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森白澄香

 初登校。全ての授業を終えた俺は真っ直ぐ家に帰ることはせず、図書室へ向かう。

 図書室への廊下に寂しい足音を響かせる。

 放課後になっても残る生徒は部活動をしてるものだけだろうか、誰もいない。

 外に出れば遊ぶ場所に事欠かない故、帰宅部が物好きに残ったりもしないだろう。


「むぅ」


 何か、空しい。

 放課後の図書室ははっきり言って誰もいない。

 勉強をする人は家やら喫茶店、各自にあった環境スペースを見つけている。本を目当てとするなら割と近いところに大きな図書館があるので、利用者は全てそちらへ流れる。

 こちらの品揃えは決して悪くない。が、彼方と比べれば月とスッポン。街角アンケートを取ろうものなら民衆『あっちは……ねぇー……』と苦笑い。どうあったってこちらの分が悪い。

 大げさに言ったがそれだけ利用者は少ない。最早学園の飾りともいえる図書室に来るのは間違いなく物好きだけだ。

 そんな場所に向かうのは何故かと言えば――。


「ん?」


 じーっとこちらを見つめる視線を敏感にキャッチする。

 ぐるりと首だけを後ろへ向けると、眠たげな眼で見つめる優等生の姿があった。


「……」

「……」


 互いに見つめ合う事になるとしても、甘い空間は生まれることは無く、只々重苦しい沈黙だけが場を支配した。


「……」

「……なんだよ」

「……」

「なんだよっ!」


 一球投げた言葉を見逃された俺は、二球目には声を荒げて投球する。それでもなお眠たげな瞳は変わらず俺を見据える。

 女子生徒が言った。


「もうやめたかと思った」


 失礼な事を言われてしまった。

 反論したくても、自らを少し省みれば言葉一つさえ、つっかえる喉から出てくることは無かった。

 返す言葉は何もなく、ただただむぅっと顔をしかめる事しか出来なかった。

 そんな姿を見て、女子生徒は僅かに目を見開く。


「あなた……」

「なに?」

「バカ?」

「なんでだよ!」


 女子生徒は訝しげな目でジッと見つめる。

 見定めるその視線に、貼り付けたメッキが少しずつ剥がれていくような気がした。

 何か不満があるのだろうその顔のまま、女子生徒は大きく息を吸い込んで――


「はぁ~~~~」


 それはもう、ふっっっかい溜め息を吐いた。


「来て」


 ツカツカと歩み寄ってきたと思えば、流れる動作で俺の手首を掴み引っ張っていく。

 その手際の良い一連の動作に、宛ら犯罪に巻き込まれた瞬間のような、呆然としたまま流れに身を任せてしまう。

 足の向き先は、図書室とは逆方向。


「おっおい!」

「あの子たちなら図書室にいるわ。多分毎日来てる」

「ほ、へぇ……そうか。って、ちがっ! だったら俺も――」

「今のあなたが来たら気を使わせるだけよ。……自覚は、あるんでしょ?」


 女子生徒の言葉に思わず固唾を飲む。

 心臓を掴まれたような気分だ。今一番触れてほしくないところを女子生徒は一切の遠慮なく掴んでくる。


「なんだか、捨てられた犬みたいね。久しぶりに来たってのに随分つまらなくなったようね」

「……うるさい」

「元気のない。自分の取り柄がすっかり崩れ落ちてるよう。一応誤解されたくないから言うけど、私はそれが悪いとは思っていないから。でも、だからこそ今、あの子達に会わせるわけには行かない。空気が悪くなるからね」

「……そっか」


 無愛想な声色で身を案じた言葉を並べる女子生徒。

 嫌だ、と思うと同時に何処かホッとした気持ちになる。何だろう、甘しょっぱい。

 何とも言えない空気の中、俺は目の前で犬の尻尾の様にフリフリと揺れる三つ編みを見つめていた。



***



「……空き教室か」

「私の教室よ。そこ、座りなさい」

「誰の席よ」

「私の席よ」


 聞いといて何だが、正直今は考える事が億劫だ。

 実にだらしない態度で椅子を引いては乱暴にどっかりと座り、机にべったりとへばり付く。お腹も鳴った。


「お昼、食べてないの?」

「……ああ」


 二人して大きく息を吐く。


「生憎、そう都合よく食べ物を用意してはいないわ。悪いわね」

「ん、謝ることじゃないだろ……そんな事より」


 手を引かれてからここに来るまでの間、二人の視線は一切交わることは無かった。

 そして今も、机にべったり張り付く俺に、対面に座るも身体は教室入口へと向けたままでいる女子生徒。


「そんなに酷いか」

「……正直、気持ち悪いほどに」

「そうか」

「……ちぐはぐなのよ」

「え、なに?」

「ちぐはぐ。こう、周りは誤魔化せる程度の空元気が痛々しいのよ。見てると鬱陶しい」

「そうかぁ」


 女子生徒の言葉に諦めに似たような声で答える。

 自分でも上手く出来てないとは感じていた。小野寺先生とも立花先生とも、会話に間が出来ることに内心嫌悪していた。

 学校での自分を必死に思い出しながら、この人の前ではどんな自分でいたか、返す言葉を考えてしまう。

 確かにちぐはぐだったかもしれない。

 受け入れがたいものをこうハッキリと言われると、返って清々しくなる。


「怒った?」


 不安げな呟きにふと顔を上げると、ばっちりと視線がぶつかった。

 女子生徒の瞳はゆらゆらと揺れているような、不安げにこちらを伺うように首を傾けて見つめている。

 その姿を少しでも和らげる様に穏やかな声で答える。


「怒ってないよ。寧ろちょっとスッキリした」

「……そう」


 そういって安心して微笑む。


「何かあったか、話せる?」

「んー……無理。今話すと要領の得ない、愚痴だけになる気がする」

「そう……疲れてるなら少し寝なさいな。起こしてあげる」

「えっ寝るってここでか?」

「睡眠は必要よ」


 そう言って首を傾ける。


「辛いときはぐっすり休むべきだと思うのよ。何も考えずに、極論雨戸を閉めて引きこもるのも手だと思う。アンタみたいに誤魔化さず、手段選ばず鬱積としたものは全部身体から抜いておくべきだ……っていう。受け売り」

「最後のはいらなかったな」


 そう答えると、女子生徒は微笑む猫のような優しげな眼で見つめてくる。

 少しの沈黙の後、女子生徒は膝元に置いた鞄を開き、カバーの付いた本を取り出した。


「早く寝なさい」

「わかった。悪いな」


 そう答えて瞼を閉じる。

 静かな教室の中でペラリと捲られる紙の音だけが、随分と心地よく感じる。

 この音が聞こえるかぎり、彼女はそこにいるのだから……。


「……澄香」

「……」

「ありがとう」

「……ん」


 暫くは図書室に行けそうにないな。

 今日は出会うことができなかった二人に申し訳なく思い浮かべながら、深い眠りに落ちていく。



 ***



「おやすみ」


 真横から聞こえる寝息を確認した後、澄香はまたペラリと一ページ捲る。


 森白澄香。

 鈴城学園一年。眠たげな眼と綺麗に手入れされた髪を三つ編みにした学年三位の成績優秀者。眠たげな眼と黒髪がおっとりと儚げな雰囲気を見せるが、主体性はある。

 初めて出会った時は、小野寺先生に説教をされてる時に割り込んで説教してくるほどの自分を押してくる頑固さを持っている。

 あの時は本当に驚いたが、その後関わり続ける内に、いつの間にか学園で一番の理解者となっていた。

 親友。この言葉のカテゴリで真っ先に思い浮かべる相手である。



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