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久坂匠の物語



 皇と澄香の伝言を守り、健気に職員室へと足を運んだその帰り。俺は久坂に呼び止められていた。


「おい、お前」


 コイツ、態度悪すぎない!? 初対面の人間に対して、お前と呼ばれる筋合い無いんだけど。

 湧き上がる怒りを抑えながら、引き攣った笑みで相対した。


「何か用か、猫背」

「なっ!?」


 しまった。つい声に出た。

 そう思いつつも口に出した事に関心は無い。他人の視線には自分でも恐ろしい位に興味がないのだ。

 前は意識しすぎてイライラしていた程なのだが、もえかに放り込まれた多士済々の中に埋もれて以来、随分心に余裕が出来た気がする。

 葵さんはもえかを叱ってはいたが、結果オーライだと俺は思う。自然と笑みを浮かべたのは久しぶりだと思えたから。


「何を笑ってるんだ、貴様」

「――別に」


 過去を遡っていた俺を呼び戻した久坂に視線を向ける。ええっと、何の話をしてたっけ。

 内容を思い出そうと唸る俺を無視して、久坂が言った。


「まあいい。それよりお前、皇とはどういう関係だ?」


 質問が不気味だった。どういうつもりで聞いてきたのだろうかと、悪寒が走る問いに顔を顰める。なんだろう、少し、気持ち悪い。

 気味の悪い質問には答えず、先に湧き上がった疑問を口にする。


「ひょっとして、皇のこと好きなのか?」

「このクズが! 違うに決まってるだろ!」


 明後日の方向を撃ち抜いた発言に、久坂は苛立ち気な声で否定した。照れ隠しでもなんでもなく、恐らく本心であろう反応だ。声色にも嘘は感じられなかった。

 なら何故、こんな質問を? 不思議に思った俺に再度久坂が問い掛けた。


「皇とはどういう関係だと聞いている」

「……知り合いかな」

「何だその自信なさげな答えは」

「友達か知り合いかで迷ったんだよ。なにせまだ知り合ったばかりなんだからな」

「……そうか」


 そう言って久坂は踵を返した。

 それだけ?

 おそらく誰が聞いても意味が分からないだろう、ここで俺が首を傾けるのも仕方がないと思う。

 こちらから声を掛ければ、この疑問に一つの回答を出すことも出来たかもしれない。

 関わりたくないという第一印象が、立ち去る久坂の背中を呼び止めることを躊躇ってしまった。




 ***




 一週間後。

 洋一、諏訪、澄香に皇を含めた学園生活。特に何事もなく過ごす中で、昼休み、放課後と、一緒にいるのに自然なほど交流を深めた。

 そして今日の昼、暇をしていた俺に皇はあるお使いを頼んできた。




 ***




「……寒い」


 肩が震える。

 午後六時を回ったところだろうか、道先はすっかり暗くなっている。冬の日の入りはやはり早い。善良な市民たる俺には、寒くて暗い道を歩くのは少し怖かった。

 薄気味悪さと空気の冷たさに肩を竦ませ、足取りは学園からの帰り道とは真逆の方向。指定された場所へと歩を進める事十五分。ようやく目的の場所へとたどり着く。指定通りの人物もそこにはいた。


「……何やってんの?」

「むっ! お前は、何でここに居る?」


 質問に質問で返された。

 男が見つめていたのは川沿いの向こう、木工二階建ての古いアパート。その出入り口を凝視する不審者に声を掛けただけなのに、本人は悪びれた気持ちも無くぶっすりとした顔を向けてきた。

 久坂匠。端正な顔立ち。中肉中背のすらっとした体系。なのにその目は曇り、猫背特有の前傾姿勢。ジットリと噴き出す陰気さが全てを台無しにしてしまう。そんな男が猫背の背中をさらに丸めて、アパートを睨んでいた。

 この一手足らずな男にもう一度聞く。


「何やってんの?」

「何だっていいだろ、お前には関係ない」


 中学生みたいな排他的な態度。その刺々しい言葉が小石一粒分だけ俺の堪忍袋に投げられた。ああくそうっ面倒くさい。

 悪態を吐きたくなった気持ちをグッと堪える。

 どうやら想像以上に肩の凝る頼み事になりそうだ。安請け合いしたことを今更ながら後悔する。

 やれやれ、仕方ない。

 ウンザリと被りを振りながら、俺は魔法の言葉を口にする。


「皇に頼まれたんだ」

「……ちっ」


 皇という言葉に久坂は大きな反応を見せる。苦虫を噛み潰したような表情の後、悔しそうに呟いた。


「アパートにいる男を見張っている」

「何故?」

「ここ一月の放火事件。その犯人があそこにいるんだ」

「放火魔……放火魔ねぇ……」


 突然の展開に内心驚きつつも、無意識の水面は酷く冷え切っていた。

 探偵ゴッコ。随分と酔狂なことをする。

 ふぅっとため息をつき、俺は近くにある自動販売機に寄る。大きな硬貨を一枚入れ、缶コーヒーを二つ買う。片方が微糖。もう片方はブラックだ。お釣りは財布に入れた後、手にしたコーヒーを持って久坂の元へ戻る。


