引率のお仕事とは
やってきました、春の北海道。
うちの修学旅行の三泊四日の日程は
主に旭川東藻琴の芝桜公園芝桜まつり、
美瑛、富良野、旭川動物園~網走刑務所等々
移動距離も半端なく中々詰め込んだ内容だ。
丁度春スキーが終わった辺りなので
観光は一段落とか聞いてたけど、
そこは流石に北海道、人多い!
という訳で目下、送迎バスで移動中。
「もう~ヤダ、先生ってばぁ」
「いやいやマジなんだよなぁ~ソレが」
「キャー!あははは」
「でさ、これ続きがあるんだよ」
「うそでしょう!?」
「マジマジ」
「………………………………。」
同じバスだな、とかボソリと
俺の脇をすり抜けながら言われた言葉に
ドキッとしたのに蓋を開けてみれば
何だコレは……。
発車してからずっと
バスの最後尾で女子に囲まれての
キャッキャウフフの笑い声が絶えない。
本来、教師のお仕事といえば
前の席に陣取って教師同士一緒に座り、
行程の確認とか生徒の様子に
気を配るのでお忙しいでしょうに
この人は何やってんだ。
男子達は羨ま……呆れた様子で
眺めてるし、担任の先生からは、
「紺里先生、セクハラは駄目ですぞ」
とか注意を受けている。
「紺里のヤツ何しにきてんだよ」
「さぁ、ナンパじゃないかな」
と、とぼけてみたものの、
隣の門野が紺里ってスゲー女好きで、
もしかしたら女子高生狙いで
高校教師になったとかないよな、と
ぼそぼそ的外れな推理を俺に囁く。
成る程~有り得るな、とか
テキトーな相槌を打ちつつ
心の中では女に興味ないからその人と
否定していた。
……そうは分かってるけど、
だからって女の子を両側にはべらせて
楽しげに話して良い理由には程遠い。
仮にも恋人の俺が見てる前で。
トイレ休憩で降りた時に
なにサボってるんですかと一言。
「ホラ、ここのクラス担任男だろ、
一緒に座ってるとお前が妬いちゃうと
思ってさ」
などとフザけた返事が返ってきた。
定年近くの子持ちのオッサン相手に
俺が妬くとお思いか!
「ハイハイ自制しますんで、
所定の場所に戻ってどうぞ」
「了解」
どうやら大人しく正規の位置に
座っているのは分かったけど
その担任の横で、くかーと寝ている。
コラコラコラ……。
大人しくしてろ的なことは言ったけど
寝ろなんて一言もいってない。
先生、先生起きて下さいって
時々担任が小声で揺さぶっているのが
見えてるんだけど。
担任は俺たち生徒より引率(疑)の世話の方が
どう見ても忙しそうだ。
てかね、
よく隣でガイドさんが喋ってるのに
熟睡できるもんだ……薄々は感じてたけど
うちの学年の引率チョイス問題ありというか
かなり軽視されていると言わざるえない。
あんな自由人にだけは引率されたくないと
うちのバスの乗車している殆どの生徒が
思っているに違いない。
……彼氏じゃなきゃ、
その姿を写メって後日校長にチクって
やりたいところだ。
「旅行初日にしてもうお土産か?」
俺が一人になるのを見計らい
監督は大あくびしながら横に来て
話しかけてきた。
「散々寝てたくせにまだ眠いんですか?」
「え?俺、俺寝てないし。
だいたい引率の教師が寝るわけないじゃん」
なんて見え透いた嘘を……。
そう言い返すのは簡単だが、
例え証拠の動画を突きつけた所できっと
ソレは俺じゃないとか平然と言い張るだろうな、この人。
そう思うと、もうバカバカしくって
反論する気にもなれない。
「じゃ……俺の見間違いですかね」
「で、ソレお前の趣味?」
「いえ、たまたま日野がこういうの
欲しいとか言ってたの思い出したから、
代わりに買っておこうかなぁって」
「わざわざか?
本人に知らせてやれば済む話だろ」
「でも買って行った方が早いし」
「……まだそんなに気になるんだ」
トーンがぐんと一気に下がったのが分かる。
「幼馴染だしそれは」
「ふぅん」
面白くなさそうな監督の呟きが聞こえた。
それはそうだろう。
監督がヤキモチ焼きなのは
出会った時から変わっていない。
他の男とちょっと話しているだけで
邪魔してくる習性は健在で
時に面倒くさく困りモノではあるんだけど。
自他共に認める独占欲は
愛されているという唯一実感出来る代物で
嬉しくもあるんだよね……これが。
特にトシの話に及ぶとそれが顕著になる。
初恋相手だったトシの事を
俺が今はもう何とも思ってないの
知っている筈なのに、その名前を出す度
機嫌が悪くなるんだ。
つまりトシの名前を連呼するのには
無論そういう狙いがあるわけだが……。
「…………。」
ダメだ、ここで仏心を出しちゃ。
少しだけ沸きかけてきた罪悪感を
振り払った。
辺りを見回すと何時の間にか
監督の姿は消えていた。
しめしめ効いてるな。
……さっき俺に妬かせたお返しですよ。




