GIFT
だけど、いくら周りが必死に隠していても、
いや必死になればなる程、入退院を繰り返し
段々自由が効かなくなっていく自身の体を
鑑みれば、自分はもしかしたらと
思い始めていたのだとしても不思議はない。
体がブルッと震えた。
辛い治療と痛み、募る不安感
それら全てを受け入れる覚悟なんか
今の俺が想像できるはずも無い。
彼はその治療に専念するかわりに
囲碁を続けたいと両親に申し出た。
ただ、可能な限り誰かが相手をするように
していたけど、誰も彼の満足いく相手には
ならなかったようだ。
一日の大半をテレビや新聞、雑誌を漁り
対局を見ては自分で棋譜を並べたり
検討して過ごしていた彼にとって、
自分と同じ年のプロになったばかりの
紺里夏以の存在は取り分け大きく
希望だったという。
対局の結果をノートにつけるなど
応援し、また執着していたと。
そして体調が少しでも良い時は
ネット囲碁にハマリだしたのも
丁度この頃からしい。
『兄さん、この【invicta“A”】って人、
紺里夏以だよ』
『え、それってお前と同じ年の
プロって子だろ?
プロがそんなとこで打つか?』
『いや……間違いない、彼だ。
独特な打ち方するんだ。
観てて、ここらで一気にヨセてくるから。
あ!ホラ!』
『へぇ、本当だな』
そう言ったもののお兄さんは
信じていた訳ではなかった。
プロの世界がどんなものか
詳しくは分からなくても
公立高校の囲碁の顧問だった
彼のお兄さんは、部を率いて
何度も大会に出ていた経験から
そこが厳しい世界であることを
少なくとも認知していたからだ。
でも……弟がそう思い込んでいて
満足しているならと口を挟まなかった。
これ以上、弟の夢を砕く必要はないと
慮ってだったが、ある日の事……。
『彼を誘ってみた、全国大会に』
『プロは参加できないよ』
『知ってるよ、それくらい。
でも本人が素性を明かさない以上、
誘っても罪はないだろ?』
『言えないんだろ』
『でも言いたかったんだ、
……僕に会いに来てって』
それは彼にとって
最初で最後の我儘だったのかもしれない。
『真丈……』
彼を諫めなかったのは、あまりに非現実的で
そんな愚行を犯す者などいるはずもないと
高を括っていたから。
だから――
お兄さんは当然来るはずのない
プロ棋士の紺里夏以を会場で見た時、
我が目を疑い、その事の重大さに
全身震えが止まらなかったと
後日家族に話したそうだ。
大会で監督が個人優勝をした話を
自分の勝利のように喜び、
『流石だね、やっぱり紺里君は凄いよ』
それは病気になって以来、
初めて家族が見た……そして最後の微笑み
になってしまった。
僅か享年18歳だった。
俺が聞いてる限り、優勝したことよりも
プロを投げ打ってまで自分に会う事を
選んでくれたっていうのが
真丈さんにとって
一番だったんじゃないかなと思えた。
嬉しかった……ですよね。
そして隣にいる貴方も、でしょう?
全てを聞いた時のその気持ち……。
確認をするまでもなく
監督はその人のことを
好きになっていたんだと思う。
例え会わなくても声で、雰囲気で
人を好きになることは皆無じゃない。
寧ろ想像力が働く分、過剰にのめり込む場合
だってあるかもしれない。
だって大好きな囲碁を非凡な
才能を持った者同士、
そこでどんな会話があって
どんなにか楽しい貴重な時間を
共有していたかなんて
当事者しか判らない心理だから。
どんなに頑張っても過ぎた過去に
誰一人入り込めないのと同じだ。
「……俺は、ゼクスが亡くなった後に
詫び状と一緒にその経緯をお兄さんから
頂いたんだ」
「そそ、アニキとは
それ以来の付き合いらしくって
その流れで教師になったんだったよな?確か」
「へぇ……」
「あ、そだ、写真見る?」
六伽がゴソゴソとアルバムを
出してきて俺は一瞬躊躇ったけど
ふ~と息を吐きページを捲った。
まだ元気な頃の彼。
病床について少し機嫌悪そうな顔。
誰かと対局をしている姿。
そのどれもが、
俺に似ている……気がする。
と、アルバムを捲くる止まった手と
逆の手に監督の手が重なった。
「…………。」
今度は逃げずに机の下で
俺はその指に手を絡ませ
しっかりと握り返す。
(なーに、心配してんですか)
自分でも不思議なくらい
もうそれは気にしていない
どこがでそんな予感はしてたし
最初そうだったとしても
三年近く付き合って尚、
性格も違う俺を通してその人を
見ているとは思っていませんよ。
「見せて頂いて有難うございます」
大丈夫、ちゃんとそう言えますって。
知ってますよ、今の一番は俺でしょ?
だって俺もそうなんですから。
好きですよ、
その人に負けないくらい俺も監督を。
一緒に前に進みましょう。
ね?監督。
GIFT――【毒】
紺里君へ
君を通して僕も同じ夢を見てたかった。
君を知れば知るほど楽しくて
もっともっと一緒に碁を打ちたかった。
ホント死ぬのが勿体無いな。
……あの日、会いに来てくれて
本当にありがとう。
嬉しかったよ。
君からは特別な“贈り物”貰ってしまったのに
返せそうにもなくて、ごめんね。
僕と接することは決して君の為に
はならないと知って近づいた。
君は僕が持ってない全てを持っている。
がんばった分の可能性、成功、そして未来を。
大丈夫、君なら
すすんで行けるから。
きっとね。
だから、僕の事も忘れないで欲しい。
―――それは、
この翌日に監督から見せてもらった
監督宛の彼の遺書だった。
途中からペンの色が変わっていた事、
文が少しだけおかしなところで
改行されている意味を
俺はもう一度読み直して
気付くことが出来た。
おそらくそれは届いたはずだよ。
そうですよね……監督。




