⚪︎⚪︎を知らない君たちへ
貴方は知らないでしょう。
ぐにゃりと曲がった肉の感触を。
貴方は知らないでしょう。
母を抱いて泣く子の声を。
貴方は知らないでしょう。
私が何を見たかを。
貴方は知らないでしょう。
パチン!
三日月が飛び散った。
「レーナ?」
声がする。
焦茶色の髪が揺れる。
「レーナ、爪を切っているの?」
ーーそうよ。すぐ伸びるんですもの。こまめに切らないと土が入っていけないわ。
ダレンの目が小さくなる。
「ーー血が出ているよ」
血?
瞬きをする。
赤色が見える。
体が震える。
血。
突如、砂埃が広がった。
仲間が死んだ。
風は10時方向。
敵の位置は。
遠くに狼煙。
弾切れ。
討たなきゃ。
血。
「レーナ!」
床が軋む。
荒い息。
破片が飛ぶ。
「レーナ!レーナ!父さんを見ろ、ここにいる、父さんの顔を見ろ!」
あつい。ちがう。息ができない。うるさい。
「レーナ!母さんよ!貴方は家にいるの!」
星が散った。
視界が揺れて、ゆっくり晴れていく。
がくんと力が抜けて温かいものに倒れ込んだ。
破れたカーテン。割れた花瓶。
戦争はもう終わったのに。
ねぇダレン。
いつか、戦争を知らない子たちの時代もくるじゃない?
でもね、罪は消えないの。
「レーナ、あのワンピースとっても素敵!お給金貯めて買いましょうよぉ」
エリザ。焼けこげた隊服の端。
「今日から俺が君の上官だ!次の酒場で奢れよ?それが部下の務めだ!」
先輩。残った右腕。
「聞いてくれよ、かわいい彼女がいてさぁ」
カイザ。赤黒いハンカチ。
「人殺し!」
燃える街道。震える少女。
病院の陰から聞こえた声。
「レーナさんは……です。これ以上飲むと……の危険があり……すから、薬はもう……」
遠くから微かに反響した声。
「飲み過ぎだ馬鹿!死ぬぞ!」
ーー死ぬ。
私、死ぬのかな。それもなんか。
ざあざあと雨が降っている。がらがらと雷が鳴っている。なんとなく外に出てみる。
見慣れた町。人はまばら。
気の向くままに歩いてみる。
私、帰ってきた時なんて言われたっけ。
あぁそうだ。
おかえり、って言われたんだった。
手を伸ばす。雨が降る。
遠くで傘が飛んでいる。
足をならす。土を踏む。
木々がとどろき哭いている。
ちょっとだけ、笑みが溢れた。
白く黒い空がみえた。
水曜日付紙
ファーラ川下流域で若い女性の遺体が見つかった。遺体の身元は現在捜査中。
ボウッと音を立てて燃える。
青年はひとり崩れ落ちた。
「初めてデートした場所で、死ぬな、よ、」
貴方も、知らないでしょう。
誰も、知らないでしょう。
金曜日付紙
ファーラ川下流域で発見された女性の遺体について、身元が判明した。女性は、レーナロッテ・グランシャ嬢(27歳)。元第7騎士部隊所属4等士。家族から先週金曜日に捜索届が出されていた。
生前はよく笑う明るい人柄で知られ、結婚も控えていたという。
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読んでいただきありがとうございました。
本当は15日に投稿しようと思っていた作品です。
評価や感想等も頂けましたら幸いです。
どうか貴方に届きますように。




