プロローグ 未知なる世界への夢
処女作ですので、見ていて不愉快になるかもしれません。
それでも楽しんでいただけた方がいたなら、私としてはとても嬉しいです。
---貴様は弱い
そう言って俺を蹴り飛ばす大柄の男。豪華な装飾が施された鎧を身に纏い、無慈悲な瞳で俺を見下す。
がっしりとした体型で、顔を見る限り30代後半ぐらいの歳だろうと推測した。
なによりも特徴的なのは、紅色に染まり、爛々と輝いているその瞳だった。
---弱さゆえに、貴様は何も守れない
今度は顔を殴られた。何がしたいのであろう、こいつは。
あんたはいったい何なんだ?俺に何が言いたいんだ?発声した疑問は言葉になっていなかった。
弱いことぐらい自分で理解してる。こんなやつに言われる筋合いなんて無い。
---貴様が弱かったから、貴様が脆かったから、あいつは犠牲になった
腰の剣を抜き、そのまま俺の腹に突き刺す。深く、深く俺の身体に刺さっていく剣を見ても、痛みは感じなかった。ただ、心に穴が開いたような、喪失感が広がっていく。
---私は貴様を許さない。強くなれ。そして、「最強の敵」として私の前に立て。弱い貴様を倒したとて、何も面白くない。「あの力」を持った貴様と再び会えるのを、楽しみにしているよ。
男は俺から剣を引き抜き、背を向けて闇の彼方へと消えていった。
そこで世界は崩れだす。視界は歪み、世界は崩壊していった・・・・。
「また、うなされていたのか・・・。」
今朝の目覚めも最悪だった。10日ほど前から毎晩、このような「悪夢」を見てしまう。
夢の内容はよく覚えてはいないが、良い夢ではなかったことは、寝巻きが汗でぐっしょり濡れていることからわかる。
「しかし、一体なんだろう。このモヤモヤした感じは。重要なことを忘れているような・・・。」
いくら考えても答えが出ない。夢の内容を覚えていないのだから、当然である。
だけどここ数日の悪夢にはなんらかの理由が絶対あるだろう。
何かを知らせている?メッセージ?しかし、思い当たる節が無い。
そう考えていた直後、頭の中に一人の男と、男の顔にある2つの紅色の瞳のが映し出された。
「・・・?!・・・なんだ・・・こいつ・・・。」
---待っているぞ、ここまでこい。貴様の真実を私は知っている。
頭の中で響く男の声。真実・・・?ここまでこい・・・?
「ついに幻覚が見えて、幻聴まで聴こえるようになっちまったのか、俺は。」
別の日ならよかったものの、今日という日は俺の人生において特別な意味を持つ日である。
こんな日に幻覚や幻聴なんて朝からテンションをものすごく下げられた。
「まぁ、落胆していてもしょうがないよな。そろそろ起きるか。」
幻覚と幻聴が止まったことを確認した俺は、布団からでて部屋を後にした。
部屋から出た後も、頭の中のモヤモヤは消えてはくれなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?汗でぐしょぐしょだけど・・・。」
そういって俺のところに寄ってくる女の子。
名をセイナといい、俺の妹である。背が小さいので、俺を心配そうに見上げている。
「ちょっと悪い夢見てうなされていただけだよ。大丈夫だから朝飯食っちまえ。」
「悪い夢・・・ねぇ・・。大丈夫なら、いいけど・・・・・・ごちそうさまでしたー。」
セイナは朝食を平らげ、そのまま外へ出かけていった。
今日は兄の特別な日だというのに、妹は何も反応せずに出かけてしまったことはちょっと悲しかった。
まぁ、そんなことも忘れて友達と遊んでいるんだろうなぁ、などと思いながらテーブルの席へ座る。
「さてと、俺も食いますかね。いただきまーす。」
黙々と箸を進めていると、親父が俺に話しかけてきた。
