第3話 悪夢からのプレゼント
今回は、恋愛回かな?
「な・・・何を・・・言ってるの・・?」
クレアが戸惑いを隠せない様子で、その言葉の真意を問う。
「そのままの意味さ。もう、旅はやめようと言っているんだ。」
一度発した言葉は、取り消すことが出来ない。
次から次へと、言葉が止まることを知らずに発せられる。
「こんな危険な目に遭って、少しは強くなれたかと思いきや、やっぱり弱いまま。モンスターにあっけなくやられてしまった。悪夢だって、あれからもう見ないし、別にもういいんじゃないかって思ったんだ。大体、俺は‘出来損ない’だからな。もう生きている価値すら、本当はないんだよ。」
「出来損ないって・・・!何を言っているの・・・?!まだ皆が知らないようなことを世界で見つけていきたいんじゃなかったの?!剣と魔術、どちらも極めるんじゃなかったの?!こんなところで終わるなんて、本気で言ってるの?!」
そんなことも言ったっけな・・・。
「とにかく、もう疲れたんだ。俺にはやっぱり無理だったよ。1人で何も出来やしない、弱い俺じゃあね。所詮‘出来損ない’だった俺には何も出来やしないんだよ。」
もう自棄になっていた。
なぜか、俺の心の中に居座っていたコンプレックスが暴走する。
不安な気持ち、逃げ出したい気持ちをただデタラメな理由をつけて逃げようとしている。
もう、誰かに迷惑を掛けるのは嫌だった。
自分のせいで誰かが傷つくのは嫌だった。
自分がダメなせいで・・・誰かが不幸になる。
「俺には、誰も守れない、弱いから。弱いものが強くなろうと足掻いたって、何も変わりはしない。人に迷惑ばかり掛けて、危険な目に遭わせながら旅を続けるくらいならいっそ・・・。」
---バキッ!
「・・・・・・・・・・・・・。」
グレイがふたたびベッドで眠りに付く。鼻から血が出てるけど・・・。
・・・あれ?今、私何をしたの?
状況を整理してみる。
私の右手は硬く握り締められている。
そして、右ストレートのポーズ。
ベッドに頭を預けて、目を閉じているグレイ。
「え?嘘!私・・・グレイを殴り飛ばしちゃった!」
しかもグーで、顔面を。
軽くパニックに陥る。
意味もなく脈を測ってみるが、もちろん正常。
「私、何してるんだろう・・・。」
ただ、グレイが何かに悩んでいて、元気付けたかったけど、言葉が見つからなくて・・・。
結果グレイを殴り、意識を奪ってしまった。
「だ、大丈夫だよね・・・うん。病み上がりとはいえ、グーで殴ったぐらいじゃ死なないっしょ。」
無理やり自分を納得させる。ハンカチで、グレイの鼻血は拭いておいたから、問題ない。
それにしても一体どうしたんだろう。
グレイはあんな後ろ向きキャラじゃなかったはず。
一人じゃ何も出来ない。弱いから、誰も守れない。人に迷惑をかけてばかり。
・・・・私のことを言っているのか、こいつは?
「くそぉぉ・・・むかつくぅぅぅぅ!・・・・いけない、落ち着かなきゃ。」
戦いの時は、普通のグレイだった。
おかしくなったのは、意識を失い、回復するまでの間だろう。
その間、グレイに何があったのかはわからないけど・・・。
・・・・あの変貌っぷりを見る限り、何かトラウマがあったのかもね。
気になったキーワードは‘出来損ない’くらいか。
生きている価値がないとまで言わせるほどのトラウマ・・・。
「うーん・・・。グレイのトラウマ、かぁ・・・。」
何かあったかな?
思い当たるとすれば、学院時代。
魔術も、剣技もからっきしダメだったグレイ。
後輩からもなめられ、先輩にはからかわれて散々だった、と卒業後に私やシュウに愚痴ってた記憶がある。・・・・あの時は聞き流してたけど、しっかり聞いてあげるんだったな。
ほかのトラウマは特に思い当たらない。
そういえば、グレイは私に殴られる前「人に迷惑ばかり掛けて、危険な目に遭わせるくらいなら・・・」とか言ってなかったっけ?
あれって、思い返せば私のことじゃないだろうか?
