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手品師の姪  作者: 沖川英子
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 押しかけるように従業員兼弟子となったメイコさんだったが、本人曰く「学生時代にバーでアルバイトをしていた」とのことで、バーテンダーとしての基本的な技術はしっかり身についていた。

口の悪い常連客など、

「キセさんより、メイコさんの方がバーテンダーって感じだなぁ」

などとからかうほどだ。

 確かに、キセ氏はお酒に関しては覚えが悪く、複雑なレシピとなると「えーっと…」と小声で呟きながらリキュールボトルを探す始末だった。

 けれど、そもそもこの店では、カクテルの注文自体がほとんど無いのだから仕方がない。店に来る客の9割は常連客、そして彼らの注文の9割強がウイスキーで、違いといえば銘柄と飲み方だけなのだ。そのかわり、キセ氏は氷や水にはこだわっていたし、ロック用の丸氷を作るのは大得意だった。

 メイコさんは、初日からとても入りたてとは思えない堂々たる動きと接客を見せ、「知らない女がいるぞ」という常連客の無言の緊張を解きほぐした。それだけでなく、メニューに無い注文にも即座に応えてみせたので、キセ氏は密かに舌を巻いた。「良きバーテンダーたるべく、努力をすること」などと偉そうに訓示を垂れたのが恥ずかしいくらいだ。

 メイコさんの動作は水が流れるように滑らかで、無駄なくぴしっと決まっている。本人もお酒の腕を磨くのは楽しいようで、レシピ本やバー関連の本を買ってきては熟読し、技術の習得に勤しんでいた。

 元々ウイスキーやバーボンが中心でカクテルは申し訳程度だったメニューブックは、メイコさんが勤務を重ねるごとに分厚くなり、常連以外の客層も少しだが増えつつあった。まだ採用には至らないものの、オリジナルカクテルもいくつか創作されており、店の目玉が増える日も近いのではとキセ氏は期待している。

 キセ氏の店がそれまでの「手品8割、バー2割」という状況から何とか「手品とバーが半々」というところまで漕ぎ付けられたのは、メイコさんのおかげだ。キセ氏は彼女に深く感謝していた。

 一方でなかなか進展しないのが手品の腕で、こちらに関してはメイコさんは専らアシスタントに徹し、キセ氏の手から生み出される奇跡の数々に、お客と一緒になって驚く具合だった。

 「まぁ、いきなりはできないさ」

練習が上手くいかずメイコさんが落ち込むたびに、キセ氏は言った。

「たった数回で覚えられたら、私の立場が無いしね」

「そうですけど、手品師の姪としてこれはまずいでしょ」

言ってトランプをシャッフルする傍から1枚、2枚とカードが落ちて行く、といった状態で、基本からなかなか進歩しない。だが、空いた時間にトランプをいじってみたり、コインを手の中に隠す練習をしたりと、「良き手品師たるべく」努力は怠っていないので、キセ氏はそれで良しとしていた。

 入店から数ヶ月の後、メイコさんはやっと一つ、トランプの手品を披露できるようになった。キセ氏と比べればまだまだだが、ぎりぎり合格ラインといったところだ。

 常連客はメイコさんのぎこちない手つきやおかしな口上ををからかいながらも、自分の選んだカードを当てられた時には大喜びで拍手喝采した。メイコさんは花が咲いたように笑って大はしゃぎした。

 キセ氏も負けてはいない。本人曰く「老い始めた脳みそにムチ打って」メイコさんのレシピブックを読み、順々にカクテルを覚えていった。粉雪が舞い散る頃には、分厚いメニューの中身をすべて覚えたとは言わないが、少なくともメイコさんが休んだ時の代打は充分勤められるようにはなっていた。

 「叔父さんも、良きバーテンダーたるべく、努力してますね」

キセ氏作のダイキリを試飲しながら、お酒の先生・メイコさんは頷く。キセ氏も眉をひょいと上げ、得意な顔で頷く。

 脳までとろける暑い夏に結成したキセ氏とメイコさんのコンビは、トンボが飛ぶようになっても、木の葉が色づいても、町がイルミネーションに華やいでも、桜が咲いても散っても、変わることなく常にカウンターの向こうにあった。

 そうして、慈雨の季節が過ぎ、いつの間にか町では、セミがけたたましく歌うようになっていた。


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