やさぐれウサギ
「……論点がズレています」
「あ、気付いた?
ままま、そこは置いといて」
「何処に置けば良いんでしょうね」
「もー細かいんだから」
「…………」
「嘘だって」
それにしてはいやに具体的だったんですけど。
もっと気楽にいけばいいのになぁと
笑う監督にその場は濁されてしまった。
いや、笑えませんよ、全然。
どういう意図でそんなことを持ち出したのか
分からないまま、その時抱いた気持ちは
わだかまりとして俺の心にくすぶってしまった。
昼一番の授業はまったりとしていて
あちらこちらでうたた寝している中、
俺は昨日監督から言われたことを考えていた。
「お前らの弁当の中身は睡眠薬入なのか?
もしそうならママに明日からは
少し量を減らすよう言っとけ」
俺がトシのことであんなに
監督に気を使ってるというのに、
ったく気を引く為になのかは知らないけど、
あそこまで言うかなフツー。
「寝てる奴!テメーら良い度胸だな、
聞かなくっても百点取れるってか!」
だいたい普段寝てばっかりでまともに
人の話も聞いてないくせに。
「こうなったら俺は今晩奥さんに
アドレナリン注入してもらっちゃうぞ。
俺の奥さんはなぁ看護師なんだ。
いいぞ~ナースは、大抵の事には動じねェ。
あーんなことやこんなことまで
余裕で応じてくれんだぜ、どーだ羨ましいか!」
しかもトシの話題にだけ
いつも反応してくるんだから。
いい大人なんだからそんな事くらいで
一々動じなくても良いだろうに……
「オイオイ、またか?
先生その話、優に百回は聞いたぜ」
「ちょっと、また夜の話?
やめてよセクハラ~」
「黙れ、クソガキ共!!エロ話じゃない。
家族愛の話だ!!女子も参考になるぞ。
俺は今から全員起きるまで語り尽くす!
そもそもの出会いはだな――」
平気でエロいこと言ったりするくせに
根本的なこと信用してないとかおかしいだろ。
あんな話ふった後で笑うとか感性を疑うよ。
「って、そっから!?マジ勘弁しろよ」
「先生、それ以上喋ったら
教委会に匿名メール送りつけるわよ」
「ヴァーカ!!そんなのが怖くて
今時教師なんぞやってられっか!」
なんて……大人気ない人なんだろう。
あれは単なる逆ギレ発言だったとしても
大人なんだからもっと言い方あるだろ。
一体どんな育て方をされたら
あんなテキトー人間が生成されるのか
知りたいような、断じて知りたくないような、
や、断じて知りたくないな。
……でも、
でも、もしあれが本当の事だとしたら?
俺はその人の身代わりなのか?
いや、絶対違う。
アレは監督のハッタリだ、
本気にするとか馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「あの~紺里先生は?」
部活の時に渡そうかとも思ったけど
いつものらりくらりやってくるし、
マネージャー俺一人だから雑用で忙しく
そうそう監督ばかりには構っていられないから
早めにと思って職員室に来たわけだけど。
中に入ってキョロキョロしてると
体育の長嶺先生が、お~どうしたぁ?
と声をかけてきた。
「あ~?岩倉か。
なんだ、サッカー部の用事か?
先生は今日午後から休みだぞ」
「はぁ……そうなんですか」
なんで言わないかな、あの馬鹿監督。
ったく、休みなら昨日のうちに
言ってくれれば入りたくもない職員室に
来なくて済んだものを。
本当にズボラなんだから。
「因みに病欠とかじゃないんですよね」
「ああ、違う違う。
確か結婚式に出席するとか言ってたな」
……え?
「い、ま何て?」
言ったんですか?
「ん?結婚式だってさ。
なんでも学生時代の友人らしいぞ」
“お前は受け止められんの?”
―――あの話、本当なのか?
「はぁぁぁ」
家に帰っても気になって仕方なくて
部屋でケータイのディスプレイを見つめたまま
固まること一時間。
例のヤンキー監督とのメアド交換を
チクチク言ってたら、お前が教えてって
言うの待ってたとかなんとか言って
一応、監督のメアドを教えて貰ったものの
キッカケがなくて一度もメールした事なかった。
どうしよう何てメールする?
(結婚式出たんでしょう、どうでした?とか?)
……わざとらしいかな。
(高校の友人って仲良かったの?どれくらい?)
これじゃ、嫉妬まる出しだ。
あー何やってんだ!!俺らしくない。
今日連絡もしないで休んだことを
ガツンと言ってやればいいんだ。
そうだよ、迷惑掛けるなって、
それで……あと何となく聞き出せばいいじゃん。
その勢いのまま、メールに
愚痴を書き連ねて送信を押してやった。
返事が中々帰ってこなくて
あまりに力を入れていたせいか
ケータイを持つ手が痺れてきた頃ようやく
画面が光った。
そこに文字はなく耳たれウサギが
欠伸をしてるイラストが表示された。
(????眠いってことかな)
“眠いところスミマセンね、
明日が休みなので今日言っておこうと
思ったんですよ”
表示:咥えタバコのウサギ。
“意味がわかりませんよ、
監督、煙草吸わないじゃないですか。
それともそんな気分って事ですか?”
表示:グラサンを掛けフテ寝したウサギ。
どんどんやさぐれていくな……
横着せずにちゃんと文章打ったら
どうなんですか?と書きかけて全文消去した。
それだけショックを受けていて
まともに話す気分じゃないって言いたいのか?
そう思うとこっちまで落ち込んでくる。
“結婚式だったんですよね。
疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?”
この二行を打つのに何度も修正しまくって
十分も掛かってしまった。
返信が無い……寝てしまったのかな。
……俺はどんな返事を期待していたんだろ。
こんなんだったらメールしなきゃ良かった。
ピロッロロ~
後悔し始めた頃、再びケータイが光った。
「え!?」
俺は画面を見た瞬間あまりの驚きに
思わず声がでてしまった。
表示:“明日俺の家に来ない?”ウサギ無し。
そう、書かれてあったからだ。




