プロローグ2 旅立ち
前回の続きです。勢いで書いちゃいました。
「ん・・・朝、か・・・。」
カーテンから日光が漏れている。窓の外からは小鳥の囀る声が聞こえる。
一日の始まりを告げる、朝である。
「あれ?変だな・・・。」
違和感を感じる。主に寝巻きのほうから。
いつも体温が高く、湿っている俺の身体が、今日に限ってさらさらなのだ。
つまり・・・。
「悪夢を・・・見なかったのか?」
とにかく気分が清々しかった。旅に出ると決意した翌日から悪夢を見なくなるなんて、幸先がいい。
しかし、よくよく考えてみればおかしな話だ。
旅をしたいという気持ちがまだはっきりしていなかった時には悪夢を見せられ、決意した翌日から悪夢を見なくなった。
まるで「早く旅に出ろ」とはやし立てられているかのようだった。
「とにかく、今日から出発だ。朝食を食べに行くか。」
俺は部屋を後にし、居間へと向かった。
しばらく食べることが出来なくなる母が作った朝食を食べ、俺はそのまま旅の準備を始めた。
身支度を整え、家を出ようとした直後、親父に声を掛けられた。
「これから街へ行って装備や薬を買っていくんだろう?その際、剣、盾、薬は買わなくていいからな。」
突然おかしなことを言い出す親父。親父が言ったのを買わないなら俺は何を買えばいいんだ。
意味が理解できず、困惑する俺に親父がもう一度念を押すように言う。
「わかったな、買うなよ?理由は聞かないでくれ。とにかく、買うな。」
親父がそのまま去ってしまったので理由を聞けなかった。
・・・・一体どうしたいんだ、親父は。
とりあえず街の東にある商業区エリアに向かうことにした。
俺は現在、商業区エリアの奥深くにあったペットショップにいる。
・・・買うものがなくなってしまった暇つぶしくらいにはなるかと思い立ち寄ったわけだが・・・。
「可愛いなぁ・・お前。ほら、こっちへこいよ。」
見事に骨抜きにされていた。
青い身体に、小さな目。両翼を広げても横は50cmしかないだろうその小ささは可愛すぎる。
どうやらドラゴンの子供らしいが、そうは見えないくらいに愛くるしい。
眠たそうに目を半開きにしている姿に、俺はそのまま抱きしめたい衝動に駆られる。
「この子ください!」
俺は夢中で値段も見ずに店員を呼びつけた。
ペットショップから出た俺が腕に抱えているのは、さっきの愛くるしいチビドラゴンではない。
その代わりに俺の腕には青水玉色の卵が抱えられてる。
・・・値段をしっかり見るんだったな。まさか30万ジェイルもするとは・・・。
15万Jあれば立派な剣と鎧が買える。その倍ということはかなり高価なペットであることがわかる。
俺が抱えている卵の値段は8000J。この値段も高いほうだが、出してしまった。
この卵は生まれてくるものがわからない、特殊な卵である。
つまり、完全にギャンブルなわけだが、そんなこと気にせずに買った。
「生まれてくるのはどうせあの可愛い青いチビドラゴンちゃんだろ。」
根拠の無い自信と共に次の店へと向かう俺だった。
次に向かったのは仕立て屋である。
ここでとりあえず旅でお世話になる服を揃えようと思ったのだ。
「残り予算は4万2000Jか。服と装飾品がこの予算で収まればいいけど・・・。」
「ありがとうございましたー!」
店から聞こえる声を受け流し、帰路に着く。
後はいったん家へ行き、着替えて荷物を持てばいよいよ旅の始まりだ。
期待に胸を躍らせながら家に向かった。
「ふむ・・・。まぁ、このくらい地味なのがちょうどいいかな。」
帰宅後、仕立て屋で買った服を着て感想を呟く。
何の変哲もないただの黒い革コートである。安くて丈夫で寒くても安心である。
値段は服にしては破格の2000J。安くて機能性がある服といえばこれしかなかった。
そしてそうまでして服を安くし、予算を浮かせた理由は2つある。
装飾品に金を掛けたかったのと、この卵を包む毛布を買わなければならなかったこと。
前者は一理あるかもしれないが、後者は少し、違和感があるかもしれない。
どうやら、ペットというものを甘く見ていた俺は、必要最低限の知識すら持っていなかった。
「卵には、専用の毛布で包んであげる必要がありますよ。うちにも在庫があるので、見て行ってはいかがですか?」
俺が抱える卵を見てそう教えてくれた店員さんに感謝しなければいけない。
しかしこの毛布は少々値が張るものでこのコートの倍以上の5000Jもした。
特殊な素材を使用しているからとか言ってたな。にしては高すぎる気もするが。
そして残りの3万5000Jで揃えたのが・・・。
革の茶色い手袋である。
この手袋のお値段、3万3000J。いいお値段である。
俺の手のサイズぴったりの大きさで、この手袋を装着していても、細かい作業に支障をきたすことはなさそうだ。
一間ただの手袋だが、もちろん違う。
どうやら筋力があがり、剣を振る時の滑り止めにもなるらしい。
剣はまだ実際振っていないからわからないが、筋力+の能力は俺の予想を大きく超えた。
