特殊な人との上手な付き合い方
続きは明日
「ハイ、これ部費の報告書」
「うん」
「これ先月の対戦記録と今月からの
練習メニュー予定表です」
「どうも」
「じゃ、俺部室行くんで」
「リョウカイ」
職員室のドアを閉めて溜息が出た。
最近俺達は、こんな調子のやり取りが
通常化している。
何をやってるんだかと
人に言われるまでもなく
バカバカしい事だと思っていても。
―――他に方法が分からないんだ。
『距離を置こう』
相手からそう言われてしまって
恋愛経験ゼロのこちらから取る態度は
極端に制限がかかってしまい、
文字通り手も足もでない状態だった。
「はぁ……。」
最近出るのは溜息ばかり。
授業中も部活中も家に帰っても
監督のその一言がずっと頭の中を
グルグル回ってる感じで。
相手から好きだと言われ
自分もまた好きになって、
どうしてすんなりハッピーエンドに
ならないんだろ?
監督が何を考えているのか
全く分からない。
何が足りないって言うんだよ。
人のことは疑うくせに
自分のことになると誤魔化すとか
全然フェアじゃないだろ。
それとも、
ひょっとして世の中の皆がこう?
恋愛するにあたって時々
こんな風に距離を置いたりするなんて
日常茶飯事で驚くこと自体バカなのか?
でも、それって何の為に?
考えれば考えるほど
深みに嵌っていく感じだ。
「はぁ……。」
トシを想っていた時より両想いのはずの今の方が
断然キツく感じるのは、認めるのも腹が立つけど
それだけ俺があの人に本気になってるからだ。
相手があんな人でなければ、
もっと楽に……
「………………。」
……もしかしたら、
問題はそこなのか?
よく考えてみると、相手はあの監督だ。
他の人と比べてどうする、
あの人は明・ら・か・に特殊だ。
結構大きな理由じゃなくないか?
いーや、どう考えても
……それこそが最大級の要因だよ!
こっちが常識的に考えるから
空回りするんだ。
もっと別のアプローチを考えないと
あの変人にはついて行けない。
監督といいトシといい、
俺の好きになる奴って
アクが強すぎっていうか……。
はぁぁぁ、なんかつくづく
俺って男運ないな……。
「取り敢えずは信じています。
それで手を打ちませんか?」
少し早めに向かった部室近くでウロウロしていた
監督を発見しそのまま中へと引きずり込んでの
俺の一言にプッと吹き出されてしまった。
「中々斬新な提案だな」
監督は余程おかしいのか
お腹に手を置いたまま、
まだクスクスと笑い続けている。
「だって監督が何を考えてるのか
俺には全然わかりませんからね。
……それじゃいけませんか?」
「いんや、いけなくない。
思惑通りというか、俺の期待以上の
成果あったみたいだし」
「思惑……?
つかぬことをお聞きしますが、
まさかあの日、言ったこと全部嘘とか
言い出しませんよね?」
だとしたら軽く数発殴りますけど。
「さぁ、どうだろね。
多少の脚色はつけてたり、全部が全部
本当のこととは限らないかもしれない」
「日本語おかしいでしょ、その第三者的な言い方。
本当じゃない部分が混じっているなら
ソレってどの辺りなんですか?」
「うーん……どこだろうね~」
だからそれを言えって言ってるんですよ!
「重要なことです」
「そうかなぁ。どのみち所詮過去だろ」
「……じゃ、何で喋ったんです?
黙っておけばとか考えません?普通。
俺が気にするとか思わなかったんですか」
おおっ!と手のひらを拳で叩き
気が付かなかったと言わんばかりの
ゼスチャーが一々芝居ががっててイラッとした。
なんか……
ホント、この人にそういうの期待するのが
段々バカらしく思えてきた。
「ま、どーでも良いから話したんだよ。
過去を引き摺ってもロクなことねーし、
後ろも前も見ながら生きるとか疲れて
仕方ないだろ?俺、気楽にゆるーく
人生送りたいんだよねぇ」
「既に充分テキトー人生じゃないですか」
「あはは」
思うに全部が本当ではないと
監督は言ったけど多分それは違うだろう。
何となくだけど殆どが本当で
俺の思い悩んでる態度にこの人なりに
配慮してくれてのことだと思う。
そう思うのは監督が俺にそういう類の嘘を
ついたことがないからだ。
――監督が本当に例の人を好きだったのか
どうかは分からないし、いま知る必要は
無いのかもしれない。
俺だってついこの前までは
別の奴を好きだった。
その俺が自分だけは信じて欲しいと
一方的に相手に望むのは随分虫のいい話だ。
だから、
俺が聞きたがったから隠さず話してくれ
その上で過去だと言い切ったその言葉と、
俺を好きだと言ってくれた監督を信じよう。
「それにしても監督って
マジで先生に向いてませんよね。
生徒相手に色々こんなこと喋ったり」
「お前じゃなきゃ言わないし」
え?
「お前が心を見せてくれてる分だけ、
ちゃんとお前に“俺”を教えてるよ。
アレだってそうだよ、過去だから話した。
今お前しか眼中ない、それは現在進行形だ」
ちょっと……待って、クダサイ。
いきなり何かサラッと
胸にくる様な言わないで。
不意打ち過ぎて受け止め方分からない。
笑いながら言うから
真実味が半減するんでしょーが。
くやしいけど全てはこの人の手の内で
躍らせられてる気がしてならない。
嬉しいと?
それともありがとうございますと言うべき?
それとも――
「どした?岩倉」
「ちょ、いま喋んないでくれませんか」
「……どうして?
じゃさ、その真っ赤な顔にキスしていい?」
「ダメですっ!!」




