私立東央学園風紀委員会
久々の短編投稿です。
今度はシリアスでは無く、日常系の物を目指してみました。
では、どうぞ。
私立東央学園。
普通科はもちろん、音楽科、スポーツ科、美術科、建築科など多様なクラスによって構成される県内有数の規模の高等学校である。
生徒数は5000人を越えるとも言われ、多様なクラスで構成される以上、生徒の個性も多種多様である。
それ故、その統制のために『校則』と呼ばれる物が存在する。
各クラスの代表による会議で毎年制定される『校則』、その執行者こそ……。
……私立東央学園、風紀委員会である。
◆ ◆ ◆
私立東央学園、風紀委員会。
5000人を越えるともされる生徒達に『校則』を守らせるために存在する執行組織、その意味では他の委員会に比して強大な権限を持っているともいえる。
何しろ、『校則』執行のためならば相手が教師だろうと罰則を与えることができるのだから。
だからこそ、通常ならば生徒の代表たる生徒会よりも注目度が高い。
生徒会長よりも風紀委員長の方が優秀であり、生徒会役員よりも風紀委員の方が有能である。
それはもはや、この学園における常識であった。
そう、風紀委員会とは東央学園におけるエリート集団なのである。
「……オボロ君オボロ君、重大な提案があるのだがね」
「はぁ、何ですか、レン先輩」
その全校生徒の憧れの的である所の風紀委員長、赤城漣は真剣そのものだった。
風紀委員会の執務室とも言える校舎内の一室、生徒会室よりも4畳分大きなその部屋。
窓を背にした大きな漆のテーブルに両肘を置き、顎を乗せながら表情を引き締めている。
そんな先輩を可能な限り静かに見つめながら、オボロと呼ばれた少年は何も期待するなと自分に言い聞かせていた。
黒髪黒目、中肉中背のどこにでもいる少年の秋雲朧は、東央学園風紀委員会に所属する1年生である。
かれこれ委員会に所属して2ヶ月、そろそろ仕事にも慣れようかという頃合だ。
ただ彼は、未だに何故自分が学園のエリート集団である風紀委員会に選ばれたのかわからないでいるが。
少なくとも、来る前に抱いていた期待や空想が間違っていたことには気付く頃でもあった。
「うむ、これは極めて重要なことなのだが」
「はぁ、具体的には何ですか?」
「うむ、キミがそう聞き返して来るだろうことはわかっていたよ。だからこそ私も答えをすでに用意している……ずばり、我らが拠って立つ『校則』の抜け穴についてだ」
レンは真剣その物だが、オボロはどこかやる気の無い顔のままだった。
何となく、どんなことを言うのかがわかってしまっているような顔だった。
対して委員長たるレンは、極めて真剣だ。
眼差し鋭く、光すらたたえている。
腰まで伸びた烏の濡れ羽色の髪に、同じく深い黒の瞳。
陶器のように白い肌は黒を基調としたブレザーの制服に映えて、赤い胸元のリボンがアクセントとなって彩を加えている。
噂では華族の子孫とか言われているが、それも有り得そうな……日本人形じみた美しさを持つ少女。
全校生徒の羨望の視線を一身に受ける、風紀委員会の長が彼女だ。
「『校則』の抜け穴、ですか……」
「ああ、その通り。私は気付いてしまったのだよオボロ君」
「はぁ、具体的には何ですか?」
「オボロ君、同じ質問を繰り返すのは感心しないな」
「すみません」
とりあえず謝りつつ、先を促す。
はたして、この2つ年上の先輩は何を言いだすのだろうか?
ドキドキ半分ビクビク半分、そしておまけで聞く気半分のオボロである。
「それで……実はだなオボロ君」
「はぁ」
再び真剣な空気が流れ、オボロが相槌を打つ。
オボロは辛抱強く待った。
そして散々もったいつけた結果、レンは拳を握りながら叫んだ。
「『校則』には、近親婚に関する記述が無いのだよ!!」
その時点で、オボロはレンの話を聞くのをやめた。
想像以上につまらない話だった、オボロは風紀委員の雑務に戻ることにした。
何しろ風紀委員会の仕事は多岐に渡る、委員長の戯れに付き合う暇も無いくらいに。
レンはその後もワーワー言っていたようだが、オボロが反応を返してくれないので席を立った。
そしてオボロの前に立ち、六法全書程はあるのではないかと思われる本を開いてオボロの顔に押し付けて来る。
ちなみに表紙には、「平成24年度私立東央学園『校則』及び付属文書」と金文字で刻まれている。
「ほらほら見たまえオボロ君! 『校則』のどこを探しても学生結婚に関する女子の記述はあるが近親婚に関する記述が無いのだよオボロ君! これが何を意味するかわかるかいオボロ君! 何と国際結婚に関する条項もあるのにだよオボロ君! 聞いているのかいオボロ君!?」
「レン先輩、前が見えないです」
「それはすまないオボロ君! だがこの私の驚愕と愉悦にも理解を示して欲しいなオボロ君!」
「俺の名前を連呼するのもやめてくれませんか、レン先輩」
「善処しようオボロ君!」
問題、今彼女のは何度「オボロ君」と言っただろうか?
