お嬢様への手向けに断罪を、あなたに地獄への引導を。
「あははは! 見てよルーフィド様、あそこの公爵夫人の顔! まるで肥え太った豚のようね! あのリリィなんかを庇った末路よ!」
豪華絢爛な王宮の晩餐会。その中心で、鈴を転がすような、けれど酷く耳障りな甲高い笑い声を響かせているのは、私の新しい主人であるエヴィーだ。
彼女は、自らの欲望のために私のお嬢様を無残にハメた、純度100%の悪意の煮凝りであり――そして、救いようのない三流の策士。
「本当だね、エヴィー。君を虐げようとした国賊の娘リリィが処刑されて、ようやくこの国にも平和が訪れた。これからは君が僕の隣に立つ、唯一の王太子妃だ。」
その隣で、自慢げにアホ面を輝かせているのは、王太子ルーフィド。ただのハリボテのようにガバガバな、ひたすらに愚な人。
今夜は、この二人の婚約発表パーティー。会場には、エヴィーに媚びを売る貴族たちだけでなく、エヴィーのせいでリリィとともに冤罪をかけられ、権威が失墜しかけて焦っている大物貴族たちも、なぜか大集結している。
なぜか、ではない。私がそう仕組んだのだ。
「セヴィア! 喉が渇いたわ、私にワインを! そして皆に早く配膳を行いなさい!」
エヴィーが、いつも通り私を顎で使い、下品に口元を歪めて笑う。
「はい。…あなた達、配膳を始めなさい。」
――さあエヴィー、あなたのための最後の晩餐会を始めましょう。
私は無表情に、来賓達のそばにいる給仕達に指示を出す。
彼女達は、ワイングラスの横へ、トレイに隠し持っていた「ある書類」を、まるでメニュー表を添えるかのように淡々と、静かに配膳していった。
――はぁ。めんどくさかった。ここまで辿り着くのに、実に一ヶ月。
思い返せば、あの忌々しくも最悪の出会いから、私の復讐は始まっていたのだ。
「セヴィア……職を失ってしまったあなたのことを、次の仕事を見つけるまで私が雇ってあげましょう。」
……あぁ、心底反吐が出る。私のお嬢様を冤罪で王太子に婚約破棄をさせ、悪役令嬢に仕立て上げたあなたに。
国家反逆罪により国賊とされ、処刑されたリリィお嬢様。
…もしかしたらあの時、私が動いていればなにか変わっていたかもしれない。
……だけど、くよくよ後悔していてもしょうがない。
過去は、いかようにしても変えられないものなのだから。
「あなたは優秀だったと聞いているわ。まさに、あの女には勿体ないほど。」
…おっと。どのようにして喉笛を掻き切るかを考えてしまいました。
淑女としてあるまじき行為です。
「……ぜひ、私のところで一時的に給仕をやってみないかしら?」
差し伸べられた白く綺麗な手。その手は、私の目にはお嬢様を泥に塗れさせたヘドロのように映る。
吐瀉物をどう処理するかは1度思考の外へ追いやり、私はいつも通り、一ミリの狂いもない完璧な角度で一礼した。
動かない表情筋に、精一杯の「無垢な感謝」を乗せて。
「――身に余る光栄にございます。国賊の従者であった私などを拾ってくださるなんて、エヴィー様はまるで聖女のようにお優しいお方ですね。」
心を無にすれば、これくらいの世辞はいくらでも吐き出せる。聖女、とたった一言褒めれた愚者は、それはもう満足そうに、下品なほど口元を歪めて笑った。
「ええ、ええ、そうなのよ! 私はあの悪女とは違うわ。さあ、私の婚約者であるルーフィド王太子の屋敷へ案内するわね。そこで私のために、最高のおもてなしを行いなさい!」
「はい。粉骨砕身、完璧なお給仕をお約束いたします、旦那様にも、エヴィー様にも」
――ああ、本当に楽しみだ。あなたの内側から、どんな風に地獄の引導を渡して差し上げようか。
…ゾクゾクと、柄にもなく武者震いをしてしまったわ。
「セヴィア! こちらへ来なさい!」
「はい、エヴィー様。」
廊下の掃除を中断し、声の聞こえたエヴィーの部屋へ行く。
…リリィお嬢様なら、このように声を荒げて人を呼ぶこともないというのに。
こちらに来てから早一週間。これは、全てこの俗物の信用を得るために使わせてもらった。
最大限、取り繕えるところは取り繕う。命令には忠実に。要望には期待以上を。それだけで、人とは簡単に籠絡されるものなのだから。