「今日は6時までには家へ帰って来い。重要な話も用意してある、心の準備をしておけよ。」
ようやく反応を示してくれた。さすがは俺の親父。
「ああ、わかった。夕食も楽しみにしてるよ。」
「母さんの料理は毎回うまいからな。私も楽しみだ。」
親父は微笑むと、朝食を片付けて仕事場に戻っていった。
「今日はどうするかなぁ・・・。あいつらのところにでもいってくるかな。」
今日は休日だし、あいつらもきっと暇をしているだろう。
6時までしか遊べないので、朝食を平らげた俺は急いで身支度をし、家を出た。
今日は俺にとって特別な日。
俺---グレイ・シャロンの18歳の誕生日である。
ただの誕生日ではない。この世界での18歳は「成人」と区分される
つまり、この日を迎えた俺は自分の生きかたを決め、その道を歩んでいかなければならない。
畑を耕して、自分の手で食料を作っていくのもよし、店を構えて、商売にいきるのもよし、軍に所属して己の力で民を守る、というのも立派な生き方であるといえる。
18歳になれば、自分でそれを選び、生きていくのだ。
俺はまだはっきり決心はしていないが、徐々に自分が進みたい道が見えてきている。ここ数日のあれについても何かわかるはずだし。
・・・まぁ、親父や母さんには反対されるかもしれないが。
15分ほど街を南下していくと、中央へ着いた。
北には俺や友人が住む家が多く建てられている居住区エリア
東にはこれから俺が向かおうとしている雑貨屋や、鍛冶屋といった店が揃っている商業区エリア
西には学院、医院など街に必要な建物ばかりが揃っているセントラルエリア
南には街と街の外を繋ぐ関所がある。街から出るにはここを通らなければならないが、ここを通る人間なんて商品の仕入れを行う商人や、材料を調達する職人くらいである。
俺は商業区エリアの雑貨屋に顔を出していた。
ここにきた理由は二つ。
1つは友人に会う時に渡す土産を調達するため。
そしてもう1つは・・・
「あれ?グレイじゃない!めずらしいわねぇ、おつかい?」
長く伸ばされた黒髪と、大きな青色の瞳。俺より少し背が低いくらいのなかなかのスタイル。
名をクレア・シーフォといい雑貨屋の娘であり、俺の数少ない友人である。
そしてここに来たもう一つの理由が、このニヤニヤしながら近づいてくる憎たらしい女、クレアに会うためであるが、やっぱり土産だけ買って帰ろうかなどと考えてしまう。
「いや、シュウに会う時に渡す土産でも買おうかなと思って来ただけだ。」
「ふ~ん・・・。ねぇ、本当にそれだけ?もう一つ理由があったりしない?」
こいつはエスパーか、とたまに本気で思ってしまう。考えが顔に出るタイプでは無い俺の考えをピンポイントで読み当ててくる。・・・こいつに嘘はつけないな。
「・・・・俺は今日で18歳だから、成人としてどう生きていくか先輩のアドバイスを貰いに来たんだよ。」
「素直でよろしい。そうねぇ・・・仕事はどうせお手伝いだから抜けても問題ないし、シュウのところへいくなら私も行こうかしら。ちょっと待っててね、今準備してくるから!」
そういってクレアは部屋へと行ってしまった。
・・・シュウへの土産は自分で選ぶか。あと、気は進まないが相談に乗ってくれるクレアへのお礼も買っておくか。
俺は商品を手に取ると、会計を済ませて外へ出た。
「おまたせー!さぁ、いきましょうか!」
「お前時間かかりすぎだろ!何分待たせるんだよ・・・。」
まさか店を出てから20分待つことになるとは夢にも思わなかった。
ふつう長くても5分あれば準備は終わるはずなのにこの女は・・・。
「だってー、服着替えたり、髪を整えたり、いろいろ急がしいんだからしょうがないじゃない。」
「はぁ・・、とにかくいくぞ。今日はあまり時間が無いんだ。」
「え、なんで?グレイの家の門限はそんなに厳しかったっけ?」
