白百合とカサブランカ
タクシーを降りる間際、
「“GIFT”っていう意味を知ってる?」
監督の突然の問いに、
「……贈り物とかそんなんでしょう」
俺はそう答えた。
「お前らしいな」
その時の口角を上げて薄く笑った
監督らしからぬ笑い方が酷く印象に残った。
――違う、のか?
タクシーを降りて向かった先は
なんとか霊園と書かれた小高い丘。
何を質問していいのか
分からなくなっていた俺は
監督と同様無言でその後をついて行く。
監督の手には白百合と線香、
俺はソレから目が離せなかった。
「もう少しで着くよ」
「…………あ、はい」
「よ、遅かったじゃん」
下方ばかり見ていた俺は
急に声がして驚き顔を上げた、
が……再度、それ以上に驚く羽目に
なってしまった。
「!!」
それはあまりにも
意外な人物が立っていたからだ。
「お、待っててくれたんだ?」
先生の軽い声に、
「バーカ、んなわけねーじゃんよ。
ただ、いっつもアンタが先に来てっから
遅せーなって」
「それを待っているって言うんだよ?
六伽君」
墓前の前に立っていたのは
カサブランカを供えていたのは……。
あのヤンキー高の元監督兼生徒だった
その人だった。
「で、今日はツレいんのか?
アレ、ソイツ確か……」
「ラギ高のマネージャーです」
「ああ、そうそう。
今日学校休みか?」
「……そんなとこです」
「ふーん、そか」
それ以上は興味が無いらしく
何も突っ込まれずに済んだ。
その間、監督は白百合を墓の前に
横向きに置き手をあわせていた。
「アンタもマメだねぇ~センセ」
「そういう君も仕事休んで来てんだろ?」
「俺の場合、自由きくしな」
「今日お兄さんは?」
「アニキはテスト制作前らしくってさぁ、
今日は残業になるから来れそうにも無い
っつてたな、明日来んじゃね?」
「そうなんだ、宜しく伝えといて」
「ほいよ」
「…………」
二人の会話に入っていけない。
何を話しているのか、
全く理解できていなかった。
ただ、一つ確信的に言えるのは
俺が以前二人で話しているのを見た時より
随分親しげな間柄になっている事くらいだ。
何?
何なんだ?
突然聞かされた
プロを辞めた引き金の人の死。
予期せぬ登場人物。
二人だけの会話。
それとも蚊帳の外の部外者は
……俺なのか。
「おいで、岩倉」
監督に手招きをされて
墓石の前に立った。
「この墓が“ゼクス@GIFT”」
それは……流れで大体分かる、けど……
チラッと六伽を見遣ると、目が合った六伽は、
ああ俺ねと笑った。
「俺のその“ゼクス”こと六伽真丈の
弟、六伽弥勒てーの。
因みに、ゼクスっていうのは
ドイツ読みで“6”な」
「……弟」
「そ、最初おたくのセンセと会った時、
やたら絡んでくる変な奴だと思ったら、
アニキのこと色々知ってるしさ。
そういや墓で何回か会ったことを思い出して
ちょくちょく話すようになっての関係、
だよな?センセ」
「うん、彼にはもう一人のお兄さんがいて、
その人は都立の教員なんだけど、その前から
ゼクス絡みで話してたから。
六伽と聞いた時に、珍しい苗字だし
まさかと思ったけどな」
戸惑っていることに
漸く二人が気付き今度は俺に
話しかけるような会話が始まる。
「どーせ、学校サボってんだろ?
だったら実家近いし、寄ってく?
茶くらいなら俺でも出せるし」
俺もよくやってたからなぁ~と
したり顔で俺にウィンクしてきた。
監督は俺を見て、それから六伽に頷いた。
実家に着いて二人は
思い出話を交えながら更に
深い話をしてくれた。
【ゼクス@GIFT】=六伽 真丈さん。
彼は祖父の影響で囲碁が好きで
将来プロ棋士を夢みていたのだという。
その腕前も幼い頃からその祖父と
碁会所に通いつめた成果もあり、
その界隈では相当有名だったらしい。
当然プロを目指していた彼は
小学生の時に院生試験を
受けることになった。
所が皮肉な事に院生試験前日、
数日前から調子が悪かった彼は
たまたま行った病院でその病気が発覚、
即入院することになった。
その病名は教えて貰ったけど
長い病名でどうしても覚えられなかった。
ただ難病指定で特効薬も無く手術の適応外、
つまりは……そういうことだ。
余命を数えるしかない病気だと
聞かされた家族はどうやって
それを下された本人と
接していたのだろうか……。