まぁ、そんな問いかけにはあまり意味が無い。
重要なのは、委員長たるレンが仕事をせずに1年生たるオボロが仕事をしている点だろうか。
「しかしねオボロ君、キミも委員ならもう少し私に構ってくれても良いじゃないかね」
「レン先輩も委員長なら、もう少し仕事してくれると嬉しいです」
「風紀委員長の仕事は、外で上品に清楚に振る舞うことだよ。これはそうだね、反動と言う奴さ」
「嫌な反動ですね……」
オボロはげんなりとした顔をした、しかし実際、レンは外では完璧に「風貴委員長」を演じているのだった。
成績優秀・品行方正・容姿端麗・博学多才……外での彼女を形容する言葉には枚挙に暇が無い程だ。
内側では、まるでダメな女性なのだが。
「だいたい、話なら俺以外の人に言えばいいじゃないですか」
「キミ以外の2人は、反応がつまらないんだよ」
どこか不満そうに唇を尖らせるレンを、不覚にも「可愛い」とか思ってしまって……。
オボロは、慌てて他の2人の「風紀委員」の方を向いた。
今の騒動にも関わらず、まったく参加してこなかった2人である。
「なぁ、カレル君。この近親婚の記述が無いことをどう思う? 私としてはこれによって兄弟姉妹間での婚姻騒動が起こると考えているのだが」
「いやそれ校則以前の問題ですからね、レン先輩!?」
「私も弟と結婚できるかもしれないし……」
「俺思うんです、委員長は俺の話の10分の1も聞いてくれて無いんじゃないかって」
「5分の1は聞いているよ」
「5分の1かよ!」
ついに敬語すら放棄して、オボロはレンに突っ込んだ。
そして見てしまった、レンの「してやったり」な笑みを。
引っかかってしまった……オボロはその場に崩れ落ちた。
「あはは、委員長と秋雲君は本当に仲が良いですね」
そう言って凄まじい勢いで書類を捌きながら―――実際、処理した書類が宙を舞って所定の位置に積み上がっていっている―――レンにカレルと呼ばれた男子生徒が答えた。
こちらもレンにタメを張れる程の美貌の持ち主だが、男子でしかもハーフだった。
日本人の父とオランダ人の母を持つ、カレル・タカギと言う名の音楽科に在籍する3年生。
金色の髪に黒い瞳、スラッとした身長に学園のブレザーが良く似合っている。
風紀委員会の仕事の8割をこなしている彼は、肩書きとしては副委員長だった。
もう、実質的に委員長と言っても過言では無かった。
ただ常に書類を捌いているので、外の会議に参加できる時間が無いと言う致命的な弱点を抱えている。
……委員長が応分の仕事をしていれば、その限りではないだろうが。
「…………むにゃ(あむあむ)」
そして部屋の片隅のソファで毛布にくるまり、しかも自前のお気に入りの毛布の端を咥えてむにゃむにゃと言っているのは、もう1人の風紀委員。
菊月夕と言う名の、2年生の女生徒だった。
ちなみに美術科在籍、通称「お昼寝先輩」(オボロ心の呼称)。
オボロは外での彼女は知らないが、少なくともこの部屋にいる間は常に寝ている。
自分の分の仕事はいつの間にか終わらせているので、オボロも文句は言わないが。
その時するりと毛布がめくれて、パジャマ代わりに着ているらしい半袖短パンの体操着が覗いた。
薄布の向こうで上下する豊かな胸元と、きゅっと締まった足首が露になる。
ボブショートの黒髪が健康的な白い頬にかかり、薄く開いた桜色の唇からは微かな寝息が……。
「…………風紀委員がセクハラとは、感心しないなオボロ君」
「は……はぁ!? ちょ、言いがかりはやめてくれませんかねぇ!?」
「ならその舐めるような視線は何だね、思わず「ふ、不潔!」と叫びたくなるのだがね」
「委員長はそんなキャラじゃないでしょ!?」
「いやはや、本当に仲が良いですねぇ」
ニコニコと笑いながら書類を捌き続けるカレルの前で、オボロとレンは不毛な言い争いを続けていた。
この4人が、今期の風紀委員を務める4人だった。
例を見ない個性的な委員だと評判だが、その中には当然オボロも入っている。
オボロからすれば、「誤解だ!?」と叫びたくなるような状況だった。
◆ ◆ ◆
「それで、近親婚の話なのだがね」
「あ、その話続くんですね……」
じゃれ合い(?)の後、定位置に戻ったレンは再び机に肘を突きながら話を再開する。
