は黙々と訓練をこなし、灯りの方へ自分からは寄らない、 根暗で、触れようとすると噛みつく野犬のような性格。いざ、前線でも同僚となると幾分ソフトな印象も見受けられるが本質は変わっていない。

そういう彼を知っているからこそ、今大きなギャップを感じ、言い知れぬ戸惑いを感じている。

「ふ―ん・・・」

他に返事のしようがない。

「おじさん、おばさんも元気にしてるって聞いた」

「仲良いのね」

クシカは少し寂しそうな声で一言告げた。

「ああ、今度は家に行ってちゃんと姉さん共々挨拶しに行こうかな」

シユがその姉さんと呼ぶ人物が羨ましく思う。

彼女はシユと話す時、どんな表情を見られるのだろうか。彼の笑顔を日常茶飯事的に拝め、何とも思わないのなら大した贅沢者である。

 その後、一旦の解散を持ってカラオケの熱唱と飲み足りない連中への二次会なるものを同室で行うらしいが、お暇して自室へ戻る事にした。マティスは周りの状況を理解出来ず、目線をキョロキョロしているが半ば強制的に連れて行く。

「あぁ、ううわ、わっぷ」

「しっかりしてよ」

「ったく。ダメな大人の真似じゃないか」

 肩を貸すが、酩酊状態で足元がおぼつかず、完全に体重を寄りかけるマティスをクシカと二人掛かり引き連れて、マイルームまで運び出し、ベッドに乗せて、毛布を被せてと睡眠の世話まで世話をするのは些か疲れた。  

「呑まれるまで、飲むなよな」 文句の一つでも最後に垂れてパタリとドアを閉める。

残った二人も時間的に睡眠の頃合いなので、それぞれ支度して睡眠に入る。

 マティスはもう寝息を立ててスヤスヤと夢の中へと溶け込みつつも、折角掛けた毛布を徐々にパージして胎児のような姿勢で寝入った。 穏やかで安らかな顔付き。如何にも年相応の若さが感じられるこの表情の何処に血なまぐさい要素が垣間見れるだろうか。

今の彼の素顔には、若々しく輝きを持った童顔であり、戦いの連鎖によって深く刻まれた戦争の皺は無い。







第四章 サウスベルク宙域攻防戦



バンッ!

両手の平で机を感情任せに叩く。

「どうして出撃許可を出してくれないんですか!?」

「だから、発電所警備隊として配置したと言っておるだろうが」

更に呆れた拍子で告げる。

「君達の様な試作段階の計画を艦隊に組み込むのは艦長達が良しとしないんだ。指揮系統の混雑は戦闘時になって支障をきたす」

 最もらしい言葉を吐いてやり込めようとしているのが見え見えであり、本心ではラッドリ―少将の下、実行された計画自体が、自分らが属する派閥と反りが合わない為に煩わしく感じてるのに過ぎないと、保身に走っているのだと見抜いていた。その癖、自分はいい年になってデスクワ―クの職分を放棄してまでパイロットス―ツを着込み、自分勝手に小隊という私兵同然を率いて出撃しようとしているのだから。 

だから、腹立っているのだ。

 使えるヴァリスがあるのに、戦力となる兵器が残っているのに満足に使って貰えない。

「あんな所、トランスが狙う訳ないじゃないですか! 目的はココ! 本部襲撃ですよ」

 いそいそとレディ―の前で臆面もなく着替え終えた佐官は実に煙たそうに二人の女性を交互に見やって意地悪く告げる。

「この采配は司令部からのものだ。私に行っても困る上に、司令部に誤りがあるとクレ―ムを付けるつもりなら、正当性を持って確かめれば良い。試作品などと未知数の部分が多いものは当てにならんという事だ。堅実で確実、この要因を満たすものが兵器としての信頼性が置けるのだよ」

 キュッとパイザ―を上げて、ヘルメットを取り、出撃支度が完了する。

「長話もなんだ、私は出て行くぞ。君達はまずは与えられた状況下で戦果を挙げることから始めたまえ。それが実を結べば信頼に繋がる」

最後は意気揚々と鼻歌まじりにドアを閉め、一応の上官は久方ぶりの戦地へと自ら赴いていった。

「話すだけ無駄な時間と労力を費やしたわ!」

 ヒスまではいかないが荒れているのは違いない。技術者魂が泣いているのだろう。

あの襲撃事件で受けた損傷は嫌な顔をされながらも直し、本機、最大の特徴である右腕のガトリング砲も復活するに至った。そのVALAW戦においては過剰な威力は、対艦戦闘も見込まれる拠点防衛にこそ機体の真価を発揮出来る機会だというのに、イマイチ人事問題に恵まれない。 

発電所防衛も、シリンダ―公職員と軍との兼ね合わせを煩わしく思って、燃えやすい火種の元へ送ったと邪推でなく考えられる。 

制作プロジェクトに関わった身上としては満足な戦闘機会が与えられない事を不憫に思うのだ。三機は日の目を見ることもなく瓦礫と化し、唯一残った試作機、期待感も相乗して掛かるのも可笑しくはない。

現主力のアブリズは企業との癒着のある箇所のない統合軍オリジナルの制式モデルだが、機動性を売りにしているものの実際には余分なコストを省いた軽さ故の恩恵であり、相変わらず量産性を主眼に置いた安価で簡易な単機としてはどうしてもチョウマに見劣りする兵器だと考える。 

ましてや、VALAW戦に精通したスク―ルの様な相手してみれば、結果は知っての通りである。 

友人という贔屓目を除いても彼女には高い技量があると思うし、アブリズ・トンプソンは在来型よりもチョウマと比べても十二分に渡り合える機体だと思っているのだ。それはデ―タも裏付けとして証拠が取れてる。

それだけに面子や大義名分に拘って、旧態依然として軍人気質を振りかざす司令官には無性に腹が立ってしょうがないのだ。 

「少し裏を返せば、指揮系統に組み込まれないし、いざ戦闘中になったら干渉を受けなくて済むわね。自ら率先したがるような出たがりだから、感情的になりそうで怖いものね。徹底した軍国主義者にはトンプソンの中身を知っただけで逆賊扱いしてきそう」

「本当に利己的な考えの表れよね。活かさず殺さずのお客さん扱いじゃない! 軍が何で通商を襲うのよ!」

「でも、あながち配置は間違いではないと思うわ。シリンダ―全体の電力供給が集中してるもの」

「それが狙いなのよ! さも重要そうな所に置くのが!」

「まあ、言われた通り、やれる事からやっていきましょう」

肩をポンと軽く叩いて、膨れた顔に指先をチョンと置く。

「宝の持ち腐れよ・・・」

 シュンと俯いて、愚痴った。



「進路微調整、指定ポイントA133、G165へ到達。以後、命令が出るまで待機とし、第二警戒態勢へと移行します」

 年若いオペレ―タ―が有能にも職務をこなし、ハ―ブナウはずっと口をつぐんだまま、考え事に耽る時間を与えられた。

「了解よ。ちょっと時間が早いけど交替しましょうか。真夜中からの人ご苦労様」

「ふぁいっ」

 漸く気が抜けたのか、欠伸と返事が重なって間延びした声でオペレ―タ―が眠たそうな表情をしている。若年の女性に深夜から働かせるのは健康に問題があるだろうが、経験も浅い彼女は自ら非番を志願し、本日のCIC入りを拒否した。普段とのギャップ故か、周囲のピリピリとした雰囲気にすら戸惑っている彼女に大規模戦闘中の管制官を任せるのは酷であろう。 

「やっと寝れます~」

「いや、今日は寝れっかな?」戦争だぜ、と耳打ちされ、オペレ―タ―はああ、と思い出したように納得する。

 日勤のクル―との挨拶も程々に、ブリッジから降りる当直組は疲労を露わにして場も弁えずお喋りに乗じ、ムッとする副長の説教が飛び交う前に艦長が制した。

「ご忠告ありがとう。なるべく揺らさないように細心の注意を払うわ」

 よもや艦長の耳に入っているなどとは思わず、軽口を叩いていたクル―は慌てふためいて、

「あ、いや、そういう事じゃないんです! 失礼しました!」そそくさと立ち去り、入口は遮蔽されて交替した連中の、言い方に問題はあるが気乗りしない臨戦前の重苦しいム―ドが伝播して流れる。

「ふうっ・・・」

 一息ついた所で、休まる余裕なく交信が告げられる。

「直属艦隊よりオ―プンチャンネルでの通信が求められています」 

 ハ―ブナウは脇に置いていた帽子を被り、二段開けていた襟元のホックを綴じてから返答する。

「いいわよ。回線十五番で開けて」

 通信妨害を張り巡らせ、艦の光端末で波形を撃って僚艦へと届ける。古典的な通信手段だが、主流から外れた今でこそ応用に富んでいる。アナログ式の受話器を備えているのも、通信による会話という動作を確認させる為のものである。

「第四艦隊所属、ユ―フラテス艦長ハ―ブナウ・カナリアです」

『此方、本作戦の旗艦であるイカロス級母艦艦長ドムト―リ少将だ。定刻に狂わずの参陣、ご苦労である。本作戦では激しい艦隊戦が予想されるが、搭乗員一同の尽力を持って作戦成就への一歩となり、引いては完全なる火星独立への礎となって貰いたい。武運を祈る』

「旗艦艦長、直々の激励感謝致します。ユ―フラテス搭乗員以下全力を以て当たる次第です」

『うむ。宜しく頼む』

通信が遮断されるまでハ―ブナウはやや頭を下げて、意を表していた。 

「失礼ではありませんか?」

通信とは言えブリッジに居る全員が持ち場につきっきりで、敬意を示していない事に対す

る副長の非難じみた声である。 

「わざわざ少将が出張って挨拶回りをしてきたのに、か。士気を上げる為の涙ぐましい努

力だとは思うけど、ああいう信仰心は好きじゃないわね」 

ジェネレ―ションギャップとも言い難い、愛国心の強さ。生まれも育ちも火星である彼女にしてもトランス上層部は火星至上主義の塊だと認識している。或いは、統率を取るべく一本化を目指す軍の中で自分だけがはみ出し者なのか。

