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皇 一縷

 職員室。

 小野寺雪路による叱咤激励。青筋を立てたくなるような大変有り難い言葉を頂く事となった俺は、テスト前日に呼び出されていた。


「テストは明日だが、大丈夫なのか?」

「バッチリです。なか――――親指を立てれるほどに」

「あははっ。今、何て言いかけたんだ?」

「何でも、ない、です……よ?」

「おい」

「大丈夫です!」

「大丈夫かどうかはこっちが決めるんだよ! ったく、お前は……」


 呆れながらもやれやれと微笑む小野寺先生。先ほどまでの重苦しい雰囲気が、緩んだ事に内心ほくそ笑む。既に本筋より大きく逸れてしまった会話も、ようやく終わりを迎えれそうだ。

 先生は椅子を深くに座り直し、呟いた。


「中指立てたら指折っちゃうとこだったかなぁ……」


 ……失敗したかもしれない。

 それにしても、お腹空いたな……。

 もう何時間たったのか。長いお説教と空腹に今ではもう頭をクラクラしている。職員室が真っ白な修行部屋のように感じられる。

 深い呼吸で空腹を騙しつつ、早く終われと出入り口近くに立てかけられてる時計の秒針を数えてしまう始末。

 手早く済むだろうとタカをくくったのが間違いだった。

 昼休みすぐによれば、先生も空腹に負けてくれるだろうという策略も、今では戯言だった。


「分かってると思うが、このテストはお前の進級に深く関わってる。長期欠席のツケが回ってきたわけだが……。不成績でも皆勤賞を取れるのなら、ここまで注意しないんだがな」


 そう言って笑って見せる小野寺先生。

 つられて相好を崩す。


「笑うな」

「済みません」


 指をピッと突き刺し叱咤する先生に、スゴスゴと頭を下げる。調子に乗ってはいかんよ。

 萎れた気持ちを切り替えようと、周りに視線を配る。

 こちらを目で窺う者。次の授業に備える者。教師同士で雑談を楽しんだり、黙々と昼食を食べている人もいる。かつては聖職者とも呼ばれていた教師の日常。人間的かつ平坦な姿が映し出される。

 安穏無事。こんな穏やかな空間でなぜ俺だけ剣呑と過ごさねばならんのだ。……誰か助けてくれないかなぁ。

 チラ、チラっと救援信号を出してみる。が、こちらで窺う教師は皆素早く首を正面に戻してしまう。

 ササッ、サササッとシマリスがそっぽ向くときの様な慌ただしい動きで、こちらの視線を躱していく。

 悲しい現実にしょんぼりと前へ向こうとした時、ガラリ、扉が開く音。そして女性教師の悲鳴に似た驚きが上がった。扉へと顔を向ける。


「あっ!」


 開いた口が塞がらない。間抜けな顔を晒しても、目の前の美しさに目を背けることは出来なかった。

 入ってきたのは美しい、女だった。頭の天辺から足の爪先まで美しい。一目見てそれが分かる美女だった。

 長く豊かな赤髪は、無意識に手を伸ばしたくなるほど柔らかく見え、鼻筋は通って、鋭くも余裕を持った瞳は涼しい雰囲気を持つ。容姿端麗。スカートの下から覗き出る足も健康的で素晴らしい。そんな後付が浮かび上がってきたのは、思考停止した頭が幾分回り始めた時だった。

 同じ反応をした教師たちが、いち早く我に返ったのは慣れであろう。溜息や頷き。皆、それぞれの反応を見せ職務に戻る。

 だが、初見の俺は駄目だった。摘み程度の理性とその上に被さる煩悩に、思考がショートしたのだろうか。疲れた脳は、ただ一つの欠点を口にした。


「ツ、ツインテール……」


 シン。と音がした気がする……。

 静寂が波紋のように広がっていく。

 雑談を再開しようとした者、開いた口は閉じられず固まってしまい、職務に戻ったものはまるで、気まずくなるものから目を逸らそうと、不自然極まりない視線を正面に向ける。皆が動揺を隠せないでいる。

 扉の前にいた女がツカツカとこちらへ歩み寄る。


「――――!」


 情け容赦のない拳が顔面を捉えた。

 重い拳から伝わる力に逆らう事が出来ず、ふわりと浮いた体は、床に落ち、ころりころりと二度転がっていく。


「全く。ツインテールは健全に制服が着れる年頃かつ美少女にしか許されない素晴らしい髪型なのよ。それを侮蔑含みな声で……失礼だよ」

「いっ! うっ――」


 痛いところを手で押さえて身体を起こそうとすると、クラりと眩暈がした。ヤバイ。吐く、かも……! 胃からせり上がる感覚に背筋が凍る。

 薄ぼんやりとした視界を上に向け、殴った相手の姿を映す。


「初対面の人を髪型で呼ぶんじゃない。わかった?」


 朦朧とした意識の中に滑り込む言葉に、力なく肯定の意思を示した。

 彼女は笑っているのだろう。音色が柔らかく感じる。

 

「よろしい。……大丈夫?」


 目の前に差し出された手には、何故か温かなものを感じた。

 もう、どうにでもなれ。

 俺はその手に触れた所で、意識を失った。




 ***




「――んっ」


 目が覚めれば、そこは保健室だった。

 白い天井に寝心地のいいベット。何よりこのまったりとした雰囲気は、校内で保健室だけだろう。


「うっ」


 頭の中……気持ち悪い。

 頭を起こすだけで立ち眩みに似た感覚に吐き気を覚えた。取り敢えず起き上がるのはよそう。状況の整理、それと霞んだ視界をクリアにするために、二三瞬きを繰り返す。

  

