それとこれとは別です
「チッ。プロ棋士だ、TVとかでも
よく対局の解説とかやってるし。
だが、これまた困ったおっさんでさ、
趣味がお菓子作りなんだよなぁ。
手土産持って来るのは良いんだが
それがいつも自己流ケーキで
クッソマズいのなんのって……
悲鳴を上げて逃げ回る俺らを見て
満足そうに大笑いしてたな。
あれは絶対オヤジに叱られた腹いせを
俺達にぶつけていたとしか思えん」
「あはは……面白い人ですね、その人。
んん?もしかして知り合いですか?」
「ああ、うちのオヤジの門下生だったからな」
サラリと言われた言葉にに驚いた。
「え?先生のお父さんもプロなんですか?」
「ああ」
「ああ、ってマジですか?」
先生は、そうそうと
その辺りから適当な相槌を打ち始めた。
段々面倒臭くなってきてるな……
先生と白刀田先輩のお父さんが
プロ棋士で師弟関係。
意外な繋がりだ。
「先生はプロ目指さなかったんですか?」
「目指してた時期もあったかなぁ。
……言ったろ、熾烈なんだって。
プロの子供だからって簡単になれる
もんじゃない、それにプロ試験は
23歳までって決まりだしな」
「…………」
「アイツも高校生になる前に、七段から
引導を渡されたらしい。
辛かったろうな、本人も親も」
「でも23歳まではって」
「親だから言える事あるんじゃないのか?
ズルズル期待を持たせるより
もっと早いうちに別の方向性をって。
実際中学くらいでプロにならないと
その先が……な」
俺が想像するより厳しくて
辛いものだとはなんとなく分かったけど
だからってそれを他人にぶつける理由には
ならない。
――そう思ってるのが伝わったのか
先生は続けて言った。
「盤を挟んで色々話したんだ。
細かい内容に関しては個人情報になるし、
お前にも言うつもりは無いけど。
ただ察してやれとしか言えないかな。
アイツ性根は曲がっちゃいないよ」
うん、それは最近になって分かった。
そっか……
ずっとくすぶっていた感情を同じ
道を辿った人に……人だからこそ
腹を割って話せたのかもしれない。
だとしたらこれは先生にしか出来ない事
だったんだと思う。
「まぁそんなこんなで今後も時々、
打つ事にした」
凄く楽しそうに言う先生は初めて見た。
何か少しだけ羨ましく感じた。
それが何に対してだったかは憶えてないけど。
「本当に囲碁が好きなんですね」
「実際碁より面白いものは無いから。
お前もやってみたら?
何なら手とり足とり教えてやるよ?」
「囲碁習ってる時間より
手や足の方を取られそうで結構です」
「言うね~
でも、俺も碁だけは真面目にやるさ。
神聖な真剣勝負だからな」
「…………先生」
良い事言ってるとかなんて
俺、ごまかされませんよ?
サッカーも真剣勝負です。
……ええ、ホントにね。
「もし囲碁という手が使えなかったら
どうするつもりだったですか?」
「その時は別の手を考えるまでさ、
お前の気を引く為には努力を惜しまないよ」
「…………」
取ってつけたような文句。
この人ほど“努力”という言葉が
胡散臭く感じる人もそうそういないと思う。
でもちょっと気恥ずかしくなって
俺も負けじと取ってつけたように言い返す。
「ゴリ押しにでも
棋士になれば良かったのに」
「棋士になってたら、高校男児とは
知り合えないし、第一お前とも
出会えなかったからな~良いんじゃない?」
「言いますね~」
「うんうん、だからキスさせて」
「アハハハ。
今までの話が全部嘘臭くなるから
そういうことはやめましょうね~」
ギュッッ。
と、先生の手の甲を思いっきり
つねってやった。
「イテテテテテッテテテ」
だいたい高校男児うんぬんのフレーズも
必要なかったでしょうが。
全く見直させる気があるのかないのか
決めて欲しいんだけど、もう。
でも、
「ありがとうございます」
「どういたしまして、だからキ……」
「コラコラコラコラ~」
ギュウウゥッゥ。
「いてっっ」
ったく、すぐ調子に乗るんだから。