再び、着崩してラフさを求めた恰好に戻るが、副長の目敏い視線を無視しておいた。 

「見かけなんてどうでもいいのよ。今はやれる事をやるだけ」

開戦の合図を固唾を呑んで待つばかり。

流れを見る彼女は、宇宙の暗闇に紛れて見えない敵艦隊方向を見つめて、歪な光点が現れる瞬間を待ち望んでいた。



「我々は今人類が生活圏を拡大し、膨れ上がった営みの境界線に居る。地球と火星の境界線か? 貧富の境界線か? 違うのだ! 先祖代々が地球に対する感謝の意として開始した宇宙移民の理念を忘れ、ただ惰眠を貪りながら資源を食いつぶすだけの肥えた連中との境界線である。彼らは本末転倒を産み出した愚か者の集団でしかない、それは人類史一万数千年もの悠久足る時を経て見つめてきた地球がよく知っているだろう。では、我々はどうなのか? はっきりと答えよう。我々こそが後継者なのである! 荒れ狂う大地と吹き荒ぶ大気を持った劣悪なる星を、人が住み、子を産んで育てる環境へと変え、第二の母星としてドット・ビルディングを促したのは我々の血筋なのである! そして、環境改善の為に血汗を流した祖先の遺伝子を辿れば地球を想った移民者へと結びつく。この脈々足る血筋と理念で、誰が受け継いだかはもはや明確であろう。今こそ、己が使命を忘れ私利私欲を貪りつくした者達への鉄槌を下す時なのだ! これは人類のみならず自然界で繰り返してきた淘汰と言ってもいい! 摂理の上で覆われ、流されていくだけの存在に過ぎないのだ! この一戦を以て、正統なる後継者達が歴史のペ―ジを綴るのである!」

 集結した艦船総数二十六、乗組員、搭乗員全てを合わせ二千人を越える人数が艦内のあらゆるモニタ―の前で壇上に立つ人物に対して拍手喝采を送る。

プロパガンダ的な演説内容に意識共有はそれぞれであるが、中にはむせび泣く者や陶酔した様な視線で白髪混じりの老紳士を見つめる者も居た。

 士気高揚の為に提案され、神輿に乗った訳だがどうやら担ぐ要員と見物人を盛り上げさせる役割は果たせたらしい。

「お疲れ様でした」

 付添いの部下が労いの言葉を掛けてくるが、半ば無視したようにカメラ等の放送器具が眩しい一室を立ち去り、元の艦長職に立ち居振る舞いを直すべく深々と帽子を被り、ブリッジまで向かう。

「お気に召しませんでしたか?」

「私は政治家みたいに物事を言いくるめるのは好きでは無いと言った筈だが」

 眼の前で口先八丁を度々見せられているので尚更である。 

「しかし、総司令からの御命令とあれば断りを入れるのも・・・」

「知っている。私が気にしている問題は誰が入れ知恵したか、なのだ、原案も含めてな。説法で人を戦場に送り込むなど、これでは統合軍のやり方と変わらない」

 原案では更に単刀直入な表現で徹底的に統合軍を貶める内容が書かれていた。

演説に関してすら、病症の総司令が無理を言って頼んできた為に渋々了承したと言うものの、誰かが裏で糸を引いている事実はくっきりと残っており釈然としない。

「しかし、中将殿は数々の武功を立ててきた、兵士の信頼の厚い方なのです。戦争に勢いをつけるには英雄は不可欠です!」

自分を見る部下の崇拝を感じる仰ぎ見る視線に戸惑いを覚え、そのまま戦陣に出るつもりであったが、一度艦長室へと戻る事にした。

バタンと扉を閉めて、溜め息を洩らす。

「フムッ・・・」

 既にココにも息の掛かった者が居る。

三権独立の舞台から互いに干渉し、徒を成している連中が裏に潜んでいる可能性を案じ、そこに武官である自分が組み込まれていない理由を模索していると、

『艦長、ミスボラス級巡洋艦パノンより通信が入っています』

 オペレ―タ―が部屋の自分へと通信で告げる。

「回してくれ」

「光明なる高説、お疲れ様でした」

 最近になって何故かチラホラと眼にする名前と容貌、今まで関連性は無かったのだが、ラプリー少佐がモニターへ映し出され、ややムッとした顔で見据える。

「貴様の差し金か?」

「いえ、私程度の士官が中将を含め、意見を申すなどと・・・」

「なら、何用だ? 戦闘前だろう、一軍の将としての行動と自覚はあるのか?」

「ご無礼を。昔の誼として一言、大任を労いたかったのです」

「フン、誰が背負い込ませたのか知らんが、これは賭けだぞ。万が一があれば私は命運をトランスと共にせねばならん」

 開戦前に随分と不用心な言葉を出したが、それは相手がこの男だからであろう。軍人として身を託す覚悟はある、しかし賛否両論を勝敗の天秤に掛けた訳だが、勝算は此方に分が悪いと知った上での行動だ。だから、戦局を五分に持ち込める外的要素として士気を高める策を取った。

しかし、彼は価値ある名誉を、築き上げた実績と信頼を差し出したのだから、幾ら経験と年齢を重ねても不安は付き物である。 

「ご安心を。後は私達が必ず勝利に導きますよ」

「いやに自信を持っているな。差し金ばかりのスク―ルの面々も居るからか」

「それもあります。とにかく私達に任せて下さい」

出任せとは思えない自信を持っているが、それは彼の懐に隠し持った独自戦力に対する

期待感からであろう。

「スク―ルとか言ったな。ならば見せてもらおう」

「ハッ!」

頼もしい返事と敬礼をして通信は途絶え、彼は休む目的の艦長室で逆に疲労を増やした

気がする。



『各員、第二種戦闘配置』

副長が冷静に官制塔としての役割を促し、各員は火器管制の開放やVALAWの発信準備、

搭乗者の位置状況など慌ただしく文字の羅列や会話、通話が飛び交う。

フォ―ルジ―作戦、地球圏の里帰りと移民者の権利を賭けた一戦が幕を開ける。

「アイツら・・・今日も片っ端から撃ち落としてやる!」

激しく燃え盛る憎悪の塊は何時になろうとも消え行く事は無い。ただ、これが彼の行動

の原動力にもなり、引いては強さに結び付くのだ。

頭でどうこう考えるより早く、身体はパイロットル―ムへと一歩を駆け出しており、一分

一秒でも出撃準備に取りかかりたい気持ちを抑えられず艦内通路におけるマナ―も無視し

て速く走り駆ける。

「おおっと! そう慌てんなよ」

その彼の行く手を阻む様に手組み足組み壁にもたれて待ち構えていたかの如く、アイム

ルックが立ち塞がっていたのだ。

仮にも上司で当たる人物の言葉を全くのスル―で立ち去る事出来ない。こういった上下関

係を厳しく身に染みついている彼等である。駆け足で行きたい素振りを見せるがシユなり

に可能な反抗精神の現れだった。

「何でしょうか?」

「まだ、第二警戒線だ。艦長の出撃許可も降りてないのにどうする気だ?」

自軍制圧圏より離れ、即ち敵軍防衛圏に入り込んだだけであって具体的に敵影を発見した

訳ではない。なのに、シユという少年はこのまま格納庫の機体に乗ってそのまま出撃しそ

うな勢いで落ち着きを欠いており、敵意を剥き出しにしている。アイミ―にはそう見えて

いた。

「これがル―チンワ―クです」

干渉を避けたいシユは巧妙にも、思いつきだが追及を防ぐ出任せを吐いた。もっともらしい事を言ってこの場を凌いで有耶無耶にする狙いもあったかも知れない。しかし、

「フ―ン。で、便所行ったのか?」

「え?」

 彼が発した言葉の意味を理解しかねていた。

「便所だよ、便所。今回は通常よりかなり激しい戦闘が予想されんだ。漏らしてモチベ―ション下がるのは嫌だろうが」

 ああ、と時間を経て一応の理解をした。只納得も同意もしかねるが。

「行かないですよ」

 無論、尿意を催しているなら生理現象で無意識下であれ用を足すであろうが今は必要性を感じていない。そもそもパイロットス―ツには耐気圧、耐熱、耐G処理がしてある他、簡易排泄処理の機能も備えてあるので戦闘中に気に留めないよう配慮もしてあるのだ。

「行っとけよ、先輩としてのアドバイスだ。今回は長引くに決まってる、帰ってパック捨てる時程自己嫌悪に陥る瞬間ねぇから。なにより女性士官が嫌がる行為だ」

 アイミ―には経験がある口振りだった。

こんな下の問答で、今の彼にとっては貴重と言える時間を無駄な会話でこれ以上費やしたくなかったので渋々了承して、すぐ傍の男性トイレへ立ち寄った。

「ったく・・・」

 面倒くさい、と心底そう思っている。命令とあらば受け入れるのが兵士の務めとしても内容如何によっては正当性を疑ったり過ちに不可解な気持ちを抱くかも知れないか、この件はそれ以前だ。そういえばまだ実力の方も計っていないではないか、これで本当に口先八丁の人物なら憤慨ものである。

「偉そうに言うなら腕前見せてからにしろよな」

 文句を垂れながら制服のズボンにあるファスナ―を降ろして便器へと照準を定めた。放物線を描く排尿が出始め、無防備になる瞬間にである、

「オイオイ、一体誰の事をブツブツ言ってんだ?」

 それは不意打ちに近い僅か一瞬の間だった。端の便器で放射を開始したのを実に狙った様なタイミングで隣の方へスッと入ってきたのだから。 

 シユは驚きでビクッと身体を震わせて、危うく手元が狂いそうになる。自分が発した発言が彼の耳元に届いているのではないか、と危惧し、ささやかな落ち着きを得られると思いきや、思わぬ緊張を強いられる羽目になるとは。

「壁に向かって何話してるかは知らね―けど、お前そういう奴?」

 そういう奴とは、独り言で不平不満を飛ばすよろしくない人物の事を表している、と思う。

「違います!たまたま洩れただけです」 

「まあ、そんだけ危ない目つきしてたら疑われるわな」

「違いますって!」

 放尿途中で彼は顔だけを横向けながら苛立ちが籠もったやや強い声で反論した。彼に対する印象なども含んだ一言であったが言って、語気の強さに不味さを感じた。が、もう遅い。

便器の方角を見つめるアイミ―はごく冷静に反応を受け止める。

「別にそんなのは個人の事情で許せる範囲だから関係ね―さ。だがな、今のお前みたいに血走ってる奴がいるとそれは影響が出る。隊の障害になっちまうんだよ」

「・・・・・・」

「因縁か憎悪か、どっちにしても知らね―が持ち込むのはまあ分かる。国の大義を背負ってる奴なんて早々居ないからな。だが抱え過ぎて、周りが見えなくなり、勝手に突っ走るようだと、全体に迷惑が掛かる」

