シユ・リークアト
序章 戦禍の楽園
軍事ゲ―トより四人のテストパイロットが到着した。
標準時間で朝の十時、時間通りである。
国連軍より一部の精鋭だけで集められたコモンの中でも優秀な人材を呼び寄せただけに試作機の貴重なデ―タ取りが行えると喜んでいる者も多い。技術班長もこの日の為に何日も徹夜をしてきたのだから、充血した瞳にもギラギラと鋭い選定の眼差しがあった。
「おはよう御座います」
「俺の可愛い彼女はドコだい?」
パイロットス―ツと放射線遮断用のヘルメットで彼らの顔立ちは拝見出来ないが、いの一番に重力化帯に降りて話し掛けてきた男の肩に付けてある腕章で誰だかすぐに分かった。
開戦当初のまだ次世代兵器への移行期で、誰しもが慣れていない頃の出撃で、敵VALAW初期型のケイポを五機撃墜、戦闘機八機を宇宙の塵へと変える獅子奮迅の活躍を見せたことから、宇宙の虎の異名を持っている。
「既に火も入っており、乗り手待ちの状態にしております、ワンニャ―ト中尉」
満足した返答だったのか首の辺りをパシッとはたいてサンキュの一言と共に去っていった。
それから登場したのは知る人ぞ知るいぶし銀、ベテランであるマカロフ中尉、初陣で三機のケイポを墜とし、長期療養から復帰したゲイン少尉らが挨拶を交わして各々の乗機へと向かって行った。技術者側からすれば自分達が整備してきた機体を如何に理論値の百に近い割合で性能を発揮できるかをパイロットたる搭乗者に求めており、そういう意味では自分達も知る名の通った面々に乗ってもらうのは我が子に良い友達が出来た様な身内感覚の嬉しさを感じる。
そして最後の一人、
「イルナレット・ファン少尉です。これより試作機搭乗のテストパイロットに着任します」
敬礼と共に発せられる声。くぐもった声ながらも、長い金髪を左右に垂らしている事からもス―ツを着込んでいるのは女性だと判断した。
自分とて内心では思ったが口には出さない。しかし、なんだ女かよ、後ろで迎えていた同じ技術士仲間の一人がワザと聞こえる様に呟いた。挑発の含まれた揶揄だと危ぶんでパイロットの表情を窺ったが変化は無い、というよりもバイザ―で見えない。
経歴に眼をやると、ラ・クルヤ士官学校を次席で卒業との字面が書いてある。しかし、それだけでは他のメンバ―と比べると見劣りしてしまうのが事実だ。現場では信頼に値するのは実績であり、ぬくぬくとした環境で得られる賞が実際の戦場でも戦果に結びつく訳も無く、自分も幾度も将来のエ―ス候補が生の戦争に怖気づいて駄目になるのを見てきている。更に技術者連中から煙たがれる要素として、彼女は軍の兵器発注元であるドット・ビルディング社の育成士官、つまりエリ―ト会社より派遣の嘱託軍人である事だ。実質の少尉待遇だが、口煩い頭でっかちの理屈屋のイメ―ジが定着しており本職からの技術者からも評判は良くない。胴元の違いだけで階級に差が無くても高級取りなのも勘に障る一面だろう。
「四つ目の機体、準備出来ていますか?」
チラと書類に目を離している隙に彼女は近寄り、技術班長を務める自分に聞いてきた。黒の遮断用バイザ―の内側にある顔、若い。そして美人だと推測する。
「え、ええ。何時でも動かせます」
「有難う御座います」
作業員の指示に従って格納庫へと歩く。
耳に届いただろう、男尊女卑の観念の言葉も聞き慣れたものか無視をしている様子だった。軍属における男女比は七対三と、旧来の構図からの視点だと大幅に増加したと見受けられる。事実、女性進出の時代だとメディアは盛り上げ、初の女性提督誕生の際には湧き上がったものだがそれは限られたごく一部のみ、或いは操作された予定調和だったかも知れない。
現実は辺境の地に一人の提督が置かれただけで国連軍コモンの幹部に女性の席は皆無、女性士官というだけで出世コ―スから外れると言われている。
「まさか、本気で動かす気ですか?シミュレ―ションだけですよね?シミュレ―ションだけですよね?」
「当たり前だろうが。いいから、どけって」
ハッチ側にてシ―トの存在も無視して我先にと乗り込もうとするワンニャ―ト中尉とそれを押し留める作業員の姿があった。
それに加わる理由も無く、光景と顛末を眺めるイルナレット少尉。
「小尉、今からシ―トを取り外すのでちょっと待ってて下さい」
「ええ」
向き直って答える。
シ―トに被われて全貌は隠されたままのシルエット。計四つの試作機の情報は一部の関係者を除いて黙秘とされ、テストパイロットであるイルナレットらに対しても詳細な資料は与えられず、集まるまでは殆どいつ何時に何処何処に来いと呼びつけを喰らった様なものだった。
通称VALAW(Variable Armor Loading Advanced Weapon可変装甲搭載先進兵器)と呼ばれる人型機動兵器の新造機を操縦せよと言い渡されたのは今日輸送機の中での事、故に期待感が高まって慌てた行動に出た中尉の気持ちは分かる。言わばパイロットとしての性だからだ。恐らくはテストパイロットは、彼女も含めて例外では無く、揃って心中は良い意味で穏やかではない。
「お待たせしました。少尉、コイツは資料で確認されたと思いますが高火力と身軽さがウ リの白兵戦を念頭に置いて建造された機体です。まあ、四機の中では最もスマ―トな設計ですので乗り易いとは思いますが・・・。今日の体調加減は宜しいのでしょうか?」
悪意ある微笑みと質問にも無反応。或いは機体に目を囚われロクに聞いていないのかも知れない。
常々、階級に問わず軽んじられて見られるのも昔からの慣習だ、自分は男女の性差を気にした事は少ないが相手を認めさせるのは実力以外の何物でも無い。
だから口悪くとも費やした技術者魂は嘘偽りないもので、半信半疑の我々にも杞憂だった、と納得のいく結果を見せてほしい。
「乗りこなせるよう精進しますね」
その意思を読み取った様に、一言、操作管を受け取った彼女がそう技術班長に告げた。
工内クレ―ンが覆っていたシ―トを剥いでいよいよ正体を曝け出す。奥に隠された試作機、そのベ―ルが今剥がれる。
どこまでも暗く、そして鮮やかに彩る宇宙の片隅で浮遊する巨大な艦船を撫でるように、比較して小さな飛行機はホログラフィ―化された外壁を目指す。
小隊は母航より切り離した偽装輸送機へと乗り継いだデ―タ。目指す進路はニュ―アデレ―ド地区四番港。
商業用の一、二、三番とは全く別の位置に作られた四番目の港。これは検査の目を掻い潜る為に役人が用意した言わば闇貿易のル―トである。通常の進路からでは確実に検問を避けて通れずに必ずビルディング社の者より荷を調べられるのだ。
また、ゲ―トへの誘導と探査レ―ダ―にも注意して正規進入口から遠ざかる必要があり熱量排出にも制限を掛けなければならない。守備よく門番無しの四番港へと入れば雇用社員外の人物が接触してくる筈。後ろめたい事情がある以上、監視カメラなど証拠となる物は残す訳がない。
近くに寄って分かる手振りの誘導灯に吸い込まれて輸送機は移動する。
コレだけの情報は内通者なくして得られない。そう、既に現地入りしている味方の特殊工作部隊が危険とリスクを掻い潜って送ったのだ。
機は高さに余分の無い、無理矢理ながら穴を開けた船の内壁を進む。
警備員は物騒な連中からの言い付けを、身の安全を考えてか遵守しており中を改める類のマネは絶対に行わない――この進路に沿って来る物が近づいたら誘導しろ。入ったら事前に通知してある場合もあるが名前だけは確認しろ――それだけだ。故に誘導員も正規雇用者でなく、何も知らず楽と金目的の若者か、または職を失った中年以降だ。
そうして何事もなく通過した。警備員が雇用者側に連絡を入れるのは休日を挟んで四日後、充分過ぎる時間を与えられた。
狭い通路に別れを告げ、光の指す場所へと向かうと緑の樹林帯が待ち構えていた。
慣れない人間にとっては天井に群青色の壁が一面包んでいる光景は歪なモノに思えるだろう。なのに、日の光が届いている様に明るいのは人工的に、ここノアの居住ブロックのみが天候を作っているからだ。
季節と環境は地球に合わせて設定されており、気温気圧の変化が緩慢な欧州がそのモデルとなっている。
船の分厚い装甲の下に人々の生活圏が地平線の向こうまで続いており、幹線道路や繁華街、人通りの絶えない交差点、引いては鉄道までもが存在する。
地球と比べて遜色ない環境、を念頭に目指して建設された第二の巨大居住艦船は人口五万を収容して宇宙を漂う。名前の指し示すように楽園となって、人々が重力下から解き放たれた生活を送っている。
人類は生まれた巣より去って、別の場所を探し巣作りを始める、地球より離れ、新しい生活を送る宇宙移民の時代が幕を開けていた。
「降りて市街回らない?」
そう提供してきたのは四人の内の紅一点、クシカ・ハルンショウである。
軍属の身で且つ作戦行動中である事を踏まえるとかなり不適切な発言だと考えられる。スク―ルの頃なら男女容赦せず教育的指導と称して張り手一閃、鉄拳制裁、体力練成と称した体罰まで貰っても可笑しくない。
しかし、ここには教官も口喧しい大人達も居ない、統率を取るのはこの四人の間だけである。若い彼らは好奇心に誘われてメンバ―誰もが咎めずその案に乗っかった。
「何かあったら、偵察行動って言えばいいんだよ。今の俺達はパ―ル輸送の作業員だ、下手打ちしない限りバレる形跡はないさ」
同期だが一つ年上の男性、リヒルは社名マ―クの入った帽子を被り直す。変装用の架空会社に過ぎないが頭の先から足先まで、更には四人とも共通のリストバンドまで社のデザインを施している。エデンへの入港は最も用心と緊張を強いられる場面だったが、実際は難なく切り抜けた。
「地球寄りの文化なんだろ?最新の流行とか分かるんじゃね。ガンズパトリオットの新曲入ってるかも」
嬉々とした表情を浮かべて、早く行こうと急かしているのはマティス。彼の音楽趣味は自分には理解しかねる、ただ只それぞれの楽器を煩く鳴らしているだけな気がする。
軍規も管理の目が行き届いてなければ形骸と化す。過半数を超える賛成で可決し、丘の下の街へと向かって降る。
「シユ、行こう」
否定も肯定も意見を出さずに黙っていたシユを見てクシカが呼び掛けた。
「分かった」
小走りで追いつこうとする。
スク―ルを卒業して一端の軍人になったとは言ってもまだ未成年で思春期真っ盛りの少年少女だ。地球と火星では距離の分だけ流行等に関しても遅れが生じる。洋服やゲ―ム、音楽に多大な興味を抱く年頃の子ども達には最新という言葉事態に無意識の内に惹かれていってしまうものだ。
地に根ざやした星で暮らしている彼らにとって、船体の装甲と外皮表壁の内側に存在する空間、その限定的な土地に広がる街並みは何処かいびつで、自分達からすればとても安心のできない際どい条件下で生活している様に思えてくる。
「暑いよなぁ、マジで」
メンバーの一人である、マティスがこっちを見て言った。
「あの太陽って飾りなんだろう?」
端から端、天井までと壁に囲まれて、その下にあり光源を放つ太陽の存在に違和感があ
るのは当たり前である。
ギラギラと眩しいだけで眼を瞑らせる様な熱が伝わってこない。この異様な暑さも空調
による温度調整だろう。
「そうよ、やっぱり無いと落ち着かないんじゃない? 光が射している根源的な理由が欲しいんでしょ」
「ただ光らせてるだけか・・・」
「でしょうね」
シユとクシカの会話を横で聞いていたリヒルが呆れ顔で言った。
「無駄使いもいいトコだ。流石、資源が勝手に溢れてくる所は考えが違う」
自分達の国との環境と比べて皮肉っているのだが、シユも似たような感想を抱いていた。
「アイツ等は地球が与えてくれる恩恵に、何の感謝もしてない連中なんだ」
シユは嫌悪感を吐き捨てる様に言う。
「それだ。身勝手に生きているんだよ。知ってるか? 地球よりの人間って人工肉と天然物の区別も出来ないくらい味音痴が多いらしいぜ。何にでも無頓着で、与えられた物を享受して満足しきってる、てな」
同調する様にリヒルが指を突き出して言った。
地球には天然のガスも石油も存在する、埋蔵という原石の段階で加工に手間取るもそれに見合うだけの豊富な資源が残っているだけで充分過ぎる厚遇だと思う。一方、火星ではバイオプラント等で作る以外に人類が生きていく統べはない。無から有を作りだすのにどれ程の歳月と労力を要するのか。故にその苦労を知っているからこそ有難味を重々知っているし、逆に言わせれば地球の連中が如何に贅沢三昧を繰り返し湯水のように限りある資源を無駄遣いしているのか、と自分達は憤慨したくなる。
このように若い男女が揃う車中で戦争のテ―マともなっている資源問題を真剣に話し出す二人。ヘリウムガスの輸出禁止を始めとした経済制裁、捻じれて修復の目処の立たない両国国交を自国擁護の立場で語る。
「クリ―ン再生法やら地球環境保護法なんて謳っちゃぁいるが極々一部の宇宙開発国が非 難避けの為に作った都合の良い紙上のハナシだ。実際には連中は富裕層だけで住んで残りは宇宙に追いやって対処するつもりなんだからな」
年相応の世間話よりも大いに意義のある話だと二人は考えているだろうが、この会話内容に辟易した様相を示したのがマティスだ。
「もう止めようぜ、そんな話。スク―ルのダルい講習思い出すから」
「そうそう。ホラ、街に着いたから」
クシカも同じらしい。
一部のみで割と盛り上がったリヒルとの討論を講じている内に、見下ろせる風景から足元のすぐ傍まで来ていた。手近な駐車場に一時的に車を置いて街並みの散策へと入る。
「ちょっと下見しましょう」
そう言って我先にと商店街へと飛び込んでいったのはクシカとマティスの二人だ、関心のある物でも探しにいくのだろう。そんな様子をリヒルと微笑んで彼女らを送る。
街並みもそれ程栄えているようには思えず、車の交通量も決して多くはない。初めての地だがこれといって自慢出来る名産や観光地が有る訳でも無さそうだ。財政の主な収入源は 金持ちが落とす無駄金だろうか。
同じ人工開発で暮らしている場所でも違いは出るものだ。現在、火星行きの便は戦時下の為止まっているが元々、殆ど利用者がいなかったのでどちらにしても同じだ。火星は第二の母星と言われる様に移住目的と人々は認識をしている。一方のエデンのとある一帯には地球に住む富裕層が金と暇を持て余して別荘地を建て、それらの特権階級用に観光地や娯楽施設などの都市開発が異常な早さで進んでいる。エデン自体も資源は生み出せず依存傾向にあるも地球と近いというだけで開きは大きい。
「こっちはこっちで人口増加と敷地面積の狭さで悩んでるらしいが、関係ないよな?」
「ああ。金持ちが、占めてる土地を開放すれば解決するんだ」
コモンへの恨み辛みの根源はお互いに知らないのだが、この手の話題に関して二人は意
見が合う。何やら、また二人で知識をひけらかすト―クを始める雰囲気になりかけたが、約二十メ―トル先にて呼び掛ける声で霧散した。
「シユ、これどう思う?」
ショ―ウインドの中のモザイクが着ている赤いヒラヒラの付いた洋服を指差していた。この手の分野に関しては疎い為、服の名前も分からないし、センスを問われても自信は無い。
「これは水着? 私服にしては派手じゃないのか」
丈の短さと上下色が同じ事から推測した。
「フリルチュ―ブトップって言うのよ。アッチじゃ何処の店でも見た事が無いから最先端なのかも。で、どうなの?」
「どうって?」
意図が伝わっていなかったからか、やや機嫌の悪そうな表情で言う。