「ほら」


 差し出された缶コーヒー(ブラック)を訝しげな目で見つめる久坂に、答えた。


「ただジッと見つめてたら変だろう。それじゃお前が不審者だ。もうちょっと自然体でいなくちゃ俺達が職質されるぞ」

「……確かに」


 そう言って頷き、缶を受け取る。二人とも、背中に壁を預ける。まったりと寛いだ空間が出来上がってきた中で、ブルタブに指を掛け飲み口を開ける。

 クイッと一口飲む。少し甘く、温かな飲み物に頬が緩んでいく。チラリと横を見ると、久坂はぼうっとした目で飲み口を見ている。


「どうした?」

「いや、なんだ……あー……ふぅ。最近、職質が鬱陶しいなって」

「職質が鬱陶しいって。夜中に遊んでいるのか」

「そんなわけないだろ。塾帰りに何度も呼び止められるんだ。塾生の中でもウンザリとした声をちらほら聞く」

「へぇ。確かに、何度もされると不満も溜まるよな」

「向こうも仕事だって分かるんだけどな。ああいうの、実際にされてみると分からないものだよな」


 そう言って久坂は過去の職質を思い浮かべたのか、うっかり同情したくなるような青々しいため息を吐き出した。

 とは言え、久坂の気持ちは痛いほど分かる。吐き出す溜息に感化されたのか、俺まで苦い過去が再生されようと……。ああ駄目だ駄目だ! 今はこんなの関係ない!

 消えろ消えろと念じながら、ブルブルと被りを振った。

 まだ少し霞がかかった様なものが残っているが、後は会話で誤魔化そう。 


「ところで久坂は、どこの塾に通ってるんだ? この辺だと未来塾か」

「そこ先月潰れたぞ。黒羽って所、知ってるか」

「知ってる。あのやたらハイテクな所だろ」

「建物がデカいだけだろ。小中高、それに大学生や社会人まで有料で一部の自習室を貸し与えてるんだよ。金をとるだけあって自宅や図書館より勉強するには快適だぜ」

「らしいな」


 そのせいでその他の塾が潰れていってるのだけど……とうとう未来塾までお亡くなりになってしまわれたか。昔、事務所を尋ねた時には、既に切羽詰ってたってわけね。

 未来塾の依頼者。頭を垂れに垂れていた男を思い出す。男は葵さんの姿を見ると大きく目を開けた後、直ぐに目を竦ませて見せた。その一連の変化は、男の心を手に取るように感じ取らせた。軽視した目で葵さんを見ていた男を、俺は葵さんの後ろから蔑視していた。


「…………」


 倒産したと知れば、心の中に澱んでいたものが、善悪含みフワリと浮かび上がった。

 もう一口クイッと飲み込む。うん……甘い。


「むっ」


 突然何かに反応を示す久坂。顔を上げ鋭い視線をボロアパートへ向ける。俺も同じ様に目を向けると、出入り口に人の姿があった。


「ああ、婆さんか」

「あの人?」

「違う。この時間になるといつも出かけていくのは確認済み。どこに行くのか知らんし、興味もない」

「そういえばお前の言う――放火魔(?) はどんな奴なんだ」

「只のおっさんだよ。くたびれたシャツにジーンズの小太り、髪が薄い。それだけ」

「随分刺々しいな」

「犯罪者だ。ムカつくに決まってるだろう」


 そう言って誤魔化した後、すっかり黙り込む久坂。

 気難しい雰囲気が流れ出す。

 二人とも手にしたコーヒーをグイッと飲み込む。やはりコーヒーは微糖に限る。ポカポカとした体と共にそんなことを思い浮かべる。

 久坂はギュッと目を瞑り、深く味わう様にコーヒーを喉へと通す。そして深くため息を吐く。


「今日はもう無理かな。塾の時間だ」

「コレ、いつまで続ける気だ」

「……別に、ただの暇つぶしだよ。偶然見かけて、その時動けなかった自分に腹が立ったからその仕返し」

「ちょっと短絡的過ぎないか? そんな理由で――」

「――君達」


 突然の大人の声に肩を大きく震わせた。平穏を望むものにとって絶対に関わり合いになりたくない制服を着たものが、二人並んでこちらへ寄ってきた。


「おい……」


 久坂がぼそりと呟いた。どうゆう事だよ――続きは目で訴えてくる。

 おかしいなぁ。学校帰りに寄り道する学生の図は出来ていたはずなのに。

 この後、聴取は三十分ほど時間を食う羽目になり、プンスカと怒りを露わにしながら久坂は塾の道へと足を運んでいった。

 それを確認したあと、俺も我が家へと足を向けた。道中、忘れないうちに皇に今日の報告をメールで送った。


ここまで読んでくださって有難うございます。申し訳程度の探偵要素ですが、この物語の主旨は『成長』のつもりですので、どうかご了承下さい。

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