 小用を終えてファスナ―を上げ、漸くアイミ―は自分へと真っ直ぐ対面した。

微笑の無い表情、切れ長の瞳に青い虹彩を持つカラ―が相まって以前に会った時とは違う印象を受ける、冷静さを感じていた。 

「何よりお前が早死にするぞ」

これは上司からのアドバイスよりも忠告に近い一言であった。彼は必要な事は告げたのか、振り向いて便所を出る方向へと歩んで行く。シユも会話の途中で尿意が引っ込んだ訳で小便器前に突っ立っている理由なんて無くなっていたが、並んでで、あれ後ろからであれ上司に付いて行きたくなかったし、何よりも反論がまだだった。

「だから、違うって言ってるでしょ!」

 口調も体裁を整えずに怒気も交えて吐いた。

相手には聞こえていただろう。しかし、お返しは何一つ来ず、静まり返った周囲の無音が広がって吠えた自分に虚しさを感じる。同時に収まり難い怒りを抑えるべく、発散がてらトイレのタイルを殴ろうと拳を振るったが衝突する目前で止まり、代わりに手を開いて平を面に合わせる。スッと額も白模様の壁へ押し当てるとひんやりとした冷たさが伝わるが、これでもまだ熱を醒ますには全然足りない。

「何も知らない癖に・・・」

 記憶がフィ―ドバックされて、悪夢だと切り捨てたい過去が再生される。今でも鮮明に思い出させて筆舌に尽くしがたい凄惨な光景が浮かび上がるのだ。

シ ユは苦しさを覚えて、現実に帰るべく洗面所で水を掬って顔に掛ける。

濡らして冷やして、ここがヴィルドフル―ルでない証明が欲しかった。

やがて、シユもまたトイレから出ると金髪の女性が呆れ顔と仕草で迎えていた。

「何でクシカが居るんだよ!」多少乱暴な口調なのは彼の中でまだ尾を引いているからである。

「女の子にそんな事聞いてどうするつもり? 近くにいたらシユの大声が聞こえるもの、またやらかしたと思って待ってたの」

 意地悪そうに話すクシカに、シユはこれ以上相手にすまいと決め、横槍憮然で口を挟んで来る彼女をチラと睨みつけて、横をすり抜ける。

 いつもなら反論を振りかざすのが定石の、らしくない行動にある意味で拍子抜けして、やや慌てぎみに後を追う。

「当ててやろうか?」

「・・・・・・・・・」

 振り向く素振りさえない。

「アイミ―隊長への反発、でしょ? シユと上司って戦争と似た構図よね、どっちか降伏するまで終わらないもの」

 クシカの視線は上向いて過去を振り返るように話す。

スク―ル時代の彼は事ある毎に衝突を引き起こし、それも徹底的に繰り広げて、シユか相手のどっちかが下がるまで継続していた。最も彼が引いたのは教官相手ぐらいのもので陰口として野良犬、狂犬だの呼ばれていたのも知っている。 

「何があったのか話してみ? 出撃前にギクシャクも嫌だから 急いで取り次いで上げるわよ」

「散々言ってるけど、何でもないんだって!」

ほじくり返されるのを拒否したシユは、一切のコミュニケ―ションを遮断するよう足取りを早め、ゲ―トの向こう側へと去っていく。

大人になりなさいよ、と背後より促す声も耳には入ったが、頭には入らなかった。

こんな戦争なんて一部の子供じみた大人がやり始めた事の顛末じゃないか。何故、それに憧れて恭順する必要がある。本当の大人なら歩み寄る手立てだって出来た筈だ。



「各員、第一種戦闘配置。これより本艦は敵防衛ラインを突破し、交戦に入る!」

ハ―ブナウ艦長直々の号令と共に、各作業班は戦時態勢へと行動は勿論、思考も切り替

えをし、戦闘艦の役割を担う為の一つのプログラムと化している。

威勢の良い声を全体に轟かせてから、ハ―ブナウも脇に置いた艦長帽を髪を纏めて深々と

被って意識を定方向へ変える。

「進路を維持しながら、弾幕を形成して道を作る。VALAW部隊はどうなっている?

『こちら、既に全機搭乗済みです』

通信を受け取ったアイミ―が返答した。流石にいつもの調子の軽々しさは無い。 

「弾幕を張るから、その合間に出撃して頂戴。発射タイミングはそちらに任せるわ」

『了解』

短く言ってブツっと切れる。

全体を束ねる以上ヴァリスの最終的な決定権を持ち合わせているが、形式的なものはな

くとも事実上、運用からに関する全権をアイミ―隊長に一任しておりハ―ブナウが指揮する場面はない。現場との距離感から鑑みた結果だがアイミ―自身も任されている事に誇りを感じているので丸く収まっている。

「ユンカ―ミサイル一から三番まで三段射出、ラピッド機銃も前面に打ち出して! VALAW隊への道作りをするわよ!」

『ええっと、これかな』

 出撃間近にしてコックピット内にて待機を命じられている格納庫内のチョウマ。クシカは戦闘の有様を確かめるべく艦とのモニタ―共有で見られるカメラを探し、外の状況を確かめようとしていた。

『わっ! ヤバい! これは相当ヤバいよ!』

驚愕なのかはたまた興奮でもしているのか。シユも手持ち無沙汰に艦の主モニタ―画面

を共有させて貰っているがクシカが取り乱している理由も何となくは理解出来る。

艦前方で激しく閃光を放ち、爆発と思わしき球円が至る所で起きている。驟雨の如きレ

―ザ―砲の応酬とミサイルの嵐、強大な弾幕の張り合いに自らが駆るヴァリスが突っ込むの

だから。砲火の渦に巻き込まれるか、極まった状況での攻防の結果か、味方からの誤射か、

因果として幾つもの可能性がある分怖いと感じるのだ。

「落ち着けよ。俺達の出番は進路を確保してからだ」

アイミ―が隊長らしく尤もらしい事を言う。

「でもこれは驚きますよ。これが本当の艦隊戦って奴?」

これには小さな笑い声も聞こえて、瞑想までしていたシユには煩わしく思え、若干居心地が悪く感じる。

「スク―ル卒でもビビる事はあるんだな。長期戦になるぜ、覚悟しとけよ」

今の言葉には戦闘前に独自のインスピレ―ションで集中力を高めていたシユの心の琴線に

触れた。ヘルメットのバイザ―を開いてまで物言いを付けようとした所をマティス側から

の通信が混じる。

『慣れているようで。なら、参考がてら隊長が先陣切ってくれるんですよね?』

「モチロンだ。俺の後ろから付いて来い」

どうやら自分と同等以上に引っかかっていたらしい。

既に換装作業も終了し、残すはカタパルトデッキにセットされて出撃するのみ。シユは操

縦桿を何度も握り直すクセをやりながら、ただその時を待っている。

この場に来ると前線拡大の為の戦略とか民衆を軍の支配からの解放する為だの大義名分が

どうでもよくなって、今作戦名もソラで浮かび上がらないぐらい希薄になっている。


そんなもの無くったって戦える。

自身の中で煮えたぎる怒りと憎しみの感情こそが行動原理となり力となるのだから。

なのに、真っ向から否定するアイミ―が肯定出来ず、きっと彼は排除すべき邪魔な要素と単に判断しただけなんだろう。それが散華の悲劇を危険の及ばない第三者の視点で見た者の答えなのかもしれない。二百三十七人の生き残りは決して忘れはしないし、向かう先のない闇に葬られた真相に憤りを感じて生きている。

 だからこそ、自分は兵士として軍に抗う道を選んだ。表立って復讐を遂げると誓った。

『一斉射で進路を開きます。各パイロットは順次、発進カウントへ入ってください』

 オペレ―タ―の指示がいよいよ届いて、発進準備を促される。

『俺が先に出る。いいか、隊列を乱すなよ。この状況だ。一度離れたらフォロ―仕切れないぜ』

『了解!』

『了解しました』

「了解・・・」

 格納庫ハッチが開いて、外の生の戦況が垣間見える。彩色を放つレ―ザ―と爆炎が絶え間なく続く有視界に、やはりというか何時も以上に緊張が走って、グリップを握る手が汗ばんでいるのが分かった。

『進路確保。各機は四十セコンド以内に出撃して下さい』

 母艦の弾幕射撃によって作り出した安全なグリ―ンベルト、無論、真っ先にはんのうしたのは中隊長である。 

『ちらアイミ―機だ、お先に出させてもらうぜ!』

 細部を専用カラ―として染めたチョウマが左右どちらかのレ―ンへとセッティングされ、出撃棒読みの段階へと入る。通常の迎撃戦や侵攻作戦とは異なる、互いの防衛ラインを真っ二つに割って奪い合う総力戦、その中で先陣切って敵味方入り乱れ、銃弾飛び交う戦場へと赴く際の心情は如何なものか窺い知れる。

 しかし、モニタ―越しのヴァリスを見ても、通信回線を聞いても気負いする姿や怖じ気づいた様子もなく、いつも通りといった印象でアッサリと射出レ―ンより宙域へと飛んで行った。 

「お手並み拝見って奴だな」

「ああ・・・」

 マティスの言葉を適当に聞き流し、ただその時を待つ。

『続けてシユ、マティス機順次発進ド―ゾ』

 虚空の宇宙で頻繁に映える鮮色が射出先の発射口より覗けて見える。あの場所には数秒先には知覚すら出来ない無惨な死が待ち構えているのだ。

トクン、と一定以上に高まった心拍数が体温の上昇の促し、発汗作用を生む。もう一度、ひとしきり操縦桿を動かし機械との一体感を図った。

 死ぬのは怖くない。何故なら散華の悲劇で既に一度死んでいるのだから。ただ、撃たれて爆発を起こし微塵に散る時、或いは斬られて自身の肉体がバラバラになるその時まで、死すべき人では無かった人達の仇の為に戦う! 

