①
天羽 優乃
(あもう ゆの)
これが私の名だ。
あの時の不思議な出来事は今でも覚えている…。
きっとまだ、そんなに時間は流れていないだろう。
だが私には何年も何十年も前のように感じる…。
一ヶ月前…
「優乃~いつまで寝てるの?もう朝よ。学校遅刻しても、お母さん知らないからね」
優乃はいつもと変わらず、二階の自室のベッドで寝ていた。
優乃の家は一軒家で、広くて綺麗な家だった。
優乃の家族は、優乃の母、姉だけだった。
祖父母は去年の秋に亡くなり、父と母は離婚。結果的に三人になってしまったのだ。
そんなわけで、相変わらず寝ている優乃を起こそうと大声で叫んでいるのは優乃の母、恭子だった。
恭子が優乃を大声をあげて起こす。
これが毎朝の日課だ。
そして眠たそうに二階から起きてきた優乃は、朝ごはんが置かれているテーブルに向かう。
「それじゃ、行ってくるね」
と、慌ただしそうに家を飛び出したのは、優乃の姉、真美だった。
真美は高校一年生で高校へは電車で通学しているため、朝早くに家を出なくてはならないのだ。
「いってらっしゃいおねーちゃん」
「あんたもいい加減早く起きれるようになんなさいよ?優乃」
そういい、家を出発した。
そして優乃も朝食を食べ、身支度を整え、家を出た。
嫌いな学校への足取りは重く、学校へ近づけば近づくほど自然に歩く歩幅が狭く、
ゆっくりになっていくのが自分でも分かる。
優乃は中学三年生で、受験が迫ってきている大事な時期に差し掛かっていた。
だが優乃は呑気にあまり勉強もせず、行きたい高校もまだ見つけていなかった。
それ以前に優乃は学校という所が大嫌いだ。
家では明るく家族に振る舞ってみせたりしているが、学校では全く正反対で、とても暗い子だ。
その事は家族には隠している。
もし話して変に心配されても困るからだ。
だが今、嫌でもその学校に着いてしまった。
教室に入り自分の席に着く。
だがクラスの会話には入れなかった。
そんな勇気がないのだ。
だが、優乃にも唯一仲の良い友達が一人いる。
細谷 絵里
(ほそや えり)
この子だけは優乃を見捨てたりはしなかった。
何か困ったことがあれば、絵里に相談に乗ってもらったり、プライベートでよく遊んだりもしている。
そして今日も順調に授業が終わっていき、六時限目の授業が終わると、HRをし、ぞろぞろとクラスメイトが帰っていった。
「はぁ…終わった…」
優乃がボソッと呟きながら、とぼとぼと廊下を歩く。
あいにく絵里とはクラスが違うし帰る方向も違うため、一緒に帰ることは滅多になかった。
なので優乃は外に出ればいつだって一人だった。
そうして学校の校門を出て家路へ急ぐ。
帰り道の途中に古くて小さなトンネルがある。
そこまで辿り着くと何故かいつも安心する。
きっと学校から離れたため解放感がグッと湧き出るのだろう。
だが今日は違った。
何故か安心しない。むしろそわそわするのだ。
トンネルの向こうは薄暗く、よく見えない。
なので不安な気持ちもあったが、恐る恐るトンネルに足を踏み入れた。
そして誰一人いないトンネルの中をゆっくり進んでいく。
その時、いきなり強い追い風が吹き、勢いで前に転んでしまった。
突然の風に予想などしていなく、油断していたため派手に転び、膝を擦りむいてしまった。
右膝からは血が出ており、とても痛々しかった。
「―っつ…いてて…」
地面に手をつき、立ち上がるのがやっとだった。
だが、転んだせいでトンネルの出口から抜けていたらしく、ふっと顔をあげた。
だが、優乃が見たその光景は、いつもの見慣れた帰り道の景色と、かなり異なるものだった。