50キロ程度のものなら片手で軽く持ち上げられるようになった。
仕組みについて聞くと、この手袋に付いている魔力が俺の筋力を活性化させているとか。
魔術に関しての知識は学院である程度習ったが、わからないことの方が多い。
単純に攻撃するだけが魔術ではなく、この手袋のような肉体強化や、俺が唯一使える【フラッシュ】のような非戦闘術もある。
旅をしていくうちに新しい術も知ることも出来るだろう。
残りの2000Jで水や食料を少しばかり買って、俺の予算は0になった。
黒革のコートを羽織り、手袋を付けて俺は家を出た。
「この家もしばらく見ることが出来なくなるんだなぁ・・・。」
1人しみじみと呟いてしまう。
いつも当たり前に暮らし、当たり前のようにこの家を出たり入ったりしていた。
それも当分できなくなる。
「ありがとう。これからも皆を守ってやってくれ。」
俺の口からは勝手にそんな言葉が出てきてしまった。こんなこと言ったって、わかるわけないのに。
俺は家を後にし、南の関所に向かった・・・。
「わかってるよ。大丈夫だって。」
関所にて、俺は見送りに着てくれた家族やシュウと話していた。
「本当に気をつけてね!お腹出して寝ないんだよ!3食しっかり食べるのよ!疲れたら休むのよ!ちゃんと便りは出すように!1週間くらいで戻ってきていいからね!」
おそらく、心配してくれているのだろうがちょっと心配しすぎじゃないだろうか。
このセリフの中に3回は聞いた言葉があったし。ちょっと落ち着け、母さん。
「まぁ母さん、落ち着け。グレイだってもう18なんだ、しっかりやるさ。」
親父が母さんをなだめた後、親父が俺のところへ寄ってくる。
「グレイ、しっかりやれよ。くれぐれも、無茶だけはするな。私たちはこの家で、お前が帰ってくるのをいつまでも待っているからな。」
「わかってるよ。俺も全てを知って、自分のことに納得ができたら帰ってくる。いつになるかはわからないけど・・・それでも、夢を叶えて帰ってくるよ。」
「ああ。・・・と、そうだ。お前が行く前に渡さないとな。
」
親父はそういった後、俺に一本の剣、一つの盾、そしてケースにぎっしりと詰まった薬を渡してきた。
「これは私が作った中でも最高傑作の剣だ。少々重いかもしれないが、使いこなせればお前の心強い味方になってくれる。盾のほうは専門外だが、作ってみた。なかなか上手くできているはずだから安心していいぞ。薬は私たち家族からの餞別だ。旅先で死なないようにたくさん買っておいたからな。」
これだったのか。
親父が買い物で剣、盾、薬を買うなといった理由。
確かにこの剣と盾なら店で買うものよりもいい装備だろう。
「ありがとう、親父。大切にするよ。この剣なら、ずっと使っていけそうだ。」
剣を腰に、盾はしまっておく。
「最高傑作だからな。扱いは少し難しいぞ、覚悟しておくんだな。」
親父は笑った後、母さんのところへ戻っていった。
「あの・・・お兄ちゃん。」
セイナが俺のほうへと寄ってくる。
「私、お兄ちゃんとはいままでも、そしてこれからも兄妹だからね!」
「ああ、もちろんだ。セイナは俺の大切な妹だよ。」
俺がそう答えると、セイナは小さく笑ってくれた。
「そういえば、誕生日プレゼントまだ渡していなかったね。・・・・はい、これ。」
セイナが俺に差し出してきたものは、腰につけるタイプのポーチだった。
「これ、友達と選んで買ったんだから。見た目より、ずっと物が入るよ。」
「ありがとな、セイナ。大切にするよ。」
セイナの頭を軽く撫でてあげると、気持ちよさそうにセイナは目を細めた。
このポーチも魔力が込められているのか。見た目より物が入るとは、これも魔術で出来ることなんだな。
「ねぇ・・・お兄ちゃん。また、帰ってくるよね?」
セイナが不安そうに俺を見上げてくる。不安がらせてはいけない、絶対帰ってくると誓おう。
「大丈夫だよ、絶対に帰ってくる。誓う。約束してやる。」
「わかった。信じるよ、お兄ちゃんを。だから、さよならは言わないでおくね。」
セイナは小さく笑うと俺に向かって堂々と、胸を張って言った。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん!」
まだ関所にクレアの姿は無かった。
仕方が無いので、シュウに話しかけることにした。
「よう、見送りありがとな。」
「友人として、当然さ。・・・そうそう、クレアはもう少しで来るはずだから僕と少し時間を潰さないか?」
「ん?別にいいけど・・・、何をするつもりだ?」
「ちょっと場所を変えよう。」
関所の近くにあった空き地。手入れが行き届いてなく、雑草がたくさん生えている。
「グレイ、剣を抜くんだ。」
シュウが腰にある剣を抜いた。なにをしたいのかはわからんが、とりあえず従っておく。
「ほらよ、抜いたけどどうすんだ?」
「こう・・・するんだよ!」
いきなり剣を構え、俺のほうへとダッシュしてくるシュウ。
そのまま俺に真正面に剣を振り下ろしてきた。
「ちょ・・・おいっ!・・・・・ちっ!!」
---キィィィン!!