「言ったろ。今日は俺の誕生日だって。家族も皆準備してくれているんだから俺が遅れるわけにはいかないんだよ。」
「ああ、そうだったのね。それはごめんなさい。それじゃ、いきましょう。」
一度来た道を戻り、北の居住区エリアにあるシュウの家へと向かった。
30分後、シュウの家に到着した。
到着したはいいのだが・・・・。
「なぁ、なんで俺だけ入っちゃダメなんだ?俺は用事があって来ているわけだぞ。」
「だーかーらー!あと10分くらいそこで待ってて!10分経ったら入れてあげるから!」
家の中から響く、クレアの声。10分待てなどと言っている。
「グレイ、こっちもちょっと大変でね。君には悪いけど10分だけでいいから待っててくれないか。」
中から男の声が聞こえる。
その声の主こそが、俺の数少ない友人の一人、シュウである。
背が高く、顔も整っており、茶髪がとてもよく似合う美少年風の男。
俺より歳が1つ上だが、小さい頃からの付き合いである幼馴染である。
生真面目で頭が固いのは長所というべきか、短所というべきか。
まぁシュウが言うのならば、本当になにかあるのだろう。大人しく待つことにするか。
到着してからさらに10分が過ぎた。
「待たせたね。入っていいよ。」
「ようやく入れる・・ってお前、何持ってるんだ。」
シュウの手にあるのは、目隠しの布切れである。いったい何をしでかすつもりなのか。
「君がこの家に入る時それを着けてもらう。僕がいいよといったらその目隠しを取ってくれ。」
何がしたいのかさっぱりわからないが、相談を聞いてもらう以上、言うことくらい聞いておこう。
俺は差し出された目隠しを手に取り、装着した。
「それじゃ、今度こそ入っていいよ。」
「ストップだ。そこで止まってくれグレイ。」
シュウの声が聞こえた。言われたとおり、俺はそこで停止する。
「それじゃ、いいよって言ったら目隠しを取ってくれ。」
周囲からがさごそと音が聞こえてくる。何をしているのだろうか。
1分くらいが過ぎた。
「いいよ。」
俺はその声を聞いた瞬間目隠しを取った。
パーンッ!パーンッ!
そこにはクラッカーを鳴らすクレアとシュウの姿があった。
「誕生日おめでとう!グレイ!」
「ようやく君も18歳か。めでたいな!」
「お、お前ら・・・。い、一体何が起きているんだ?」
状況が理解できない。ふたりが一斉にクラッカーを鳴らして・・・部屋はなんか装飾されてて・・・。
「何?人が誕生日祝ってあげてるのに、嬉しくないわけ?」
「まったく・・・善意で祝ってあげているのに、その反応は少し残念だな。」
「ちょっと待て、お前らは・・・俺を祝っているのか・・・?」
信じられない。この光景をしっかり認識できない。
「あなたを祝わないで誰を祝うって言うのよ。」
口を尖らせるクレア。
「ハハハ、グレイはサプライズに弱いんだな。」
笑うシュウ。
・・・・ようやく、認識が出来た。
俺の18歳の誕生日をこの2人は祝ってくれているんだ。
大切な友人2人から祝福されて、正直言うとむちゃくちゃ嬉しい。
嬉しくて思わず顔がにやけてしまいそうになるのを必死で抑えた。
「そうか、俺の誕生日を祝ってくれてたんだな。・・・・あ、ありがとう。」
やばい、顔が引きつる。
「あ、グレイ照れてるー!くすくすっ・・・」
「君が素直に礼を言うなんて、明日は嵐かな?」
その様子に気づいたのか2人はしばらく俺をからかうのを楽しんでいた・・。
「ってなわけでお前にも相談しようと思ったんだよ、シュウ。」
3人でケーキや俺が買ってきたお土産のクッキーなどを食べながら談笑を楽しみ、食後のこの時間に俺は本題を持ち出した。
ことの経緯を聞いたシュウは以前の自分を懐かしむかのように、目を細め答えた。