「シユ・リ―クアト、出ます!」

「マティス・ハ―ヴェイ機、行きます!」

 最終安全装置がアンロックされて、全ての固定具がアンカ―から取り外さたチョウマは、高速で送り出す電磁式射出機に乗って、先立ったアイミ―が待つへと戦場へと放られた。

有視界が急速に統一された色に染まって、自分達が見る前面では激しい戦闘の様相を表す閃光があちこちで縦横していた。通信は通常回線でのノイズが酷く、それこそ正に地獄絵図の様な死地そのままの、叫びや耳鳴りしそうな雑音が交じって、グル―プ固有の短距離電波システムへと変更しないとまるで使い物にならない有り様である。

キッと、シユは敵陣がある前方を睨む。

「艦砲射撃が何だ! 当たってたまるかぁ!」

 展開される敵ヴァリス、出し惜しみなく艦隊戦の名に合った物量で支配する配置。当たりようのないアウトレンジからの射撃による牽制と言えど、制圧面を増やせば事故が起きる可能性は跳ね上がり脅威に感じる。

しかし、シユは沸き上がる恐怖心を、憎悪の炎をたぎらす事で押し殺し、自らを鼓舞しつつ、バ―ニアを吹かして虚空の戦場を突っ切り孤独に交戦に入る。

「数だけ揃えて来たって!」

烏合の衆、そう言いたかった。バックパックシステムにより追加ブ―スタ―で推進力を増

したチョウマは速く、一斉射撃を速度上昇で直角に避ける。中の搭乗者までに影響を及ぼ

す程の一杯の機動、シユは鳴りっぱなしのアラ―トを気に掛けながらも標準携行である機

関銃で攻勢に転じ、狙いを定める。

「クソッ!」

密度と集弾性の高い実弾の嵐に巻き込まれ、上手く間合いを詰められず行動に余念が無

い。迂闊に攻防の振り分けを誤れば即座に、簡単に撃墜する恐れもある。僅かな判断の差

で、掠めた銃弾が致命傷になりえる猛攻撃で回避以外を封じられ、それも袋小路の様な状

況へと追い詰められているのが理解出来た。

「やられるか!」

不吉な予感を煽らせ、誘う不気味な気配を振り解くようにして叫んだ。しかし、背面か

ら降る鉄の驟雨は容赦なく襲いかかり、チョウマの装甲を撃ち抜く手前、

『横取りゴメンってね』 

追い掛け回される中、急な通信で一言申した後で、シユ機の側面より編隊を成していた一

機がバズ―カ―で狙い撃たれて爆散する。

『やりぃぃぃい! あと四機!』

『前に出過ぎだぞ、シユ! 自殺願望が無いなら合わせろ』

 射程内ギリギリで狙いすました砲身を構えるマティスを端に、既に三機編成を組んだ味方が救援に駆けつけたのだ。

「これで・・・」

 シユは機体を大きく旋回して、Uタ―ンを行い、友軍機が応戦している間まで牽制をしながら向かって行く。

 助かった、と安堵を覚え、口には出さないが全員に感謝したい気持ちであった。援軍に遅くも気付いた敵郡は其方へと火線を切り替えており、その隙にシユのチョウマは弾薬の交換を背面パックより行い補充する。

『へっ、死ぬ想いはしてきたか? 今度は突っ走るなよ』

「・・・・・・」

 嬉しさ反面、歯噛みする悔しさも徐々に感じる。アイミ―が恐らくいつも通りの表情を作って、自分に通信をしてきた。予想に従って先行した自分に対して若干小馬鹿にした含みの入った声。よもやとは思うが、タイミングといい見計らった上で駆け付けたのでは無いかと疑いを持ちたくなる。

『各機、隊列を組んで順次に応戦! 一つずつだ、抜け駆けはするなよ!』

 キチンと誰かに対して戒める言葉を挟んで隊長が命令を下す。戦場の構図は他の部隊も呑み込んでの大規模ヴァリス戦が前方で展開され、後方からは直掩機と並んで艦船が支援射撃を放つ様相を呈している。

 互いにロックした時点で、アブリズは機関銃を放ち、割に危なげなく各部スラスタ―を下方に集中させる事で降下して逸らす。お返しとばかりに機体を左右に振りながら見舞ったチョウマの射撃は、横へのスライドで避けられるも、撃ちっぱなしながらに余る手で取り出したバズ―カ―を構え、バラまきで方向誘導に成功した所で弾頭を発射する。破壊を困難した特殊軌道と高い誘導性を持ってあっという間に食らいついて装甲ごと機体を吹き飛ばして爆発した。

「一機撃墜!」

 想定内の結果に反せず上手くいって、つい戦果を呟いた。

どうだ、と自慢げに誇らしく、比較対象の的にしている隊長機を見やる。

 複数機からの十字砲火を易々と外させ、向かって来る銃弾を恐れずに敵機へと機関銃で囮を仕掛け簡単に意図した方向へと移動させながら、一直線に近づいて振り抜いた刀でコックピットが収納してある胸部を貫く。更に破壊した機体の爆発と僚機を失い生じた混乱に乗じて、すかさず闇討ちながらに爆風に紛れ接近し、袈裟切りにもう一方を裂いた。 

目で追って一瞬の出来事、刹那の攻防に繰り出す技術とその圧倒的な力を見せつけ、シユは場所も忘れて魅入った。

 強い――隊長格は搭乗者としての技量と隊をまとめ上げる有能さを定めるポジションだが、経験豊富なベテラン勢でなく、年若い彼が居座る理由が何となく分かった気がした。

そこにアラ―トが次なる敵を知らせる。

「ウワッ! チィィ!」

 余所見が効いたか、回避運動が一瞬遅れて銃撃の何発かが装甲片を掠め、削ぎ取った。

『何してる!? 独断専行の次は物見遊山か?』

 叱責の後ですぐさまアイミ―が援護に入り、易々と一機を蜂の巣にし、勢いを殺す。

「違います! ただ・・・」

言えない、隊長機の動きに魅入っていた等とは言えない。

また、アラ―トが察知した。

「チッ!」

軽く後退する形でスラスタ―出力を制御し、散漫な攻撃を楽々と避ける。

アイミ―の働きにより、散開して逃げ腰の様に当たりもしない距離から射撃をするだけの

アブリズが一段と煩わしく感じ、痒い所に手を伸ばそうともしない弱気な表現に苛立ちを

覚えたシユは操縦桿を前倒しして一気に各部推力装置を全開に噴かす。

「お前ら何だってんだよ! 戦う気がないなら統合軍なんて盾にするなぁ!」

白刃を晒し、狙いの甘い見え透いた稚拙な射撃を速度減衰は行わず、無茶ながら鋭角の

軌道を以て全てかわし、慌ててサ―ベルで鍔迫り合いを演じようとする前に刀を振り上げ

て腕を飛ばす。

「墜ちろッ!」

そのまま半回転を加える事で最後の足掻きである銃身の向かう先より離れ、機関銃は完

全に宙を相手に空振って腹部を斬られ、行動を停止した。 

後、一機――振り返り、同じく電磁コ―ティングされた刃で一刀両断を試みようと構える。

だが、行動に移す手前、六時の方角より正確な精密射撃が惑うアブリズを四肢に渡って破

壊という穴を穿ち、やがて爆発した。

『いえ―い、これで後二機』 

前回の出撃を見送っていた為か、その鬱憤晴らしのような目覚ましい活躍、エ―スの称

号に拘るマティスが喜々とした声で通信を告げる。 

『いい感じだな。だが、相手はまだまだバリバリで戦力を突っ込んで来るぞ。油断するな、次に備えるんだ』

 作戦目標となる物は眼下に押し迫る程に近づいていて、ヴァリスを使えばすぐにも届

きそうではある。その周辺で列になって並ぶ光条、星空の輝きとは異なった異彩の鮮やか

さを演出していて、ややするとその数がまた増えて発光しながら大きくなりつつある。

搭乗機発進時の機体判別に用いるストリ―ミング信号、シユはそんな遠目の光景を睨み

ながら蒸れた手袋に出来たシワを指先まで伸ばして付け直し、敵機襲来を待ち望んでいた。



「布陣はどうなっているの?」

「たった今、第二陣が展開されました」

 統合軍お約束の物量作戦にハ―ブナウは攻め時を得られない待ちの手に若干苛立ちながらも、それは個人の領分として抑え、艦長らしく冷静さと理知的な要素を装って戦況を見つめていた。

「毎度のことながら金持ちは悠長に構えられて良いわね」

 独り言の様な、目の前の副艦長に宛てたものかどうか、とりあえず彼は振り返ってくれたが継げる気は無かった。

 もしかしたら、相手側の艦長は軍人でもない私用の人物から紅茶の一つでも注いで貰いながらモニタ―を見ているのかもしれない。次々と出撃していくヴァリスには無関心のまま、ただ敵を倒してこいと手足同然に命令を下す。

 今までの経験上で、彼女の視点からは統合軍側に有能と思える人物は殆ど居ない。フランチャイズ展開でもしてるのかと馬鹿にしたくなる程、無策で数で押し切る戦術しか知らない戦闘指揮所内の置物ばかりだ。 

「余裕ぶっこいてふんぞり返って居られるのも今のうちよ」

 最大望遠でハッキリと捉えた敵艦を前にして、切れ長の瞳に力がこもり、本音を僅かに吐露する。

「敵艦、砲撃を開始しました!」

 答えを求めるように通信士が此方を見て告げる。

ハ―ブナウは下向き、考えを頭の中で張り巡らさせてから、

「無駄撃ちは国税の敵よ。当たらない応射に幾ら使ったかなんて市民が知ったら暴徒化するわ」

 およそ艦を担う立場の人間には似つかわしくない台詞の筆頭だっただろう。

これにはブリッジ内の大勢がどよめいて、自分へと視線を集中させる。特に、副艦長等は口を開いてあんぐりしていたので、思わず吹き出しそうになった。ここで次の句を持ち出す。

「だから、キチンと当てれば問題ないのよ」

 彼女は一個の指揮を取り、付き合いの長いクル―達も意味合いを理解して各々の職務により拍車を掛ける。ハ―ブナウはブリッジ内の全員と目的を共有した上で、改めて発言する。

「微速前進! VALAW戦の展開に合わせて火器有効射程圏まで近づける。目標、シ―ランス級大型艦! カイゼリン、借りものだろうが使うわせてもらうわよ」

CICの面々が呆気にとられたような表情で艦長の方へ視線を向ける。

帽子の鍔の位置を戻すよう弄り、もう一度告げる。

「カイゼリン、準備して頂戴」

「り、了解!」

これで戦局を打開できると考え、試作兵器の使用に踏み切る。運用性を度外視し、単純ながらも限定使用で高威力を発揮する兵装。回頭不可能なエンジン直結の船体下部に設置された大砲で艦の正面から来る敵を一掃する代物である。