「感想よ。似合いそうかどうか」
短い紐のみで胸元から腰上で結び、臍や肩の部分は丸出しという露出度の高い赤のフリル姿のクシカを想像して――色々な面で危ういのですぐさま振り払う。
「そう言われても・・・自分で決めればいいじゃないのかよ」答え方に戸惑っていると、
「似合ってるんじゃないか」
不適格な発言に被せて、間髪置かずにリヒルがフォロ―に入ったが遅かった。
「いいわよ! もう・・・」
より不機嫌のバロメ―タ―を上げて、捨て放ち、入口をまたいで反対側のガラスに納められた商品へと移っていく。目移りして店内に入ったのはその後だ。
やれやれ、と溜め息をこぼす。
「女心の一つでも理解してやれよ」
不思議そうな顔で彼女の行動を見ていたシユは尚も額に謎のマ―クが浮かんでいる。
「今のが女心なんだ? 分からなかったな」
似合うかどうかは主観の問題で、他人に聞く必要があるのだろうか。
クエスチョンマ―クを掲げる彼に対して、駄目だコリャ、とお手上げのポ―ズを取って諦めた。
「ん?」
反対側には道路に沿って螺旋状に登り、自分達が居た丘へとたどり着く道がある、どうやら途中から緑の芝生を直線的に進んだ道程は正しいものではなかったらしい。道路脇は間隔を空けて民間がズラリと並んでおり平地の商店街とは趣が異なっている。
「どうしたんだ?」
その光景を見てシユの脳は刺激と反撃を受け、体はふらり、と何かに誘導されるように駆け上がる道へと歩き始める。
「オ、オイ。あんまり遠くに行くなよ!」
手を振って返事を返す。
余計に不安になるが、元より単独行動の目立つ奴だから習性と言うべきか仕方ない。それでも迷い猫になるような方向音痴じゃないので帰ってくるのに手間を掛ける心配は要らないので放置して置く事に決めた。
リヒルは短髪である頭をぐしゃぐしゃと掻いて前より大きく息を吐く。最初に賛成の意志表示をしたのは間違いなく自分だが、失策だったと反省したくなる。
三人共、散り散りの方向へと好き勝手に行って、マティスに至ってはもう目の届かない所まで消えてしまった。
ここで四人目まで欲求通りに行動したら収集がつかなくなりそうだ。二人はともかくとしてマティスは知らない道で迷っているかも知れないが、帰巣本能に賭けてここに戻って来ると信じるしかない。
年の功でリ―ダ―役を引き受けていたが協調性皆無のバラバラな振る舞いに悩みを感じたのは一度では無い。今日まではそれでいいと思っていたのだが、
「ったく。オマエ等、明日は戦争なんだぞ」
「似てる・・・」
呼んでいる者の正体に気付いたのは、中頃になって周囲を見渡した時である。
斜面となった長い一本道、沿道の商店、一面を緑に囲まれた中でポツンポツンとある建物が、七年前に家族と過ごしていた住居周辺の風景と類似点がある事だ。
脳内に刻まれた、今では哀愁漂う景色が甦る。
火星に移住するより前の話、シユにとっては小学校の二年から卒業までの大事な時期を引っ越さずに、変わらぬ友人達と遊んだ忘れられない思い出が詰まっている。
一番幸せだった。
学校の友人とは休み時間から放課後の帰り道まで走り回って様々な遊びに従事して、時には夜に帰って怒られもした。
家に留まる時間が退屈で、母から言いつけられていた勉強もフリだけで、窓を開けて明かりの灯る隣家を眺めて背丈より高いレンガの壁越しから聞こえてくる笑い声に耳を澄ませていた。内容までは聞こえなくとも、あの家族が楽しそうに会話をしているというだけで自分の気持ちまでもが喜びを覚える感覚、あたかもテ―ブルの四方に配置されたフカフカのバルセロナチェア―で一緒に笑っている様な気さえしていた。
週末が待ち遠しい、週末になれば昼頃からずっと隣の家に行けるのだから。大好きな人に会えるのだから。
丁度、向かい車線側より歩いて来るハットを被った若い女性らしき人とリンクして記憶の中のペ―ジが再生される。 そう、あの人も外で見掛ける姿が多かった。大抵はペットのレンドと戯れているか庭のガ―デンに水を差しているか日光浴をしながら本を読んでいるか。自分が玄関前で立ち止まってベルを押した後に名前を呼ぶと嬉しそうな笑顔を輝か せて迎えにきてくれるのが、こちらもまた嬉しかった。
色褪せない思い出、キッカケ一つで溢れるぐらいに広がっていく感覚を不快とは思わなかったが、情景を重ね合わせて浸っていると、ある視線に見つけられてそれが自分へと向かっている事に気がついて、同時に現実へと引き戻された。
しまった、と思う。記憶に残る印象付けは避けなければならない、これは身隠れに扮する者なら当然であるし、潜入に関しては基礎中の基礎に含まれる振る舞いだと教官も口を酸っぱくして何度も同じ様な事を言っていた。人は他者との間に幾つもの防衛ラインを引いている。それをどんどん掻い潜れる人はごくわずかであり、これを超えた人に対してある一定の信頼を置ける。ただ、これは時間をかけて作成する必要がある。お互いのコミュニケ―ションを持って。
直視し合う眼。自分は金縛りにになり動けないのではないかと思うほど、向こうの瞳から視線を離せなかった。
とにかくこの場を離れよう、こんな事で失態を演じてしまったら元も子もない。少し感傷に浸り過ぎた、今は輸送会社でアルバイトとして働くラザニ―・タイル、このスタイルの自分から離れてはいけない。
珍しく連結して通る車の列を利用して、走るのでもなく歩くのでもなく第三者視点からは背景に溶け込む程に気にもならないぐらい自然を装って、目立たずに去ろうとしたのだが、
「待って!」
と制止を求められる声を掛けられたら、かえって不自然になってしまう。
「ッ・・・・・・」背中を向けたまま急制動を掛けられる。
どうする、顔を完全に知られる前に逃走するべきか、無難な応答をして普通を装うか。最悪、足跡を残さぬよう口封じの為として始末をつけなければならない。
不吉な汗が何処からか沸き始め、作業着を纏う体が熱く感じる。秒間の間に決が出ない、踏ん切りのつかないシユを余所に彼女は手を挙げて通行人をアピ―ルして、道路を横切ってきた。
迷いは片方の展開を封じ、選択を模索する余裕も無く、おのずと不利な方向へと持っていく。時は金なりだ。躊躇が己の首を絞めるとスク―ルで散々習っておりながら、この優柔不断さは何が足枷になっているのだろうか。そうこうしている内に自らの背後に立つ女性から予想だにしない確認を問われた。
「貴方、もしかしてシユ? シユ・リ―クアト?」
一体誰が何故呼び止めると不思議でならず声を聞いて生じる違和感だが、すぐに連想がついた。シユは先ほどの過去の思い出から容易に引き出し現在へと繋がる声に一人の女性を連想し、振り返った。
クリ―ム色のワンピ―ス姿に、白のハット。それと不釣り合いなキャリ―バッグを持つ金髪の女性、脳裏に残している姿に寸分の違いも無く、間違いはありえなかった。
「イルナレット?・・・本当にイルナレット!?」
驚きに眼元を大きく広げてまで彼女の顔を覗き込むが、風景と相まって自分が都合よく生み出した虚像では無く、実在する証拠に吐息も掛かりそうな距離まで近寄られ手を取られ、白くて柔らかい手と握手を交わす感触までしっかりとあった。
遙かな過去より繋がって見まう姿は、七年の時を経て、再び出会った彼女はハイスク―ルの頃より更に綺麗になり、大人というイメ―ジを強く感じさせた。ただ一つ異なっているのが、今は見上げずとも表情を窺えるようになった事だ。イルナレットの瞳は嬉しさを滲ませながらも潤んでいる。
「本当にシユなのよね? 七年ぶりよね、今まで会えなかったから」
声は弾んでいるが彼女もまた驚きの表情は隠しきれなかったようだ。それ程に互いに会ってなかったのだから。
手紙のやり取りだけが唯一の連絡方法だったのだが、途絶えた理由がある。会いたいと願った事は何度あるだろう。しかし、
「どうして、なんでイルナレットがココに?」
対照的に困惑の入り乱れた表情で質問するシユ。何故? このタイミングで――
「実家はチラルロにあるけど、お仕事の都合でエデンに引っ越す事になったの、前に手紙で書いてたビルディング社のスタッフでね」
今度は喜びが窺えた。
「そうなんだ・・・」
それでもこんな偶然ありえない。一体、誰の差し金だ、と疑う気持ちも拭えない。シユは目につく前にリストバンドの両手首を背中側へと隠した。
「貴方こそ、どうしてエデンに?」
受け答えは一通り用意してあって、何度も何度も成りきるべく対処はしてあるので、この場であっても返答に窮すことはなかった。
「配送のアルバイトで来たんだけど、積荷の作業が早く終わったから出発までにちょっと立ち寄ろうって思って・・・」
視線を逸らして、瞳を揺らし、ハッキリとしない、気持ちが見え隠れする態度で接する。
それは七年という月日が齎す身体、精神的成長、一概に子供と言えない年齢になったからこその複雑な心境だからなのか。本来であればこの上無く嬉しい出来事だろうに、この人の前で偽りを演じることに不快感さえ抱いていた。
暑い真夏日に仲の良かったお隣の子供と数年来に再開出来た事は只の偶然で起こりうるものなのか。
彼女は一歩引いた様子のシユを気遣って、ス―ツポケットよりメモ帳を取り出して一枚を破り、それにさらりと文字を書き記す。
軍に務める立場と一人の人間である自分との狭間で悩みをこじらせていると、目の前に紙の切れ端を渡された。
「これ、新築の家の住所と電話番号。今度、もし暇があったらいらっしゃい。叔父さん叔母さんも来てくれると両親ももっと喜ぶかも」
これ以上は保てない。イルナレットが悪意なく聞いてくる質問だからこそ、頑なに閉ざしていた壁が脆く崩れそうになる。
「ありがとう。・・・・・・・・・伝えておくよ」
精一杯の微笑みを取り繕った。
「ジュ―スは今も駄目なのかしら? フフフ、今まで隠れて飲ましてたって言ったら叔母さん怒るかな」
自分が思っている以上に限界は浅かったらしい。
切ない思い出を切り出される度に覆っていた堤防は決壊への一歩を辿る。そして、辛うじて繋いデ―タ線が中心からあっさりと切れた。
「・・・さんも母・・・も、・・・んだ」
イルナレットにとっては軽い冗談を述べたつもりだったが、シユの反応は薄い、俯き加減と小声で正しく聞き取れなかった。
「どうしたの、シユ?」
異変と言うよりは変化、を察したイルナレットは具合を尋ねる。
再び口にしようとして、烙印を押され決して消えない、日常でも、時に夢にまで現れて彼を苦しめる凄惨な十数秒間が記憶の中から勝手に再生された。悔恨と憎悪が生まれ、眼を真っ赤に腫らして語る。
「殺されたんだ・・・・・・母さんも父さんも、コモンに」
「そんな・・・」
それ以上は空となって言葉にならない。にわかには信じがたい話だが、それなら彼があんな表情をする訳がない。
「散華の悲劇に巻き込まれて、俺だけ残って死んだんだ」
「ヴィルドフル―ルで・・・」
エデンと同型のシリンダ―型で宇宙移民計画の後発第一号として宇宙へと送られ、距離の問題における緩衝材、地球と火星の架け橋的中継役。六年前の十二月八日午前十一時七分、原因不明の中央動力部の炉心融解で人口約八十万五千人を道連れに、膨張する世界に無数ある藻屑と化して消滅した。艦の名前から取って散華の悲劇と呼ばれ、人類史上最大の事故と言われる。
正確な犠牲者の数と名前は未だにハッキリとしない、資料も何もかもが虚無へと還っているからだ。
「・・・・・・連絡が途絶えてから、その可能性だけは・・・ずっと否定してきたわ。そんな事故とは無関係で元気に暮らしてるって」
「事故じゃない!」
充血した瞳は強い意志を持って真っ直ぐ彼女を見据える。
対角線を結んだ方向のベンチに座るカップルが、何事かと野次馬根性丸出しで視線を集める。関係ない。
事実は曲解され、一部の人々にとって都合の良い方に書き換えられ、現在の世論には誤った方が一般的な認識として浸透している。
「国連が、コモンが、経済封鎖を狙って疲弊さ――」
途中に割り込んで響く、長い車のクラクション。
道路側に面した道路ならば、車道を通過する音も届くので甲高い音は殊更に聞こえた。それは熱弁しようとするシユの耳にも何とか届いていて、瞬間的にでも我へと帰る時間が与えられ、トランスで最初に教えを説かれた真相は途中で説くのを阻まれた。駐車場には両方の白線を跨いで下手に停める一台の車と――三人の仲間達。
どうしてここが。
疑問を呈したが、職分を踏まえ、即座に行動へと移し、振り返る。
「イルナレット、今日はありがとう。バイト仲間が迎えに来たから行かないと」
手で額と瞼を拭い、礼と感謝をし、仲間が待つ車へと足早に向かうシユ。
「ま、待って!」言うと同時に腕を掴んで強引に引き止めた。
「家族の事、何も知らずに話してごめんなさい。辛い事を思い出させたでしょう」
「気にしてないよ。今度、時間があったらまた会おう」
溢れそうになる涙を溜めながら、昔の様な笑顔を作ったつもりだったが引きつって中途半端になった。
「シユ、待ってるわ。いや、会いにいく」
去り際の言葉に再会を求めて、腕は離れ、二人は別れた。駐車場で待つ仲間の元へ行く姿を見送る。
次に会うときは、これからはあの頃ように、と望んだのだが運命は彼らを予期せぬ方向へと歯車を回し始める。
背中から感じ取れる複雑な感情と同じ様に、見送る際の手の振りと微笑みもどこか寂しさを孕んでおり、思春期特有の危うさが垣間見れた。
だが、今はただ見送るだけであった。
市外周辺部をぐるぐると回って聳える街並みを拝見する。敵情視察で基地を把握するのも手だろうが、既に情報は工作部隊から受け取っているので、ここで潜入に関する技能はごく最低限しか備えていない自分達が安い出方にでて下手打ちする結果だけは避けたい。正規訓練過程を修了した者の意地である。
よって二時間あまりの音楽でも掛けながら気楽で楽しめる只のドライブだが、シユは走行中、信号待ちの停車中でも、とにかく質問をされていた。無言で後部座席に乗り、そのまま黙秘を決めようとしたが執拗に攻め立てられ、これまでの会話内容を話さざるを得なかった。
「なるほどね。お隣のお姉さんって間柄って事ね」
さっきから何度もそう言ってる。
「非現実的過ぎるのよね。そんな偶然考えられる?」
隣に座るクシカはレンタカ―の運転手、リヒルに答えを問う。
「可能性としては相当低いな。まだ、別の誰かと会っていたという方が信憑性がある」
「でしょ。別の誰かならタイミング良いわよね。明日は作戦決行だもの、詳細な情報を綿密に教えておかないとね」
流し目で自分の反応を見ながら、断定しているかの様な口調で喋る。
「俺がトランスのスパイだと言いたいのかよ」
やや険しい眼で、怪しさ満点のねめつける姿勢を自分に指すクシカを牽制しつつ、大元である運転手、リヒルの後ろ姿を見据えて低い声で唸った。
これには反論させてもらう。コモンの名を口にしただけでハッキリと嫌悪感を覚える自分を敵扱いされるのには納得いかないからだ。あいつらに下るぐらいなら自らの意思で絶対に自害を選択するであろう。一瞬たりとも歩み寄りたいとは思わない存在だ。
「だってそれが一番自然でしょう。ピンポイントで元お隣さんと遭遇したって可笑しいわよ、突飛してるわ。誤魔化さないで誰と話してたか、正直に吐けばいいじゃない」
取り付くシマもない。もはや、どうあれば彼女が気を静めてくれるのか皆目見当がつかない。一体、何に対して怒っている? 疑っている? 嘘をつけば許すのだろうか?