「来月の始めに、私とルーフィドのための晩餐会があるのよ! 早急に、私のためのドレスと仕入れなさい! そして、私達のための婚約指輪を!」
「わかりました。では、その予算はいかがなさいますか?」
「そんなの、財務部に聞きなさいよ!」
「わかりました。では。」
私は、早急にエヴィーの部屋から出る。
あなたは、本当に救いようのない阿呆ですね。
そのまま、私はお嬢様をハメた共犯者である財務部長のもとへ足を運んだ。エヴィーが「三流の策士」でありながらリリィお嬢様を国賊に仕立て上げる事ができた要因の一つは、この財務部が裏で動き、完璧な偽造書類を用意したからでしょう。
リリィ様は、国庫から莫大なお金を盗み出し、私情のために使った。という冤罪を被った。
他にも、王太子暗殺未遂、平民との不貞、文官への罵倒、暴行。
それらを行ったという偽の証拠を作り出し、賄賂を渡し証言を集める。どうせ、そんな事をしていたのでしょう。
…本当に、虫酸が走る。
今回も、婚約発表のための莫大な予算の辻褄を合わせるべく、財務部が総出で国費のロンダリングを行っているのだろう。
無駄な苦労だこと。
「エヴィー様より、ドレスと指輪の予算の件で、至急書類の処理を行うよう仰せつかりました。失礼いたします」
寸分の狂いもない所作で書類の束を運ぶ私に、財務部の役人たちは一切の警戒を持たなかった。彼らにとって、私は「エヴィーに拾われた、悪役令嬢の哀れな残党」でしかない。
だが、給仕という立場は屋敷のあらゆる書類の移動に関わる。私は彼らの目を盗み、無表情のまま、ある「仕掛け」を施す。
彼らが適当に辻褄を合わせたはずの『裏帳簿の原本』。それを、私は夜中の施錠の時、一つ一つ怪しまれないよう、少しずつ写していった。
そして秘密裏に雇い入れた、エヴィーたちに人生を狂わされた給仕たちの手でその写しを、全て精密に書き写させたのだ。
――もちろん、来月にある晩餐会の来賓の数と、同じ数を。
他にも、施錠の確認のためにエヴィーの部屋に忍び込み、タンスを漁る。
「……あら。」
……思わぬ収穫があったわね。
あとは、財務部長の部屋に、同じ物があれば…
――そして迎える、来月の初め。婚約発表の晩餐会の夜。
給仕達がテーブルに置いたのは、数多の書類。
それは、ルーフィド王太子が国費を横領してエヴィーに貢いでいた裏帳簿の写し。そして、エヴィーがリリィお嬢様をハメるために捏造した、数多の冤罪の決定的な物証。
「おい、これは……何だ?」
「王太子殿下が、国庫からこれほどの額を……!?」
「待て、この書類は……リリィ嬢の罪が、全て捏造だったという証拠ではないか!」
静寂は、一瞬にしてドミノ倒しのように崩壊した。会場のあちこちから、怒号と驚愕のどよめきが沸き起こる。
私は、エヴィー。そしてルーフィドに、周りと同じ書類をスッと置く。
「な、何よこれ! 何の真似よ、ただの給仕のくせに……っ! セヴィア、あなた何を配っているの!?」
嘘と冤罪で塗り固められた自らの悪事を、文字通り配膳されたエヴィーが、ガタガタと震えながら私を睨みつける。ルーフィドにいたっては、状況が一切理解できずにただただアホ面を晒して硬直している。
私は、いつも通りの動かない表情筋のまま、深々とお辞儀をした。
「ただの給仕だからこそ、完璧なおもてなしを、と思ったまでです。」
「なっ……!?」
「あなた方の浅はかな悪事、最初からバレバレでしたよ? 」
絶叫するエヴィー。席を勢いよく立ち上がり、怒り狂った表情をしている現国王陛下、そして後を追うように近衛騎士団長が二人のもとへ歩み寄ってくるのを見届ける。
「嘘よ! これは偽の書類よ! 前の主人を断罪したからって私を恨んだこのセヴィアが勝手にやったことよ!」
「では、なぜこんなにも辻褄が合っているのだ?」
現国王が、エヴィーのことを問い詰める。
ふふっ。あぁ、滑稽だこと。この瞬間のために私は準備をしたのだから。
「この女が! 辻褄が合うように嘘をついたのよ! 私は悪くない! そうでしょ? ルーフィド!」
「え…? え? あ、あぁ。そうだ! 元リリィの給仕が逆恨みでやっただけだ!」
「こんな奴雇い入れるんじゃなかったわ!」
未だに、状況が掴めず、周りに流されるだけのルーフィド。
この期に及んでまだ言い訳をするというの?