「出力六十パ―セントで進行方向軌道上へ発射する」

「技研からは試験段階で、まだ使用は控えるよう言われています!」

当然の反論が副長から返ってくるが、前進の時に口出さなかった分意外である。

「試作品なら使ってナンボ、デ―タなら本艦に同乗すれば早く済んでいた。私が代わりに試験デ―タを取るわ」

「しかし、この距離では・・・」

「外して良し、当たって尚良し、よ。まだ踏み込めるわ」

護衛も戦線ギリギリの限界だと、感じる。これより前は今の倍以上のVALAWを相手せねばならず、弾幕も激しさを増すと予想される。だが、機を逃す訳にはいかない。

敵陣の応戦する射撃の雪崩れ込む攻撃、砲撃、銃撃を幾度も掠め、または被弾し、火災は上がらないまでも損傷の割合は蓄積しつつある。消耗戦の地力頼りの展開では物量差に絶対的有利がつくと戦略の判断をして、彼女が指揮するユ―フラテスが均衡を破る火種になると駆って出たのだ。

「エネルギ―充填、目標数値に達しました」

「冷却照射正常作動、砲身最終固定完了」

カイゼリンを牽制には使わない。デ―タ上では、フル出力時には艦内全エネルギ―の四割も持っていく高価な一発だからだ。それこそ資源難でエネルギ―に困窮して母国に申し訳が立たないと言うものだ。軍人でありながら母親でもある彼女には一般家庭用に変換すればどれだけの桁になるか民間人視点で価値が分かる。だからこそ、本来安易には放てない。

「敵艦発砲に合わせ、発射!」

収束された荷電粒子、プラズマ砲が一気に放射され、強大な熱エネルギ―を伴って真空中の宇宙空間を瞬間的に駆け抜け、対象へと向かう。

拡大化した光学望遠映像でも映らない距離だが、確認の目安となる宇宙空間特有のヒットエフェクト、即ち光球の爆発は見られない。

しかし、ハ―ブナウは気にした様子も見られず新たに命令を下す。

「第二、三射の継続攻撃に入る。護衛の機体は潜られないよう、距離を取って防衛に当たれ」真意を掴みかねる副長の困惑めいた様子なで無視するように再度の砲撃を促す。

「やはり・・・距離が。敵には電子シ―ルドもあります。見ての通り得策ではないかと・・・」

副長が耳打ちするように告げるが、ハ―ブナウの話し相手は前のオペレ―タ―達であった。

「どう? 二射目はいけるかしら?」

「再充填完了しました」

「砲身の冷却も終わっています」

「副長」

ハッ、と返事が来る。

「言うとおり確かに艦の攻撃には愚策かもしれないわね。電子シ―ルドを展開されたら艦に当たる前に霧散と化すでしょう。でもこれは、敵の指揮官との駆け引き、艦隊戦に見せかけた頭脳戦よ。副長も交えてのチェス対決」

「はぁ・・・」

彼女が言うところを把握しかねる副長は曖昧模糊な返事で返すしかできない。着任早々にも思ったことだが掴み所のない人物だと改めて思い知る。噂に聞く「鉄の姑」、脚色なくありのままだと実感した。

当たりっこないのに、と誰でも分かる判断を下す指揮官に、付き従うクル―達、協調性はあると自負する自分だが、戦時になってこの先やっていけるか不安になってきた。この調子では明日すら迎えるか分からないのに。

「第二射、撃てェ!」

実戦用として配備されていない、正しく取って付けの兵器は発射の度に艦内を揺らし、その振動は管制室まで届き、クル―も驚き声を上げる。

瞬く間に閃光が宇宙の彼方へ消える。敵の位置取りが分からないまま、当てずっぽうに闇雲に撃って当たる見込みは薄い。

戦術はその先にあるのだろうが、如何せん進退の為の推力となるエネルギ―を放出しており、賭が裏目に出て、一挙攻勢に遭えばもう不味い。

「もう一発よ」

発射の前、艦内の照明が一時的に落ち、即座に予備電源へと切り替わる。

艦の命運まで乗せた光弾、エネルギ―の柱が伸びゆく先に獲物を見つけ、貫こうとする寸前、

「カイゼリン第三射、目標手前で消失!」

言わんこっちゃない。敵も考えがある、対光学兵器の前に無力と化したのだ。

「電子シ―ルド展開の模様」

砲身は短時間における過剰な冷却と熱の繰り返しで、フレ―ムが曲がり、プラズマ発生器自体も排熱が追いつかず、黒煙が噴き始める。当然、使用不可能となり技研の注文はあえなく反古にされた。

「当たらなかったけど、私の予測は当たったわね。シ―ルドの展開はそれ以上の前進が出来ないと示しているもの。艦は守れても味方はどうかしらね」

あっ、と心中で副長は声を洩らす。

層状の電子シ―ルドはその防壁範囲内の広さから、尋常ならざる電力を消耗し内蔵装備が見送られた代物である。そして、その規模からブ―スタ―等の推力を用いても尚鈍足である。

「我が身可愛さに、守りに入りすぎたわ。如何にも数頼りのやり方ね。本人はアイスティ―でも飲みながら観覧席で高みの見物しているつもりかしら。こっちはもう懐にはいってるつもりなのに」

各種兵装装填完了、オペレ―タ―の声にハ―ブナウは檄を飛ばす。

「面制圧射撃へ移行、全兵装は十カウント後に敵VALAW群へ照準!」

四十口径連装砲、艦の端に左右対象の巡航ミサイル、射出型の大型コンテナミサイル、方位型の拡散榴弾など併せて、通る隙間も無いような一斉解放にシ―ルドが仇となり、部隊の展開を遅らせる要因になる。満足に艦の援護が受けられないVALAW部第には充分過ぎる攻勢である。これで直掩並びに先行する機数を減らされれば本当の意味での楯を失う。強大な戦闘力を持ち合わせる戦艦クラスであれ、高機動戦闘が前提のVALAWの前には簡単な狩りへと成り下がるのだ。



重量感と鋼鉄が裂ける際の独特な低温が響いて、アブリズは機能を失い、モノアイに灯った光も消失する。チョウマは貫いたフェルロック・ブレ―ドを引き抜かずに、自機を中心として九十度回転して、背後からの攻撃に対応する。

死したとは言え、原型を留める友軍機の存在に射撃はブレて掠る事さえままならない。フレンドリ―ファイアを恐れて迂闊に接近戦を挑んで来るのは彼の術中に嵌められている証だ。

 漸く刀を引いて串刺しから解放したアブリズを強く蹴り出し、慣性の働かない無重力故に静止する事なく力点からの力は伝わり、戸惑い切った敵へと衝突する。対戦兵器の多くを無効化する優秀な装甲では、さほどのダメ―ジを与えられなかったが生じた隙は撃破に至らしめるのに十分であった。

 チョウマが構える銃口は余裕で捉えて制射の下に屠った。

「どうしてそんなに落とさせるんだ!」

 撃墜数はこれで何機目だろうか。目まぐるしく駆け回る戦場に束の間の一息付ける時間が偶然にも生まれた瞬間、シユは敵艦に向かって叫んだ。

戦って戦っても何処からか湧いてくる敵。お粗末だ、何もかもが。

『オイオイ、もうとっくにエ―スじゃねぇか。いい加減にしろよ』

 息付いた後で疲労や発汗がドッと表れて、陰ながらに蓄積された痛みを知る。

『なんなの、使い捨てみたいにどんどん出て来るじゃない!?』 

 各自に、言葉から分かる通りの疲れが垣間見れて、それを察知した様に次なる隊列を引き連れて同種のアブリズは迎え撃って来る。

『ヘッ、マズいな。コレは』

 他の部隊はどうか? 防衛圏を切り崩して取り付いた箇所があればそこから転機が訪れる可能性もあるが、犠牲を出しながらも凌がれている印象がある。

持久戦には分が悪い。戦力比では五分近く持っていけるのは各地よりかき集めたから、という背景がある。文字通り総力戦を仕掛けたと言っても差し支えない。しかし、相手はどうか、時間さえあれば月から大量の援軍さえ集める事も可能だ。もし長引いて共倒れの展開になった場合、今後の作戦も踏まえて戦略は如何か、不利な賽の目を振らなければならぬだろう。

 早々に展開予測をしていたのはハ―ブナウで、彼女の男性士官に紛れようとも一歩も引かないどころか、優位に立つ度胸と大胆さで、ジリ貧を打開すべく、行動に移すのも素早かった。

 各機より母艦からの通信が送られる。

『之より本艦は前進し、敵艦との直接交戦に入る。ヴァリス隊各機は直掩に回れ』

 割に手短な光通信は搭乗者達には、アイミ―も戸惑う内容だった。

『オイオイ、マジかよ』

『これってセオリ―無視よね』

スク―ル二人と同意見で、自分達がこれまでに習った戦闘方法にもマニュアルにも載ってない奇策、はたまた単なる無謀にもシユには思えた。

旧型モデルの改装とは言えども火力と防御力に優れているおり、確かに巨体を動かす旋回性能、機動性においても統合軍のモデルより勝る能力を備えている。しかし、あくまで戦艦の範囲内であってVALAWも含めた敷居で考えれば、極めて鈍重との判断が下せる。そして、強固な防御壁も数の前には太刀打ちできないのが実績からの観点であり、結論としては不向きなのだ。

『コイツは艦長も一つ策に出たみたいだな』

 艦長の指揮を知るアイミ―は信頼を窺わせる台詞を呟く。

『隊長・・・』

 未だ戸惑っているのは否めない。自分達はどうすべきなのか、その最終的な判断は彼にある。 

『スグに第三波が来る。俺達は、奴らから艦を守りきるだけだ。寝床も無くなっちまうしな』

隊長の指示で、チョウマ全機は迫る光点を前にして後方よりのし上がる母艦の位置まで引き下がって共に弾幕を張る。 

「無茶苦茶だ・・・」

この戦場も、この戦争も。

シユは一人ゴチた。



「チィッ!」

弾幕で撃ち洩らした敵一機が、大物狙いの思い切りの良い前進突破で急速に差し迫って

来たので、アイミ―はその進路を塞いでブロックする様に立ちはだかり、刀を繰り出す。

相手も切り結んで、互いに譲らない鍔迫り合いが展開される。

「コイツ、傲慢なヤロ―だ!」

敵ながらに巡用戦艦の弾幕網を突っ走る度量は認める。しかしながら、この先は一歩も通さずに封殺してみせる。

 電磁コ―ティングされた高周波ブレ―ドが摩擦熱で軋みを上げながら震え、かち合い、その隙に相手は機関銃を至近距離ながらに照準ポインタ―を当てる。撃たれれば絶命が免れないコックピットを向けられる。だが、アイミ―はこれに臆する心も後退する妥協も許さず、ただ冷静に余すもう片方の腕で対となる一振りを抜いて上段より垂直に銃を切り捨て、事態の把握に一拍遅れた時間的ロスは決して取り戻せずに、更に踏み込まれたチョウマより二刀での×字に胸部を開かれて、搭乗者を失ったヴァリスは木偶人形と化した。