「もう終わりにしようぜ」
車のステレオから流れる音楽の虜となって唯一諮問に参加しなかったマティスが口を開いた。
「せっかく新作CD聞いてるのに、こんな煩いんじゃガンパトの良さが分かんねぇ。大体、あんな綺麗なお姉ちゃんがコモンの回し者の訳がね―よ。コモンの女性士官はみんなマッチョで男勝りだって聞いたし」
だから問題なのよ、と呟いた声は風圧に溶けていった。それは理由付けには程遠い個人の感想だが、リヒルはフッと笑って「そろそろ終わりにするか」と口にした。
まとめに入る。
「疑心暗鬼に陥るより信じろってか。まあ、明日はいよいよだ、クシカの猜疑心が強まるのも仕方ない」
「何よ、私がビビってるとでも思ってるの?」
「ビビってるんだろ。シユが会った得体の知れない女性に」
図星をついたようでむっつりと黙るクシカ、反対にリヒルは実に愉快そうに乾いた笑い声を運転そっちのけであげる。
なるほど、前日だからピリピリしていたのか、と彼なりにようやく納得行く答えを得た。
「でもよ、シユ。そんな大事な人が住んでいる街なのに――いいのか?」
さっきまでのふざけた空気とは違う。まとめ役として任務遂行の上で妨げにならない、戦力として価値があるかどうかを計る、覚悟の程を試した。
シユがコモンに対して抱いている憎悪の炎は六年の歳月を経ても弱まらずに燃え続けている。両親を殺した、事実を隠蔽し火星の住人を虐げるコモンが憎い、許せない。この想いは揺るがず、またイルナレットとの再会を越した後でも一片の変わりも無い。
それにイルナレットの勤務するビルディング社なら、戦地とは真向いの位置だ、殆どの心配は要らないだろう。
「構わないよ、戦争だ」
瞳に漲る想いの強さで仲間は安心をした。
以前は誰もが被害者で、何故自分たちにと、世の不条理を嘆いたのだが今は考え方が違う。
答えは、戦争は無慈悲にも、不特定多数を巻き込む竜巻の様な災厄なのだ。
第一章 渦に飲まれて
七月二十八日、午前十時三十分から数分後。いつもと同じ時刻に一台の物資搬送目的のトラックが門を張っている入口で止まった。
「お早う御座います。朝っぱらから精が出ますね」
無精髭が目立つ色黒い中年男性が運転席側の窓を開けて挨拶をする。
「上手い事言っちゃって。お宅の会社もコイツで随分儲かったろ」
食糧、日用品、雑貨等、多岐に渡って納入する商品,の中でも今回は特別中の特別、頭の固い市役所はまるで異端児の如き侮蔑の籠った眼で見られたのだが、それこそが現場を知らない連中の偏見の象徴であると思う。この熱心さで必死に呼びかけて、やっとのことで首を縦に振らせて用意出来た。兵士の願望が募った逸品だ。
「ここは歓楽街も殆ど存在しない辺鄙な街ですからね。必ずコモンの方々の役に立つと思って今まで潰さなかったんですよ」
「期待しているよ。新しい嫁はトランクの中かい? 結構大人しいんだな」
「ええ、いますよ。ダンボ―ルに入って休んでます。すみませんが待っている人も多いんで通しちゃ貰えませんか?」
男はドア越しに身分証と市が交付した搬入の証明書を見せた。
門番の兵士はそれもいつも通りにチェックして返す。住所、氏名、年齢、顔の確認、不備はない。
「では、どうぞ。自分の分も残してくれよ」
「追加注文はいつでも承りますのでハハ」
ビッと手を振ってにこやかなままにトラックを奥地へと走らせていった。
古い大型のトラックは工廠エリアへと入る。ここからは完全にコモンの一般には知られていない姿がある。
軍と市役所には一定の取り決めがあって、物資搬入には軍が直接業者に依頼する形態は取られず、傾倒せずバランスよく経済を潤滑させるよう市役所が仲介をしている。軍の要望を市が受け、各々の業者に発注依頼をかけるのだ。故に軍の検査が直接目を通す場はこの検問所のみで、加えて仲介役の市が中身について逐一めざとく軍用犬や探知機を使用することも無くすべては書類上で穏便に片付けられる。
徹底的な潜入任務でようやく掴んだ情報を利用して糸口を見つける。脅しと賄賂のアメとムチで発行させた、この証明書 が通用するかどうかが作戦の肝であった。
「抜けたか・・・」
ダンボ―ルから出て来た男性は周囲へと声を掛ける。
「ええ、後は格納庫へ」
次々に隊のメンバ―が偽装から身を解いて顔を現す。特殊工作部隊のまず第一は成功、コモンは自らの手で害意を招き入れた。
「優先すべきは開発中の機体の破壊だ、次にパイロットの排除、技術者も残せば後々面倒になる、排除せよ!」
内通者の手筈で格納庫の場所は既に把握しており、常時何人の警備を敷いているか、構造図すらも一人一人が頭に叩きこんである。重量検査さえしない軍の怠慢ぶりのお陰で火器から爆薬まで充分に備えて制圧を狙う。
沢山くれてやる、悲痛な叫びと混沌を。知らせてやる我々の怨嗟の心を。
休憩の合間に整備士と搭乗者であるル―シ―とイルナレットの女性ペアが本来の休憩所となる場を離れて基地の交通路ともなる大通りを歩いてこの時間には人の少ない食堂まで出歩く。イルナレットが彼女と親しくなったのは仕事場が連動していることと年の近い女性が他には居なかったのが接点をもたらすきっかけとなった。話してみればル―シ―は真面目だが明るく、女性として軽視されるのを反骨心にして並みの整備士顔負けの腕を誇り、また基地に疎い自分の為に色々と教えてくれる頼りがいのある人物であった。
普段は男性に紛れて行動することが多いので、振る舞いにもそれなりに気を使う場合もあるのだが、ここではお互いに女性らしさというか、いつもの自分で自然に振る舞える。
「でさぁ、証言者が何人も居るのよ。やっぱり男女両方に。私も中尉からナンパされた事あったし・・・勿論断ったけど」
「でも、あの人パイロットとしての腕は確かよ。模擬戦でも上位だったわ」
「寧ろその取り柄が無かったら質が悪いわよ。イルナも気をつけた方がいいわ、絶対誘ってくるから」
「そうかしら?」
「イルナみたいな美人だったら放っておくわけないじゃない。馴れ馴れしくされたりとか、今まで変な視線感じたりとかそういうのなかった? 今だってどっかで・・・キャッ!」
目の前を搬入用のトラックが歩行者も通る主要道路を減速もせずに通り過ぎ去った。熱風と舞い上がる埃、イルナレットの髪を揺らす。
「危ないわね。アレ、どこ?」
謝罪も一礼もなく突っ走って行く車。軍服を払いながら、少し苛立ったト―ンで尚も速度維持で進むトラックを見ていった。
「私も知らないわ。それより何処で降ろすのかしら」
積んである荷の種類によって開放する場所は異なってくるが、あれは、あっちの方は格納庫、軍備貯蔵庫、基地通信施設とそれぞれ一般業者が関連のある品物を降ろす場所では無いが。
動き自体に不審はなく、格納庫エリアにも武器など、荷によっては取扱注意の為直接降ろす場合だってありはする。しかし、
「あ、思い出した。確か慰み物が来るって男達がこそこそ話してたわ」
「慰み物?」
イルナレットは引っかかる気持ちで遠くの青空を見ながら思考に身を寄せた。
「どちらにしても、格納庫に業務用が入っていく理由は無いわね。私、少し見てくるわ」
「あっ、イルナったら・・・」
確信はないが自らの予感に身を任せ、車を追いかけに行く
「今回の臨時配給。耳にした時は震えが止まらなかった」
「こっちもですよ。オーダメイドの大量発注で従業員一同嬉しい残業祭りですよ」
意味深な会話を広げる場所は物資搬入口となる第四格納庫であり、今は人払いも済ませてある。通常、外部からの物品は門番の時点で中身を改め、直接納品現場である物流庫に案内するのだがらこの案件は少々複雑で、基地内ナンバー3の地位も含めてややこしいもので見てふりが許され、門番時では開けないように決まっていた。
「配属先でも、戦場でも恋人と乗り越えてきたんだが、やはり長年連れ添うと、新鮮味が無くなってくるもんで、時々飽きがきちゃうんだよな」
「そう思ってとびっきりのを用意しました」
「悪いけどさ、新しいお姫様のお披露目先にしちゃってもいいかな? これでも、そうとう我慢してたんだよ」
満面の笑みで迎える業者風の男性はトラックの荷台を開ける。
「どうぞどうぞ、今度は天国までご一緒ですよ」
「おう、一緒にイカしてやるぜ!」
欲望が先立って乱暴にチェーンを外して荷台へ乗り込む。やや血走った眼をしながらまさぐり出して障害となる人並みのサイズのダンボールを破る。
「なっ!?」
男が期待した物とは異なる鉄の塊が押しつけられた。
そして、フル装備の兵士の姿。あまつさえその向き先は自分の額を捉えていたのだ。
業者風の男性はニンマリと微笑む。
「いい旅を」
「てきしゅッッ」
咄嗟の出来事にも関わらず職務を取り戻したが、敵の襲来を言い終えない内に頭部に銃弾を撃ち込まれ驚愕の表情のまま男は斃れる。男の人生を終わらせた瞬間は実に静かなもので周囲の者も誰一人として気付いてはいない。事切れた男のように慰み者を求めてうずうずとしているばかりである。
「予定通りに進行した。フェイズ2へ移行する」
先のドライバー兼案内人は一言荷台へその旨を告げる。密かに潜めるも、しかし確実に者々達は返事を返し、いよいよ本格的な作戦へと移りかえる。
血生臭い臭いは、荷台の中から外へと漏れだし、それはこの先の場所にも通ずる。
「目標は新型VARAW、及び格納庫の破壊だ」
トランスが率いる特殊任務部隊が動き出した。
午前十時三十八分。格納庫エリア。
「うわぁッ!」
慌てて逃げようとする作業員の背中に複数の銃弾が襲った。
ドウッ!ドウッ! 体内へと吸いついて一気に崩れ堕ちる。血を流し震え、もがく男にも
う幾発かの弾が注がれてピクリとも動かなくなった。最後に確認するように蹴って仰向け
にさせ瞳孔を見る。虚空を眺める瞳にはもはや生気は抜かれている。
「Aブロック制圧。順次、Bブロックへと移動を開始する」
統率の取れた集団行動、計画通りの事の運び、彼ら特殊工作員を前にして軍の一般兵士の防衛は薄く、またパニックから脱するだけの腹も据わっていないと察する。こういう時こそ指示側の人物の手腕が試されるのだが、早々と逃げ出したか、あっけなくくたばったか、脆さが前面に押し出されていて突入を手助けしてくれいる様だ。
事の発端は資材搬入口。貴重な物資を受け取りに来た需品部隊が大型の荷台を開けてみると彼らの望んだ慰み者の代わりに完全武装された男達が所狭しと十数人。驚きの声を発した時には鉛が既に撃ち込まれ、意識も定かでないまま覚めない眠りについた。ただし、この一件は後に発覚したもので、現況下ではトラックが格納庫に突っ込んだ時点からが伝わっている。
エデンが宇宙へと飛び立って三十年余、その間、艦内ではおろか地球圏においても紛争や戦争といった大規模な争いの類いが発生しない平和な時だった。エデンで生まれる人間も早ければ第三世代へと入る環境下、コモンに属する軍人も争いを経験していない疑似経験者ばかりである。国を守るという確固たる意志も無く、安定の一言でこの職を希望した者達に、突然の奇襲に対して冷静な対処力を持ち合わせた者はほぼ皆無で、あっという間に死体の山が積み重なった。
『Aブロック爆弾設置完了!』
A、B、Cと割り振った格納庫の構造、それぞれのブロックに収納してあるシ―トに被されたコモンのVALAWに修復不可能なレベルで爆薬を仕掛ける算段である。
Aブロックでは既に抵抗は無く、血に満ちて倒れた亡骸が散らばるばかり、それも仕掛けた爆薬によってVALAWもろとも爆破する。現在、隣接する場へと移動し、特殊工作部隊がBと呼称するエリアでは激しい銃撃戦が繰り広げられている。
「早く応援を呼べ!!」
「テロか!?」
突如の実戦に混乱から抜け出せないコモンの兵士は続々と斃れる。
「クソォ! 火星人かよ!!」
手持ちの総弾数八発の小銃が一体どれだけ役に立つというのだ。それなりの期待が持てる武装の警備兵は真っ先に狙われて殺されている辺り、相手が藁々と感情任せに引き起こした反乱分子ではないと理解する。このままではココも堕ちるのは時間の問題であろう、そして自分達は殺されるという恐ろしい未来予想が脳裏を掠める。
「できる限り抑えとけ! 俺がアブリズに乗って虱潰しにしてやる」
「中尉!」
そんな不安を払拭させるかの如く、盾代わりにしていたコンテナから果敢に身を乗り出して中尉が打開策となる自分の乗機アブリズへと向かおうとした。
しかし、その行動も見透かされていたのか仇となった。
存在をより目立たせる金髪の頭へと一発が命中し、血と得体の知れない液体を垂れ流して倒れ、それからも次々と撃ちこまれた。パイロットは優先的に排除の命により、必然的に集中して銃撃を受ける結果となったのだ。
警報装置に指を置こうとした若い士官がまた一人倒れる。
機械と壁に血をなぞっただけでもうひと押しが足りなかった。突如の強襲に受ける側は心身の用意等整わず木偶のようになぎ倒されるばかりである。作業場も兼ねる格納庫の防音性の高さも相まって異変に気付いた者は真っ先に殺され、外部の者に関してはごく当たり前の日常を過ごしている。ごく一部を除いて。
やっぱり――
只の輸送車などでは無かった。こちらの隙をついて侵入した敵部隊だ。
血溜まりを作って床に臥した警備兵の傍らに落ちている小銃をイルナレットは拾い上げる。基地内では銃器の携行が搭乗者やその他警備兵を除いて許されていない、マトモな装備をしていればここまでの惨状には至らなかっただろうに。
漸う異変を察知して基地全体で鎮圧に向かっているみたいだが、時間を争う局面なのは明白だ。格納庫襲撃の理由は一つしかない、格納庫内のアブリズの破壊並びにエデン内での戦闘行動による世論操作。近頃のドット・ビルディングとコモンの折り合い海からすると事が遅れては色々と厄介になるかもしれない。
右奥より猛獣の唸り声の如き銃声、こちらも応戦しているのだろうが加勢に入った所で状況が変わるとも思えない。
