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結果発表

 成績順位発表。

 昼休み。廊下に張り出された紙には、鈴城学園在学の学年別成績。上位者五十名の名前が発表されていた。

 関係者や関係者に成ろうとするもの、取り巻き、ヤジやらと色々お騒がせな空間の中。俺の左手には諏訪さん、更に隣に洋一が立っていた。


「やってもうた……」

「上がった!」

 

 ざわめく周りの声に紛れる二つの呟き。互いの順位を確認した時の最初の反応が声に出た。

 諏訪さんが八位、俺が十位と、二人の順位に溝が出来た。


「あと八点、ですね」

「畜生……間にいる奴はなんだ。知らんぞ」

「祈は前回より十点上がってるけど、先輩は前回より十二点も下がってますね」

「えっ、憶えてるのか?」

「まぁ。他に見るもの、無い、です、から……」


 みるみる語尾が弱くなる洋一に、オロオロと困惑した表情で見合わせる。彼の本気の落ち込みぶりは、自身の落ち込み以上に見ていられない。

 「だ、大丈夫だよ。鈴城に残れるだけでもりっりっ……立派だから」と諏訪さんが洋一の肩に手を置き、必死に慰める。それを尻目に、俺は再び成績表へと目を戻す。


「ふ~む」


 幾ら勉強したからと言っても、流石に現状維持することは出来なかった。個人に勉強は怠らずしていたとはいえ、授業には遅れがあるからなぁ。ああ、小野寺先生に呼び出されるなぁ……。

 カリカリと頭を掻き、一番上を見る。上三つは、例え授業を受けたとしても縁のない世界だろう。何しろ一年間一度も変動が無かったのだから。

 一位、皇 一縷。

 二位、久坂 匠。

 三位、森白 澄香。


「森白先輩、やっぱ賢いですねぇ」

「何で俺たちの勉強会に来たんだろうなぁ」


 男二人のぼやきに困ったような微笑を見せる諏訪さん。

 その可愛い笑みにふわりと心が浮いた気持ちになりながらも、当人の不在を口にする。


「澄香は来てないのか?」

「ここに来る途中で男子生徒に呼び出されました」


 呆れたとばかりの大げさな身振りをする洋一。その飽き飽きとした感情は、最早日常茶飯事だと言わんばかりだが、俺はそんな事は全く知らなかった。


「ふーん」

「……気になります?」

「いや、全然」

「本当に興味がないじゃないですか……」


 余りにキッパリとした言葉に、二人はドン引きしていた。そんな顔されても本当に興味が湧かない。人の色恋沙汰には鈍感で、話を聞いても対岸の火事の様な『大変だなぁ』という関心しか持てないのだ。


