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手品師の姪  作者: 沖川英子
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 誰かに職業を訊かれると、キセ氏は必ず、

「人を騙す仕事です」

と言う。

 言われた方はたいていの場合キセ氏が冗談を言っていると思って笑うか、真意を汲み取りかねて曖昧に笑うか、まじまじと彼の顔を見る。たまに真顔で詐欺師ですかと問う人もいる。

「ああ、マジシャンですか」

と頷いてくれるのは、ごく一部の勘の冴えた人だけだ。

 分からない人には自分から正体を明かすが、キセ氏はいつも、

「手品師です」

と控えめに言う事にしていた。「マジシャン」なんて呼び名、まるでホテルのステージや洒落たホールで大掛かりなイリュージョンを行うみたいじゃないか。キセ氏は大仕掛けは得意ではない。彼は、小さなボールを手のひらから貫通させたり、机の上のコインを瞬間移動させたりといった、ささやかだけれど摩訶不思議なマジック、「クロースアップ」と呼ばれるものが好きだった。

 遠くになだらかな山々が青く霞む町の、繁華街の外れ。古いビルの4階にキセ氏の店はある。5席のカウンターと3つのテーブル席がひしめく小さなバーはひっそりと物静かな佇まいで、キセ氏の人柄をそのまま反映したかのようだ。

 来店するお客のほとんどは常連で、同じ面子がしょっちゅう集まっては、狭いカウンター席に肩を寄せ合い、ウイスキーを舐めながら低い声でぼそぼそ喋っている。その様を見て、

「秘密結社みたい」

と言ったのはメイコさんだ。曰く、いつも同じメンバーで集まり、狭く薄暗い店の中でもそもそしているあたりが、レジスタンスだとか地下組織といった「何かイワクありげな感じの集会」に見えるのだという。なるほど上手いことを言うものだと、キセ氏はメイコさんのセンスに感じ入ったものである。

 メイコさん、というのは本当の名前ではない。彼女が初めてカウンターの中に現れた時、キセ氏が、

「私の姪です」

と彼女を紹介したことから、姪御さん、姪っ子さん、メイコさんと呼ばれるようになったのだ。痩せ面で垂れ下がった眉に象を思わせる瞳のキセ氏と、すっと通った鼻筋にくっきり二重の力強い目を持つメイコさんという取り合わせは、それからこの店のおなじみの光景となった。メイコさんの初登場からもうすぐ1年が経とうという今では、彼女は一端のバーテンダーとして銀色のシェイカーを振るっている。

 キセ氏の店の売りはもちろん、主人による手品だ。単なるトランプやどこにでもあるタバコが、キセ氏の手にかかればたちまち魔術をかけられた道具になる。選んだトランプは自動的に選び主の手の中に帰り、タバコはどんどん増えていく。借りたお札が宙に浮き、小さなコインは手のひらいっぱいに巨大化する。

 ほろ酔いのお客相手に生み出される奇跡を、メイコさんは美しい瞳を見開いてじっと見つめる。時には力が入りすぎて眉間にしわができることもある。

 メイコさんは、キセ氏の弟子なのだ。

 正確には、押しかけ弟子と言った方がいいかもしれない。


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