「――――起きたか」


 女の声がした。

 丸椅子から立ち上がる音。足音。そしてカーテンを開く音が時、目を見張る程の美女の姿が映し出された。


「おはよう。四時間も寝てたが、気分はどうだ。頭、スッキリしてる?」


 俺を保健室送りにした女。その屈託ない笑顔は一切罪悪感を持っていないようだ。


「ホントに起きたの?」


 女の後ろから声がかかる。

 白衣の天使。学内でも話題に上がる人気女教師。養護教諭、白崎天江。


「貴女、よく分かったわね」

「勘かな。目覚めた雰囲気しただろ?」

「……分からないわ」


 白衣の天使は首を振るばかり。理解はされなかったようだ。

 

「気分はどう?」

「……まだ少し、クラクラします」

「そう……。原因は聞いたわ。災難だったわね」

「私のせいか?」

「貴女のせいよ、間違いなく」

「ひっどい話だ。言葉の暴力を受けたのはこちらが先だぞ。髪型を馬鹿にされた。あ、言葉だからって暴力はやり過ぎなんて言わないでくれ。言葉の被害は聞き手が決めるものだし、私はそれを一発で返しただけだ。私は悪くない」

「はいはい分かった。問題児の言葉に聞く耳持ちません」

「稀代の優等生を問題児扱い!? それにほら、ここまで運んできたのは私だぞ!」

「本来しなくてもいい労働をアンタが作ったんじゃない。それにテスト前に職員室に呼ばれる生徒は問題児だけよ。って、貴方も呼ばれてたわね。小此木君」

「……まぁ、一応」


 ぎごちなく微笑する。

 何気に凄いことを言った気がするが、突っ込みを入れる気は無かった。何せこの女は、男をブッ飛ばしたのだ。女の膂力で男が飛ぶ、俺の辞書には載ってない事だ。

 雑談をしながらこちらに歩み寄っていた天使、白崎天江は俺の前髪を右手でかき上げて、優しく額に触れる。


「どう?」

「どうって……どう?」

「何をしてるんだ」

「こうすれば気分が良くなると思って」

「白魔法でも使えるつもりか。そういえばもうすぐ三十だったか」

「ちょっと、今のは女として殴るわよ! 年齢を馬鹿にして! もうっ。……人肌って病体には効くんだから。よくお母さんにやってもらったわ」


 懐かしそうに呟く天江。その優しげな声色は、天江の温かな情景が浮かび上がるようだ。

 ツインテールの美女もこちらに歩み寄り、ボスンと隣のベットに腰かける。


「私はやり過ぎたとは思ってないぞ」

「はぁ。……悪かったよ」

「まてまてストップ。私は目には目を返した、それで終わりだ。お前に謝られると私まで謝らければならないじゃないか」

「面倒くさい性格ね。普通の人なら生きにくいったら無いわ」


 額に触れられた手を腰に持っていき、呆れかえる天江。腰そこなんだ……え、足長っ。

 ドキドキ。

 青春のトキメキ。高鳴る思いが、不調な身体を癒してくれる。


「つまり私にしか生きられない、そういう事かな」

「そんな事は言ってない」

「言葉ってのは大事だぞ。同じ言葉でも交わした相手の関係、品性の高さ安さ、背景の濃さ薄さ。それだけで語感の色や重さが全く異なるものだ。職業柄、言葉は大切にしているんだ。ま、そんな事知らんと言われるだろうかな」


 そう言って砕けた笑みを浮かべる美女。その笑顔は少しだけ哀しく、弱さを隠そうと被った道化の微笑み。

 こちらの視線に気づき、フッと自嘲的に笑った。


「自己紹介がまだだったな。私は皇一縷、一年だ」

「小此木啓太、一年」 

「同学年!? 珍しいな……」


 何か考え込む姿を見せる一縷。


「珍しい、何が?」

「さあ。……目が覚めたようだし、そろそろ帰るわ」


 人目を気にしない大きな欠伸を見せた後、席を立つ一縷。

 軽やかな足取りで扉へ向かう。「ちょっと」天江が呼び止める。


「まだ終わってないわよ」


 そう言って机を指さす天江。将棋盤だ。

 一縷はその指先から少しずらした所を差して見せる。


「そこに紙があるでしょ」

「さっき私の長考時間に書き込んでた奴でしょ、ちゃんと見てるのよ」

「小此木」

「はい!」

「将棋、打てる?」

「動かすことなら、出来ます」


 何で敬語なんだよ、俺!


「じゃそれ持って。終局までの手順が書いてあるから、二人で驚いてみてね。それじゃ」


 バイバイと手を振って立ち去る一縷。

 残された二人は顔を突き合わせるのみ。って俺、白崎先生と全然接点無いんですけど!? 

 一縷が居なくなった後、天江は椅子に座り、チョンチョンと丸椅子に座れと合図を送る。

 病み上がりに上手く頭が働くだろうか。

 ベットから降りた俺は、既に思考に入っている天江の向かい。一縷が座っていた丸椅子に腰かけた。

 四つ折りにされた紙を手に取る。


「その紙に書いてあるなんて……そんな予言みたいな事、将棋で出来るわけないじゃない。ねぇ」

「ですよね。無理です無理です」


 大げさに手を振り、二人で笑い合う中、パチッと駒音を響かせる。


「あっ」

「なに?」


 結局。

 二人で驚いた後、もう一局打ってから切り上げる事となった。先生はかなり強いと思うのだが……それにメモを残して勝てる一縷は一体……。


誤字・脱字。間違った表現が多いかもしれません。読み辛いかもしれませんが、最後まで読んでくださって有難うございます。

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