エルミナの過去
エルミナは、
“人として”生まれたわけではなかった。
彼女が目を開いたのは、
世界樹フォレスラークの最深部――
誰も踏み入れたことのない 根の下の空洞。
そこは、
魔素が海のように満ち、
光が脈動し、
世界の鼓動が響く場所。
世界の魔素循環を監視するために生まれた存在。
それがエルミナだった。
彼女は生まれた瞬間から、
世界の声を聞いていた。
「魔素の流れが乱れている」
「北方の大地が乾いている」
「魔獣が増えすぎている」
世界は常に語りかけ、
エルミナはそれを“理解する”ように作られていた。
エルミナには“母”がいた。
名を エルフェリア。
世界管理者の前任者であり、
エルミナを生み出した存在。
エルフェリアは優しかった。
世界のことを教えてくれた。
魔素の流れを読む方法、
世界樹の根の声を聞く方法、
そして――
“管理者の孤独”を。
だが、ある日。
世界樹の根が激しく震えた。
魔素が暴走し、
空洞が崩れ、
光が弾ける。
エルミナは叫んだ。
「母様!!」
エルフェリアは微笑んだ。
「エルミナ……あなたは、世界を守りなさい」
そして――
光に飲まれ、消えた。
遺体も残らなかった。
世界管理者は、
世界の異変に巻き込まれて消えることがある。
それが“役目”だった。
エルミナはその日から、
たった一人で世界を背負うことになった。
管理者の仕事は、
誰にも知られない。
魔素の流量を監視し
魔獣の発生を抑え
世界樹の根を癒し
大陸の異変を記録し
未来の危機を予測する
それは、
人間が想像するよりも遥かに重い仕事だった。
エルミナは眠らない。
食べない。
老いない。
ただ、
世界の裏側で“働き続ける”。
誰にも褒められず、
誰にも知られず、
誰にも必要とされず。
(私は……何のために存在しているのだろう)
そんな疑問が胸に芽生えたのは、
百年を過ぎた頃だった。
エルミナは気づいた。
世界の魔素循環は、
年々乱れ始めている。
魔獣災害は増え、
大陸の戦争は絶えず、
世界樹の根は弱り始めていた。
(このままでは……世界が壊れる)
だが、
管理者一人ではどうにもできない。
そこでエルミナは決断した。
“管理者の補助者”を育てるための空間を作る。
それが――
異世界空間と異世界小屋だった。
小屋は拠点。
外の空間は修行場。
時間は極限まで減速させ、
人間でも“無限に修行できる”ようにした。
(いつか……誰かがここに来る)
そう信じて、
エルミナは千年を待った。
エルミナは何度も“候補者”を選んだ。
魔力の高い者
剣の才能がある者
精神力の強い者
王族
天才
英雄
だが――
誰一人として、小屋に適応できなかった。
重力に潰され、
魔素に飲まれ、
精神が壊れ、
泉の力に耐えられず、
禁書に呑まれた者もいた。
エルミナは何度も涙を流した。
(私は……間違っているのだろうか)
(世界を救う存在なんて……いないのだろうか)
孤独は深まり、
心は摩耗し、
エルミナは“人としての感情”を失いかけていた。
ある日。
森の奥で、
淡い光が揺れた。
エルミナは気づいた。
(……来る)
光が開き、
一人の少年が現れた。
青い髪。
金色の瞳。
小さな身体。
震える手。
リオ・アークライト(10歳)。
エルミナは息を呑んだ。
(この子……魔力は弱い。
体力もない。
才能も……ほとんどない)
だが――
リオの瞳の奥に、
エルミナは“光”を見た。
(……折れていない)
努力(E)。
最低ランクのスキル。
だが、
そのスキルは“折れない心”の象徴だった。
エルミナは確信した。
(この子なら……世界を救える)
リオが小屋に入った日。
エルミナは静かに微笑んだ。
「ようこそ、リオ。
あなたを待っていました」
それは、
千年の孤独の果てに見つけた“希望”。
エルミナはリオに言った。
「あなたは、私の最後の希望です」
だが――
その言葉の裏には、
誰にも言えない“本音”があった。
(どうか……私を救って)
エルミナは管理者。
世界を守る存在。
だが同時に――
世界に縛られた囚人でもあった。
リオが強くなれば、
世界を救える。
そして、
エルミナ自身も“解放”される。
それが、
彼女の誰にも言えない願いだった。