「そう言われるとムカつくわねぇ」

「ぎょあっ!」


 突然の真横からの声に、大きく肩を震わせた。

 声の方向へ顔を向ければ、いつの間にか澄香が立っていた。


「いつからそこに?」

「貴方が私の名を呼んだ時から、と……ふん。やっぱり順位は変わってないわね」


 自身の変わらぬ順位を一瞥して髪をかき上げる澄香は、「さて」とこちらへ顔を向ける。


「祈ちゃん順位上がったのね、おめでとう」

「有難う御座います」

「小此木君順位下がったのね、お気の毒に」

「…………」


 何も言えねぇ……! 口角を上げた作り笑い。澄香は優しく微笑んでるつもりなのだろうが、向けられた目は、憐憫に満ち満ちていた。

 ぐぬぬ、と顔を歪ませてる俺の肩に優しく肩を置き、澄香は言った。


「ここに来る途中で小野寺先生に貴方に伝言を頼まれたのよ。職員室に来るようにって」

「はぁ……やだなぁ」

「今回ばかりは流石に同情できないわね。実際休み過ぎよ」

「学校来てから怒られっぱなしだ、あっ! ……胃が痛くなってきた」

「気弱すぎでしょ……大丈夫? ついて行ってあげようか?」

「親かよっ!」


 大きな笑いはないが、他愛無い会話はそれなりの花を咲かせた。仲間内での小さな笑いは、気分を高揚させる。……もえかはこれを求めたのか。どうだろう。

 その時、人だかりの向こうから驚きの声が上がる。

 何だ何だと、騒がしい方へ全員が視線を向ける。


「何ですかね?」

「……皇だろ」


 恐怖を滲ませた声と共に、人だかりは右へ左へと避けていた。

 宛らレッドカーペットが敷かれたような、一般人に踏むことを許されない道が出来ていた。

 その赤い道を歩いてくるのは、予想を裏切らない人物。皇一縷だった。


「おはよう」

「……おはよう」

「ああそうだ。昼だ」

「寝てたの?」

「うん。眠くて……こんにちは早瀬。祈も、こんにちは」

「ここ、こんにちはです! 皇さん」

「こっこんにちは」


 二人の、緊張で凝り固まった声の挨拶に皇はフッと姿勢を崩し「一縷でいいよ」と笑顔を向けている。崩した姿勢に安心したように、二人から緊張を解きほぐす息が吐き出される。洋一は普段通りの屈託ない笑みを、祈はその隣で可愛らしく微笑んでいる。……不思議な違和感。何か、喉に突っかかるものを感じる。というより、人垣からすごく睨んでる奴がいるのがなんか気になる。ちょっと、イラッとする。


「知り合い……なのか?」


 苛立ちを紛らわすように会話を繋げる。疑問符の付いた問いに、洋一が答える。


「家によく来るお客さんです」

「……ああ、喫茶店の……えっ? 俺見たことないけど……」

「先輩は卒業以来、一度も来てないじゃないですか。一縷さんは、高校入学からです」


 諏訪さんがひょっこりと顔をのぞかせ、付け加える。


「喫茶店の古いメニューを好んで注文していきます。それで洋一のお母さんが喜んじゃって……」

「古いメニューって?」


 その質問には一縷が答えた。


「大盛りメニューの事さ。部活帰りの学生を狙ったつもりらしいが、如何せん。鈴城はそれ程体育系ではないからな」

「一度はやってみたかったと言っていたんですけど。多分テレビの影響です」

「辻斬りの様に皿に盛りたいと……仰ってました」

「……成る程。テレビで行列が出来てたから、同じ戦法に出たわけね」


 三人して洋一のお母さんの姿を思い浮かべ、ガックリと肩を落とす。明るさ重視の洋一の上を行く陽気さを持つ母親。大口を開けることは無いが、それでも男らしく口元を隠さぬ笑みを見せる姿は美人ながらも良く似合う。近所でも評判も良く、その人気は店の売り上げにきっちり貢献している。