迷惑掛ける、危険な目に遭わせる=一緒に旅している私
絶対そうだ。あれは私に迷惑を掛けたくなくて、危険な目にも遭わせたくないってことで間違ってないはず。
そうまでして、グレイは私のこと考えてたの・・・?旅をやめる決断をするまでして・・・。
私は急激に、顔が熱くなるのを感じた。
やばい、絶対顔が赤い。
なんだか、室内が暑い・・・・。
・・・・落ち着いて。一体何を考えているんだ私は。
とにかく、グレイが言っていたことは、全ておかしい。
トラウマが掘り返されたのかなんだか知らないけど、大事なことを忘れてしまっている。
あなたは、決して弱くなんかない。無論、出来損ないなんかじゃない。
誰も守れないなんて嘘。だって既にこの私を何度も守ってくれた。
迷惑を掛けるなんて、仲間なんだから当たり前。
時に迷惑を掛けて、協力して解決して、次に迷惑を掛けてもらう。
仲間ってそういうものでは、ないの?
強くなろうと足掻き始めたあなたは、びっくりするくらい急速に育っている。
学院時代とは比べ物にならないくらいに・・・。
グレイは、私の大切な仲間だし、こんなところで腐るような奴じゃない。
あいつ自身、本当はもっと旅をしたいはず。
ただ余計なプライドが邪魔しているだけなんだ。
グレイとなら、どんな困難だって怖くない。
いちいちかっこつけて、バカで、人の気持ちも考えられないようなあいつだけど。
本当はかっこよくて、男前で、どんなものにだって立ち向かっていける。
昔からそんな奴だ。
あんな不安、さっさと吹き飛ばしてやろう。
「そのために、どうするかだけど・・・。」
起こして言葉で伝えようにも、聴いてくれなさそうだし・・・。
何か、いい手はないだろうか。
「しばらく、起きなさそうね・・・。」
気分転換に、《エスタリア》の町でも歩いてみようかな。
もしかしたらだけど、あの人も居るかもしれないしね。
《エスタリア》の町は、故郷の街よりも、やや小さいだろうか。
この季節は、桜がいたるところで咲いていた。
時刻は夜だったが、町はまだ人が何人か居た。
・・・ここの町の品物ってどんなものがあるんだろう。
気になった私は、雑貨屋、鍛冶屋、薬屋を順に覗いていった。
「す、すごい・・・・!」
見たこともないような、装備、薬がたくさんあった。
これが外の世界の商業・・・・!
見たこともない医術、品物。これだけで、この旅の収穫はかなりのものだった。
「・・・・・・・。わっ!」
「うわあああ!な、なに?!」
突然後ろから肩を叩かれ、脅かされる。
誰だ、私を驚かそうとする輩は、裏拳でも叩き込んでやろう。
---ビュン!!
「・・・・危ない。むやみに暴力を振っちゃ、だめ。」
か、かわされた・・・。
ってか、そろそろ誰がやったか気になる。
私の近くに居た、あのちっこいのか。
・・・・でもあのフード。どこかで見たような。
「って・・・あああああ!!さっきのすごい人?!」
「すごい人・・・って・・・。て、照れるから、やめて。」
どうやら照れているらしい。なかなか、可愛い。
「で、さっきの治癒術師さん。何か御用かしら?」
冗談めいた口調で言うと、この小さい人はの雰囲気が一変した。
「・・・・・・・・・。1つ、言っておくね。治癒術師って、呼ばないで欲しい。」
・・・・こ、怖い!なんてプレッシャー・・・。
「ご、ごめんね!すごい人!何か私に用かな?!」
「ルナ」
「え・・・?何?」
「ルナ・ステイル。私の名前。」
「え、えと・・・ルナ、何か御用かしら・・・?」
「名前。」
「えと・・・どうしたの?」
「あなたの名前、聞いてない。」
「あ、ごめんなさい。私はクレア。クレア・シーフォって言うの。よろしくね。」
自己紹介を終え、やっと本題に入らせてもらえる。
「それで、ルナ、今度こそ聞くけど私に何か用事でもあったの?」
「いや、別に。暇つぶしで声をかけた。」
ここまで、質問を長引かせておいて、何もないとは・・・・。
このルナって子。かなりのマイペースさんね。