「なつかしいなぁ。僕も18になったばかりの時は悩んだよ。」
「やっぱり悩むんだな。」
「誰だって悩むさ。自分の生き方を決めるんだから、じっくり悩んでも文句は言われないよ。」
「そういえば、シュウも3ヶ月近く悩んでいたわよね。」
「優柔不断なんだよ、こいつは。」
「ち、違う!僕はただ自分が何をしたいのかじっくり考えて人のために何が出来るかとかもじっくり考えていたから、時間がかかっただけだ!」
取り乱したシュウが、紅茶を飲み、落ち着いたところで話は戻る。
「僕は、この手で皆を守りたかったから軍に入った。3ヶ月近くかかったけど、それが僕の出した答えかな。皆を守るのが、僕がこの街にできる唯一の恩返しだと思うしね。」
そんなこと考えていたのか、シュウは。
手先も器用、剣技・魔術共に優秀に扱える。
そんな弱点も無いようなやつが3ヶ月近くも悩んだことに驚きを隠せなかった。
「まぁそんなことより、僕は君が何をしたいのか真剣に知りたいな。」
俺の・・・したいこと・・・。
こいつらに、話してもいいのだろうか。非難されないだろうか。理解してもらえるのだろうか。
「そうよー、私たちに相談したいなら自分が何をやろうとしているのか、どんなことをしてみたいのか言わないとね。・・・まさか、考えていないとか?」
・・・そうだな。こいつらなら、信じても問題ないだろう。
「いや、うっすらとだけど・・・やりたいことは見つかっている・・。」
ずっと前から、やりたいことは俺の心の中にしまってあったと思う。
しかし、それはたぶん世間には理解してもらえない。それでも・・18歳に近づくにつれ、その思いは強く俺の心を揺らしていた。ここ数日の‘アレ‘も決め手になった。
今こそ、打ち明ける時だ。
「俺は・・・旅に出たい。全ての土地を歩き、この世の全てを知り尽くしてみたい。」
直後、部屋は沈黙に包まれた。
沈黙を破ったのは、クレアだった。
「・・・・それって、グレイが選んだ生きる道なわけ?」
「そうだ。未開の土地を歩き、剣技、魔術を極めたい。皆が知らないことを俺は知りたい。」
ここ数日の‘アレ‘は黙っておく。言ったところで「そんなものに意味はない」と言われることはわかっているからだ。
・・・やはり、引かれてしまっただろうか。こんな道はおかしいと思われてしまっただろうか。
「うん、君らしくて良いと思うよ。僕は立派な道だと思うけどな。」
シュウはそういって笑う。
親友が俺の夢を立派な道と言ってくれたことは、単純に嬉しかった。
「こんな道・・・許されるのかな。俺、おかしなこと言ってないかな。」
それでも、やはり気になってしまう。俺の選んだ道がどう思われるのか。
「おかしなこと言ってるじゃない!外は危険なんだよ?!モンスターだって出るし、何が起きるかわからない!死んだら誰も気づいてくれないかもしれない!そんな危険なところにあなたは行こうとしているのよ?!」
クレアはシュウとは違い、激しく反対していた。
目には涙を浮かべ、外の危険を次々と述べていく。
「それでも・・・それでも、俺は外へ行ってみたい。新しい世界をこの身体で感じたい。」
「だめよ!!死んじゃったらどうするのよ?!あなた1人の問題じゃないのよ!」
クレアは絶対にダメだと反対する。ついには泣き出してしまった。
「いや・・・いやだよ・・・。外なんていったらあなたは・・・。うっ・・・。ぐすっ・・・。」
「なぁ、クレア。自分の道は自分で選ぶものだよ?僕らが反対したって、グレイは勝手に行っちゃうんじゃないかな。それならさ、気持ちよく送り出してあげるのも友人の務めじゃないかな?」
シュウが冷静にクレアを諭す。
それでもクレアは落ち着かなかった。
「シュウは、グレイが心配じゃないの?!あんなのが1人でふらふらと外に行っちゃったら絶対死ぬわよ!それを黙ってみていろって言うの?!」