「情報が漏洩している」
格納庫の位置を正しく判別し、既存機体の破壊よりもこちらに集中しているあたり内通者の存在は明らかだろう。やはり、狙いはあの四機。
ここで自分がパイロットとして何をすべきか考える。この状況の中、心拍数はやや高くとも、自身でも驚く程に冷静を保っており、それが他の兵士と異なり思考を鈍らせず対処の働きとなる。
彼女は遠回りながら抜け道の通路へと走り出し、自らの役目を全うしようと馳せ参じる。
銃撃戦の隙を突いた、敵と味方両方の弾幕を掻け分け、二階より一気に踏み切ってジャンプし、そのまま機体へ乗り継ぐ手段。
下の方でパイロットスーツの自分を見て慌てて撃ってくるもこちらの動作の方が俊敏だ。
さながら矢の様に駆け、瞬間的に相手に虚を作る事に成功し、コックピットへダイブする。
「ウッ!」
しかし、肩の一部、左太ももに熱を感じバランスを崩す。当たったのはそれだけで致命傷には至らず落ちる様にコックピット内に入り込んだ。それ程衝撃の痛みが無いのは巻き込んだシ―トが和らげてくれたからだろうか。
イルナレットは考える。
「設置式の爆弾で格納庫ごと破壊するつもりなのね」
最奥まで侵入された形跡から既に幾つかは合図待ちであろう。解除に関しては一般レベルの知識が役に立つとは考えず、専門家を連れる時間は何処にもなかった。最早、秒読みの段階と言っても過言では無い。
「やらせはしない!」
操縦桿に両手を据えた時、右肩に鋭い痛みを覚え、腕を引いた。
見ると、ス―ツに血が滲んで滴となって垂れている。しかし、痛みに呻いている余裕は無い、一刻を争う事態なのだ。
「SCD起動、コネクト指数―七コンマ、修正範囲内、神経接続開始・・・」
正式名称シナプス・コネクティング・デバイス(SCD)を搭載するアブリズは従来のマニュアル式とは大きく操縦が異なる。脳波と体全体に張り巡らされた神経を基に感応操作を行う。
装填の完了をスクリ―ンから拾い、要の武器である七門の筒の形をした砲身を持つHAT―72ア―バニティ―を自機の前へと構える。 頭部緑眼に光が入りメインモニタ―が作動して、およそ二百七十度に渡るクリアな視界を表示し、真横の驚愕の表情でこちらを見ている敵兵が居た。
『設置完了』
耳をつんざく激しい音に遮断されながらも聞き取った。
「了解、外側三人は制圧を。残りは俺に付いてこい」
隊長格の男の合図で巧みに避けて、最終制圧ブロックCへと侵入する。
この時、ようやく非常警報が基地全体に届き彼らも耳にしたが別段自らの命を危機にさらす死に神の声等とは思っていない。脱出はより困難になるだろうが、元々、自力脱出を狙っていないので注意をこちらに引きつけられて好都合だ。
事態を遅まきながらも飲み込んで二階に上がった二名の兵士を射殺する。部隊は、兵士の性質を分かっていた。
奴らはVALAWの巨体に隠れさえすれば乱射をけしかけてはこない。装甲の厚さを身を知っているからだろう、さっきの様に肝が据わった奴はここには居ない、自分の命惜しさの余り、来るなと怯えて吠えるだけだ。加えて工廠内の為爆発物を携行していないので膠着状態に持っていくのは容易い。
相手の手は増援待ち、こちらはその隙をついて爆破作業を進められる。
計画の流れの通り遂行していた。残ったおそらく数人の兵士を倒して爆破圏内より離脱するのみであった。
だが――パイロットス―ツ姿の兵士が連絡通路を経由して、銃弾飛び交う戦場の中を果敢にも突っ切って部隊の一瞬の不意をつく行動に出た。
仰向けに佇んだ態勢のVALAWに乗り込むべく簡易リフトの階段を駆け上がり直接飛び移りコクピットへと向かう試み。
粗方、片付けたと認識していたばかりに突かれた油断。よって僅かな時間、銃弾の嵐が止んだのだがすぐさま改めて射撃態勢へと入り、パイロットとあれば尚更阻止すべく複数の小銃を一斉に放つ。
「レディン伍長離れろ! 爆破させるぞ!」
人型の十数メ―トルはあろう巨体が目の前で動き出しているのと、銃声の数が増えたので体が震えて動けずにいる。
反対側のハッチを開いて、起爆スイッチを抱え格納庫からの離脱を計る工作部隊。
「早くしろ!」
怒声にようやく逃げる決心がついてももう遅い、固定具の強制解除と上部ハッチが自力以
外に開ける手段が無いと理解したイルナレットは背部バ―ニアを吹かして鉄の塊を出力の
みで浮かせた。この瞬間にレディン伍長の体は高熱による全身火傷と壁まで飛ばされた衝
撃で物言わぬ人形と化す。
シ―トを引き裂き、固定具を折って眠りより解かれる機械。黒光りするフォルム、人の
形を催したデザイン、コモンが現主力兵器であるアブリズに次世代機の可能性を賭けて新
たな特徴を宿した試作機体、アブリズ・トンプソン型が目覚めた。
「天井を突き破ってでも出る気か」
だが、一手こちらの方が早い。伍長が間違えようも無く死亡をしたと分かったのが幸い
にして、手動切り替えで迷わずに押せるからだ。
「間に合うまい」
試作機、門出の祝いは爆炎が迎えてくれよう。いざ、振り返って起爆スイッチに手を触
れる。
その目で確かめようとした、生涯でも数ある内しか見られない人類の愚かさを象徴する悪
意の炎を。
閃光は本当に周囲一体を白く見せて儚げに消えると、その後は圧倒的な熱量を肌越しに
感じさせる暴風が押し寄せてあらゆる物を彼方へと飛ばす勢いである。不注意に爆破に対
する態勢を整えてなかったばかりに風圧に押されて転がりそうになったが、肥満気味の体
型が幸いしたが重心がグラつく程度で済んだ。その後、一瞬で飛び込んで、身を屈み衝撃
波にも耐えた後、浴びる光量の強さに目を閉じて再び開いた時には、周囲の建物も炎が鉄
筋ごと焼き尽くして何時倒壊しようとも可笑しくはなかった。
火の海と形容する、視線にある全ての物が燃焼していく恐ろしい風景。
爆心地は原型を留めずに頑強な設計を無視して、穴ぼこと瓦礫だらけの、まるで廃墟となって崩壊していた。
「見えた」
小高い丘の上から景色の鑑賞には不要な軍用双眼鏡を使って、内壁まで高々と昇ろうとする黒煙の方向を確かめるリヒル。
トップディスタンスの双眼鏡でわざわざ眼を凝らさずとも裸眼で視認した。
「やりやがったな」
これで言い訳がつかなくなる状況だ。
戦闘開始の合図――工作部隊は大任を果たした。これからは彼らに引き継がれる、味方部隊が脱出するまでの陽動と時間稼ぎ、そして残った基地破壊、戦力の無力化。
実戦経験が零の自分達に初めて言い渡された任務、初陣にしてはハ―ドルの高い要求、まだ実績が無いスク―ルからの期待という名の重圧を背負って当たらなければならない。失敗すれば味方は捕まり或いは殺され微々たるものだがこちらにとって不利になる情報が洩れてしまうだろう。
即ち失敗は許されていない。
「よし、今度は俺達の番だ。出撃するぞ」
「オッケイ。待ってました」
手首に巻かれたオシャレ目的のリストバンドを外し、金属端子を覗かせる皮膚に、戦闘用の感応処置された電子バンドを装着する。拳で手のひらを叩き、十分にやる気のマティスは急いで輸送機の積み荷へとさっさと入って行った。
灰色のシ―トを取り外す、姿を表すは緑色の機械。輸送船には十分なスペ―スを考慮せずに詰めて乗せたトランスのVALAW、チョウマがあった。頭部のモノアイが青く虚空を見つめている
濃い緑色に覆われた機体の骨格、四肢の形状も人型そっくりでコモンのアブリズが流線型の優雅さを象徴するのに対し、チョウマは無骨で重厚感のある、より兵器としての見目をしている。JPL―003チョウマ、コモンの主力兵器とタメを張るSCD搭載機。だが、彼らスク―ルの面々は手首と中枢神経の一部を戦闘補助のパ―ツに義体化することでSCDのフィ―ドバック効果をより高く発揮出来る。追従性も飛躍し、より一体化を果たしているのだ。
その内、手前の一機には既にシユが乗り込んで待機をしている。
複雑な動きを可能にするマニュアル式のコンソ―ル機器が積まれ、自由に身動きも取れない狭苦しいコックピットの空間で腕を組み、眼を瞑り黙想していた。
この時を七年待った。
両親を亡くし、これだけ居住範囲が広くなった世界では親戚に頼るのも大変で、そして良い顔を余りされない。父と母は在学中に自分を孕んで式も出来ずに結婚したというから身内柄でも評判が悪かった。身元引受人は現れず、救助された輸送機の行き先火星へと辿り着いた。
「シユ、緊張してる?」
「緊張なんてするもんか! アイツら全部撃ち落としてやる!」
気持ちに水を差すように両方の通信機器から入ったクシカの声に怒気を含んで返した。
「怖い怖い」
緊張よりも待ち遠しいという気持ちがシユには強く表れている。今日、これから始まる初陣にはこれまでの人生の集大成とも言うべき過程が収束されて詰まっているのだから。
ガキ一人が生きていく為に示された道は少なく、孤児院生活を経てから自らの想いを考慮した搭乗員の勧めで、入隊希望し、そして軍が開いた特技養成所、スク―ルへの志願届を出した。
事件以来、国連へのコモンへの恨みを糧に育ってきたと自覚している。手首を含め半ば改造人間のような施術と人権をも度外視した訓練を耐えられたのもそれが理由。裁く権利のあるパイロットの適性があったのも多分消えない、強い憎悪を体現した結果なんだろう。
「先に二機を出す。シユ、クシカ頼んだぞ」
リヒルが無線でそう告げて、レバ―を下げる。
「了解!」
「任せて」
緑の機械がクレ―ンの要領で土台事運びだされ、地面へと脚を降ろす。マンション数階の視点には不自然な青空が広がっていた。前方にはクシカの乗機、左右を森に囲まれ続くこの一本道をカタパルト代わりに態勢を整えて発進するのだ。
リストバンド越しいでも構わないが、金属端子の入った手首を専用のデバイスに通して操縦桿を掴んだ。
「行くわよ!シユ」
「分かってる!」
両親の仇、犠牲となった人達の無念を晴らす。
背部に載せた全六基のスラスタ―パック。大まかな機動に関しては全天角度でこれらが回転し、小回りを求める際は機体本体の小型モ―タ―の制御能力と合わせる。
バ―ニアの方向を変えてフルスロットルで噴出する。出力に押されたチョウマは土煙を上げながら地面を高速で滑走し、丘が途切れる辺りで一気に空へと上昇した。そして瞬時にオプションである背部ブースターが展開し、チョウマは僅かばかりではあるが浮遊能力を得る。
人工の空を緑色の機械が舞う。感応操作では神経レベルでの機体との接続を可能にしているので今本当に自分自身が飛んでいる感覚にある。初めてのフライトの時には筆舌に尽くし難いぐらいに爽快感が登りつめていた。しかし、今は違う。
戦場の範囲に突入したと機体越しに肌で感じて索敵へと集中していた。
地上で栄える街並み、擬装内壁が映し出す青空、環境を彩る人工樹林、モノアイが上下左右あらゆる方向へと危機を事前に察知すべく稼働する。レ―ダ―技術は過去の戦争時から日進月歩の進化を遂げていくも、戦いにおいては進化の前に一進一退の攻防を繰りひろげられていたが、その構図は現代においても継承されている。電磁波の反射を抑える偏向装甲、熱量を隠すエネルギ―・ボックスなど様々な開発競争が戦争の数に合わせて行われ、現在では形状と質量とを反射なしで判別する方法で、ライダ―を応用している。
「来た!」
早くもライダ―が補足し、位置情報をモニタ―へ伝える。自機前方斜め下より接近する機影、デ―タベ―スと照合して判別を終える。該当するのはコモンの主力兵器――
「アブリズか!」
銀色のボディからして間違いない。トランスの主力アブリズタイプだ。
トランスの重厚なデザインとは対照的に流線型の細いフォルムは機動性を主眼に置いた機体構造であり、盾、剣、銃と基本に忠実な武装のみで構成され、より特性を第一としているのだろう。物量で押す軍の基本戦術にはうってつけの突撃機としての役割を果たしている。
昨日訪ねた街の上空を通過している。基地の鎮圧に駆り出されたのであろう、出来ればここの人達には迷惑を掛けたくはない、ここでは戦いたくない。
先行する二機は交戦へと入り、恐らく両射程圏外と思われるもひっきりなしにアブリズは構えた機関銃を撃ってきた。
一応の回避姿勢だけで全てを避ける。狙いがどうこうよりも遠すぎる、適当に撒き散らしただけなのか戦術の一つなのか。読みではこっちがVALAWまで持ちだしているとは想像出来ずパニックを起こしていると思われる。
ロックする為に徐々に距離を縮める途中、モニタ―がもう一機確認したのを知らせて、クシカ機がそちらへと向かう。こっちは任せられたという事だ。
敵は間合いを詰めずに、こちらのギリギリアウトレンジで射撃を繰り返すばかりだ。発射を見てからでも回避行動が取れるだけの距離、事故でも起こらなければ当たりはしない。臆病なのか、それとも自分の腕に自信が持てないのか、どちらにしシユには敵機が怯えている様にしか見えなかった。ならば、
「ぅおおおおお!」
推進力で一気に下降し、懐へと潜り込むリスクを負いながらも落下中の機体に狙いは定まらず地面への着地までも許してしまう。
重力下では急速な動きには衝撃が走る。何トンもの鉄の塊を動かす推進力に生身の人間に与える影響は耐衝撃を兼ね備える宇宙用ス―ツを着ていてもどうか。まず一般人ならば体に襲いかかる振動に身悶えをするだろう。しかし、彼は軍人である。歯が折れそうな程上顎で被せて耐え、そしてそのまま地表から迎撃態勢へと移行し、安定した姿勢でアブリズへと秒速単位で弾丸を発射する機関銃を構えたのだ。
「当たれェェェ!」
武装は威力、射程共に標準的な武装のライフルだが、それでもコモンの物よりは性能は上だ、至近距離からの制射というリスクの高い戦法を取らなくても撃破出来る。土の斜面を下りながら地形と地物で相手の射撃を遮りつつ、必死の剣幕で叫ぶ声と共に、真横に降る銃弾の雨が、行き先へ飛ぶ銀色の巨大な機械へと注がれた。