「別に声を掛けなくてもよかった。だけど、クレアが私を探していた。違う?」
・・・・・。どうなんだろうか。違うともいえるし、あっているともいえる。
気晴らしのついでに、ルナがいればなにか解決策が聴けるかもしれないなーって考えてただけなんだけど、まぁ探していたって答えるか。
「うん。実は困ったことがあってね。ルナくらいしか頼るあてが無くて・・。」
「・・・・クレアの言いたいことはわかった。つまり、あの人がまた気絶しちゃって、何か伝えたいことがあるけど、聞かせられなくて困っているってことだね。」
エスパー?!私が言ってないこと全部当てちゃった・・・。
「ね、ねぇ・・・ルナって超能力者?」
「・・・・企業秘密。」
小さな身体のくせになんて恐ろしい人間なんだろう。この子だけは敵に回したらだめね。
「そんなことより、方法、あるよ。とりあえず宿屋まで、行きましょう。」
「あ、あるの?!嘘でしょ・・・?!」
我ながら思っていたが、私のアイデアは少々無理があるものだと思っていた。たぶんそんな都合のいい方法もあるわけが無いと思っていた。
「何してるの、いかないの?」
「い、行くから!ちょっと待ってよ~!」
ルナ・ステイル。まだまだ謎だらけの女の子だった。
「これは、ひどい。鼻の骨まで逝ってたよ。」
「うぐっ・・・すみません。つい、カッとなって・・・。」
これはさすがにやりすぎた。起きたら謝らないとね・・・。
「治癒術で鼻は治しておいた。・・・確認するけど、クレアはこの人の頭の中に直接言葉を伝えたい・・ってことでいいんだよね?」
「それが、ベストなんだけど・・・。本当にそんなことできるの?」
ルナには悪いけど、実際のところあまり信じていない。
だってあまりにも非現実的すぎるから・・・。
「できる。やろうと思えば、この人の意識の中にクレアを送り出すことも出来るけど、したい?」
またこの子はとんでもないことを言い出す。
意識の中に私を送り出す?そんなこと信じられない。
だけど、もしも選ぶとしたら・・・・。
どちらがいいんだろう。
意識の中に入るってことは、グレイが何を見て、何を感じていたかを知ることが出来る。
グレイのトラウマを知ることが出来る。
グレイの痛みを知り、それをやわらげてあげることも出来るかもしれない。
「別にできなくても文句は言わないからね?私は、グレイの意識の中に行きたい。」
「わかった。クレアがそれでいいなら、いくよ。」
ルナの右手が私のおでこに、左手がグレイのおでこにあたる。
両手が赤く光りだす。
次の瞬間、私は奇妙で、恐ろしい光景を目撃することになる。
---なぜだ、なぜまだ生きている?貴様には生きている価値などは無いと言ったはずだが。
そんなこと、俺が知りたい。
もう、死んだっていいのに・・・ただ生きながらえさせられた。
感謝なんか、しない。
俺が死ねば、クレアにだって迷惑はかからないし、危険な目に遭わせることも無い。
無様に生き延びて、かっこ悪い姿見せて、彼女を傷つけてしまった。
こんな俺に失望したとして仕方が無いな。
---当然だ。‘出来損ない’の貴様は、生きていれば誰かを必ず不幸にさせる。次に意識が戻ったとき、せいぜい他の奴らに迷惑がかからないように死ぬことだな。
「言われなくたって、そうするさ。最後に1つ・・・聞かせてくれ。お前は結局、俺にとって何なんだ?」
---言ったはずだ。貴様に真実を知る資格など無いと。自分で考えるんだな。俺はお前に答えなど教えたりしない。
「ちっ・・・最後の最後までけち臭ぇ奴だな。ま、これで悪夢ともお別れだ。」
そう、俺がこんな夢を見る日など、もう来ないのだから・・・。
クレア、シュウ、父さん、母さん、セイナ・・・・。
最後にもう一度だけ、会いたかったかな。
こんな俺でも、大切と思える繋がりがあった。
俺のことを大切に思ってくれる人が、いた。
「幸せな、人生だったんじゃないかな。‘出来損ない’としては。」
なんでだろう、涙が止まらない。
本当は死にたくないのかな?