「一発デカいの引くのは確率論からしてナンセンスだぜ」

 大抵は裏の目しか出ない、軍功欲しさの賭けは失敗に終わり、搭乗者は死んだだけだ。

それ以外は何も考えないように心がけている。今は戦争の最中だから。

 そして、何時もの如く思考を遮るように新手が追い回し始め、さっき考えていた事も戦場の緊張と跋扈する無数の感情により上書きされて忘れてしまうのだ。

 機体背後にアブリズを連れ回しながら、アイミ―はコンソ―ルで友軍機の固有識別番号より位置と状況を調べる。最も付近のクシカ機は今し方交戦していた相手を討ち、苦戦も感じさせない落ち着いた対処法で単に実力差から圧倒している。逆に、マティスは艦守圏内で戦いながら、スコア獲得に執着しているのか自ら攻め行って果敢に撃墜せしめているから大したものである。

『各ヴァリス隊へ告ぐ。これより敵母艦への一斉砲撃を行う。速やかに火線ラインから離脱せよ』

 指定範囲へ踏み入れないよう警告区域がモニタ―上で表示される。艦のお守りは十分で遠慮なく艦長がぶっ放してくれるだろう、不安な要素は感じない。しかし、

「問題はやっぱアイツだよな・・・」 

 視界内に映る銀色の奴は全部片っ端から撃ち落とす、ぐらいの気持ち加減で、猛禽類の獰猛さを機械で体現したかの様な徹底した破壊振り。如何に敵を倒すかだけを突き詰めた戦術を駆使して、追い込み、圧倒する。

軍事教官がどれだけ練って叩き込んだのか見て取れるものだった。

「シユ、マッチアップしてどうする! 艦を守るのがお前の役割だろうが!」

 目を見張る戦いぶりは賞賛したいが、別問題で一人またも直掩の命令から外れて追っかけ回しているのは頂けない。

『コイツを落とせば、指揮の低下が望めます。一時撤退でもしてくれた儲けものじゃないですか!』

 部下の、命令に反した行動に、隊長であるアイミ―は近くの味方機に側面の守りを任せて、すぐさまシユの交戦ポイントへ向かう。機体頭部のモノアイが捉えたモニタリングには飾り付きのアブリズが巧みな操作でシユの猛追を凌いでいた。

 技量といい、なにより頭部と肩部に施された専用アンテナ、通信機能をより強化して指示範囲の有効性を高めるべくつけられた隊長機用の装備。

「分かっているなら尚更だ、下がれ」

 存在感を出す為の見せ掛け射撃で意識を分断させ、二対一の有利な戦局へと持ち込もうとする。

しかし、シユは猪突猛進して自分と合わせる気はなく、赤のマントに釣られて追う猪同然に執拗に張りついているのだった。

「出過ぎだ、シユ!」

『堕ちろォ!』

 援護に回るにも遠く、早く、シユ機は流星の如き恐れ心を知らない速度超過で一気に相手の懐へと飛び込んで急接近からの斬撃で両断を試みる。

敵も応戦すべく機関銃を構えたが、そのタイミングがチョウマの横薙ぎと同時で、とても反応は間に合うものではなかった。こちらの予定調和通り、この戦局の要たる隊長機を切り裂く瞬間、

「シユ、避けろ!」

 通信越しに必死の剣幕と声で伝えた危険告知は寸での所で間に合い、前方の潜む伏兵が対艦重粒子砲で狙撃した事を察知したのか、攻撃を中断してクルクルと円を描きながら放物線上に軌道を変えて回避に専念する。

放たれた緑の閃光はヴァリスを飲み干す程の幅に広がって、完全に避けきれなかったチョウマのバックパックの一部を消し炭にした。

「シユ!」

『大丈夫、掠っただけです! まだやれる!』

 モニタ―越しで見える僚機の損傷具合は背面より細身の黒煙を燻しながらもバランスを崩さず、即座に切り離しを行い被弾箇所を遠ざけた。

「ふぅ・・・。ったく」

 危うく、といった緊張感がピ―クを過ぎて僅かばかり下がり、アイミ―は安心の悪態をつく。

「これで二対二だ。ミントンみたいに前後衛で平等に行こうや」

 無論、攻め一辺倒で暴走ガチな相方をサポ―トする役目を自分が背負う。仕切り直しとなった戦闘では例の如くシユが気迫と共に切り込んで行き、アイミ―は支援に入る大筒を持つアブリズへ、縛り封ずる制射でその場に釘付けし、飾り付きの本命にはちょこまかと逃げられぬよう、機関銃お得意のバラ撒きで一騎打ちを遂行させるべく働いた。

『でぇぇぇぇぇい!』

 援護を受けられず、引き気味に剣を抜いて受ける隊長機とバックの存在などお構いなしに猛然と攻めの姿勢を崩さず再度切り込むシユのチョウマ。

ハッキリ言って技量云々以前に勢いが違った。

腕の方も伍していたか定かではない。

 二、三度の切り結びの後に容易く、アブリズの胴体をバッサリと裂いた。

横っ腹からショ―トした回線が丸見えとなり、時間差で起きた爆発によって宇宙を漂っていく。

アイミ―は攻防の顛末を見届け、感想を洩らした。

「へぇ、俺の援護も不要だったかもな」

 距離を詰めるまでの過程は酷評に値するかも知れないが、いざクロスコンバットの間合いとなると、鮮やかな刀捌きと意外な冷静さを見せて実力差だけでも順当な結果だった。 

『もう一機!』

 飽くなき獲物を求めて、機体を反転させ既に逃げ腰で銃器が重たげな残りへと向かおうとしたが、

「やめとけ、シユ」

『ユ―フラテスを守る為にも倒しとかないと!』

「帰って貰っていいんだよ。伝令係も必要だしな」

 自分が意図する所を察したシユは、やがて刀を納める。

その時、やや遠方から七色八種の光弾や、実際に見た事はないが、艦隊規模の戦闘で時折吹くという嵐の如きミサイルの弾幕群が並び、直線上で筋を作って伸びて行き、隙間も通さないミサイル群が特殊な軌道で多数の標的向かって降り注ぐ。貪欲さと豪快さにまみれた大量な火器が狙う。

『あれは・・・』

「艦長・・・・・・やるねェ」

 出し惜しみは一切無し。今まで沈黙していた鬱憤を晴らすように牙を剥いた。

この位置からでは標的の様子は窺い知れないが無事では済まないだろう。贔屓目でなくても相対距離と火砲の数から考慮すれば当然と導き出される答えだ。

『凄い・・・』

 スク―ル卒の彼が素直に驚くぐらいだから相当に派手に見えるのだろう。自分も以前拝んだ際などは光景に目を奪われて、余所見が命取りとなる恐ろしいヘマをしたものだ。ハーブナウ艦長ならではの采配、潮の満ち引きになぞらえて、ここぞとばかりに思い切った判断が出来る人物である。

「さて、結果の方は」

レーダー上のまばらな球の点が、脱兎の如く宙域より離れていく様を見ていた。



「敵群、損傷多数! 残った部隊も後退していきます!」

 オオッと歓声と驚きがブレンドされた声が周辺で起きて、ハ―ブナウは帽子の裾をスッと下げて表情は涼しく、口元は微笑う。

漸く相手も事の重大さに気づいてくれたらしい。戦力を無駄に手離す事で高みの見物を気取っているつもりがいつの間にか裸同然に陥っている事態を招いた。直掩機さえ居ればまだ被害は抑えられ、守りの手も張れただろうに。

こちらの進行に合わせて艦狙いに切り替えたのが仇となったのだ。こちらの部隊は指折りの搭乗者達に加え、スクールの面々まで揃えてあり、護衛には信頼を寄せていた。

「各艦に通信で伝えて。作戦、31ブロック、敵艦船後退、進軍可能」

 復唱でオペレ―タ―が短文章で暗号通信を送る。

これで突破口の糸口となれば良いが、と思いつつも、折角のお膳立てが出来るまたとない機会、まだ物足りなさを感じる気概がまだ残っているらしい。

 この年でも若さの成分は幾らか失われていない事に気づいて、この後の判断を保留していた。

「破損状況の報告です。右舷部第二通信区画の一部が被害。両カタパルト先端にも一部破損しており、現在修理活動に入った模様です」

分かったわ、と返事して、少し大きな溜め息と共に長帽子を脱いで脇に置く。

「副長」

先ずは一役目終えたからか、コ―ヒ―カップを手に、一時の安息を取っている。

「はい?」

「大概の指揮官の役目は、クル―にとって言われなくても出来ること。見せ場は戦場ぐらいのものよ、特等席に甘んじるだけならトランスには余裕が無いわね」

「・・・はい」

「まあ、これから色んな人の下で研鑽を積んで、それからでも遅くはないわ」

艦長として重みのある一言に、いずれは着くであろうと予想で描いていた、長帽子を被った自分の姿がサラサラの白紙に戻った気分だ。まるで稚拙な野心を見透かされていたみたいである。

上層部が副長の座についてから、配属先にハ―ブナウ艦長指揮下に置いたのかよく分かった。確かに、他が言うように口悪くつっけんどんな印象だが、艦長としては有能だ。

彼女の下に入り、これから学ぶ事の多さを実感した。

「艦長、ヴァリス隊アイミ―機より通信です」

 彼にVALAWの運用に関しては一任してあるので、小隊規模の管理には口を挟まない。物申す意見でも無ければ通信など無いという事だ。

「いいわよ。繋げて」

 ハ―ブナウが居座る席の空間ディスプレイが立ち上がる。

『見事な戦術でした。艦長』

「お世辞は好きじゃないわ。何の要望があるの?」

『いえ・・・本心ですけど・・・。敵部隊は主力損失と艦の被害により後退しています。我が艦も一時引いていますが、同時にヴァリス隊も一度補給と整備をさせて貰いたいのですが』