金属のぶつかり合う音があたりに響く
間一髪でシュウの剣を受ける。
「なにするんだよっ!あぶねぇじゃねえか!!」
「まさか、今の攻防で君は何も違和感を感じなかったのかい?」
・・・・違和感?
確かに、そこには違和感があった・・・。
なんだろう、この両手に残る気持ちのいい痺れ・・・。
そうだ。俺はシュウの斬りを「受けて」いた
今までシュウの斬りを受けきれたことは一度も無い。すべて受け切れなかった。
だが、今ここで繰り広げている攻防はまさに・・・。
「そうだよ!君は僕の剣を受けているんだ!」
この手に残る痺れがそれを証明している。
激しい高揚感が俺の中で熱く燃え上がる。
「ああっ!受けている!お前の攻撃をこの俺が!」
「ふふふっ・・・そうこなくっちゃ。まだまだいくよ!」
シュウが剣技の構えに入る
あの構えはたしか・・・横なぎ払いの剣技【スラスト】
・・・横なぎ払いを受ける技・・・っていっても俺に使える技は1つだけ。
下段から上へと切り上げる【スラッシュ】を溜める。
剣を軽く握り、下段に構える。
力を抜き、リラックス。
シュウがこちらに向かってくる。
俺もそれに合わせ、構えのまま前進する。
「ハァァ!!」
「セァァ!!」
---ガキィィン!!
先ほどよりも鋭く音が響き渡る。
さきほどとは比べ物にならないくらいに手が痺れる。
おそらくこの手袋が無ければすでに剣を落としているだろう。
なんて、重い攻撃だ・・・。受けるのが精一杯だ・・・。
剣技と剣技がぶつかり合った衝撃がこんなにでかいなんて想像もできなかった。
「本当にいい手ごたえを感じたよ、グレイ。学院時代とは比べ物にならないくらい技のキレも上がっているし。何か特訓でもしたのかな?」
シュウは余裕そうに腰に剣を収めると、俺に聞いてきた。
「いいや、別に特訓なんてした覚えは無いが・・・。強いて言うならこの剣と手袋かな。」
「確かに、君が使っていた剣はどこにも見かけなかったな。その手袋、僕も買ったけど、細かい作業は出来なくなるし、力が付いた実感も湧かなかったから、返品した思い出があるなぁ。」
え?この手袋をつけると細かい作業ができなくなるって・・・?力が湧かなかった・・・?
