卒業
唇を尖らせて、ずっとこの時を待ってたんだと
言われて本来ならキュンと来るべき所
なんだろうけど。
……なんだろう、全くその感覚がやってこない。
それはきっと
欠けているものが多すぎる所為だ。
見てくれが悪くないだけにホント残念な人だ。
ムード、情緒、気配り、思いやり、
モラルに常識、え~っと……
え?重複?それが何?って
もうそれくらい挙げても追いつかない。
いや、そもそもこの人に
そんなの求めてもどうしようもないことも
分かってるし。
この人は、これが精一杯なんだ、きっと。
そういうとこも全部ひっくるめて
好きだと思ってしまう自分も
相当変わり者なんだろうなと最近特に思う。
ん?でもまてよ、
ここは考え方をプラスの方向に
持っていくとしたら、
浮気の心配が無くって逆に良いのかもしれない。
だって、監督独特なアプローチは
俺もそうだったように絶対相手が引くだろう。
「…………」
―――どうやったって、
恋人へのリスペクトが浮かばないって
問題なんだろうか。
卒業式も無事終わり、部への挨拶へ行くと
部長の近衛をはじめ皆が門出を祝ってくれた。
良い仲間に囲まれ充実した三年間だったと思う。
「岩倉先輩、寂しいです」
可愛いことを言ってくれる後輩のユズの
頭を撫でながら、
「いつでも連絡入れてよ、
また愚痴言い合おうな」
「ハイっ!」
あ、やっぱりこういう時でも
警戒の目を緩めないんだな。
俺とじゃ浮気なんかにならないって
分ってるだろうに……って心で苦笑する。
「ユズ、離れた方がいいかも。
彼氏がすっごい目で睨んでるよ」
「良いんです、ほっとけば」
「喧嘩でもしたの?理由は?」
途端、真っ赤になっていく後輩を見て
あ、コレは失言だったのかなと話題を変えた。
「去年の試合惜しかったな、
折角全国まで行ったのに二回戦で鷺我といきなり当たるなんて」
「え?あ、ハイ。
でもこっちもアイツが点いれてたし、
一方的な試合にはならなかったから。
でも、今年は全国制覇しますよ」
うんうん、力強い発言を貰って
その時はちゃんと試合観戦に行くからねと
約束をして体を抱きしめた。
アレ……?
「先輩、ソイツ熱あるんで」
近衛が急に割り込んできたかと思うと
ユズを自分の方に引き寄せた。
「触んじゃねぇっ!」
肩を抱き寄せられてるのを
外すように捩じっているユズは
小さい声でお前の所為だろうがと詰っている。
「この為に来てくれたんだ、ありがとう。
昨日会った時はフツーだったのにね」
「朝まで裸だったからッスよ」
「……へ?」
「テメっ!余計な事いうなっ!!」
あ、あ~~~~~~
はいはい~~~~~
やっぱり、そいうことね~~~~
お盛んな事で。
俺に気付かれたと悟ったのか
ユズは真っ赤な顔して部室を出ていき
その後を近衛は当然のようについて行った。
ユズ、君の彼氏は心の底からお前の事
好きでたまらないみたいだね。
何か他には見せない近衛のユズに対する
態度を見てると微笑ましいというか、
何というか……クスクスと笑いが漏れた。
ユズにはどう見えてるかは知らないけど、
近衛はお前以外となんて浮気しなさそうだよ。
「オイ、そろそろ帰るか」
トシの声を合図に俺達三年は
下級生に見送られて部室を後にする間際、
「良いかお前ら、絶対全国制覇しろよ!
お前達ならできるからなっ!!
鷺我とあそこのボスぶっ潰して来いよ!!」
元部長のトシの一喝で、
「勿論です!!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
と最期に似つかわしい
派手な盛り上がりとなって解散となった。
「ヨシ、行けそうだなアイツら」
「だね」
……そのボスとやらは、
確かお前の恋人なのでは?
って言いそうになったけど
多分トシにとっては愚問なのかもしれない。
全国とプライベートは別。
それが全くトシらしくって
また俺は笑ってしまった。
「ったく、部長の近衛どこいったよ?
肝心な時いねーな、あの野郎」
ま、色々人には事情がるからねと
ハハハと誤魔化す。
「いないといやぁ、監督もいなくなかったか?
一応挨拶入れとこうと思ったのに」
確かにいなかった。
俺もそれが気になっていたんだ、
確か式が終わったら部室に顔を出すって
昨日メールで伝えておいた筈。
これも監督らしいと言えばそうだけど
俺の最後の学校行事だから来てくれると
思っていただけにちょっとだけ意外だった。
……というか、式の後どこを探しても
メールや電話をしても監督は捕まらなかった。