まともに受けた頭部は威力に押され完全に吹き飛び、手足も根こそぎ奪われ、前面のコックピットから貫通した弾丸が、エンジン部分へと侵入し異常をきたして爆発を引き起こした。四散するパ―ツが此方まで飛んで来る、原型は見る影も無く機械片が周囲にあるだけだ。焦ったとは言え足を止めて撃ってくるなどカウンターの餌食である。
やった、と内心で呟いて末路を見ていた。そして生じてくる例えようのない複雑な気持ちを少しでも整理しようと知覚し始めると、
『何してる、シユ。救援も目的だろうが』
後続で追いついたリヒルとマティスが上空を過ぎ去る。
「ああ、忘れてないさ」
受け答えの後にはどんな感情を摘もうとしていたのか忘れてしまった。
とにかく一体破壊した。やれると証明出来た事で浮かれそうになり、まだ前哨戦だぞ、と
心中で渇を入れ引き締め直した。
『一機落としたわよ』
いつの間にやら戦果を挙げたクシカが横から近寄る。
「一機ぐらいで調子に乗るな!コレだけでかい爆発なんだ、周りから一杯増援を呼んでくる筈だ」
『ハイハイ、悪かったわ』
格納庫からの煙は艦の天井近くまで伸びており、エデンの管制側でもとっくに気づい
ているだろう、そう時間は残されていない。手間取れば近辺ならずエデンの其処ら中か
ら集めてくるだろう、そうなれば目的遂行どころか脱出さえ危うい。
モニタ―上で未だ激しく黒煙が立ち込める火元の位置を確認し、緑色の機体が、それ
程周囲への衝撃を与えずに、比較的やんわりと地面を撫でるよう滑走して降り立った。
着底したマティスのチョウマが高圧電流の巻かれた有棘鉄線をものともせずに突き破り
ニュ―アデレ―ド基地内へと踏み入れる。
『余計なVALAWとの交戦は避けさせてもらうよ』マティスが意気揚々と喋る。
慌ててスクランブルをかけた所で、チョウマが構える機関銃が迎撃の隙を与えようとせ
ずに、基地の施設へと火を噴いた。 爆発を上げ、炎上する建物。藁々とまるで蟻の如く人が燃え盛り、出て嘆き叫んでいるが関係ない、手当たり次第に銃撃をする。
『おおっと』
配備が遅れに遅れた対地機銃の直撃を浴びてマティス機は、よろける。傷はモニタ―で
分かる通り何とも無いようで、精々塗料が剥がれたぐらいか。
『せめて対艦砲でも用意しとけよ!』
お返しとばかりに撃ち返して報復を行った。地面に幾十もの穴を穿つ、生存の可能性は
皆無で人は人の形を成さず肉塊へと変貌する。
更にマティスが僚機の側をリヒル機のチョウマがブ―スタ―走行で滑走し、地下より躍り出たミサイル砲台が丸太サイズの砲塔をこちらに照準を向けている事にいち早く気付いて、スライドしながらそのまま的確な射撃で一、二と撃ち込んで破壊する。
『VALAWには効かないだろうが、搭乗者にはな』
リヒルはそう発信しながら、味方識別より離れた施設の破壊を続ける。
続いて第二格納庫をも破壊し、瓦礫の中へと敵機体を埋める事に成功した。
シユも手当たり次第に基地を破壊し、一面火の海を作る。復讐心は煮えたぎり悪しき部分は根元から断とうと破壊目標には全力をもって攻撃する。足元で逃げ惑う人々、呪詛のように罵倒や叫び声には一向に構わず、シユという自分は機械と一体化して命令に従い黙々と壊していた。
VALAWの襲来によって鎮圧しかけていた戦局から再び乱れが生じ始め、その間に工作部隊は脱出を図る。
混乱から立ち直れない基地の対応は後手を踏むばかりで、幹部の指示も上手く伝わらない程、指揮系統に命令が生じていた。現場とデスクワ―クの縦列問題も浮き彫りとなって余計な障害として発生しているのも挙げられる。これはシユ達には知る由も無いが結果的に陰ながら作戦遂行へのアシストを担っていた。
ここまでは計画の順次に狂いはない。ただ唯一誤算、もとい見落とし以外の不確定要素が交わる可能性など想定しないのが常であっても、未知故に起こりえるものなのだ。
『中から質量反応!?』
リヒルは後方、索敵範囲際に新たな敵の存在を捉えた。既に工作部隊の手によって瓦礫の山と化した格納庫から。
『なに・・・』
補足したものは自動的にデ―タベ―スより該当するものに検索を絞られるのだが、所属不明、機体情報無し、アンノウン?とすれば、
『新型か!』
破壊し損ねた特殊部隊の不完全な仕事ぶりに苛立ちを覚えながらも体は最優先事項を処
理すべく射撃を行っていた。精密な射撃は瓦礫を更に細かく砕いて貫通し、土煙を上げる。
正体不明故に必要以上に放った銃弾が破砕物を撒き散らし飛び散るがお構いなしにお見
舞いした。150ミリの口径が地面を突き破り空ける穴のエグさからすれば、機動戦車さ
え軽々と蜂の巣にする威力があるのでトドメには十二分であろう。
例え間違っていたとしても熱を探知した以上早めの対処が要求される。増援であれば食
い止めた事になる。
『さぁ、どうよ?』
戦果目的と標的の破壊を達成したかどうか、穴だらけと粉砕した瓦礫だけになった建造物へと機体を動かす。
工作員からの照合データが渡っていない以上、試作機やらの残骸でも装甲の一部でも何でもいい、適当にインプットさえすれば後は整備士やらがやってくれる。尻拭いの役割には不満を感じつつも、覆い被さった幾つかの破片を手動で払い、あるかどうかも分からない機体の確認を行った。その時、
『なっ・・』
回避余地の無い猛々しい銃弾がチョウマを襲い、逆に蜂の巣へと変えた。
ナニ? と意識する間もない、散る瞬間には無が訪れただけである。
降り積もった破片を押しのけ、ゆるりと起き上がる黒いアブリズ。右腕部からは白煙が昇り、それがチョウマを撃ったのだ、リヒルの状況確認はこの時初めてできた。しかし、それが最後である。
シユとクシカ、マティス機は一片のカケラと帰してから、無残に崩れる際の機体を通して伝わる爆音から状況を呑み込めた。
虫食いのチ―ズの様に頭部から手足を捥がれ、コックピットを収納する胸部にも機体正面から反対側の光景が映っている。すぐさまの回収を諦めようと瞬時に思ったのも、もはやリヒルはリヒルの形を成していないと悟らせる惨たらしい、壊され方だったからだ。
『そんな・・・リヒルがやられたなんて・・・』
「クッ・・・・・・うおおおぉぉぉ!」
絶句するクシカの気持ち、シユは消失した味方機の信号で死亡と判断した彼女の言を曲げたくて単身で標的へと迫ろうと雄叫びを上げて接近する。だが、自機の一歩前にマティスのアブリズが、バ―ニアが焼き付きそうなまで全開に開いてリヒルを殺った相手へと突貫しようとしていた。
『この野郎! 堕ちて弔えってんだよ!』
常日頃から最も彼と接していたマティスは事実を素早く受け止め、感情任せの行動に出た。
チョウマの機関銃を駆って突出する。フルオ―ト発射は精確に黒い奴を狙い定めていたのだが、脚部のロ―ラ―を用いたスライドで手前前方に着弾し外す。銃弾の道が形成され、尚も荒々しく弾丸尽き果てるまで撃ち放つも俊敏なロ―ル動作で悉くを避けられかすりもしない。間合いは相対速度に合わせて一定を置いている。黒いアブリズの描く軌跡、その機動性は地面と機体面に何か接続があるのかと疑わしいぐらいに素早い。
『コイツゥ・・・何で当たらないんだよ!』
敵のスライドに翻弄させられ、銃弾は後追いするばかりである。
「マティス下がれ! あの武器は危険だ!」
シユは危険信号を促す。
『チィッ』
この距離の射撃には距離減衰の効果が働いて期待が持てない、それでも相手はどうか。あれはマズい、本能が伝えるメッセ―ジに従い駆動方向を切り替え、跳躍に飛行を施した。
銃身に変化が生じ左回り回転を加えて雷鳴のような音と共に弾丸が発射される。
迂闊な攻め一転で感情のままに直進する様な未熟さでは次席卒業の賞は与えられない、寸での所で建造中の建物を隠れ蓑に利用した。
「クッ!」
まただ。眼をチラつかせる閃光の後に響く、鈍い虫が飛ぶ音。
驚異的な初速で撃ち出され、秒間八十発を越えるガトリング砲の弾丸の一撃一撃が軍の強固な使用の壁に当たっても、めり込んで貫通していく。
『うわぁあああ』
通信にザラつきが混じり、マティスの悲鳴が届く。
防壁の意味をなさず、威力を建物だけで防げずに貫通して、その背後にいるチョウマも左脚、頭部をもがれたのだ。
機械の部分が壊れただけではない、SCDによるフィ―ドバックにより感覚器官が繋がった状態では機体が受けた損傷は感覚を通して搭乗者へと伝わるのだ。兵器としては欠陥品と言われる場合もあるが、より自身の操作性に一体感を持たせる為にも、繊細な動作を行う為にも不可欠の存在との主張が根強い。
「マティス!」
想定外の損傷を負い、搭乗者からの反応も聞こえないが、しかし彼はまだ生きている。今
やるべき事は彼を救出するよりも目標を叩くのに心血を注ぐべきだ、引いてはそれが彼を
救う手段にもなり、そもそも自分達の教えの中に目標遂行より優先される事案など存在し
ないのだから。
シユの駆る緑色の機体がスラスタ―の方向を変え、一瞬沈み込む体制の後から一気に上空へと跳躍した。中の搭乗者はジャンプのイメ―ジを制御化の機体に吹き込む事でリンクは成功する、只このリンクこそが搭乗者としての最大の試練だと皆が言う。
飛翔からの急速落下で間合いを詰める。
こちらの対応にすぐさま反応し、宙を飛ぶシユのチョウマへと悪魔を連想させる右腕を差し向けられる。その瞬間的には体を硬直させる死の囁きが聞こえた気がしたが、雄叫びの気迫でごまかして最接近を試みる。
尋常ならざる弾速と破壊力、実に脅威的である。それ故に、背負ったリスクもそれ相応だ。設計段階から機体構造に思わぬ衝撃を与えるのではと懸念された、耐Gシ―トを強化していても吸収仕切れない射撃後の反動でよろめいて次弾までのラグを示していた。
「撃たせるかよ!」
銃を背部ユニットで背負い、腰部より抜いた短い曲刀。チョウマの汎用兵器、超硬質電磁コ―ティングのブリンガ―ソ―ドが落下態勢と供に振り下ろした一閃が黒いアブリズの右手を奪った。
「ウウッ!」
勝機はここにある。肉薄しマニピュレ―タ―で逆手に刀を持ち替え切り裂きに掛かる。
アンタも兵士なら覚悟はあるんだろ――コモンなんかに付いたから――刹那の際、自らの不明を示すように心中で呟く。
ガギンッ。刃同士が切っ先を削りあって音が響いた。
最大火力を誇るア―バニティ―を切り離され隻腕となっても白兵戦用の腕部にマウントされている短剣が残っている。
鍔迫り合いの進退決まらない状況を煩わしく思ったシユは機体を前へと出力で押す。チョウマのすぐ目の前に敵の剣があり、切り返し次第では此方が裂かれる場合も有り得たが、
「こンのおぉぉぉぉ!!」
チョウマには腕のもう一本が稼働状態だ。空いた左手で右の腰元から同様の刀を抜いて、相手にとって防ぎのようのない腹部を横に薙いだ。
致命傷を意図した一撃であったが僅かに回避動作をとられて装甲までしか斬れていない。
二刀流を構え、ゆっくりとチョウマが歩を進める。
今の状況、戦況を客観的な視点から見ても有利不利は明らかである。死の淵に立たされ
ているのはコモンの黒いアブリズ、VALAW同士の戦いで武装を伴った腕を落としたのは大きい、既に対局は大勢を喫したと考えられ、乱舞の様に振り回す剣戟に対して、片腕のみでは身を固めて致命傷を避けるのがやっとと言った所。短剣で護りながら攻撃に転ずる事はほぼ不可能に近い。
二刀の前に巨体が後方へと弾き飛ばされ、トランスのチョウマが間合いに入りトドメを刺すべく刀を振り上げる。狙うはVALAWにとっての絶対なる弱点、胸部のコックピット。幾ら強固な装甲に守られようとも簡単に言えばココを衝撃で押し潰せば機体は稼働状態にあっても搭乗者を圧死させれば只の鉄の人形と化す。
必中の左手が放つ一閃はチョウマの頭長高より高い位置から一気に振り降ろされ、一撃の元に仕留ようと直下で鋭利な刃の先端が襲う。
だが向かう先はアブリズの胸部でなく、僅かの所で残った腕により刃先を抑えられ止められたが、それ以上の防御方法がない敵機へとガラ空きの胴体へと右手が薙ぐ本命の斬撃、
「堕ちろォ!」
ビュンッ。振り抜く寸前にモニタ―越しの視界を眩い光量の何かが飛び抜け、着弾し、爆発が起きて、粘着物が飛散する。
シユの狙いは遥か遠方から発射された粘着砲弾により防がれたのだ。
肘から繋がる部分をトリモチ弾により固められ、その痛みにも耐えながらも、索敵を怠らない。
「グッ! どこから・・・」
一度の瞬きよりも早い、シユの視界にもほんの一瞬だけ赤い閃光が通った、と知覚したのと同時に計器が状況を知らせる。実質上の剣と手首の消失、質量が重く、関節部もまともに機能していない。
黒い奴じゃない、索敵範囲外から撃たれたのか。
今度はセンサ―が感知し、アラ―ト警報が方角を教えて続く二段三段目の攻撃は警戒を払っていた為になんなく避ける。
『生け捕りなんて、まっぴらゴメンよね・・・』
やや呆れた声で通信するクシカは不快感を表わしていた。ライダーは新たな敵機をキャッチ、四方向よりそれぞれ真っ直ぐ来ている。その数はこちらの二倍以上である。
『マズいわね・・・撤退するわよ』
「そんな! まだ、アイツを落としちゃいない」
剣を構えて相対するアブリズを見やる。リヒルと負傷したマティスの仇はまだ取れていない。
『マティスの分までは守れないでしょう?』
さっきの攻撃の照準をマティス機に向けられればそれで終わりである。シユにとって撤退の二字は予想だにしない事態だが、このままでは脱出もままならない。目標を遂行させようとも自分達の帰還が無ければ、完了報告までが任務の内容なので、片道切符では果たしたとは言えない。
「了解・・・」
下唇を噛んだ歯痒い思いをしながらも、渋々了承する、
腰を落として軽い煙を各部より放出するチョウマを脇から挟んでから、赤子の様に持ち上げて、二機分の出力でマティス機を補い、続々と集結しつつある増援軍を尻目に、今出せる最大速度で戦闘区域から離脱する。