「いいわよ。長期戦が控えているものね、労いと搭乗者の負担も踏まえて一時帰還を許可します」

即答したのは彼女の考えと一致していたからだ。

『ありがとうございます』

 わざとらしく敬礼して、通信を切りウィンドウは消える。

戦況は未だ膠着状態で、我々の部分的優勢も大局的に見れば無意味に等しいかもしれない。

だが、この作戦の成否の分かれ道が、大きく見て、この戦争自体の明暗を分けるのでは、と推測する。

 彼女は火星本国に住む両親と自らの家族の為にも懸けているものがある。

この作戦、落とす訳には行かない。

「風船みたいには行かないでしょうけど、脆い部分はありそうね」

 さて、岩壁に穿った小さな穴からどうやって崩す段階まで持っていけるか。行動を控える間、ブリッジクル―の各作業に耳を傾けながら、それをBGM代わりに思案し始めた。

僚艦に伝令を送り、艦の損害を楯に一時後退を申し出、功績を隠れ蓑に非難を避ける。 

ポイントフィ―ルドへ辿り着けるだろうが、艦の損失損害も著しくなる筈。一番乗りの勲功欲しさに無茶な吶喊を部下に促す輩は大勢居るので後任には困らなかった。



 一機のチョウマがカタパルト先端に辿り着き、機体足元とデッキ上部の電磁誘導に従って格納庫まで運ばれ、簡易的に固定ボルトで挟まれて、待ち構えた整備士達が集まる。

 胸部のコックピット周辺に四、五人が集まった所でシャッタ―は開いて、中の搭乗者は現れ、整備士それぞれが掛ける野次や声援を無視する様に無重力空間へと降りて、酸素供給された室内で汗ばんだヘルメットを脱ぐ。

黒髪の少年は少し苛立ちを覚えながら、説明を貰える相手を探し出して向かった。

「なんで、一時帰還なんて命令が出たんだよ?」

よく顔見知りの女性が自分に背を向けて、もうひとりの知人と話していたので声を掛けた。

声に反応して自分に見返ると、タオルを首から提げて、パイロットス―ツの下着となる黒のアンダ―一枚の姿であり、見ようによっては彼女の発達したバストが付け物無しで拝める状況になっていた。

 実際に遠目で軍用会話をしながらチラチラと見ている兵士も居る。本人は気にもしていないが大胆なエロさを醸し出している。

シユはそれを知覚する前にとっさに言葉を出して怒りの感情と共に遮断した。

「な、何て格好してるんだよ!」

 クシカは悪びれた様子無く、顔や手をタオルで拭きながら、

「だって暑いんだもの。パイス―の群れること群れること。あ―あ、せめてシャワ―を浴びさせて欲しいわ」

「だからって・・・」

 利便性の追求は分かるが、恥じらいは持ってくれないと、本人が無関心の分だけ周囲の自分やマティスが恥を踏まれそうだ。

「微妙な休憩にもならない休憩だけどよ、無いよりはマシなんじゃね」

 闘参事下第二次警戒発令、スクランブルにも対応出来る様、機体周辺待機が搭乗者には義務づけられる。

「あんなもの無くっても戦えるのに・・・」

シユはタオルとドリンクを受け取り、不満げにストロ―から水分補給しながら、再び高機動バックバックの装着を行う自機を見やる。 

「で、誰が出したんだよ。集中力切れるようなマネしたのは」

命令には従えども不服の表情で、艦長もとい隊長に提言した人物を見渡す。マティスは両手を横振り、クシカは首を横振り、では犯人は一体誰なのかと事件の真相が闇に消えそうな時に、犯人、というより提言者が自ら姿を表した。

「俺だよ、俺。な―に、戦闘は長期戦になるのは目に見えて分かってたし、ここいらで小休止取ろうかと思ってな」

 手には奇抜なカラ―のスクイズボトルを持って、悠々とした様子でアイミ―が答えた。

「わ―凄い色、それマイボトルですよね?」

「勿論。搭乗者足るもの栄養補給は特にナイ―ブに配慮しないとな。只のドリンクじゃ搭乗者の負担は癒せねえ。あっちこっちから良素材取り揃えたオリジナルブレンドだぜ」

 触れてもらえた事で饒舌にまくし立てる彼を見て、シユは尚更に腹立たしく感じた。

「味はどうなんです?」

 意外にも興味を持ったのはマティス、直に言って趣味の悪い容器を瞳を広げて眺め、中身にも関心を抱いていそうだ。

これも彼は自慢気に誇らしくよく聞いてくれたと微笑する。

「ああ、美味いぜ。試行錯誤の配合の末に味の極地に辿り着いちまった。こいつを飲むと モチベ―ションが違う、戦闘の前後には欠かせない代物だぜ」

「じゃあ、今度俺の分まで作って下さいよ」

「私もちょっとだけ飲んでみようかな」

 怪しげな路上販売の前に集まる客のように二人とアイミ―は和気藹々と会話を楽しんでいる。しかし、シユにとっては今までの話等は些事同然であり、ドリンク自慢の為だけに小休止を申し入れた気さえして、戦場の雰囲気に常に身を置いている自分にとっては煩わしいとしか思えなかった。よって口を開く。

「ドリンク飲んだくらいでド―ピング出来るなら誰だってやりますよ。そんなの只の自己暗示じゃないですか」

「あ―、そう言う奴は今まで一杯居たぜ。だがな、コイツを飲んでそう言えた奴は一人も居ない。百聞は一見に如かず、だ。まぁ、飲んでみろよ」

 あっと驚かせようとばかりに心変わりを期待する、寧ろ、させる自信が余程あれのか、ボトルをそのまま差し出されるも、シユはこれを振り払う。

「いりませんよ。それより、俺達も早く出撃するべきなんだ。代わりに戦っている搭乗者に申し訳ないと思わないんですか? 」

 自分達がのうのうと弾も来やしない安全を確保された場所で談話をしている間で、命のやり取りを強いられている兵士がいる。ましてや、統合軍がのさばって数の暴力と仕向けられた大衆心理に酔って同胞を倒していると考えれば尚更だ。

 心理的には落ち着いたまま、ドリンクを空にし、ゴミ箱に捨てて立ち去る素振りを見せる。

実際、彼等に当たった所で解決方法は見いだせない。

一刻も早い戦場への帰還を、自分だけではない何かが、衝動のように疼いていた。

「お前、統合軍に恨みでもあんのか?」

 背中に問われた抜けた質問。何を今更と、場違いな発言ではないか。此処は戦場で軍艦の中なのだ。内容によってはそのまま素通りで去るつもりだったが身体が先に反応した。

「恨みがなかったら、俺はこんな所にいませんよ!」

 無論スク―ルにも。同期二人もこれには押し黙っていて、アイミ―と自分との対話を静観する形である。

「だよなぁ、あんだけ無茶するにはそれだけの理由が無いと出来ねぇ」

 いつもの微笑だが、鼻に掛けているようで気に食わない。

「だが、恨みで突っ走るのはもう止めろ。自分も味方も殺す結果になるんだよ、俺達も迷惑を被る。戦場じゃあ、お前の駄々っ子フォロ―出来る余裕が無いんでな」

 アイミ―はピシャリとお荷物と言い放った。これにはシユも瞳を鋭くし、険しい表情へと変わる。

しかし、彼の心の琴線に触れたのは前文であり、もし、これが彼なりの煽りだとしても自分は黙っている訳には行かない。実状を知らない人達に被害者の気持ちを伝えねばならないのだから。

「忘れられる訳ないだろ!」

 上官相手だとすぐさま気まずい表情を覗かせ、すぐさま引き抜いた刃を納めようとするが、これまでの不満が募って洩れた。彼は固く閉じていた心の叫びを露わにする。

「散華の悲劇を体験したら、一生忘れられない恨みが出来るんですよ!」

 被害者であり生存者の多くは精神的トラウマを抱え、今なお完治には遠い治療を受けながら苦しんでいる。

散華の悲劇、このワ―ドを耳にしただけで此方の会話に関心なく作業していた者も注目を集める。この言葉はある種のタブ―扱いされ、アンダ―グラウンドでの議論でさえ完全に意見が分断され結果を見る事なく、一般人が表立って口にするには後ろ盾なくしては出せない禁忌に含まれる。

「へぇ」

 アイミ―は無表情に近い、顔に神経が通ってない形で唇だけを動かして、たった一言述べる。

言ってしまった、と何か取り戻しのつかない後悔が身に染みて怒りの感情さえ白けてくる。 

マティスとクシカにも話した事はなく、ひた隠していた思いを吐露してしまった。

 言ったとたんにフラッシュバックする惨劇の記憶に僅かながら涙ぐんで、その姿を見られまいとすぐさま振り返り、やや早歩きで消えて行った。

残された三人の内、二人はポカ―ンと突っ立っているだけで、もう一人は考える姿勢をしている。

「まぁ、噂では聞いてたけど・・・本人の口から出るのは初めてだな」

「私は、初耳だったわ」

 記録映像は何度もル―プ再生で見ていたが、その凄惨な光景を知っている人間程、生存を絶望視する。そして、散華の悲劇における生存者の割合は極端に低い、その中の一人がシユであるのに驚いていた。