「僕はそうは言っていない。1人で行けば危険だけど、それを回避する方法なら、君も知っているんじゃないかな?黙っていられないなら、動けばいい。」
最後の辺りはよく聞こえなかったが、シュウとクレアが言い争っている。
自分が原因で、他人の言い争いを引き起こすなんて、とても嫌な気分だ。
「その・・・悪かった。だけど、俺はどうしても・・。」
「グレイ、君は悪くは無い。だけど、こうやって心配してくれる人が自分にもいることを理解してくれるといいかな。」
俺にも心配してくれる人が居たんだな・・・。少しだけ、胸が締め付けられた。
しばらく、沈黙の時間は続き、その間にクレアも落ち着いたようだった。
そのタイミングを見計らったかのように、シュウが口を開く。
「それで、グレイ。いつ出発するつもりなんだ?」
「明日の正午にはここを出ようと思う。」
朝から行きたかったが、準備もある。
万全の準備を整えなければ、待っているのは死だ。
「わかった。明日の正午だね。」
「・・・・・・。」
クレアは何も話さない。うつむいて、黙り込んでいる。
「それじゃあ今日はもうお開きにしようか。用事があるんだろう、グレイ?」
「ああ、そうだな。それじゃあな。」
俺は上着を羽織って、外へ出る。
クレアは1人でそのまま足早に帰宅してしまった。
「クレアのこと、悪く思わないで欲しい。僕だって、本当は君のことが心配だ。」
「わかってるよ。お前まで俺を心配するのは意外だったけどな。」
「君の学院での魔術、剣技を見ていたら嫌でも心配してしまうよ。」
痛いところ突いてきやがる。
学院でも魔術で使えたのは光で辺りを照らす【フラッシュ】だけだし、剣技だって基本技の【スラッシュ】以外は使えない。正直言うと、戦いの才能すらないと思ってしまう。
シュウは剣技・魔術共に優秀だし、クレアの魔術の才能は凄まじいものだった。
「一つ気になったんだが、君が旅を志していたのは前から薄々と感じていたけど、最近は別の理由もあるんじゃないか?」
「ん・・・、どうしてだ?」
「君が旅について語っていた時に、眉間にしわが寄っていた。あれは、何か言い出せななかったこともまだあったんじゃないかと思ってね。」
「いいや、別に無いよ。あれはお前らに旅ついて話して、こんな俺をどう思うか心配だっただけだ。」
‘アレ‘の話はしても無意味だ。
「・・・そうか。まぁ、いい。とにかく、明日は見送りに行くからすぐに出発するなよ。」
「おう、ありがとな。それじゃ、また明日。」
シュウの家から俺の家までは近いが、6時まではあと10分。急がなければ。
なんとか6時までに家に着くことができた。
家は壁などが装飾されており、パーティームードだった。
「おそかったじゃないか。もう始めるぞ、早く席につけ。」
親父も上機嫌で俺を座らせる。
母さんも料理を次々とテーブルに並べていく。
「もう始めるよー!電気消すね!」
セイナが居間の電気を消すと、あたりは暗闇に包まれた。
俺たち家族の中心にあるケーキの蝋燭の火が揺らめいている。
「それじゃ、今日はグレイの18歳の誕生日だ。お前もついに18まで育ってくれた。私は本当に嬉しく思うよ。おめでとう!」
「「おめでとう!」」
家族3人から祝福を受けて少々照れながらも俺は蝋燭の火を吹き消した・・・・。
母さんの料理とケーキを食べ、パーティーも静かに終わろうとしていた。
そんな時だった。
「さて、グレイ。これからお前に大事な話がある。」
いよいよ来たか・・・。俺の夢は理解してもらえるだろうか・・・。
不安で仕方が無かったが、親父の言葉を待つ。
「お前のこれからの道を聞く前に、私からお前に話すことがある。」
なんだって。父さんからの話?