未練ばかりが残っているのかな?
この旅は、まぁ・・・短かったけど・・・。
いい思い出、だったよ。俺にとっては。
ん、もう夢が終わるのかな・・・・。
やっぱ、死ぬのは怖いな・・・。
どこかに失踪でもして、のたれ死ぬみたいなのがいいかな。
「黙って聴いてりゃ・・・バカみたいなことばっか言って・・・!」
ん・・・、ついにクレアの声まで聞こえてきたぞ。
幻聴だなきっと。
「幻聴?バカいってんじゃないわよ!んなわけないでしょ!」
ハハハ、ずいぶんリアルな幻聴だ。
怒っているクレアの顔が目に浮かぶよ・・・。
「あー・・・もうっ!イラつくわね!幻聴じゃなくて、あなたの意識に入っているのよ!」
意識に入るだって?んなバカな。
どのようにして俺の意識の中に入るってんだ。聞かせて欲しいよ。
「聞かせてあげるわ!あなたを治した女の子の力を借りて、あなたの意識に入っているわ。」
違和感を感じたんだが、このクレアの声。俺の心の声が聞こえているかのような受け答えだな。
まさか・・・本当に・・?
「だから、最初からそう言っているでしょ!本当に頭固いわね!」
おもしろい。なんなら少し遊んでみるか・・・。
「じゃあ聞くが、クレアは俺の意識の中に入ってきて何をしようとしてるんだ?」
「そ、それは・・・。あ、あなたに伝えたいことがあって・・・!てか何よ、遊んでみるかって!人が真剣なのに、あなたは!」
俺に伝えたいこと、なんだろう。
気になる。これは気になる。
幻聴でも何でもいいから、とにかく気になる。
「あなたは、自分のことを弱いって言った。‘出来損ない’ともね。それと、誰も守れないって言ったわよね。それと、ええと・・・そう、誰かに迷惑を掛けるとも言ったわ。」
「ああ、言ったよ。事実だろ?」
「全然違うわよ!!あなた、バカじゃないの?!」
何を言うんだこいつは。俺は事実しかいってないだろ。
「不思議そうな顔しているわね。聞かせてあげる。あなたは弱くないし、‘出来損ない’でもない。既に誰かをあなたは守っている。誰かに迷惑を掛けるのは、人なら当たり前のことでしょう?」
「俺が弱くないだと?誰かを守った?出来損ないなんかじゃない?・・・・。幻聴って都合がよく聞こえるんだな・・・。」
このクレアの声は俺は弱くなんかないし、誰かを守ったといっている。天使か何かだろうか?
「て、天使って・・・。じゃあ理由を言うわ。理由さえ筋が通っていれば、あなたは納得するんでしょう?」
「それが本当に筋が通っているならな。」
そんなこと、まずないとおもうが。
「確かに、あなたは剣技・魔術ともにまだまだだわ。それだけを強さと見るならあなたは弱いでしょうね。・・・・でも、戦いって、それだけじゃないのよね。この旅で気づかされた。」
「・・・・。」
「今まで陥ったピンチ。あれを切り抜けたのは全てあなたのおかげよ。あなたは、相手の弱点をしっかりと見極めて、作戦を組める柔軟な頭がある。コウモリたちのフラッシュ攻撃、獣人の目潰し。全てあなたがいなければ成功しなかった。それは立派な強さといえるわ。
「・・・・・・・。」
「次に、あなたはこの私を何度も守ってくれた。身体を張って、ね。コウモリたちへのフラッシュだって、成功しなかったとしても、あなたは私だけは助かるように仕組んだ。獣人との戦いだって、あなたは私を獣人に近づけさせなかった。おかしいと思ったのよ、一度も攻撃がこないなんて。もしも自分が死んだとしても、私だけはすぐに穴から逃げられるように、仕組んだんでしょう?その時点で、あなたは私を守っているわ。」
「・・・・・・・・。」
「迷惑は、いっぱいかけたし、かけられたわね。でもさ、それって当然のことじゃない?だって私たちは仲間でしょ?そりゃ少ないに越したことはないけど、些細な迷惑なんて、仲間でカバーするものでしょ。私の言いたいこと、わかるかしら?」
「・・・・・・なんとなく、は。」
