功労者
「オイ、それ運ぶんだろ。持ってやる」
「え?あ、ハ、ハイ!すみません!」
洗濯したユニホームとゼッケンのカゴを
持ってヨロヨロしていた俺に
後ろから来た白刀田先輩がひょいと
半分持ち上げてそのまま干場に
向かって行ってしまった。
「どうしたんだ、アイツ」
「トシ、先輩!」
「最近変じゃね?」
「何気によく手伝ってくれるんだよ」
無愛想な言い方ではあるけど、
さり気なくこうやってフォローして
貰ったことは何も今日が初めてじゃない。
「へぇ」
「“へぇ”じゃないよ、
お前も見てたんなら手伝えって」
「あ?悪い悪い、ヨロヨロしてる姿が
あんまり面白くて」
「もうトシ!」
例の紺里先生と一方的な密約?後、
暫く経った頃から白刀田先輩の言動が
目に見えて穏やかになった。
今まで散々後輩イビリや同級生に
対しても自分勝手な振る舞いが目について
チーム内で問題の種だっただけに
最初は単なる気まぐれだろうと
誰もがそう思った。
だけど怪訝そうに様子窺いをしていた皆も
次第に以前の彼とは明らかに違うんだって
気付いてからは、チームワークの欠片も
存在しなかったギスギスしていた部が
一変して明るく随分居心地が良くなった
気がする。
そして、それまでアンタ呼ばわりしていた、
あのトシでさえ最近じゃすっかり先輩と
言い正して傍から見てる限り冗談交じりの
ケンカもどきが出来るくらいに先輩の中でも
一番仲が良さそうにみえるから
なんか不思議な気分だ。
人って変われば変わるもんなんだなって
初めて実感した出来事だった。
ただ、その陰に残念なこの人が絡んでるって
知ってるのは俺だけだけど。
あっと、そういえば譜都キャプテンには
それとなく伝えたんだっけ。
一応功労者の名前は伝えとかないと
本人は言いそうになかったし、主将として
知っておいて欲しかったから。
「ふぁぁぁぁああ~~~」
「相変わらず眠そうですね。
何時に寝たんですか?」
「八時」
寝すぎで、眠いと。
――聞くんじゃなかった。
「それで、白刀田先輩に
どんな手を使ったんですか?」
随分大人しくなってるけど、
まさか襲ってませんよね?と
喉まで出かかったのを飲み込むのが
どんなに大変だったか。
「俺が前に碁の全国大会出たこと
言ったよな」
「ん??はい」
「白刀田も碁をやってたんだよ。
しかも単なる経験者とかじゃない“院生”で」
「インセイ?」
初めて聞く言葉に頭を捻った。
「院生ってのは所謂プロ棋士の予備軍だ。
それ自体願ってそうそう
なれるものじゃない。
そしてプロになるのはその中でも
ほんのひと握り、ホント熾烈な世界なんだ
東大に入るより余程難しいって
言われてるくらいさ」
「ええええ!?」
「で、お手合せをお願いしたんだ。
向こうは元院生、
こっちは全国大会覇者のアマ。
相手に不足は無いだろうって事でな。
流石Aクラスだっただけの事はある
辛勝だったが、勝ちは勝ちだ」
負けず嫌いの先生らしからぬ
謙虚な物言いが意外だった。
「もしかして賭けをしたんですか?
勝ったら言う事でも聞けとでも?」
「いんや、打っただけ」
「はぁ」
「安心した?
そもそも興味があるって言っただけで
タイプとか言ってないし。
心配しなくて良いのに」
「してません。
白刀田先輩がそのインセイって
どうやって知ったんですか?」
「またまた~ヤキモチ焼いて
イライラしてたの誰だっけ。
知ったというか知ってたというか」
「どこの誰ですかね~
もしかして幻視幻聴、
或いは白昼夢かもですね。
で、どういうことですか?」
「何だ、照れてるのか?可愛いなぁ。
聞いたことのある苗字だなとは
思ってたんだけどやっぱ白刀田七段の
次男だったとはね」
「七段?あ、それと違います!」