「シユが自分の事を話すのも珍しいけど、アレの生存者だっただなんて・・・」

「教官も何も喋らなかったよな」

 これでシユが統合軍を憎んで、何故戦っているのか理由は分かった。納得した。

「お前らも、戦災孤児か?」

 二人共、家族はとうの昔に死んでいる。首を縦に振った。出なければスク―ルにも軍にも無関係な生活を送っていた筈だ。

「そうか・・・」

 答えに、深刻そうな面持ちで複雑な想いを抱えて、俯く隊長に気配りが必要だろうか。後、シユは何処へ居るのかクシカはちょっと心配になっていた。

『ブリッジより艦内通信です。VALAW隊、アイミ―小隊各員は至急、作戦参謀会議室まで来て下さい』

 全体に伝わる通信により、彼等は再度注目を浴びる。

各搭乗機は既に整備を終え、損傷したシユのチョウマも換装しているのだが。後は出撃以外に命令が残っているとは思えない。

 作戦行動中の召集、クシカとマティスは互いに顔を見合わせながら何事かと頭にクエスチェンマ―クが浮かんでいた。

その意味する所は重要な案件が潜んでいる、ぐらいは理解出来る。

ったく、とアイミ―は言いたい文句を無理に飲み干して、

「行くぜ。艦長直々の呼び出しじゃ断れないからな」

「あの、シユは?」

 遠くへは行けない筈だが、見渡す付近には居ない。

「来るさ。というか、来るしかないよな」

 この場所で身じろぎする二人を手で仰ぎ、アイミ―が先導して良い予感のしない召集先まで案内する。



 黒髪の少年は先ず、上官達が重苦しい雰囲気で会議、決案する扉の前に立っており、それに関しては予想通りだったものの少し安心した。

それと意外だったのは会議室前の長通路半ばにてハ―ブナウ艦長が腕組み、控えていたからである。という事は呼び出し人は彼女ではないのだろうか。

「この先よ」

 ク―ルに淡々と話す。 

「どうしたんです、一体・・・」

 この場で割と気軽に話せる立場なのは自分しかいないだろう。

「アイミ―、あなたにもココで残ってもらうわ」

「えっ?」

 目論見は全てハズレ、彼の想定し得ない事態へと事は運ぶ。

参謀会議室へと踏み込むのはシユ、マティス、クシカの三人。共通点はスク―ルだが、では一体誰が召集をかけたのか彼には見当も付かなかった。

ヒントを得る方法はある。救いの手を求める様に、艦長へと振り向く。流石、相手も察してかスク―ル三人の到着を扉の向こうで待つ人物に告げる手前、小声でボソッと名前を聞かせてもらった。 

「少佐・・・?」

関連性が今ひとつピンとこないアイミ―も、どうしようもなく待つ以外には選択の余地は無かった。

場の居心地が悪かったので、艦長に参謀会議室前に通る休憩室での待機を申し出た。

時間は十分から二十分は要するだろうか、お偉いさんとどんな内容の会話をしているのかは最早想像も付かないが、それだけの時間を手持ち無沙汰にしておくのは勿体無いので、一人まとまった考えを凝らす余裕を設けたのだ。

 散華の悲劇、作戦、部下、彼なりに思う所は色々とあって、俯き顎に手を当てて、ムリムリと考える内に体感速度と実測の時間に大きなズレが生じていたらしい。不意打ちぎみに後ろより質問されて、身体が脊髄反射を起こした。

「何やってるんです、ここで」

「待ってたんだよ、ここで。隊長としての責務だ」

 そう返して、アイミ―は視線を下へ向ける。別段、目敏い性格をしているとは思っていないが、気付かないのは不可能な違和感を充分に押し出している。シユも含めた三人が手に持つ銀盤の箱の正体、

「特別手当てを貰えるとか、悠長な話じゃないみたいだな」

 中身の流出を恐れて、強固な鉄板で防ごうとする造形。鍵開けの部分も通常の穴は存在せず、電子ロックと更に複雑なセキュリティ―が仕掛けられている様子だった。

「ああ、これですね。これ、中に爆弾入ってるらしいですよ」

あっけらかんと、ごく普通にマティスが言った。まるでネタにでもしている様な軽さで。 

「爆弾・・・?」

 精悍な顔付きにも硬直が入り、形の整った眉もへの字に曲がり、いつものアルカイックスマイルからは想像も出来ない渋い表情をした。

「シリンダ―内部へと侵攻した場合、VALAW隊は先立って基地発電所の無力化を担ってもらうわ。貴方達、三人に渡したのはその保険、特殊工作技能も備えている貴方達だからこその特別任務よ」

 腕を組んだまま、冷ややかに発するハ―ブナウ艦長が来賓者を送り届けて、此処へと着いた。

「艦長、どういう事なんですコレは?」

 アイミ―にしても沸き上がる感情を無碍に処理出来ず、ハ―ブナウに詰め寄るようにして突っかかった。作戦行動中に突然の上層部介入、引っ掻き回されて行動指針もやむなく従う羽目になった。こういった理不尽さは訓練生時代に主に上官から嫌という程意図的に仕込まれていったが、それとは状況が違う。今、生死を分かつ戦場に直面している自分達に対して、日和見主義者の様な身勝手な言い分を吹き込まれる事がどれだけの不安定さを招くやら。

「発電所を抑えれば、電力供給を何分の一かカット出来るわ。つまり、本隊を動かす為の尖兵になって貰いたいワケ」

 ごく冷静に話すものの内心が穏やかではないのは艦長との付き合いがある程度あるクル―なら承知しており、アイミ―も艦長がこの案件を快く思っておらず、介入により喋らされているだけなのは分かる。

 身勝手さを押し付けるだけならまだいい。彼にとって最も憂慮すべき事案は部下の人権を無視したかの様な振る舞いと、搭乗者の誇りを踏みにじった駒としてのやり口である。 

「正に爆弾抱えて戦うって、そんなの正気じゃないでしょう。衝撃、電磁妨害、誤作動、 敵の攻撃だってある、見返りを貰うにはリスクが大きすぎる」

「理屈を言っても変えられないわ。・・・仕方ないけど、これが上層部からの命令よ。特殊 工作とパイロットの両方が出来る人材なんて他には居ないでしょうしね」

 覆しようのない一方的指令なのは初めから分かり切っていた。ただ納得が行くものではない。アイミ―は振り返って、主導者であるスク―ル三人に問い直す。

「お前ら、そんなこと出来るのかよ?」

 質問には戸惑って、互いに顔を見合わせるも返事は帰って来ない。

生身で軍事工廠への侵入を試みるとなれば相応の装備が必要となる。最低でも外部着用ア―マ―と統合軍の標準装甲を貫ける上位量産基準を達した鋼鉄に穴を開けるスベント機関銃でもなければ命が幾つあろうとも足りはしない。

 鋼鉄の塊に囲まれ、無くしても痛まない肢体を持つ機械の中と比べれば如何に脆弱か、常識的に物申せば無謀に等しい行動なのだ。

「やれますよ、スク―ルなら」

だが、先程までの鬱憤晴らしも含まれているのか、それまで黙り加減だったシユが自信を持って答えた。その証拠に表情に迷いなく焦りなく、寧ろ自分に対して威圧的な態度と声色で述べているのだ。

「でもな・・・」

 危険は尽きない。

「誘爆するのが怖いなら、隊長は後ろから来ればいいじゃないですか」

「そうじゃない。当て馬みたいにお前達に押し付けることが問題なんだ」

 特殊工作要員には人材の確保と養成が難しい為に、ここぞという時を除いては使用を敬遠するきらいがある。しかし、その代用として彼等を用いるのはどうか。技術面は工作員のそれに並んでも、彼等はまだ未成年の少年少女だという認識を、命令する立場の上司は理解していない、または蔑ろにしている。

「それこそ、俺達がスク―ルだからですよ」

 スク―ル。軍の一機関が提案したVALAW同士の戦いによる優位性の確認を発端に、進行したプロジェクト。やがては方向性を修正し、搭乗者の枠組みから兵士に広げられ、特殊解体であれ、爆発物撤去であろうと一通りこなせる技量を持っている。故に本人達もトランス軍の中に置いて自らの能力が高い位置にある事を自覚しており、 アイミ―が食い下がる是非を問う行動自体が侮辱に値し、まるで今までの名ばかりの上官の姿と重なって見えて、保身に走っているようでシユは彼に卑屈さを感じて挑発的な物言いをした。

「ここで言い争っても不毛よ。決定事項には逆らえないわ」

 これ以上長引けば指揮に大きく影響を及ぼす。真っ先にそれを危惧したハ―ブナウが仲裁役を買って出た。間に入り込んで携帯パネルの通信回線を開いて整備状況を尋ねるべく技師班と通話を二、三度交わしてから閉じた。

「もう整備は全機終わっているけど、今は小休止という所かしら。各員別命の後で出撃準備をして頂戴」

暗雲が立ち込める場の雰囲気であっても、戦場へは戻らなければならない。味方は此方が作り出した隙間から攻勢に転じ、染み渡るように突破網は広がって、敵は徐々に戦線を下げ始めている、この宙域を覆う展開の環は既にどちらかに傾いて廻りだしていた。



『シユは言い過ぎじゃない?』

『さあ? 隊長も過保護なんだか我が身が可愛いのかどっちかわかんねぇ』 

 既にチョウマへ搭乗し、機体間の識別番号分けによる個別通信で会話をするマティスとクシカ。

『毎度の事だけど、今回の上官嫌いに関しては色々暴露したもんね』

『今回に限っては期待してた分も大きいと思うぜ。やっとマトモな上官が、って。でも腕前の後、説教の後にあれじゃあ余計に反動があるんじゃねぇの』

 再出撃までの僅かな間だが、あろうことか小休止ならずたっぷりと休みを得ていた為に雰囲気とその身にはゆったりとした気分がまだ抜けていない。些細な話題でそこそこ真面目に議論などしているのが証拠である。 

『散華の悲劇ねぇ。俺達、どんだけ頭に叩き込まれたやら。今も年表語れるわ』 

『あの時、シユはどんな顔してたんだろ?』

 少なくとも自分達が視聴する際に感じた、凄いやヤバいなどの短絡的な感情では決して無いだろう。

『みんな、戦争のせいよね』

 シユがこうなったのも、自分達がこうなったのも。

その憎しみの連鎖を振り払うべく、スク―ルとしてトランスの兵士として戦っている。だが、戦い続け、勝った先に果たして本当の平和が訪れるかは甚だ疑問に感じる。例えば、自分が倒した相手は兵士が戦死する。戦死報告を受けた友人や家族、恋人はどう思うのか。仕方ないと割り切れる人間なんて稀であろう、憎しみもすれば怒りもし出来る事なら報復行動を望むだろう。そして、トランスが戦争に勝った所で失った者への未練と悲しみを捨て去り、幸せは訪れると言うのだろうか。

こんな軍人として恥ずべき考えが彼女には与儀ってしまった。

『クシカ、何かお前も考えすぎじゃね?』

 会話中に妙な間が空いてしまい、不審に思ったマティスが気がける。

『そうかな・・・』

『統合軍に荷担する奴は敵、これが不文律だろ。アイツ等がやってきた事を俺達は知ってるからな』

『うん・・・』

 納得する分には及ばないが、紛らわす分にはなった。

そもそも、何故こんな発想に至ったのか、シユだったらチラとも考えはしないだろうにとパネルへと手を触れてモニタ―位置を調整し、自機の斜め前で発進コ―ルを待つシユの機体を見た。


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