「最後に言いたいこと。あなたみたいに優しくて、強くて、かっこいい人が‘出来損ない’なわけないでしょ!私をバカにしてるの?!」
「ちょ、悪かった、悪かったから怒らないで・・・。怖い。」
「・・・どう?これが私の考え。しっかり届いた?」
衝撃を受けた。
自分の手で誰かを守れていたなんて・・・。
剣技や魔術が使えなくても強いっていってもらえて・・・。
心の奥で、燻っていたものが、消えていく。
「俺、本当に・・・バカだったな・・・・。」
背負っていたものが、軽くなったような感覚にとらわれる。
何かが、吹っ切れた気がする。
「・・・・・。ごめんな、クレア。本当に、迷惑掛けた・・・・。」
「いいの。・・・・仲間なんだから。」
「俺、頑張るよ。剣技も、魔術も。強くなって、絶対にクレアを守る。もっと強くなって見せる。」
「私も、あなたに守られてばかりはシャクだから、もっと強くなることにするわ。・・・あなたを守れるくらいに、ね。」
「クレア、心配掛けたな。もう大丈夫だ。行こうか、こんなところにもう用はない。」
「・・・急に凛々しい顔しちゃって。頼りになるわね。」
---おい。貴様、・・・・‘出来損ない’のくせに、また誰かを不幸にしていきていくつもりか?
「ああ、もう!なんなのよさっきからこいつは!うるさいわね!」
「いいんだ。こいつとは、また会うことになる。もう、こいつなんかに惑わされない。」
---旅を続けるのなら、せいぜい死なないでおくんだな。貴様は私に殺されるという宿命を持っている。・・・そうそう、貴様にプレゼントを用意してやった。せいぜい、苦しめ・・・。
「プレゼントだと?」
どうせろくなものじゃないだろう。苦しめとか言ってるし、用心だけしておくか。
---待っているぞ、あの力を持ってここまでこい。これは、私の復讐だ・・・。
その声を聞いたとたん、俺が見えているものは全て歪み始め、世界が崩れていった。
「・・・・。戻ってきた。」
ゆっくり目を開ける。もう夜もふけた頃だろうか。
「ええ、おかえりなさい。それと・・・ごめんなさい。」
クレアが窓を眺めながら、突然謝ってくる。
「え、なんで謝ってるんだ?何かしたのか?」
こいつが何か俺にしたのだろうか・・・?
「私、あなたの顔面を殴って気絶させちゃったの。痛かったでしょ?」
ああ~・・・。そんなこともあったな。鼻が変な風に曲がった気がするけど、たぶん気のせいだろう。
「いや、全然大丈夫だよ。そんなことより、この人は・・・?」
なんだか見慣れない人がいたから、一応聴いておいた。
「感謝しなさいよね。この人があなたの怪我を治療して、私をあなたの意識まで持っていった人よ。」
なんと、そんなすごい人だったのか。身長が150cmもないくらいだから、てっきり子供かと思ったけど・・・。
「本当にありがとう。おかげでまた、生きて戻ってこれた。」
俺を治療してくれた人が、照れたように頭をぽりぽりと掻く。
「別に・・・・たいしたことじゃない。怪我は放っておけないから。」
「いや、大したもんだよ。俺、絶対死ぬと思ったから。」
何でこの子は俺を生きて戻すことが出来たんだろう。あの大量出血じゃ、高確率で死んでいたはず。
すると、まるで俺の考えが見えたように、小さな恩人が答えだす。
「・・・足りない血は、魔力に血と同じ成分を入れて代用したから。傷口は、治癒術で。」
考えが顔に出たのかな?とにかく、とんでもない治癒術の使い手だということはわかった。
・・・・恩人の名前くらいは知っておくべきだな。
「とにかく助かった。・・・・君の名前を教えてくれないかな?」
「私の名はルナ。ルナ・ステイル。小さいけど、17歳。」
意外と、歳も近いんだな。
ルナには本当に感謝しなければいけない。俺に生きるチャンスを与えてくれたんだから。
何かお礼がしたい。
「俺の名前は、グレイだ。グレイ・シャロン。たいした礼もできないけど、何か食いたいものとかあるか?」