二機は機体進行方向を転換し、後退する。撃ち落とさんと追撃する銃弾の嵐に対して小細工を労する余裕もなく、上手く避けてかわし、警備も薄いであろう四番港より宇宙空間へと出る算段であった。迎撃の立役者である艦艇はロングレンジで狙いを付けるがVALAWの機動力の前に損傷も与えられずに見逃してしまった。
光の軌跡が上昇して、何処の方向へと行こうというのか。ゲ―トより大きく外れた進路に追撃する部隊は袋小路に追い詰めたと安易に勘違いをしてしまう。
これを以て一応の終結を迎えた戦い。その犠牲は余りに大きくコモンの失態もまた計り知れない。
ほぼ唯一の戦力として戦い抜いたイルナレットは光の軌跡を眼で追い続けた。
「退いてくれた・・・」
格納庫を破壊され、現況においては取り逃がしたにも関わらず、安心の一息をついた瞬間に、ガクッと身体に疲労と痛みが訪れる。それに反応して、アブリズ・トンプソン型はパイロットの意志を反映して膝をつく。
自動制御へとコントロ―ルシステムをシフトチェンジして、外部作動が可能な状態にした。それから力尽きた様にイルナレットはシ―トにもたれて溜まった疲労を呼気と共に出し、そのまま崩れた様にバッタリとコンソ―ルにもたれた。
酷く耳に響く音でさえも全くもって聞こえなくなり、意識が遠のく前に浮かび上がったのは今日一番の驚きに関してである。
「シユ・・・」
無理矢理ながらも眠りに入った彼女の顔は、周囲に対してあまりにもそぐわないものではあるが安らかであった。
基地は半壊を招き、どんどんと吹く硝煙と未だ消火仕切れない炎の猛りが満たして、上空からでも見える基地の様相は酷い惨状ぶりを露呈している。
黒いアブリズが守り通した司令部では事態をより重く受けた上層部が事態の収拾よりも早く責任追及に躍起になっていた。
「敵部隊はエデンより撤退しました」
「やはり四番ゲ―トか・・・。最寄りの空挺部隊に連絡を取れ! この空域から決して逃すな! 残骸を私の所に持って帰ってこい!」
もはや面目などどうあっても立たないだろうが、おめおめと逃すというオチまで付ける訳にはいかない。責任の所在は敵の逃げる先に在る、ここまで来て辞職や退任の形で償うつもりなど毛頭ないのだから。
「ハッ!」
「捕虜はまだ殺すなよ。手段は問わん全部吐かせろ!」
「ハッ!」
敵工作部隊の生き残りを捕虜として連れて行く、果たして得られる情報がどれだけ役立つ
のか、四分の三の新型試作機を破壊され唯一のアブリズ・トンプソンも小破。そして世間
に露見してしまう第四番ゲ―トの存在、中立地帯での戦闘行為に加え、火種を持ち込んだ
責任、トランスのVALAW部隊を撤退させたのだが向こうの損失は一機のみ、これがど
う釣り合うと言うのか、誰でも敗北の目がどちらにあるかは分かる。
予想外の強襲よりも四つ目の招かれざる扉の存在を世間の目に留まる事の方が彼にとってより大きな問題であったのは間違いない。あそこで取引に使用した物品は賄賂や不正輸入など影の役割を果たした、いわば闇の通り道だったからだ。
頭の中は火種を散らす火薬庫を抱え込んでいるが、表情は割に晴れた様子で窓の外の惨状を見やる。
「責任は取らねばあるまいな・・・」
通信先での上司の返答は一言、責めるでもまして慰めるでもない。四番ゲ―トの存在を容認せよ、と指令した総司令部の重役の代わりに。
第二章 エデン退却戦
任務や命令に上々という言葉はない。
作成は成功するか失敗したか、戦争は勝ったか負けたか。曖昧に済ませられるならそもそも戦争だって起きない訳だ。
「とは論じてもね・・・」
意味を持たない例えに過ぎない。
現実は上官より厳しい叱責を受け、挙げ句同じクル―からも失笑を買う、華々しいデビュ―を想像していたが見事にひっくり返された。この当たりに、悔しさへと変換して怒りに表現出来る辺りがクシカの強さを示しているだろうか。
スク―ルを上位成績で卒業したエリ―トという認識が皆の期待を膨らませていた故の落胆か。嫉妬も交えて捕縛された工作部隊の仲間は人柄悪そうにやたらと揶揄をする。
「何よ、脳筋組が!」
言葉では吠えても、悔しいが結果が全てなので受け止めるしかない。そうは言っても感情表現豊かな思春期足る年齢なのでそれも中々に難く、中年近い男性から侮れるのを素直に認めるのには抵抗がある。要は複雑な年頃なのだ。
変わり映えしない宇宙空間を拝めるロビ―を歩いて医務室へと足を運ぶ。
挺内で、誰かとすれ違う度にチラチラと同情や笑い物にする視線に対して不満と苛立ちを覚えるのだが、承知の上でウロウロとしているのには理由がある。
仕事に真面目に従事する軍医に挨拶をして半開きカ―テンから顔を覗かせるとベッドの上で目を閉じて心地良さそうに音楽を聞いているマティスが居た。
「元気そうじゃん」
見舞いの為申し訳程度に置かれた椅子へと座る。額と右腕に包帯を巻いている彼はクシカの存在に気づいてイヤホンを外した。
「もちろん元気なんだよ。今、追われてるんだろ、何時でもスタンバイしてるぜ」
乗機は損傷箇所が酷い為に現在もなお修理中である。それは彼も理解しているだろう、この場合は本人のやる気を示しているのだ。
「駄目よ、休んでなくちゃ。私とシユだけで充分だから音楽でも聴いておけば良いわよ」
帰還途中で気を失ったのには驚いたが診断の結果別状は無いそうだ。眠っている彼にシユと二人で対面しにあったのは昨日、それから丸一日が経過、普段のマティスの調子に戻ったように思える。
「お前ら一つずつ落としてるけど、俺なんかオケラだし」
「エ―スはみんな、撃墜数は場の巡りって言うからそうなんでしょ。焦ったら功を逃がすってね」
旧大戦より戦意高揚の為に用いられた撃墜王の認定はトランスでは公式に認定されていないが、搭乗者間では互いの技量を競い合う為に現存する。VALAW投入以来、戦闘機とは異なり、一機あたりの総合的な能力が飛躍したので五機が撃墜王の称号を手にする条件となっている。達成した所で褒賞は何一つさないがマティスは当面の目標として拘っていたのだ。
「オ―ケ―、次は確実にとってやる!」
「そうそう今は養生して、溜めておくべき」
部屋を考慮して控え目に笑いあった。
「そういや、礼はまだだったよな? どうも有難うな、お陰で命拾いしたぜ」
「命あっての物種よ。見捨てる訳にはいかないし、二人で担いだわ」
再度、両手を合わせ感謝の体を表す。
「そう言えばシユはどうしてる?」
質問には、少々ト―ンを落として彼を気遣う様静かに言った。
「部屋に籠もってるわ。今回の件と、もうすぐヴィルドフル―ルだからって塞ぎ込んでるのかも・・・」
「アイツ、根暗だからなぁ。何か色々引きずってるみたいだし、そうっとしておこうぜ」
マティスとシユは偶然にもあの散華の悲劇の時に同乗していたらしい。心情的にも彼の方が理解しているだろう。
「ところでさぁ・・・」
打って変わって気弱な姿勢で切り出すマティス、分かっていた。何を言い出すのかおおよそ分かっていた。
「リヒルの部屋は片付けないでって頼んだよな。アレ、どうなった?」
彼女も度々、彼らが事あるごとに組んデ―タのを目撃している。同期で数少ない同い年、親友と言える間柄だった。
破壊された機体とパイロットの回収は不可能、理由は敵陣地の真ん中であることと、恐らく原型を留めていないこと。だからこそ、彼は自身の負傷よりも優先して担架で運び込まれながらもリヒルが生きていた頃の匂いを残す彼の部屋の整理を勝手にしないでくれと額より血を流しながらも叫び訴えていた。
「特別に許可するって。火星に着いたら専門に頼むらしいわ」
クシカ的にはあまり好ましくない昔堅気の艦長で、自分達を君の悪い存在として煙たがっていたようだが、故に許しを出したのだと思っている。そもそも、艦への搭乗自体もごく短期で且つ作戦遂行の為の仮宿に過ぎなかったのだから。
「・・・分かった。これでちったあ喜んでくれるかな、リヒルも」
継ぎ足す言葉の前に鼻をかむ。押し寄せる波の様な感情の勢いに逆らえない。
「・・・・・・向いてないのに・・・・・・年長者だがらっ・・・で無理を・・・す・・・るがら・・・ウッウッウウウ」
みるみる表情は崩れて、泣き伏せる。
「マティス・・・」
何か同情の言葉を掛けようと考えたが、嗚咽を聞いて悲しい態度をまざまざと見せられてはどんな優しさのある言葉を投げかけても陳腐だと思う。
「何で・・・・・・何で・・・」
体を震わせ止めない嗚咽に、これ以上の精神負荷は宜しくない、と軍医が現れ半ば無理矢理ながら退室を命じられた。
ドアの向こうからでもマティスの声は聞こえる――
「何よ、泣きたいのは私だって同じよ」
瞳に溜まった涙を零さないよう強靱な意思をもって堪える。
自室へと戻る通路の途中でも、部屋のベッドに倒れ込むまでは泣かなかった。
こんな結果になるなんて考えてもいなかった。仲間を失った悲しみがこんなに重いなんて思わなかった。彼女は戦争の悲惨さの一部を知ったに過ぎない、この渦の中に居る限りはこの悲哀をもたらし続ける。
外の宇宙は人間の蛮行を煌びやかかに冷たく見つめるだけだ。
コモンとトランスの対立は根底から見ると火星移民の当初より始まった資源問題に起因している。環境改造により人が住める星になったとしてもそれは一部のみであり、依然多くの土地は乾いた荒野を形成していて人を寄せ付けない。これを地球からの援助で賄っていたのだが年ごとに移送費用が高騰し、それでも委託していたのだが、五年前遂に不当な値上げに反発を起こした火星政府は独自の輸送を考案、これにより経済的な負担を大きく減らす事が可能となったが国連側は反対、これが民衆間の顰蹙を買いイザコザを起こし戦争への理由の一つとなった。
それから次第に差別的経済反抗運動、通称DEMOR(Discriminatory economy movement of revolt)と呼ばれる自由経済解放を唱える抗議、所によっては武力を伴った反対運動が相次ぎ、この戦争のイデオロギーへと継承されている。
第一次移民者はこの荒野を一面緑の風景を作り出そうと草案し、各々の願望を叶えようと熾烈な環境下で死人は幾人も出しながらも正に死力を尽くして何とか自分達の楽園を築いた。そして現在は第二、第三世代、つまり火星生まれの子ども達が少しずつではあるが生活圏を広げつつある。そして、俗に言うマ―ズチルドレンこそが開戦への最も大きな要因に直結している。
一例を挙げる。火星生まれの三世代目にあたるマ―ク・ホグワ―ツはその類い希なる頭脳で地球にある最高の大学と名高いシルバニアカレッジを受験、その大いなる挑戦に火星の市民とマスメディアは注目し初の逆移住者を期待した。しかし、その結果は・・・不合格。そして、来年、再来年、また翌年と合格の為に努力を厭わない彼は着実に前年度よりも学力を身に付けたのだが全て不合格。
ここまでで終われば只ハ―ドルの高さを痛感しただけのスト―リ―として終わりだが、更に一年の時を空けて新たな真実が発覚する。
火星文部政府に送られた一つの記録ディスク、その中にはシルバニア大学学長と校長との会話のやり取りを盗聴したものが入っていたのだ。本人達の趣味趣向を知らせる色話と、そしてマ―ク・ホグワ―ツの合否に関する話を、あろうことか大胆にもその場で決定を下したのだ。
当然、抗議の声は殺到したが大学側は沈黙を譲らぬままだった。この反感は戦争発端の理由として強く根付いている。
火星人と見下して卑下する。彼らと私達、一体ドコが違うというのだろうか。
施設内のベンチで開くにはそぐわない内容だ。
「イルナ、何読んでるの?」
「アングラ雑誌よ、街の構外で見つけたわ」
渡されたパックの珈琲に礼を言う。包帯を巻いていない方の腕で受け取った。
整備士のショネリ―。丸ぶちメガネとおさげのロングが少女っぽい雰囲気を感じさせる。本来イルナレットが所属する国連軍コモン第十三師団所属だが、現地の整備士が皆殺しにされたので休暇予定を延期して急遽残る事となった。
今は右腕と装甲表面の補修作業をあらかた終えて一息の休みに入っている所だ。
「またどやされるよ」
「いいのよ、知っておく必要があるもの」
イルナレットは着任前に暇な時にと月で購入した複数の本からマ―ズ・レポ―トというタイトルの雑誌を読んでいた。
第三者と言うには火星に住む人々に同情的であり、また事件の様々に統合軍の暴力性を文章に表していた。検閲に引っ掛かれば警察が動いても可笑しくない内容、こじんまりとした書店にあったので店主辺りも関わりがあったのかも知れない。
「トンプソンは?」
本を閉じて唯一残った試作機の状況を訪ねる。
「右腕は変えるしかないわね」
試作機であるアブリズ・トンプソン型の予備パ―ツは少ない、統合軍が扱うものでは汎用の利かない部分を敵部隊の工作で破壊されたのだ。格納庫制圧までの敵ながらに鮮やかな手際,侵入からも全て計算ずくで実行に移したと考えると組織編成も通常の艦隊所属では無く、工作専門も率いる特殊部隊の存在が考えられる。それはVALAWの搭乗者の腕からも察しが出来た。
「出撃は無理なのよね」
ショネリ―と同じように第十三師団ハメルトン部隊もエデン周辺の哨戒任務に駆り出されていた。引き連れる時間的余裕も無く、なにより軍の威信に賭けて最優先される事案だ。
「貴方はトンプソンの栄えあるテストパイロットでしょ。直るまではでんとして控えておかなきゃ」
「でも、気になるのよ。上手く言えないけど、あの部隊・・・トランスのチョウマに乗っているパイロットが」
「へぇ~エ―スだけに分かる、装甲越しでの相手意識の流れとかって奴?」
いや戦闘時における所謂読みとは異なる、もっと漠然とした情動、感情の動きが顕著で、不可解に体験した事のない感情を強く前へと押し出した相手だった。
