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特別な存在

「最高に楽しかったよ、ソイツと打つの」




「…………。」



そんなの、


わざわざ言わなくってもその顔で分かるから。




「だから――」




と、言いかけて監督は

急に押し黙ってしまった。




“だから”




それは接続詞としての役割上、当然

続く文章が用意されていて然るべきなのに

監督によって強引に切られたようだ。



多分それがいつものような俺を試す為の

含みを持たせたという類のものなら、

この際そっちの方がまだマシだった。



でも、何となくだけど分かるんだ。



コレは……違うって。





それがさっきからずっと嫌な予感が

止まらない理由だとしたら。





だ、か、ら―――俺は、迷っていた。




監督が言いたくないのであれば、

これ幸い敢えて聞かなくて良いじゃないか

という思いと、ここまで来て

うやむやになるのは嫌だとのせめぎ合いが

もう何度も自分の中で生じては消えている。




そして、出した俺の結論は、




「……言って下さいよ、

流石にそこで止められると気になります」




こっちは心の中の不安を無理やり無視し、

極力平静を装いながら聞いてるんです。



監督も見せてくれたって良いでしょう?

その奥底にある貴方の本心とやらを。



「監督」




ただし―――



俺の燻りを確定に変えないで下さい、

とは口が裂けても言えなかったけど。







監督はじーっと暫く俺を見ていた。



それにどういう意味があったのかは

俺には分からないし、聞こうとも思わない。



ただ、そんな態度にムカついて

逆に俺は微笑み返してやった。



思えば監督にこんな風に笑い返したのって

何時ぶりだろう、最近じゃ怒ってばかりで

笑った記憶が殆どない。



……今だって笑いたくて

笑っているわけじゃないし。


アレ?そういえば、そもそも楽しくて

心から笑ったことあったっけ?




それもこれも、現在進行形でも

全てこの人が悪いんだけどね!?





「俺達は――」



変なことを考えていたから、

急に喋り出した言葉に驚いて

意識を慌てて監督へと戻した。




「取り決めしたわけでもないのに

お互いの高校のことも素性も

明かす事はしなかった。


知らないからこそ何の気負いもなく打てる、

それが良いと思っていたし

何となく同じ高校生で碁が好きな者同士、

それ以上は必要なかったし。


そう、あの日までずっとな。


いつもの様に打ち終わって

チャットで検討してた時だった―――



“エース、君の学校

今年の全国大会に出れそう?”



“去年までは毎年出てるみたいだったけど

強い先輩が卒業したらしいし、どうだろうな”



“君の場合、本命は個人戦だろ。


僕達の学校も今年全国へ行けるレベルだから

番狂わせでもない限りはもしかしたら

会場で直接対決も有り得るかもね”



“いや、俺は無理だ”



“それは謙遜?君の実力なら絶対だろ”



“ゼクス、君は出るのか?”




“会えるの楽しみにしてるよ、エース”




俺はプロだから参加資格がないと

言えば良いのに何でだろうな、

出なかったんだよ、その言葉が」




「……それで?」



監督の顔をなるべく見ないようにしながら

続きを急かす。



「その話が出てたのはそれっきり。

予選が始めまる数ヶ月前には準備があるから

もう来れなくなると言われてから後、

奴をネットで見掛ける事はなくなった」




「一度も?」



「ああ。それから先は

さっきお前に話した通りだ」



「通りって」



何だよ、ソレ。


とどのつまり、その人と会う為に

プロを辞めたってこと?




「本気で言ってるんですか!?

たったそれだけの理由?

ネット上で知り合った単なるゲーム友に

会えるかもしれないとかそんなレベルで?」



わざわざゲームというワードを

使ったのはプロと天秤にかける程の価値が

あるとはとても思えない、との

嫌味を込めた強調の意だった。



だって、そうだろ!?




「ソイツと打つ為にはその手段しかなかった」



でも監督は否定もせず怒りもしないで

流したことに更にイラッとした。




呆れた、とんだ大バカだこの人は。




今だって空想で碁を打つくらい好きなくせに

そんな大事なものを引き換えにしてもいい程

特別だったってワケ?


もう理由なんか

一つしかないじゃないですか。



監督、それってまるで……。



まさかこの期に及んで単にどうしても

その人と碁を打ちたかっただけとは

言いませんよね。










俺は大きなため息をついた。



「当日、皆の憧れの的のプロだった人が

いきなり現れたら会場って

さぞや大騒ぎだったでしょうね」




「一応、その辺は顔を知られていたから

周りに配慮して一見俺とは判らないように

髪を切ったりガネも掛けたりと変装はしてた」



「意味あるんですか?ソレ。

超有名人だったんでしょう?

すぐ分かりますよ、そんなの」



「大騒ぎというか確かに会場に入った途端、

一瞬静まり返ったかな」




裏を返せば、皆にとって監督がそこにいる

自体、我が目を疑うほどの信じ難い

異様な光景だったってことじゃないですか。



「噂も当然出てたんでしょう?」



「何人もの奴に質問もされたし、その都度

同姓同名の別人でよく間違えられるとか

テキトーに言ったけどさぁ」


「いやいや、そんなのに誤魔化されませんって」



「まだ関係者以外、正式にはまだ

公表されてなかったから半信半疑って

トコかもな。

それでもしつこい奴にはメンドクセーから

此処に対戦しに来たのか、お喋りに来たのか

どっちだ?って言ったら流石に黙ったよ」



意外というか、昔の監督って

そんな感じだったんだ。



「それで、目的の人との対面は

どうだったんです?」




「さぁ?」




「まさか……会えなかったんですか?」



「うん」



「うん、って……

会場にいなかったとか?」



「うーん」



「ちょ、意味が分かりません、

相手が名乗り出なかったって事?


……だとしたら最悪ですね、その人。


人をそそのかした挙句、自分の正体は

明かさないとか卑怯でしょう」



「事情があったのかもな」



「正気で言ってるんですか?監督」



「人には色々あるし」




「へぇ、一体どんな根拠で?

男か女かも分からないそんな相手ですよ!?」



ムカツク。

どうして俺が興奮しなきゃいけないんだ。



あまりに長いので分割。

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