世界が僕を忘れたら
もしも、全てに忘れられたら、あなたはどうなりますか?
世界の誰もが俺を知らない。
世界の誰もが俺を覚えてない。
全てなくなった。
くそったれな世界だと思っていた。
そんな世界にすら、俺は忘れられた。
理由もわからない。ただ、忘れられたという事実だけが残っていた。
携帯電話を取り出し、電話帳を開く。
は行にカーソルを合わせ、何度か下のボタンを押す。
『母』の一文字にカーソルを合わせ、コールボタンを押した。
規則的なコール音が、数度鳴る。
そして、それが不意に途切れた。
「……もしもし」
『もしもし?』
女性の声が聞こえてきた。言うまでもなく、母であり、今ではそうでない人の声だ。
見ず知らずの人間が、話し込むのもアレなので、間違い電話を装うことにした。
「あ、すみません、電話番号を間違えてしまったようです」
『あぁ、そうですか。誰かなーと思ったので』
「本当にすみません……」
『いえいえ』
「では」
『失礼しまーす』
ブツリと、何かが切れたあと、規則的に電子音が鳴り響く。
携帯の画面を見ると、『通話時間 00:15』と書いてあった。
その画面を眺めたまま、俺は立ち尽くしていた。
省電力のために、携帯の画面が暗くなり、そして、真っ暗になった。
それでも、その画面をずっと眺めていた。
「……母さん……」
ポツリとつぶやいたその一言で、胸が締め付けられるような感覚に陥る。目の周りの筋肉がおかしな動きをしたのがわかった。そのまま視界が歪んでいく。
真っ暗になった携帯の画面に、雫が一粒こぼれ落ちた。
目頭を袖で拭き、携帯の画面も同じように拭いた。
携帯の通話終了ボタンを押して閉じる。
パチンといい音が鳴り、カバーについた液晶に18:23と表示される。
「お腹すいたなぁ……」
そう言いながら、俺は携帯をズボンのポケットにしまった。