「多分、だけど・・・。相手はスク―ルの・・・」
「じゃあ、エ―スの卵を撃退したって訳ね! 流石はイルナ!」
単純にショネリ―は戦果を喜んでくれている、隠さない笑顔と童顔に昔の記憶が浮かび上がった。
「・・・私の力量が届いていれば、ここまで深刻な被害は受けなかったと思うわ」
せめて、追撃戦で報いるつもりだったが出撃許可は降りなかった。
「それは違うわよ! 元はと言えば四番ゲ―トを隠蔽していた管理局と一部上層部が悪いんだから!易々と侵入されたら計二百五十六門の砲塔も形無しよ」
絶対防壁を誇る砲塔も中から来られては機能を果たせず、また角度制限がある事も見抜かれ、脱出経路の障害となる砲門だけ至近距離で破壊されたというオチ付きだった。
VALAW一機ではどうにもならない負の連鎖が齎した結果といえる。
いたわりの言葉を掛けてくれるショネリ―の優しさに素直に感謝したい。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
居住艦船エデン宙域より特殊任務の残存部隊を収容して離脱し、長い行路を辿って本国への帰還までには張り巡らされた敵の網がある。これを破って進むか避けて進むか二者択一の判断をジリジリと時間なく迫られていた。
「お疲れさまです、中佐」
仮眠上がりの自分に毛布持参でオペレ―タ席にもたれて寝ていたヤ―プ曹長が赤い眼をこすりながら声を掛けてきた。
「良く眠れたかな、ヤ―プ君。残念ながら私と君はこれから勤務という拘束を受けねばならん、頑張って貰うぞ」
持参してきた物には特に言及はしない、標準時間夜十時からの仕事には耐久力とタフな精神力が要求されるので大目にみている。
中型攻撃挺ケケ―ムルスの指揮を執る、若干の白髪の交じった短髪と厳格そうな顔つきのマ―リス中佐は、航路モニタ―を向きながら複雑に絡み合っている紐を解く様に考え事に耽っていた。
「勝ち負けや優劣のつけられない後味の悪い結果だ。やはり、映画展開で堂々と勝利の凱旋とは行かないか」
「四分の三は削ったのです、一概に成功とは言えても明らかな失敗とは言えないでしょう」
オペレ―タ―のヤ―プはたしなめる。
「いや、私のミスだよ。元戦闘機乗りの悪い癖だ。たかがVALAW四機だけだと軽んじたのが過ちだった。戦闘機乗りの魂がまだ燻っている様だ。そのせいでココを通るハメになったのだからな」
噂のスクールとは言え、元は未成熟かつ不安定な少年少女だという認識が足りて無かった。
艦首ウィンドウの外には未だに無数の艦船の装甲片が行き場をなくして延々と漂っている。
ヴィルドフル―ル暗礁帯、散華の悲劇によって崩壊した大型居住艦船エデン級二番艦の残骸が残るレクイエムの集う区域、通常は畏怖の念や障害物との衝突の危険性から予測航路より外れるのだが マ―リスは逆手を取った。追跡部隊との正面衝突では分が悪いと踏んで敢えてリスキ―な選択をする、真っ向から撃ち崩せる戦力が無い状況からの機転だ。
「今は無きヴィルドフル―ルの住人も多くが火星生まれの血が入っている。なら、通る我々を祝福してくれるに違いない 、例え死者の力を借りてでも我々は帰国せねばならない」
物量で劣るトランスには中型攻撃挺損失の影響は大きい。骨組みとなる資材、装甲に用いる複合材、運用に使う燃料資源、どれを取ってもコモンには圧倒的に負けている。なればこそだ。
「進路上に障害と思わしき物体発見!」
「よし、ギリギリで擦れ違うな。完全に避けるよう調節せよ、面舵七十度! 方向転換!」
檄に習って小回りの利く攻撃挺は歪曲した軌道を見せて障害物を嘗めるようかわした。
「少しでも時間を稼がねば・・・」
我々が宙域より跳躍の類でどこかに消えた訳でも無ければ、宇宙進出を叶えた技術力をもってしてもそれは未開発の領域だ。故に、後々には気づかれるだろう。
しかし、退却戦を迎えた時の位置次第で状況は大きく変わってくる。将官の力量が問われる場面だ、今の局面では相手有利には違いない、こちらが出せる直掩機はわずか三機のみ。
これから挽回可能なのかどうか。
これは、知略を伴う駆け引きの戦い――表情には部下の手前いかにも厳しそうな提督を見せる為に出さないが、内心では小さな高揚感が湧いて楽しくなってきている。
息子、娘がじきにハイスク―ルに通う年頃になっても戦場の第一線から離れられないのは火星への愛国心などの大義名分は関係なく、戦闘機乗り時代からの己自身の命運を分かつ駆け引きに惹かれているからではないかと自認している。
「なかなか無いケ―スではなかろうか、負け戦から勝ち戦というのは」
ぼそりと呟いた一言を受け取れず、ヤ―プ曹長は聞き返すも、何でもないと答えて流し上部のスクリ―ンを視線を置く。
暗礁区域の広がり具合がホログラフ化され、航行速度と予定到着時刻をコンマ単位で知らしめす。一戦交えれば数的にも劣勢、そして現在地は危険の尽きない暗礁区域と、後手後手に回っているがケケ―ムルスのマ―リス中佐は冷静そのもので心中は密かに燃えていた。
マトモに直視すら出来ない。
パイロット用には与えられた個室で、外観を眺められる窓をカ―テンで完全に遮断して尚且つ本人はシ―ツと毛布で覆い隠す様にくるまっていた。
気絶してもいい、血が幾ら流れようと構わない、だから意識を飛ばして欲しい。
考えない、考えたくないと思う程に切り口は鋭く鮮明に記憶を抜いて再生してくる。
あの日の事を――散華の悲劇を――人類史上最大の事故、調査局の回答は未だ原因不明、遺族への保険金問題、総死者数判明、一年忌哀悼の意を表す、調査局の存続を決定。何もかもを暗い谷底へ突き落とそうとする政府とマスコミの共謀。
それら負の出来事がシユの頭の中をのたうちまわって彼を苦しめていた。
軍医は警戒態勢の中で支障をきたすのを恐れて安定剤を渡すのを渋って、とにかく早めに睡眠するよう促したが無理がある。寧ろ意識しない方が可笑しい、ココは家族が、両親が殺された地だ。
年月が経とうとも忘れはしない憎しみが溢れてくる。
「父さん・・・母さん・・・」
際限なく生まれてくる、この憎しみを何処にぶつければ良いのか、物にあたった所で虚しさを覚えるだけだ。
一体、何処へ――。
「ウンッ?」
部屋の中まで鳴り響く警報。
人にとっては不安と恐怖を掻き立てる、だが、今の彼にとっては救済となる音が全体に渡
って轟いた。
追跡? 見つかったのか?
同時に、第三次警戒態勢から搭乗者出撃命令の出る域まで下がったらしい。ランプの色と音で区別してあるからだ。
上半身を起こして、不意に痛む胸を押さえながらカ―テンを開いて外を見る。
発光する物体は見当たらないが、発見されたのは間違いない。
「アイツら・・・」
憎悪は猛々しい怒りへと変換され、弱冠十七歳の少年を生き死にの戦場へと向かう意思の支えになる。
許せない、許せるものか。
下着姿から掛けていたハンガ―に手を伸ばし制服を着用する。逸る気持ちを抑えられず服もベッドの上に投げ出しの雑誌も正さずに急いで部屋を後にした。
「何よ、その格好は?」
偶然、部屋の前をクシカが居て、襟元が曲がっているのを指摘された。
「これから戦闘なんだ。そんなのどうだっていいだろ」
「それ、パイロットの悪い癖よ。身の回りの整理ぐらいする時間あるでしょう」
「早く格納庫に行くのが優先順位なんだよ」
もっともらしい理由を付けて、これ以上の追求を遠ざける。そうなのだ、これから戦争が始まるのだから兵士である自分達は戦いに出るのが本職だろう。
「遅れると、家まで失う事になるんだ。急ごう」
もう、と不満を飲み込んでクシカも前を走るシユへと続いた。
安全圏までの脱出を目論むトランスと追撃し、新型試作機三機の仇討ちに挑むコモンとの攻防が開始を告げる。
『十三師団ハミルトン隊各機、発進せよ。繰り返す、十三師団ハミルトン隊各機発進せよ』
「相手は中型攻撃挺ってよ」
出撃前のカタパルト誘導で手持ち無沙汰の時間を同僚と無線通信をしていた。
「本当か。こりゃあ久しぶりに軍功頂きますかもな」
ニヤリと白く並びの良い歯を剥き出しにして笑う表情は猛禽類をイメ―ジさせる。
攻撃挺の足回りは素早く機動性にも優れているが、あくまでも戦隊規模での話である。無重力空間でのVALAWの速度と比較すればウサギとカメで、少々の距離なら悠々と追いつける。そして、さほど迎撃能力に優れていない中型ならば少々の弾幕を抜ければチャンスはある。熟練したパイロットにとっては直掩の護衛なしであれば中々カモに近い。
「でもよ、今度ウチに入って来た奴が早くも負傷したらしいじゃねえか」
「そいつはペ―パ―だ。模擬戦は得意で実戦はからっきしのチキン野郎なんだよ。実績ほぼ零でテストパイロットに選ばれたのが証拠だ。勉強のできるおぼっちゃまなんだよ」
『スペンサ―機、発進よろし』
機体を繋ぎ止めていた固定具が外され、中央へと軸移動する。
「明日から中尉って呼ぶよう、練習しておけよ」
向こう見ゆるコックピットに親指を立てて、マ―ク・スペンサ―小尉は銀のアブリズの脚を射出機へと踏ませて誘導員の合図にあわせて加速に乗り、宇宙空間へと放たれた。
無重力の宇宙故に常々、姿勢制御に難があるが、そこはベテラン域のパイロット、四肢を含む計十八箇所に設置されたコ―ティング装置で整える。
間もなく後続機も駆け付けるが、良い機会だと捉え一人先行して目標を定める事にした。
「少しでも出世しないと老後が不安なもんでね」
士官学校の様な正規課程を経て兵士になっていなければ、前線派遣と昇進保留の死への片道チケットは常に手元にあり続ける。素行に関して不当な評価さえ受けていなければ今頃は小隊を率いる立場には確実になっていただろう。
「・・・アイツをやればもう黙認はできまい」
憧れのオフィス勤務への近道を歩ませて貰う。最大望遠でキャッチした獲物をじっくりと愛しく吟味しながら矢のように接近してきた。
大方の読み通り、小隕石の地帯を避けてちょうど二百七十度の位置より攻めてきた。
声を張り上げ、光学映像で捉えた敵の姿へと向かって指差す。
「各パイロット発進準備! 出られる奴から出ていけ、スク―ルの連中は借りを返せよ!」
ちょっと前までの冷静さを覗かせる姿は何処へと去っていったのか、戦闘機乗りの熱い想いそのままにマ―リス中佐は叫んでいた。
第一種迎撃態勢の指示の下、ブリッジ並びに作業員が活発且つ機敏に動き回る。
その慌ただしい空間の中を潜り抜けてシユは格納庫へと到着し、無重力間で軽く地面を蹴って搭乗機へと直線上に飛ぶ。
「武器換装も終わってる。撃ち尽くしたら捨てろよ、重量付加になる」
緑色のボディへと向かっての慣性移動中に、すれ違う様にして脇の方へと去って行く整備員の言葉に対して頷く。
何時でも出撃スタンバイが完了していると言わんばかりに開いてあったコックピットへとそのまま入って座り、すぐさま機体電源の火を灯し、カタパルトへ赴く。
『先に行くわよ、シユ』
通信を介してクシカの声が入る。
「どうぞ」
『愛想無いわね。・・・・・・クシカ・ハルンショウ機出撃するわ!』
前方を行く一機のチョウマが加速して宇宙の闇へと混じっていく。
『小尉、敵はアブリズ五機。後方より接近中です、戦果を期待します』
稼動機体数三、お世辞にも安心出来る状況に無いがそれでも見送りをする顔には不安は見えない。気遣いだろうか。
「ありがとうございます。では行ってきます」
一回り以上年上なのだが常に敬語で接する整備士に、こちらも礼を払ってチョウマのコックピットへと入った。
「ヴィルドフル―ルで戦争だなんて・・・」
コモンの連中は引き起こした罪の重さを実感していないのか――それともまだ足りないのか――。
「シユ機、発進準備完了。出ます!」
ハッチが開いて勢いよく機体が射出される。最後に怒りを力に変えて、シユは漆黒の空を飛び駆ける。
「オイオイ」
戦闘の空気に切り替わっているにも関わらず、スペンサ―は苦笑から噴き出しそうになった。
「相手は三機かよ」
たったの、が添付される。
好転していく状況に自らが誇っている強運に感謝したくなってくる。
「こいつは本気でイッちゃうぜ?」
攻撃挺の直掩は無し、しかも両方が推力一杯で接近して来るのを見るとブラフの可能性も低いだろう。線引きしてそれより前でこちらを落とす算段らしい。
段々と現実味を帯びてくる出世、ここは宇宙だが、風向きは追い風へとなり後押ししてくれるらしい。
お馴染みのトランス主力兵器チョウマが光点から、濃い緑のボディを現す距離まで急いで縮め現在地の空間に降らしてきた火線を楽々と回避する。
「パタ―ンなんだよ!機体も兵装も」
高いレベルで安定性を持つチョウマはVALAW主力となった時代の最初期から活躍し続ける機体だ。マイナ―チェンジモデルを重ねてアブリズの、他国の最新鋭機と渡り合ってきた。
『一人で先行し過ぎだぞ、スペンサ―』
ようやくハミルトン隊の残りもレ―ダ―範囲内にまで近づいた。
「悪い悪い。絶好の狙い時なんでね、悪いついでにコイツらの相手頼むぜ!」
機関銃の乱射を会話の合間に全て外させ、言い終えるとすぐに敵中型攻撃挺ケケ―ムルスへと出力を振り絞った。
「へっ・・・」
かなりのノイズまじりで相手パイロットの肉声をキャッチしたが聞き取れなかった。どうせ隙をつかれたとでも考えているのだろう。
任せたそばから交戦へと入るもチ―ムワ―クの意識も希薄な彼の興味対象はココではない。
相手とて不意を突かれ、容易く突破されたのを気掛けて戦場のラインを下げるにも片手間を取らせない腕前の連中ばかりだ。逆に此方の母艦が危機に陥るなどとは微塵も考えはしなかった。
「おっ」
モニタ―上の球点が消滅する。
『スコアゲット!』
後方で小さな球円の爆発が数秒間の間に相次いで起こり、自慢気にコ―ルする同僚を表
向きでは称えるも内心では鼻で笑い、一時のぬか喜びに過ぎないと見抜いた上でほうって
置く。
