分からないなら
「何処の誰かは分からなくても
男で同じくらいの年ってことは確かだったよ」
「何で分かるんですか?」
「一度だけ声を聞いたから」
「え?」
俺は驚いて監督を見返した。
「その夜、もしかしてと繋いだネットで
彼から音声チャットの誘いがあってさ、
聞こえてきた声は少年のものだった。
『優勝おめでとう。
あの石は見事な捨て石だね。
あんな所に打たれては
誰もなかなか踏み込めないよ。
僕も危うく騙されかけたしさ
肝心要の“カナメ石”だって。
本当やっぱり君は凄いね、紺里君』
……まだ情報も出ていない筈のその日にな」
「完璧、身バレしてますね。
ていうか、そもそも最初から
知ってたぽくないです?
そもそもチャットのくだりだって
胡散臭さ満載でしたしね。
普通、話の流れ的に如何にも囲碁部に
所属してないって分かるだろうに、
そこはガン無視した上で
明らかに誘導してたじゃないですか」
監督は無言だった。
「……他、には何か言ってました?」
「ん?それだけだ」
「は??たったそれだけ?」
「うん、それが奴と話した
最初で最後の会話だ」
「名乗り出なかった事情は?」
「聞かなかった」
「何故!?聞けばいいでしょう?
聞く権利、あるじゃないですか。
その人、監督にプロまでやめさせて大会に
引きずりこんでるんですよ?
ね……やっぱり
嵌められたんじゃないですか?」
「さぁ?ネット上では本名は伏せてたし、
全国大会の登録メンバー表にも
見知った名は無かった」
「でも、相手は知っていた。
自分が誘いをかけてる相手が紺里夏以で、
本来参加できる資格のないプロである事も全部」
でも相変わらず監督は眉一つ動かさないで
俺の話を受け止めているだけだった。
沈黙の意味は俺なんかに
指摘されるまでもないってことか。
考えに考えたはずだ。
それこそ色んな可能性を、ずっと。
それで監督は自分の中で
どんな答えを出したのか知りたい。
「プロ辞めたこと後悔してるんですよね?」
「そうだな。
後悔していないといえば嘘になる。
ガキとはいえ軽率な判断だった」
「じゃ、もし過去に戻れたとして
今度は躊躇なくその誘いを断りますか?」
意味の無い問いかけだとは
重々承知している。
でも、ちゃんと聞いておきたかったんだ。
自分の中で納得しておきたかったんだ。
「分からない」
その予想に反した答えと
即答に近い早さにカチンときた。
「はぁ??何ですか?ソレ。
だっておかしいでしょう、
後悔してるって言ったじゃないですか」
「……だとして、
ただ誤解の無いように言っておくけど
彼が頼んだわけでも脅迫してきたわけでもない、
俺が勝手に決めたことだから」
何で?
……この後に及んでまだソイツを庇うの?
“ずっと思っていたヤツを
そう簡単に気持ちは変わらないだろ?”
今なら何故それを口にしたのか
理由がわかる。
知りたくもなかった……そんな事。
「自分がそうだからですか?」
「ん?」
「俺の気持ち、ずっと疑ってますよね?」
俺がまだトシを引きずってるって体を
崩さないのはそういうことか。
監督の中にはずっとその人がいて、
だから俺の事だって同じだと……
それじゃ他人なんか信じられる訳が無い。
「……岩倉」
「それって監督こそが会えなかった、
その人にまだ囚われてるから
なんじゃないですか」
「…………」
違うと言って欲しい。
何時もみたいに茶化して笑い飛ばして
何言ってんだ、お前馬鹿かって。
監督は笑った。
けど、それは俺が期待していたものとは
かけ離れ過ぎていた。
監督は、ただ静かに笑っていただけだった。
それは否定?それとも……肯定?
どっちですか?
ハッキリ否定して下さいよ!!
「俺、帰ります」
「ご飯……」
「食うか!馬鹿っっ!!」
「何?」
翌日、部室に荷物を置いた後、
職員室に寄って部活に行く前の監督を
あまり使われていない校舎裏へと
引っ張ってきた。
「昨日は変なこと言ってすみませんでした」
帰って頭が冷えたら自分がかなり突っ走って
言いすぎたことを反省した。
でも頭を下げたのは、なにも納得し
全部事情を飲み込めたからじゃない。
ただ取り敢えず自分が悪かったとこは
謝っておきたい、そう思ったからだ。
「それと何度も言ってますが、
俺はトシ……日野はもう関係ないです。
あと何回言えば信じてくれますか?」
「分かってる」
「分かってる?本当に?
じゃ何で日野といる時、距離を取るんですか?」
「…………。」
「俺……特別取り柄も何もないし、
昨日言ってた人みたいに囲碁も出来ない。
何で俺なんですか」
あーもー何か、何で涙とか出るんだよ。
「好みって言ったと思うけど」
「どこがですかっ?
何処にでもいるようなフツーの奴なのに」
「普通で良いんだよ。
それとも俺の中で特別なだけじゃ不満か?」
「俺なんか……っ」
余計なことが色々引っかかって
素直に頷けない。
これじゃまるで俺の方が監督を
好きみたいじゃないか。
「なぁ、岩倉……少し距離置く?」
「ど……どうして?
俺の話聞いてました?」
「聞いてるよ、お前の話だけはいつも」
酷く優しい声でそんなこと言われたって。
「だったら!なんでそうなるんですか?」
「今まで少し強引すぎたかなと
反省してるんだ」
「今更」
「――お前、本当に俺のこと好きになってる?」
「…………。」
はぁ?
何???
何言ってんの?
今、それ監督が言うわけ?
俺の話全然聞いてないでしょう?それって。
「……自分が、本当はそうじゃないから
俺に聞くんじゃないですか?」
「そう思ってる間は何を言っても無駄だろ?」
「っ!!も、いいです」
自分のことは棚上げでまるで俺の方に
問題があるかのような言い方は卑怯だ。
俺は制止されないのを良いことに
そのまま俺は逃げ帰ってしまった。
荷物も置きっぱなで部活サボったけど、
今日まともに業務をやれる自信がなくて。
一人しかいないマネージャーがいなくて、
みんな困っているかもしれないのに。
譜都先輩あたりは心配してくれてたり
するのかもしれないけど、
トシや白刀田先輩は……明日
殴られるかも。
そして、
監督はきっと何事もなかったように
欠伸をしながらうたた寝でもしてることだろう。
「……クッソ……」
腹が立って仕方がないけど
それでも認めるしかないじゃないですか。
本当は知りたくもなかった話を
最後まで聞いたのも、それに対して
こんなにムカついているのだって
全部監督が好きだからですよ。
分かってくれてると思ってたのに。
何で疑う?
何で信じてくれない?
『――お前、本当に俺のこと好きになってる?』
ソレ……どっちがですか。




