喪服
「こっち」
声をかけられて振り向いた先に
監督がいた。
「か……」
言葉に詰まったのはその姿。
何時もの寝癖のついた髪を綺麗に整え
何時ものダラッとした服はキッチリとした
―――喪服だったからだ。
「……来てくれてありがとう」
「い、いえ」
前に私服を見た時も驚いたけど、
今回は比べモノにならない位。
その黒のスーツは監督の
容姿を引き立てるには充分過ぎる
代物だった。
あんなに見慣れている人なのに
別人に見える程、凄く格好良くて
全然見れない。
(監督ってこんなに男前だったんだ。
顔で好きになった訳じゃないから
全然気が付かなかった)
普段からこうしてれば……
いや、ダメだ。
それってライバルが
増えるだけじゃないか。
いくら監督が女の子に興味がないといっても
女子がほっとかないだろうし
それを見てなきゃいけないとか絶対イヤだ。
うん、俺だけが知ってればいい、
学校では目一杯ダラけているべきだと
強く思い直した。
「岩倉?行こうか。
タクシー待たせてるから」
「す、すみません」
監督は自分のことを嫉妬深いとよく言うけど
俺もその点に置いては負けてないかもしれない。
タクシーに乗り込み数分経った頃、
監督は静かに口を開いた。
「今日の休みは前から予定していたんだ」
「ええ、毎年ですからね」
「……知っていたのか」
車の窓に肩肘を付いて
外を見たままの監督の声が溢れた。
そりゃ恋人の事ですからと言葉にするのは
タクシーの運転手が居るこの空間じゃ
流石に憚られますか。
「何で喪服なんですか?」
運転手に一声かけて少しだけ窓を開けた
監督はゆっくり話し始めた。
「前にさ」
その声は穏やかだった。
「俺がプロを辞めた経緯、覚えてる?」
「うん」
「ゼクス@ギフト、彼の命日なんだ」
「え?」
驚いた。
誰かの命日か何かとは思っていたけど、
まさか今頃になってまた、その名前を
聞くことになるとは思わなかったからだ。
固まっていると目視をせずに
探り当てた俺の手に監督の手が重なった。
「以前聞いた時、会ったことないって
言ってませんでしたか?」
アレは嘘だった?
「嘘はついてないよ」
俺の心を読んだように即答した監督。
「でも、いま――」
「会ったことはないんだ。
生きている彼とはね」
「!?」
「あ、運転手さん、後二つ目の信号を
右折してくれませんか?
三百メートルくらい行った辺りで
花屋があるんで一旦止めて下さい」
「了解しました」
手馴れているのは、今までに
何度も来た証拠。
不意に絡ませてきた指に
一瞬逃げそうになったけど、
監督の力が強くてそれが出来なかった。




