取っておいて
「……いやだな~アハハ、もう」
「疲れんだろ?そういうの」
「言っている意味が解りませんけど
疲れませんよ?」
「これから先もアイツの前では
そうやっていくつもりか?」
「放っておいて下さいって。
それこそ先生には全く関係のない
話でしょう」
「悠長に構えてると、そのうちトンビ
にでも持っていかれるだろうな」
「…………!」
それまでニコニコ応対していた俺は
先生の真顔での一言に怯んでしまった。
それでも被り直した笑顔で、
「別に誰と日野が引っ付こうと
俺が気にすることじゃありませんし」
そう取り繕ったけど先生には通じない。
「今さ、自分がどんな顔をして言ってるか
鏡みてみたら?」
「いい加減にして下さい。
違うと言ってるんです、俺は」
普段なら絶対スルーできるのに
見透かしたような言い方に自分が
抑えきれなかった。
「一緒にしないで下さい。
俺は日野の事そんな目で見てない」
だから何?
他人事だからって随分簡単に
言ってくれるんですね。
そんなことくらい分かってる。
分かってるけどどうにもならない事って
沢山あるんですよ。
先生からしたら俺のことバカみたい
見えてるんでしょうが必死なんだ、
イチイチ口を出されたくない。
「あぁ、ハイハイ。
そういう時期あるよな」
先生はあくまで冷静だ。
それを大人な対応だと思える程
その時の俺には気持ちに余裕が無くて。
「常識ってさ所詮多数派ってことだろ。
男と女の間に恋愛感情が生まれやすく、
比率としても多い、単にそれだけ。
俺は自分を卑下したことはないが
だからってわざわざそういった人間が
生きづらい世の中で殊更世間に向かって
自身の趣向や性癖を公表するのも
馬鹿らしくてな。
問われれば正直に答えるが
自ら積極的に言うのは止めたんだ」
「俺には言いましたけど」
「そりゃ口説く相手には
伝えておくべきだろ?」
く、口説くって……
「その言い方だと
他にも言ったんでしょう?」
きっと俺の他にも色々
そんな風に軽いノリで。
「ん??興味ある?」
「いえ、結構です。
全く興味ありません」
「そりゃ残念」
この人は苦手だ。
真意がまるで読めない。
ひた隠しにしてきたモノを
これでもかと目の前に突きつけられる。
隠そうとすればする程に踏み込んで。
「仮に……仮に俺がそうだとして
どのみち先生には
関係のない話じゃないですか」
「ありまくりだから
こうやって口挟んでるんだがなぁ」
こっちは先生みたいに
軽い気持ちじゃないんだ。
「言わせたいんですか?
そして振られろと?」
「いんや。できればその言葉、
俺にとっておいて欲しいんだけど」
「は?」
「お前の初めては全部欲しい」
「なっ!」
なに真顔で恥ずかしいこと
言ってんですか!?
「…………言いませんから」
誰が先生なんかに。
「今は……な。
俺は気は長い方だからもっと先で良いし」
「その先はないって言ってるんです!!!」
「はいはい」
じゃ、備品の書類の件は本当だから
書いて後で持ってきてと伝えると
頭をポンポンと軽く叩いて
先生は背を向け、その肝心な
書類を職員室に忘れ来たから戻ると
行ってしまった。
「……何が言いたいんだあの人は」
余計な事を言わないで欲しい。
自分が空回りしている事を
気付かせないで欲しい。
これまでそうやってきたんだ。
この先だって――
この先?……一体何時まで
俺は耐えきれるんだろう。