魔術でも、相性があるのか。少なくとも、俺の手にはピッタリ合うし、力も付く。
「ふ~ん・・。この剣は、親父が作ってくれた剣だ。最高傑作って言ってたし、性能のほうは何の不安もないよ。」
「確かにその剣はすごい強さを秘めているよ。見てごらん、僕の剣を。刃こぼれしているだろう?」
シュウが見せてきた剣は確かに刃こぼれし、刀身がすこし歪んでいた。
「帰ったら、鍛冶屋で研いでもらわないとなぁ・・・。」
「ハハハ、悪かったな。この剣がこんなに硬いなんて思わなかったんだ。」
お互い、顔を見合って笑う。こうやってシュウと笑うこともしばらくできないんだな・・・。
「まぁ、いいけどね。・・・・本当は、この剣を君にあげようと思っていたんだけど、どうやらその必要もなかったみたいだね。代わりといっちゃなんだけど、これをあげよう。」
シュウが取り出したのは、分厚い本だった。
「なんだこれ?魔導書ならお断りだぜ、頭悪いし。」
「君にそんなものあげても無意味なのは理解しているよ。これは僕が書いた剣技のまとめだ。」
「お前が書いたのか?やけに分厚いけど・・・。」
「ああ、僕が覚えている剣技の構え、コツ、発動のタイミングとかを全て書き綴ったからね。」
驚愕した。こいつが覚えている剣技の種類の多さは学院一だ。そんなもの全てまとめてしまったらもう市販してもいいくらいだろう。
「そ、そんなものもらっていいのか?これからも剣技は増えていくかもしれないんだぞ。」
「いいんだよ。2冊分あるから。」
こんなもの2冊も書いたらどれだけ時間がかかるんだ・・・。
「君にぜひ使ってもらいたい。旅の合間でいいから練習してほしい。以前の君ならこれを渡しても無意味だっただろうけど、今の君ならマスターすることは可能だ。」
「サンキューな、大切にするよ。全部マスターしてやるから新しいの作っておけよ。」
「ああ、作ってやるさ。今度は魔導書をね。」
勘弁してくれ。本気でそう願った。
関所へと戻る途中、シュウがこんなことを言い出した。
「実は僕、もう既にこの街の外に何度か出たことがある。」
「はぁ?!お前・・・まじかよ・・・。」
なんということだ。既に世界の一片を知っている人間がここにいたとは。
「軍の仕事でね。モンスター退治に駆り出されたことが何度かあるんだ。」
「別に羨ましくねぇぞ。俺だってこれから、まだ見ぬ世界へ旅立つんだからな。未知のモンスターだって倒してやるよ。」
本当はめちゃくちゃ羨ましかったが、強がって逆のことを言ってしまう。
「そっちの方がずっと羨ましいよ。つまり、僕が言いたいことは、君が生きてさえいれば軍の仕事で僕が街の外に出たときに、再開できる可能性もあるってことさ。」
「そうだ、そうだよな!俺は絶対死なないから安心しろ。」
「ふふふ、その言葉を信じているよ。ほら、関所に着いたよ。」
関所に戻ってきたとき、先ほどは見られなかった顔が1つ。
友人である、クレアがそこにぽつんと立っていた。
後ろでシュウの「ほらね、言ったとおりだろう?」という言葉を聞き流しながら、俺はクレアに話しかける。
「見送り、来てくれたんだな。」
「・・・・ねぇ。やっぱり考え直す気持ちはないの?」
哀しげな表情で聞いてくる。
「いいや、ないね。俺はこのまま出て行く。」
「そう・・・・。わかったわ。これ以上は言わない。別に私はあなたを見送りにきたわけじゃないもの。」
じゃあ何をしに来たんだ?と聞く前にクレアが突然叫んだ。
「皆さーん!いってきまーーす!」
・・・・へ?一体何を言っているんだ、この女。いってきます?バカ言え、なんでおまえが言うんだ。
「「「「いってらっしゃーい!!!!」」」」
親父、母さん、セイナ、シュウが声を揃えて言う。
ちょっとまて、この流れは変じゃないか?おかしくないか?
クレアは俺にかまわずに関所の門へ向かって歩いていく。
「おい!クレア待てよ!お前は俺を見送りに着たんじゃないのか?!」
「何いってんのよ。私はこれから街の外へでるのだけど。早くしないと置いていくわよ?」
「だからおかしいだろ、その流れ!お前まで街の外に行くなんて聞いてないぞ!」
「私は雑貨屋で扱う商品を仕入れるために何年で戻るかわからないけど、街の外に行くのよ。」
なんだそれは。おじさんやおばさんは許してくれたのだろうか。
「親は心配しないのかよ。」
「グレイ君と一緒に行くのなら安心ね~なんて言って快く送り出してくれたけど。」
「なんで俺と一緒にいれば安心なんだよ?危ないから帰ったほうがいいぞ。俺にはお前を守れるほど力を持っちゃいないからな。」
「ご心配なく。自分のみは自分で守るわ。それに、あなたを守ることになるかもよ?」
クレアは微笑みながら門の外へ出た。
「ほーら!早く来なさいよ!置いてくわよー。」
これは騒がしい旅になるかもな・・・。
「あぁ、もう!じゃあな、皆!いってきます!!」
俺とクレアは関所から出てもしばらく言い争いを続けていた。
後ろを振り向くと、もう関所の中にいる皆の姿は見えなかった。
いよいよ始まる、旅が。
どんなことが待っているのだろう。どきどきが止まらなかった。
まだ見ぬ新たな世界へ向け、歩を進めていく俺たちだった・・・。