「…はぁ、この手だけは使いたくなかったのですが…」
「何をする気なの…?」
私は、懐から分厚い封筒を出す。
「これは、エヴィー様の部屋と、フランプトン財務大臣の部屋から見つかった手紙です。」
「それなら、こちらの書類にも写しがあるが?」
現国王陛下が、私に質問をしてくる。
「いえ、それとは違うものです。ここから先の内容は、未婚の女性には少し刺激の強い内容ですので、耳をふさぐことをおすすめいたします。」
「あなたっ… はっ!?」
エヴィーの顔から、みるみる血の気が引いいていく。
心当たりを見つけたのだろう。
「やめなさっ… キャッ!?」
立ち上がってこちらに掴みかかろうとしたエヴィーは、騎士に押さえつけられる。
あぁ、その醜い面を見下せるのは私がずっと望んでいたことよ。これだけでもこれだけ我慢したかいがあったというものね。
遠くでは財務大臣が押さえつけられている。それはやましいことをしているという証明にしかナラないというのに。
「では、読み上げます。」
ざわざわとしていた空気が一気に静けさに変わる。
「『フランプトン、 ピーーー はまるで ピーーー のようで ピーーー は凄く ピーーー だったわ。』他にも…」
「キャアアアア!! やめなさいっ! 今すぐ…むぐっ!」
エヴィーが絶叫して私の話を遮ろうとする。だが、押さえつけている騎士に口元を防がれる。
「まぁ、これ以上読み上げるのも不躾ですね。これらは、全て財務大臣とエヴィー様の不貞の証拠です。」
「エヴィー!?」
「なっ!?」
「王太子の婚約者とあろうものが…!?」
「なんという淫乱… 淑女としての自覚はないのか!?」
一気に会場にどよめきが起こる。
その瞬間、近衛騎士たちがエヴィー達を押さえつける。その後ろから、冷徹な表情をした現国王陛下が歩み出てくる。
「ルーフィド、そしてエヴィー。財務部がひた隠しにしていた国費横領、およびリリィ嬢への不当な冤罪捏造の証拠、確かに受け取った。……国賊はお前たちだ。連行せよ」
「そんな、嘘よ! ルーフィド様、助けて! 私は悪くないわ!」
「え? え? エヴィー、これどういうこと……? え、僕を愛してるんじゃなかったの…?」
最後まで状況が理解できないハリボテの愚者と、無様に床に這いつくばって泣き叫ぶ三流の策士。続けて引きずり出される財務大臣。その他大勢リリィの冤罪に関与していた者たちが連行されていく。
騎士たちに強引に引きずられていくエヴィーの横を、私はすれ違いざまに、静かに通り抜ける。私の手には、いつもお嬢様が愛用していた、今はもう持ち主のいない純白のハンカチ。
泣き叫ぶエヴィーの耳元へ、私はいつも通りの無表情で、けれどこの一ヶ月で最も深く、ドス黒い殺意を込めた声をそっと囁いた。
「――お嬢様への手向けに断罪を。あなたに地獄への引導を。」
エヴィーが絶望に顔を歪めて絶叫し、そのまま会場から引きずり出されていく。
あとに残されたのは、静まり返った美しい晩餐会会場と、完璧に仕事を終えた一人の給仕長だけ。
「はぁ……。本当に、めんどくさかった」
私は小さく溜息を吐き、お嬢様のハンカチをそっと胸元に仕舞った。
もう、あの我儘なお嬢様に振り回される退屈で愛おしい日々は戻らないけれど。
私は一筋のシワもないメイド服を正し、誰よりも美しい一礼をして、静かにその場を去っていった。