てっきり終わった話題だと思っていたオボロは、げんなりしながらも付き合うことにした。
この付き合いの良さは、長所であり短所でもあった。
「それで、委員長は近親婚が今後どのような問題を我が校にもたらすとお考えですか?」
「あ、広げちゃうんですね……」
書類を捌きながら話を広げにかかったカレルを哀しげに見つめながら、オボロはやはり話題に付き合うことにした。
繰り返すが、彼は付き合いが良い方である。
「うむ、私が思うにこれでは我が校が駆け込み寺的な存在になってしまうのではないかと思うのだよ」
「なるほど」
「何がなるほどなんスか、カレル先輩」
「つまりだねオボロ君、仮に私が弟を両親の手から奪い返して校内に連れ込み永遠の愛を誓い合ったとするだろう?」
「すみません、どこから突っ込んだら良いのかわからないです」
カレルに聞いたのにレンが答えたことにか、弟と永遠の愛をどうこうと言う話にか。
しかし「奪い返す」とはなかなか大仰な発言である、レンの両親はレンの弟をやたらと可愛がっているのだろうか。
そう思ったオボロは、素直にその疑問を口に出すことにした。
「と言うか奪い返すって、表現が大げさじゃありません?」
「そうかね? 私は本邸に入れて貰えないので弟には年に何度も会えないから、大げさでは無いと思うのだが」
「へ?」
「ふむ?」
……数瞬、見つめ合った。
今、何やら無意味に壮大なレンのバックボーンが垣間見えた気がするのだが。
とりあえず、オボロはそれについては脇に置いておくことにした。
それに対して首を傾げながら、レンは気を取り直して話の続きを語りだした。
「しかしそうするとだオボロ君、日本国の法律に抵触することになるだろう?」
「あ、一応そこは理解してたんですね」
「するとどうだろう、我が校の『校則』と日本国の法律が真っ向からぶつかり合うことになってしまうじゃないかね!?」
「訂正! やっぱ馬鹿だこの人!!」
一瞬の期待が儚くも打ち砕かれて、オボロは全力で突っ込んだ。
カレルは「なるほど、確かにそうですね」と生真面目に頷くばかりだ。
そしてカレルの反応はレン曰く「つまらない」、結局の所レンはオボロの反応に満足そうに頷くのであった。
「ようやく事の重大さに気付いたようだね、オボロ君」
「はい、レン先輩が恐るべき馬鹿だと言う事に」
「ふ……キミならそう言ってくれると思っていたよ」
「何が!?」
「『校則』を守護する風紀委員長として、祖国の法律と真っ向から戦う私のような馬鹿を、キミは嫌いじゃ無いと言ってくれているのだろう?」
「言ってませんよ! ただ単純にレン先輩のことを心から馬鹿だと思ってるだけです!」
もはや先輩後輩の礼はそこには存在していなかった、オボロは単純にレンの認識力に脅威を抱いていた。
すると、その時……。
「…………おぼろん」
その時、今まで聞こえてこなかった4番目の声が聞こえて来た。
半ば寝ボケているようなふにゃふにゃしたその声は、部屋のソファから聞こえて来ている。
見れば、体操着姿で毛布にくるまれている「お昼寝先輩」ことユウが身体を起こしていた。
あふ……と可愛らしく欠伸をしながら、欠伸で涙が滲んだ黒い瞳がオボロを見つめている。
「先輩に……バカって言っちゃ……だめ」
「あ、はい……すみません」
「ん…………」
ユウは素直に謝るオボロにほにゃ、とした笑顔を見せると。
「…………おやすみ」
寝た。
そのままソファに横になるユウに「寝るんかい!」と突っ込みたくなるオボロだが、ぐっと堪えてそのまま寝かせた。
これ以上のカオスはご免である……と、視線を元に戻すと。
「……? どうしたんですか、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して」
レンとカレルが、「びっくりしたー」とでも表現できそうな顔で驚いていた。
カレルはニコニコ笑顔を深刻に引き攣らせて、レンに至っては金魚のように口をパクパクとして。
どうして2人が、そして何に対してそんなに驚いているのかオボロにはわからない。
オボロが訝しげに首を傾げていると、2人は同時に。
「「ゆ、ユウ(さん)が起きて喋った……!」」
「1年間一緒に風紀委員やってきたんですよね!?」