「それでも、直ぐにその失策に気付いて指針を変えた辺りは、君のお母さんは充分立派だと思うけど。一月ほどだったか」


 垢抜けに話す一縷の顔は明るく、洋一の母親を偉く気に入っている様子だ。


「来店した時もですけど、注文した時も俺たちビックリしましたよ」

「私は目立つからなぁ」

「自分で言うな」


 それぞれの繋がりを確かめ合い、仲睦ましい会話を繰り広げる。不意に服を引っ張られる感覚。

 後ろを見れば、不貞腐れた澄香の姿。蚊帳の外だと訴える瞳は僅かに揺れて、良心を呵責される。捨てられた子犬を連想させた。


「……どうした?」

「…………べつに」


 何が何だかと疑問符を浮かべる俺の隣に、クスクスと微笑み立つ一縷。


「君は?」

「森白澄香です、初めまして。皇さん……ですね」

「そうだよ。宜しく、森白さん」

「知らないのか? てっきり何でも知ってると思ってた」

「生徒のことは流石にな……っと、場所を変えようか。話があるんだ」


 そう言って人垣を分けてできた道を歩き出す。行こう、と指で俺たちを呼びかける一縷は実に様になっていた。俺たちはつられるままに歩き出す。




***




「お前たちを睨んでた奴いただろ」

「いたな、猫背の奴が」


 先生不在をいいことに保健室私物化に成功した俺たちは、皆適当な所に腰かける。


「誰ですか、あれ。あんな目で見られて、正直ムカムカしました」

「久坂さん、ですよね」

「新入生代表として答辞を読み上げてたわ」


 洋一の疑問に、諏訪さんが思い出すように答え澄香がそれを肯定し、付け加える。新入生代表、久坂。

……ああ、成績二位の人か。久坂…………うん。


「なんだ。全員知ってるのか。なら話すこともない、か」

「久坂の話するために保健室に来たのか? 今更ながら寛いでるけど、保健室ってこんな使い方してていいのか?」

「いいのいいの。私が居るから大丈夫。それより時間も少ないし、皆。携帯持ってる?」

「なん?」


 疑問を口にしながら、一縷を除く全員が一瞬、それぞれの携帯の場所に目を向けた。一縷の目がほんの少し、一瞬細くなる。


「持ってるようだな。じゃあ番号交換しよう」

「なんぞ?」

「なんぞ? じゃない。番号交換! 必要な事だから」


 既に携帯を手にして俺達に催促する一縷。渋々、ポケットから自身のものを取り出す。俺が手にするのを見て、澄香もポケットから取り出す。


「……スカートに入れてるんだ」

「ん……変?」


 俺の疑問を一縷が口にした。


「胸ポケットに入れないの? そっちの方が取り出しやすいでしょ」

「そんなの……だ、だって……胸ポケットに入れると身体に悪いんでしょ?」

「へっ?」


 声を上げたのは諏訪さん。しかし、誰もそれには反応しない。

 こいつはヒデェ……。事もあろうにあの澄香が、そんなソース不明の情報を信じているなんて、疑いもしなかった。と、というよりコイツ……。


「「古いなぁ……」」

「えっ!?」


 一縷と俺の言葉に、みるみる顔を紅潮させる。

 「ふるっ、うそ、うそうそ!!」あわあわと口を広げ、過呼吸で身体を震えていく。って、携帯が―――!!

 澄香の手から滑り落ちた携帯を慌ててキャッチする。


「あ、危なかった」

「あぅぅ……ありがと」

「そのデマを最後に聞いたのはいつ以来だったかな。あいや、最近でもそんな馬鹿を聞いた気が……」


 額をとん、とんと人差し指で叩いて考え事をする一縷。赤い顔をした澄香を諏訪さんが同調することで慰めている。

 気を取り直して、まずは俺と一縷の番号を交換する。何か違和感。


「俺と祈のは知ってますよね」

「ああ、そうだな。だから小此木と、出来れば森白さんも交換してくれると嬉しいのだけど」

「……ええ、構いません」


 そう言って澄香も番号交換をする。


「ありがと。もう昼も終わるわ――チャイム」


 丁度いい時間だ、と指一本を立てた笑顔の一縷。お昼休み終了の鐘の音が校内に響き渡る。それと同時に、保健室の扉が開く。この部屋の主が帰ってきた。右足を部屋へ踏みこみ、白崎天江は溢れる生徒に膠着する。お……怒られる……!!


「……早く教室に戻りなさい」


 天江はクシャりと髪を搔き上げると、部屋を出ることを促す。怒られるのかと思った俺達は互いに顔を見合わせる。その困惑に微笑んで答えてくれた。


「ちょっとびっくりしたけど……一縷と森白さんが居るから、安心したのよ。優秀な生徒は個人的に優遇してるの」


 ここだけの話、と小悪魔的な笑みで内緒とジェスチャーを見せる天江。教師の暴露話にドン引きする中、一縷だけがくくっ笑っていた。

 さあ外へ出ろ、天江の号令のままにぞろぞろと保健室から出る。洋一を先頭に諏訪さんと澄香が前を歩く。遅れて歩く俺の背中にぽんっと手を添えられた。触れられた所が温かい。


「暫く迷惑かけるかも知れないけど、よろしく頼むよ」


 そう微笑む一縷に、俺は頷く事しか出来なかった。何気ない言葉の裏に、少しだけ重たいものを感じた。

 背中から手を離した一縷は、言葉を続けた。


「放課後、職員室に行くように。小野寺先生からの伝言だ」

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