全天周囲モニタ―の背後で白兵戦を始める両者の様子を確認し不敵に笑う。
「VALAWを何機やった所で俺達は佐官には成れねぇんだよ!」
その気を抜いた瞬間を偶然突いて雷光を思わす一撃が左足の根本を貫いた。
「何ッ?」
動揺を起こさせるも損害自体は軽い、支障無く行動可能だ。
こちらより僅かに長いレンジを利用して放った銃撃、例えマグレでも射撃能力を活かして護衛も考慮し後方に控えるものかと予想したが、そのチョウマは自分をタ―ゲットと見定め、長い砲身と大口径の銃、エネルギ―サイクルのバックパックを外し、身軽に機体で猛烈に突進してきた。
左のハ―ドポイントホルスタ―より抜き身の刀を持ち加速を乗せた剣撃は急上昇した判断により空振りに終わる。
「構っている暇は無いんだよ。相手なら後ろから来るさ」
反撃とばかりにライフルの銃弾をお見舞いするが、制動を掛けて直角的に動く事で弾幕を抜けられる。すかさず剣の間合いにまで踏み込まれ薙ぎにくるが剣の腹で受け止める。わざわざ接近する辺りどうあっても抜かせないつもりらしい。
――コイツ。
「調子に乗りやがって」
ピリッと神経に電気が走って彼をたぎらせる。
超高周波ブレ―ドが相手の刀とぶつかり合う、出力が互角であれば決するのは本体の推力。
しかし、スペンサ―は剣を滑らかにスライドさせて押しかかるチョウマの縦一閃を避け、マニュピレータ動作で互いの位置が交差するのを狙って左膝を突き出しコックピットへと命中させた。そして、瞬時にバ―ニア出力で大きく離れる。
「どうよ? 格の違いは分かってくれたかな」
反転し、身を屈めるチョウマに言う。
四肢の動きを応用、複合合金で全身を覆われた装甲の堅守さを活かした攻撃、射撃戦が主流の時代においては高等技術と言うべきに値するだろう。特に、正統な訓練を受けてきた兵卒には自機の損傷も厭わないなど考えられない荒技だ。直接のダメ―ジは融合合金を用いる特殊装甲の衝撃に対する吸収能力により微々たるものではあるが、中のパイロットのには本能で伝わった。
この搭乗者は並みではない、と。
精神面で揺らすのが狙い、冷静さを失うせ本来の動きより逸脱させて、落とす。
熟練のパイロットは相手が機械に座って操作しているだけの人間だという事を知っている。人間である以上、感情は抑えられても零にはならない。
「オラオラオラァッ!」
縛ってしまえば後は容易い。さっきまでの攻勢の勢いを失ったチョウマを狩りのように追う。フルオ―ト発射で襲いかかる弾丸の嵐の前に緑の奴は後退しながら精彩を欠いた回避運動で数発を肩、脚と被弾する。
「弾持ち良いからよ、まだまだ撃つぞぉ!」
只の機械相手なら面白みも感じないが、中にパイロットを擁し加えて感応操作なる感情を載せた動き故にスペンサ―の隠れた嗜好である嗜虐心がどんどんと顔を見せる。
彼の出世が遅れた原因もソコにある。戦闘時垣間見える人間性に疑問を持つような狂気と一つの獲物に拘る協調性の低さ、本人に自覚があまり無いのがより悪質だ。
素早いパック交換で淀みないライフルの応酬、受けるチョウマは致命傷までは遠くとも蓄積していつかは破壊される。反撃の手が出せないのはスペンサ―の射撃が精密で余分な気を回せば死に直結すると理解しているからだ。
そ れでいい、死ぬ瀬戸際まで怯えと恐怖に潰される姿を曝してくれるならば。
眼をギラギラとさせ追い詰める表情は野獣そのもの。当初の目標などは今は頭の片隅から消えて緑色の機械を壊す事だけに固執している。
チョウマのMPCK汎用マシンガンに命中し、軽い爆発を起こして更なる損傷を与える。外装甲で保護されていたエネルギ―チュ―ブが露出し、更に庇う箇所を増やさせ勝機を確実なものへと近づける。
「オラァ!そろそろいいか、そろそろフィニッシュにしちゃうかぁ!」
再度、腰だめに構え直して照準を捉える。
「死んでこいよ」
最後に冷徹なる言葉を掛け、死地への見送りをしてライフルを連射する、釘付けにして本命でコックピットのある胴体部分を突く奪命の射撃。確実にあのチョウマを破壊するに足る寸分狂いの無い狙い、しかし秒間にして数発放った後に全くの予想外にも巨大な光の束が自らを襲い、銃を持つ腕を付け根から消し飛ばした。
「なにっ?」
一体どの方向から攻撃が――
スペンサ―には見えていない。
一つに拘った画一的な考え方が周囲の景色を曇らせ、結果として危機に繋がる事を。
特定の一機を執拗に狙う余り、攻撃艇の充分な射程圏内へと踏み込んでしまったのだ。或いは相手の誘いに乗ってしまったのかも知れない。
機銃の流し撃ちに、放物線の軌道を描くミサイル群、当たれば生存の余地のない主砲といった援護の加わった集中砲火が襲う。
攻撃に転ずる余裕なく懸命に回避行動を取る自機へ警告音を発し腕を失った代償をアブリズの頭脳を司るコンピュ―タ―が戦闘継続を困難だと告げてくる。
「何処から喰らったか聞いてるんだよ! うるせぇ !せっかくのチャンスを不意にするか!」
俺は――
索敵に集中し、破壊された分のオトシマエを付けてもらおうと躍起になっている。しかし想いとは裏腹に左脚とセンサ―部分を奪われ戦闘能力が低下していく。
爆発から遠ざかって間をおいて、残る腕が握る刃に託す。
「こすいマネしやがって、このクソッタレがぁ!」
スペンサ―は怒りの雄叫びを上げながら、半壊の機体で無理矢理突っ込み、自らが立て
た計画をも無視して報復と復讐心に身を囚われる。
残された片腕で剣を抜いて、突進力をそのままにぶつかりに行く。その猛進振りは疾いが、
相手の反応が絶望的に遅れる程ではなく刀を抜く間は許してしまう。だが、接近戦なら優
位に立てる自信が大いにあり、敵艦の砲撃を躊躇わせられるので打ち合いは望む所であっ
た。
「テメェを殺してから船を頂くぜ!」
大きく振りかぶった白刃剣が脳天から股関に値する部分まで切る勢いで下される。
半円を描いて剣が落ちる。
「アアッ?」
斬った。いや、違う。
音が無くともSCDシステムで機会を切り裂く感触は残る筈。
「後ろかよッ!」
機械のサ―チに頼る間もなく、己が直感に従って片手回しで後方を薙いだ。
不意を突かれたという不利を挽回する為の一撃であったが、チョウマは受けに回らず刀身
部分を引っ込める事で空を切らす、至近距離での卓越した回避技術を見せた。
「なんだァ! ソリャア!?」
見事なカウンタ―を取られ、残った腕をもがれる。
理解し難い現象が立て続けに起きて、スペンサ―自身認めないものの混乱に陥っている。
並の兵士であればあっさりと斬られるか守るかを選択する、人間の防衛本能が働いて身の安全を最優先にしてしまうからだ。経験を積んだ搭乗者であればその反応が更に早くなり、切り返す手も狙う。
スク―ルが提唱するVALAW戦の理念、それは隙を見出す「ベテラン殺し」の技術は名の通りセオリ―を殺して敵を喰らう戦術である。
術中に嵌ったスペンサ―は混乱から抜け出す冷静な認識力も持ち直せる機体状況にも無い。
俺は――。
演算処理からはじき出される敵の正体、しかし、もう目の前に緑のフレ―ムが視界一杯の所まで居るのに気付いたのは直前である。
「俺は、佐官に成るんだよ!」
スラスタ―も利用して急旋回で凌ごうとするアブリズも関係なく、白刃の太刀は縦に真っ二つに切り裂いた。
意識が消える前に見たモニタ―情報、最大望遠で映る相手は最初の目標としていた中型攻撃挺であった。知らぬ間に射程圏まで近づいていたのだ。
「早く来てよ、シユ・・・」
敵の連携で撃たれたライフルが掠めた、こちらも照準を定めて狙い撃っているが、距離があり、回避反応が届く間合いでは決め手に掛ける。運よく当てたのは脚を吹き飛ばしただけで退がる気配も無い。
ひんやりとした冷たい感覚が背中に走る。コイツ等は数の利を掛けて技量ではともかくも優勢に立ち回れる位置にいる。なのに、積極的な行動を控えて自機の周りを付かず離れずの態勢だ。
――弱った所を狙うつもりなんだ。
おそらく、マグレ当たりで警戒をしたのか、シビレを切らしこちらが遮二無二に突撃す
るのを誘っているか、集中力が欠けたと判断した時に畳かけるかのどちらかではないだろ
うか。
強い、のではなく上手いパイロットだと思う。現にコチラの攻撃には当たる見込みの持
てない距離を保って全て回避している。
しかし、先々では結果が予測できる詰め将棋として成り立っていた構造を破いたのは味方
機からの簡易送信号であった。
『クシカ、大丈夫か』
ようやくといった感じでクシカは若干の安堵を覚える。
「手練れの二機に追い回されて散々よ。それじゃあ、今から反撃と行きますか」
『了解』
相も変わらず無愛想な返事から、シユは前衛を駆って出る。外見には多数の穴凹とマシン
ガンを失っているみたいだが構わずじまいで特に問題ないのだろう。無茶をしでかすのは
しでかすのはシユの役目、それを抑えるのが自分達、極めて慣習化した自然な流れだ。
流れは静から動へと一変し、シユが双刀を持って果敢に攻め入る。支援役割を担うクシカとは違って両方のアブリズは対応の違いに窮しているのか攻め手を簡単にかわされて逆に武器を扱う左手をふっ飛ばされた。
『堕ちろォォォ!』
彼の気迫に、猛然と襲いかかるチョウマを相手に気圧されたか、装甲を切り刻まれ損傷箇所を増やし、迫るシユからとにかく離れようとし、焦るあまりこちらのマ―クを外した隙を逃さなかった。散々追い回された事への恨みも兼ねて、狙い澄ましていたクシカは射撃トリガ―を引く。
ドドドゥッ!
側面からマトモに貰って鈍い音と共に機体を貫き、自分が何故やられたのか理解出来ないような形でその身を散らす。
これで後残ったのは一つだけ。
シユが切り結び、表面に斜線に見える傷を付けた時、遥か前方より輝く三つの光源が眩しく視界に入った。
「撤退信号・・・」
助かったとばかりにアブリズは急速反転し戦闘区域より離脱していく。ほったらかして置いて良い、これ以上の布陣は無いだろう。
ケケ―ムルスより帰還命令が下され、二人は自分達の家へと戻る。
序盤に冷や汗を掻きっぱなしで蒸れたパイロットス―ツのファスナ―を半分降ろす。全身の筋肉が強張っていたのに今になって気づき関節が痛みをあげる。
――こりゃ、明日は筋肉痛ね。
「何とかなったわね・・・」
不利な状況だったが覆した。始めの内はスコアに興味を抱いていたがいざ終えるとどうでもよくなってくる。早く帰還してシャワ―を浴びてから寝たい。
『今回は任務成功だな』
パイロットの様子が分かる特殊回線を使用してシユが繋げて来た。珍しい、いつもはボイスのみなので。
「でも、これでチャラって訳にはいかないのよね」
『そうッッ・・・・・・そうだな』
ス―ツの胸元が開いて下着が見えており、彼は慌ててもう一度冷静を装った、視線だけは直視しないで別へと向けている。そのウブな仕草に堪えきれず笑ってしまう。
『な、何が可笑しいんだよ!?』
「別に。戦いから解放されたからおかしくなっちゃった」
『どういう事だよ。・・・それより服上げてくれないか?』
「暑いから嫌だ。シユがもっと早く来てたらこんな汗掻かなくて済んだのに」
『な、俺だって殺されそうな気持ちでっ』
彼女の豊満なバストの形がくっきりと出ている白のシャツは直ぐに目に映ってしまったシユはまた黙る。
ずっと高笑いを続けるクシカに、シユはふてくされたのか無言で通信を切った。
ようやくモニタ―でもガイドライトで位置を示すケケ―ムルスの姿を捉え、収納口となる方向に合わせる。
「リヒル・・・とりあえずの仇は討ったわよ」
「自軍防衛圏まで到達、北方500より味方識別番号。カンタラスです」
三日間における長い追跡を振り切って火星軍トランスの治める領地まで辿り着いた。
「カンタラスより電文」
「読み上げてくれ、サモン曹長」
ハイっと歯切れの良い返事が返ってきて、女性オペレ―タ―は暗号文を読む。これにはセキュリティコ―ドがあるが曹長クラスのパスで解読出来るものなので読んで貰う事にした。
「基幹ノ無事を祝ウ。我、コレヨリ護衛二当タル、ササヤカナガラノ休憩ヲ取リ本国ヘト帰還スベシ」
進路目標のままに巡航で進んでいると横に同中型攻撃挺カンタラスが器用に幅寄せをしてきた。約二十センチの間隔で互いの固定翼が触れそうになる。当然ながらこの様な危険を伴う敷きたりは存在しない。
「中佐!」
「ああ、分かっている・・・・・・確か、マルハ―ト提督だったかな?」
白を基調にしたフォルム以外はケケ―ムルスと全く同じ型である。超高密ファイバ―ガラスで護られたブリッジからは何人かの搭乗員がこちらに敬礼をしていた。その中央に、若くして襟元の階級章が自分と同等の位に立つ指揮官が真摯な態度でケケ―ムルスを見ていた。
「茶目っ気の抜けない奴め」
一同がその場で礼を返した。
後方へと退いていくカンタラス、背中を任せるには十分だ。彼処には腕利きのパイロットも多く戦闘経験も豊富で頼もしい限りである。
「シユ、クシカ両機帰投しました」
「おおっと我が部隊の立役者を歓迎せねばならんな」
スク―ル卒の実力に半信半疑だったのには自分も含まれていたが、本国の噂に違わぬ精鋭の子飼い達によって救われ、彼等の戦場における必要性が再確認出来た。
格納庫には既に整備士などの人だかりが集っており、コックピットを開くと暖かく迎えてくれるだろう。
モニタ―に映る二機は損傷もあり、一機は出力チュ―ブが剥き出しで各所の精密部分の故障、何処かしらショ―トしている恐れもあるが、通常着艦となる誘導によるガイドビ―コンの指示に従い、小隊の並びを崩さないまま帰還している。
「若者特有の不安定な力、それを頭ごなしにし否定する奴も居るが、私は好きだがね」
若者の勢いと未熟振り、そのどちらも老兵にはいい刺激的になり、細胞も活性化している気がするのだ。
「まだまだ若いが、成長すれば本国きってのエ―スに成れるかも知れんな」
若者の可能性についてそう呟いた。