3人はすでに卒業した先代委員長と共に去年から風紀委員だったはずである、まさかその間にユウは一言も喋らなかったのだろうか、ついでにずっと寝ていたのだろうか。
いやいやまさか、とオボロは思う。
しかし2人の驚愕の表情を見ている限り、あながち嘘にも見えない。
「「「…………」」」
……まさか。
ツツ……と、オボロの頬を一筋の汗が伝った。
◆ ◆ ◆
それからは近親婚がどうのと言う騒ぎは続かず(それ程までにユウの起床・発言が驚異的だったのか……)、その後は普通に委員会の仕事を行った。
各クラス・各部活・各委員会などから上がってくる要望書を決済し、『校則』違反者がいないかをチェックする。
違反者などほとんどいないが、出た場合は『校則』に基づき裁かなくてはならない。
まぁ、『校則』全てを暗記しているカレルが結局はほとんどの案件を処理してしまうのだが。
いずれにせよ、一日の仕事を終えて―――放課後の2時間のみだが―――三々五々、帰宅することにした。
「いやいや、今日もご苦労だったねオボロ君。どうだい、風紀委員の仕事には慣れたかな?」
「仕事には慣れて来ましたけど、委員会には慣れないです」
「なるほど、委員同士のコミュニケーションを増やすべきだと言う意見には賛成だな。良し、今度一緒にケーキバイキングにでも行くとしようかオボロ君。何、心配はいらない。私が奢ろう」
「レン先輩はやっぱり俺の話を5分の1も聞いてないんじゃ……」
「失礼な、7分の1は聞いているとも」
「減ってますよ!?」
帰る時も、基本的にはこのノリである。
ちなみにカレルは書類を捌き終わると今度は手帳に明日の予定を書き込んでいる、常に何かしているのがカレルと言う少年だった。
オボロは真剣に、この先輩がいつ音楽科の課題をこなしているかを心配しているのだった。
「ふむ、コミュニケーションが必要ではないのか。ではどうするかな、委員同士で意思疎通が図れないのは極めて重要な問題だ。委員長として見過ごすことは出来ない問題だぞオボロ君」
「言ってることは良い事ですけど、内容が物凄くダメダメですよレン先輩」
「う~む……何か解決策が無い物か」
鞄を持って帰り支度を済ませたレンは未だ椅子に腰かけているオボロの前まで来て、うーむと唸りながら腕を組んで考え込んだ。
それから瞳の中に閃きのランプを灯して、ポムッと手を打つレン。
どうやら何か思いついたようだ、どんな馬鹿な発想が来るのかとオボロは身構えた。
悪気なく馬鹿なことをやるのがこの委員長である、それをこの2カ月で学んだオボロだった。
ただ、どうしてレンがオボロを委員会に入れたのかはわからない……。
むぎゅっ。
―――――その一瞬、オボロの時間が止まった。
それ程の間と衝撃が、オボロの意識に襲いかかった。
次いで感じたのは、柔らかさと甘い匂い。
「ふむ、どうだねオボロ君。スキンシップによる委員同士の心の交流と言うテーマについて、前々から考えてはいたのだがね。やはり『校則』の守護を任務とする風紀委員会には、こう言う直接的な一次的接触と言うのは似つかわしくないと思うかもしれないが……」
「う……うえ? ちょ、うわっ、うわわわわわわわわわっ!?」
後頭部に回された両腕、押し付けられた胸元、鼻孔をくすぐる甘やかな香り。
一度に頭の中に情報が入り込んできて、オボロはみっともなく両手をバタつかせて慌てた。
何しろオボロの頭は現在レンによって抱き締められているわけで、するとけして豊かではないが女性らしい優雅な曲線と温かな柔らかさを押し当てられた頬に感じるわけで……自分の胸のバクバクと高鳴る心臓の音と、一方でトクントクンと静かに鳴るレンの心臓の音を感じる。
「うわっ、うわあああああああっ!? ちょ、先輩っ、暑い! 暑いですから!」
「む、そうか? まぁそろそろ衣替えだからな、ブレザーは暑いかもしれないな」
どうにか解放されたオボロは椅子から飛び上がるように後ずさり、ぜぇはぁと息を荒げていた。
その顔は夕焼け以上に赤くなっており、未だに心臓は激しく鼓動しているようだった。
ふとオボロが視線を上げれば、カレンがクスクスと微笑ましそうに笑っているのが見えた。
―――――良かったですね、役得ですよ?
