未完成即興曲
「ららら~らん」
鼻歌を歌ってるのは生徒でも
ましてや俺でもない。
恐らくは自作の即興曲であろう
調子外れの曲を披露をしているひと、
ご紹介しよう、我がサッカー部の紺里監督だ。
ええ、そうです。
うちの顧問の監督様です。
朝からずっとこんな調子で
段々自作の歌が鼻歌から
なんとちゃんとした完成した曲へと
変化しつつあるくらい繰り返している。
「オイ秋一、監督よぉ、
なんか歌ってねぇ?どうした?」
その質問は今の日野で七人目。
何故、みんな俺に聞く?
直接本人に聞けばいいのに。
どうせ気にはなっても、あの面倒くさい人に
関わるのが嫌なんだろうけど。
「…………さぁ?」
―――聞かなくても理由が分かる自分が嫌だ。
今日は月に一度、例のヤンキー高の
チームが練習試合に来る日。
つまりあのお気に入りの生徒監督が
来校してくるのがよっぽど楽しみらしい。
まさか皆にそんなフザけた理由がいえない俺は
ただただ、宝くじでも当たったんじゃ
ないかなぁ?と誤魔化すしかなくて。
「なんかあったか?今日」
その人と譜都キャプテン、俺以外は
交流試合自体、忘れているメンバーが
殆どなのに。
しかーし!
待てども待てどもその肝心の
ヤンキー軍団はなかなか姿を現さない。
既に約束時間は優に一時間を
過ぎても、一向に来る気配も連絡すらないって
どういうことだよ。
アレ?ひょっとして約束明日でしたっけ?と
譜都先輩と相談し始めた頃、
「~~~っス」
超ダラ~~っと気怠げな態度で
ヤンキー御一行が漸くお出ましになった。
(遅れに遅れて来て、その態度はなくない?)
しかも、やる気があるのか無いのか
遅くなりましたとかも特になく
兎に角、来たからイイっしょ?的なノリは
流石に監督も一言いうかと思いきや、
「おおお!来たな、大丈夫だったか?
道混んでた?」
注意するどころか真っ先に向こうの監督に
話しかけてヘラヘラ笑っている。
……皆チャリだから
道の混み具合全然関係ないでしょーに。
「ええ、すっごく」
「…………」
反省の色なし、と。
その時、改めて向こうの生徒兼監督の顔を見た。
可愛いとか童顔とかって監督は言ってたけど、
確かに目鼻立ちの整ったキレイ系ヤンキー
なだけで取り立てて童顔には見えないし
どう見ても年相応じゃないか。
監督の好みやその範疇が皆目見当がつかない。
もしかしてあの人目が悪いのかも。
だって……
この人みたいに俺は美形じゃないし。
って、比べてどうすんだ。
ハァ、どうでも良いだろ、そんなこと。
馬鹿馬鹿しい。
「良かった、来て」
譜都先輩は事故にでもあったのかと思ったよ、
と肩をなでおろしている。
(良い人すぎますよ、キャプテン)
監督はどうでもいいけど
苦労性な先輩にだけでもせめて詫びくらい
して欲しいよ。
全く。
あと残る問題として――
遅刻した上、そんな不遜な態度に
うちの二名の傭兵達と揉めやしないかと
ヒヤヒヤしてたけど、そもそもその二人自体が
普段から遅刻や同じ様な態度だから、
自身に絡んでこない限りは特に気にしない
という特質がどうやら幸いしたようで、
試合も問題なく順調に運び
俺は内心ホッとしていた。
このまま何も起こらず試合が終わって
ヤンキー達が帰ってくれれば良いと
願うばかりで、一応スコアブックを
つけていたそんな時、
「へぇ、よく短時間でここまで
調教したもんだ」
感心した口ぶりで監督は呟くのが聞こえた。
「調教って言い方は悪いですよ」
「そりゃ失敬。
なんにせよ、アイツが変えたんだろうな、
メンバーの事を考えて、いや~健気だねぇ」
健気って言葉、日常会話で初めて聞いた。
ちょっと肩入れし過ぎじゃないですかね。
「だいたい遅れてくるのに
連絡してこないとか、基本がなってませんよ」
「あ、言うの忘れてた。
俺のとこにはメール来てた」
メール?
個人的にメアド交換してるって事?
「……そういう大事なことは、
先に言ってくれませんか?
ふ、譜都キャプテン心配してたんですから」
何時の間に?
俺は聞いてない。
「あ、ゴメンゴメン。
譜都にも言っとく」
今日以外にも連絡を取り合ってるとか?
そこまでお気に入りとはね。
「……監督って、
ああいう人がタイプなんですか?」
「嫌いじゃないな」
あ、そう、そうなんだ。
即答ですか……へぇ。
「俺、ちょっくら話してくるわ」
「は?指示とか出さないんですか?」
「うーん、しなくても自分らで
なんとかするだろ」
「って、ちょっと監督?」
そう言うなりさっさと
向こうの監督の方へ行ってしまった。
随分長いな……
“ちょっくら”じゃなかったのか?
ったく、一体何を話してるんだよ。
「アハハ、マジで?」
凄く楽しそうだ。
向こうの監督も前とは違って
ちゃんと向き合って話してるし。
(…………)
盛り上がってるようで良かったですね。
好みのタイプだから
さぞや話が弾むことでしょうよ。
監督の趣向を知ってるだけに
イチャイチャしているようにしか
俺の目には映らない。
時折聞こえてくる監督の笑い声が
ひどくカンに障る。