あまり話をしない親父からの話に俺は驚きを隠せなかった。
「少し・・・長くなるかもしれない。心して聞いてくれ。」
私には血を分けた兄弟がいた。私は弟で、兄が1人・・・。
私と兄は仲がよく、いつも一緒に行動し、遊んでいた。
兄は剣技・魔術に優れ、その優れた才を生かし、学院を主席で卒業し、軍に入っていった・・。
そのころの私は魔術はおろか、剣もろくに扱えない落ちこぼれ。兄とは決定的に違っていた。
そのまま時は過ぎ、私は戦いとは無縁の職人になった・・・。兄は軍でも類まれな出世をしていった。
そんな私も兄も、やがて一人のパートナーを見つけ、結婚した。
私と結婚したのが、そこにいる母さん。そして兄が結婚したのはティナ・シャロンという人物だった。
---おかしい。
親父がいきなり兄弟の話をした時点で違和感はあったが、今は違うものに感じている
今話した女性の名に俺は違和感を感じた。いま、親父はティナ・‘シャロン‘と言った・・。
同姓なのか・・・?その女性と何かが関係するのか・・・。
私たちはなかなか子宝に恵まれなかったが、兄のほうはすぐに子供を産んだ。
名付けに相当時間がかかったようだが、その子につけられた名はグレイ・フリードという名前だ。
---今わかった
違和感の正体が。
親父は自分の兄弟について話しているんじゃない。俺の出生に関係することを話している。
2つの名前。ティナ・‘シャロン‘と‘グレイ‘・フリード・・・。
明らかに俺に関係がある。
その後兄から特に連絡は来なかったから、兄は子供と共に夫婦で幸せに暮らしていると思っていた。
しかし、突然その思いは裏切られる。
17年前の今日、兄から荷物が届いた。旅行カバン程度の荷物だった。
何が届いたのか・・・私は兄からの荷物をすぐに開けた。中に何が入っているかも知らずに・・・。
中を見た私は絶句した。
入っていたのは小さめの子供。生まれて1年くらいが経っていると見られた。
瞳が紅く、小さな背中に十字傷が刻まれていた。
その子の手に握られていたのは一通の手紙・・・兄からの手紙だった。
≪私は完成体の作成に失敗した。これはただの出来損ないだ。こいつを見ていると気が狂いそうになる。18まで育ててほしい。嫌ならば、山にでも草原にでも捨てに行ってかまわない≫
手紙に書いていることを理解するのに時間がかかった。
完成体、出来損ない・・・・意味のわからない単語が書いてある上に、18まで育てろと書いてある。
その子供には見覚えがあった。
生まれたときに私と母さんが口をそろえて言った言葉がある。
「瞳が紅いなんてめずらしい。」
私たち夫婦は、この子供を育てることにした。捨てることなんて到底できそうになかったからな。
消えてしまった兄の姓を名乗るのが私は嫌だったから、私たちはシャロンと姓を変えた。
兄の子供のグレイの姓もシャロンと改めた。
ティナや兄の行方は今も掴めていない。どこでなにをしているのか・・。
親父の話は衝撃的過ぎた。
もう最後まで聞かなくてもわかる。
俺は--グレイ・シャロンは・・・・親父の本当の子供じゃない。
背中の傷は物心ついたときにすこし気になったけど、すぐに気にならなくなった。
ただ・・・思い当たらないのが紅い瞳。
これは俺の瞳じゃない。俺の瞳は黒い。
「・・・なぁ、親父。俺の瞳は・・・黒いぜ?」
親父は驚いていた。こんな話を突然聞かされてもなお、全てを理解して受け入れている息子への驚きだろうか。