―――――逆効果ですよ! だってこの人ただのブラコンですよ!?
―――――か~ら~のぉ?
―――――何を期待してるんですか、貴方は!?
と言う会話を(おそらく)アイコンタクトでした後、カレルは再び手帳に何かを書き込み始めた。
アレは確実に仕事とは別のことを書いてるなと思いながら、幾分か落ち着いたオボロは不思議そうな顔で大人しく待っていたレンに視線を戻した。
それでも先ほどの抱擁の気恥かしさからか、まともに視線を合わせることができなかった。
「ま……まったく、レン先輩はアレですよ、もう少し慎みを持つべきですよ。後輩だからって俺は男なんですから、もっとちゃんとしないと大変なことになっちゃうんですからね!?」
「……ほう?」
特に意味も無くオボロが捲し立てていると、不意にレンが笑みを浮かべた。
どうやら、何かが彼女の琴線に触れたらしい。
それを見たカレルの手帳への書き込みの速度が倍になったが、誰も気にしていない。
「大変なことと言うとどんなことかなオボロ君? 今後のためにぜひとも教えて頂きたい物だね」
「うぇ? い、いやだからそれは……」
「……それは?」
オボロの顔を覗き込むように屈みながら、レンはオボロを見つめる。
その顔には玩具を見つけた子供のような楽しげな笑みが貼り付いていて、楽しそうに指先でオボロの頬を撫でたりしている。
オボロはそれを振り払いながらもモゴモゴと何かを言おうとして、結局は何も言えずに……。
「くす……可愛いね、キミは」
「んなっ!?」
クスリ、と嫌に「女性」を感じる笑みを向けられて、オボロは愕然とした表情を浮かべた。
可愛いって! 可愛いって!
男が言われて嬉しい言葉では無かったが、楽しそうなレンの顔を見ているとどうでもよくなるオボロだった。
「弟の次くらいにね」
「……そっスか」
オボロが項垂れて深く溜息を吐くと、レンはそれを一瞬だけ優しげな瞳で見つめた。
カレルはそれを面白そうな顔で見つめた後、いつもの笑顔で口を開いて。
「では、戸締りはしておきますので」
「ああ、うむ、いつもすまないねカレル君。ではオボロ君、我々は帰るとしようか」
「はぁ……いつも思うんですけど、ユウ先輩はどうしてるんですか?」
「「いつもいつの間にか帰っているよ(いますよ)」」
「怖いんですけど!?」
ますますもってユウと言う人間がわからなくなるオボロだった。
まぁ、とにかく今日の委員会は終了である。
オボロは妙に上機嫌なレンについて行く形で、そのまま歩いて行くのだった。
「うむ、何だか今日は気分が良いな……良し、オボロ君。いつかと言わずに今日行くとしようか、コミュニケーションをしにね!」
「構いませんけど……どこにです?」
「ケーキバイキングさ!」
「あ、アレ本気だったんですね」
夕焼けに伸びる2つの影、それはまだ2つに別れて離れて歩いていた。
その2つの影が、1つに重なるのは……。
―――――まだ、5か月先の、お話。
登場人物紹介:
風紀委員長:赤城漣
委員長、3年、女子、弟大好き。
何だかお金持ちらしい、家庭環境は複雑との噂。
副委員長:カレル・タカギ(日本人の父・オランダ人の母)
3年、男子、ハーフ。風紀委員長の懐刀、音楽科、快楽主義者。
「校則」を全て暗記していると言う。
委員(2年):菊月夕
お昼寝先輩、女子、美術科、基本的に起きない。
基本的に寝てる、実は起きている所を委員は見たことが無い。
委員(1年):秋雲朧
苦労人、男子、個性が無いことが個性のツッコミ役。