こんな時、頭に浮かぶのは飯だ。
飯を奢るくらいじゃつりあわないかもしれないけど、俺達にできることなんて、それくらいだ。
「ん・・・。なら、遠慮なく。」
俺達は、町のとある食堂に来ていた。
行く途中になんか町の人がざわついていたけど、何かあったのだろうか。
まるで、俺達を避けるような、珍しいものを見るような感じだった。
・・・よそ者が珍しいのかな。
特に気にはしていない、今は別のことでいっぱいいっぱいだからだ。
すでに到着から2時間。
「い、いったいどれだけ食えば気が済むんだ・・・・!」
「ちょっとルナ!食いすぎよ、あなた!」
「がつがつがつがつ・・・・。何の、これしき。」
全メニュー制覇した後に、2週目に突入。
計30品も(1人で)食べていた。
「おねがいだ、ルナ!もう勘弁してくれ!」
「・・・・・・・。しょうがない、まだお腹いっぱいじゃないけど、やめておく。」
あれだけ食っても腹いっぱいじゃないなんて・・・・。
「あなたの小さな身体で、いったいどこそんなにたくさん入るのか、非常に気になるわ。」
「クレア、ちょっと洞窟で取れたもの売って金に換えてくるから、適当に飯でも食ってて時間稼いでくれ。」
でも、売っても足りるのかなぁ・・・。これ、足りなかったらどうするかな。
「・・・・・・・・・・。おじさん、会計。」
ルナが店員を呼んでしまった。
やばい、今呼んだって、金なんて無いぞ。
「グレイ、これ、もらうね。」
ルナはそういうと、俺の財布から600Jを抜き出した。
「おい、600Jじゃ足りるわけ無いだろ。」
「・・・・いい。グレイとクレアに奢ってもらった分だけもらった。2人から奢ってもらったのはラーメン2杯だけ。あとは私が勝手に頼んだだけだから、私が払う。」
そんなんでいいのだろうか。俺なら絶対に全部奢ってもらうけど・・・。
「くすっ・・・。私はグレイみたいに、欲張りじゃないから。」
初めてあった時に、ちょっと考えたが・・・。
こいつはエスパーなのか?俺の心を正確に当ててくる。クレアより正確だ。
結局、会計はほとんどルナが支払った。
全部で1万5000J。俺達じゃ絶対払えてなかった。
ルナがいい奴で助かったよ。
飯も食い終わって、宿屋に戻った俺達は、しばらくくつろいでいた。
「グレイ。あなたの瞳、綺麗ね。そうゆう色、嫌いじゃない。」
ルナが突然わけわからないことを言い出す。
「ん、何言ってるんだ?別に普通の目だろ。それとも、こういう色は珍しいのか?」
瞳が黒いのなんて、大体がそうだろう。クレアとかはブルーだけど。
「あなた達の故郷では、瞳が紅いのって普通なのね。私は初めて見たから、綺麗だと思った。」
・・・・・は?
「ルナ、何言ってるの?グレイの瞳は黒でしょう?どこをどう見たら紅くなんて見えるのよ。」
そう言って、クレアが俺の顔を見つめてくる。
その瞬間、クレアの表情が凍りついた。
「え・・・、嘘・・・。あなた・・・どうして・・・・。」
クレアまで、一体どうしたんだろう。
「おい、俺の目が何か変なのか?異変があるなら教えてくれ。」
「・・・・見てみて。見れば、わかるから。」
ルナが持っていた手鏡を差し出す。
鏡に映るのは紛れも無く、自分。
ちょっぴり伸びた、黒色の髪の毛。少々、緊張した顔。
だけど、どうしても自分と思えないものがただ1つ・・・・。
「どういう・・・ことだ・・・?な、なんで・・・!」
俺の瞳は、意識の中でに出てきたあの紅く輝く瞳と同じように、紅く染まっていた。
信じたくなかった。
でもそこに映るのは、自分の顔。
顔の中で2つ、紅く輝く場所だけが、以前と違っていた。
---貴様にプレゼントを用意してやった。
頭の中の記憶で、その声がこだまする。
あの時の謎の男が発した、言葉。
「プレゼント・・・・。」
俺は気づいてしまった。
この瞳は、悪夢からのプレゼントであったことに・・・