「あ、ああ・・・。お前の瞳は、母さんの魔術で黒くしてある。瞳が紅いと、学院に入学した時にいじめられるかもしれない、と母さんが心配していたからな。」
「へぇ・・・、そうだったのか・・・。」
「お前・・・私の話を聞いても、何も驚かんのか?全てを・・・理解したのか・・・?」
「もちろん、驚いたさ。信じられない、といった気持ちもまだある。だけど、親父の話を聞いて、いくつか思い浮かんだことがあった。」
「お前・・・何か知っているのか?私たちはお前にこのことについて話したのは今日が初めてだが、」
俺は親父にここ数日の「悪夢」について話した。
「10日くらい前かな。実は昨日までその夢の内容はおぼえていなかったんだ。だけど、今日の朝、いつもの悪夢を見た後、しばらくすると、頭の中に、見たこともない紅い瞳をした長身の男がいきなり浮かんだんだ。幻覚を見たと、焦っていると、今度はそいつが俺にささやいてくるんだ。」
---待っているぞ、ここまでこい。貴様の真実を私は知っている。
親父は俺の話を黙って聞いていた。
「グレイ・・・私の兄の瞳は緑色だ。少なくとも、私の知る兄は、な。」
「別にその男が親父の兄と決め付けたわけじゃない。だが、俺について何か知っているのは間違いない。俺はな、この夢に何らかの意味があると思っている。何かを伝えようとしているとか、『ここまでこい。』というのも気になる。俺をどこかへ呼んでいるんじゃないかと思った。自分の中でも、俺は普通に出生したわけではないと背中の傷を見ながらたまに思うときがあった。そんな時に『真実を知っている』と言っていたあの男は、俺を全て知る人間だと思ったんだ。」
そう、俺が旅に出ようと思った理由の一つに、この「悪夢」も関係している。
世界のどこかにいるこの紅眼の男に会い、俺の全てを知りたい。
世界の全てを知り、頂を掴むという果てしない夢の過程で、俺自身のことも知る必要がある。
あの紅眼の男は親父の兄か、それはわからない。
しかし、会えばそれもわかる。親父の兄の居場所も吐かせる。
まぁ所詮夢だと思うかもしれないが、この夢は必ず何らかの意味がある。その意味も知る。
「そんな夢を見ていたのか・・・。しかし、後は言わなくてもわかるな?私たちとお前は血が繋がっていない。その現実を私たちはずっと隠していた。そんなこと受け入れられるのか?」
親父の答えなんて一つしかない問いに、俺は呆れながら答えた。
「だって・・・血が繋がっていなくたって、親父と母さんが俺を18まで育ててくれたことに変わりはない。もちろんセイナだって、俺の妹だ。聞いたときは驚いたけど、それが不幸だとは思っていないよ。」
隣の席でセイナが泣いていた。よほどショックだったのかもな。
「もちろんだ。お前は兄の子じゃない。私たちの子供だ。私たちの願いどおり、お前は強く、成長してくれた。お前がこの先どんな道を選ぼうと、私たちは応援するよ。」
「母さんも同じよ。聞くのが遅くなっちゃったわね。さぁ、聴かせて見なさい。あなたの思い描く未来を、自分が進もうとしている道を。どんな道を選んだって応援するから。」
その言葉が聞きたかった。
心のどこかで、誰かに背中を押してもらいたかったのかもしれない。そうしないと、辛くて苦しくて耐えられなかったと思うから。
さぁ、いまこそ言おう。これから始まる未知の旅に出発する合図。
「俺は・・・旅に出る。未知の世界を歩く。全てを知る。剣と魔術を極める。世界の頂に・・・昇りついてみせる。」
出発は明日だ....