表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

第14話 父親の手

職員室へ行こうと思ったのは、朝のDMのせいだった。


【鷺宮のゾンビ、家どこ?】

【会いに行く】


似た文面が、ここ数日で何通も来ている。

面白がっているだけなのか、本気なのか。

圭介にはどちらでもよかった。

でも、母と悠斗に届く可能性だけは、放っておきたくなかった。


圭介はスクショと画面録画をまとめ、フォルダ名を付けた。


――DM_不審。


それを持って、職員室へ向かった。


県立鷺宮高校の廊下は朝の匂いがした。

ワックスの匂い、汗の匂い、少し湿った空気。

その全部が、圭介の中では遠い。


職員室の前に近づいた瞬間、声がぶつかってきた。


「だから! 学校は何をしてくれるんですか!」


机を叩くような音。

それを抑える低い声。

圭介は足を止めた。


扉が半分開いていて、中が見えた。

教頭の机の前に、大人が三家族分、固まっている。


高橋の父親。

背が高く、声が大きい。

腕時計が無駄に光っている。


斎藤颯太の母親。

口元に手を当てて、泣きそうな顔を作っている。

でも目だけは忙しい。


黒川ミオの母親。

背筋が真っ直ぐで、正しいことを言う顔をしている。

その正しさの中に、“守りたいもの”が透けている。


「ミオだって被害者なんです」


黒川の母親が言う。


「今、ネットで叩かれている。住所だって特定されかねない。

学校は、加害生徒を守る前に――」


高橋の父親が被せる。


「守る前に? 違うだろ。

今、蓮が“いじめ加害者”扱いされてるんだよ!」


その言葉に、職員室の空気がさらに荒れる。


「SNSで“主犯”だの“犯罪者”だの、好き放題書かれてる。

推薦だって、内申だってある。

学校はどう責任取るんですか!」


教頭が低い声で返す。


「高橋さん、まず事実確認を――」


「事実? 事実ならもう出回ってるだろ!」


高橋の父親がスマホを握りしめる。


「蓮が悪者にされてる。

うちの子が被害者だって、ちゃんと示せよ」


示す。

空気を作る。

大人がやると、子どもより上手い。


圭介は一歩、職員室の入口に近づいた。


本当は、DMを相談するだけだった。

でもここで引くと、もっと面倒になる。

圭介はそう判断した。


扉の隙間から教頭が圭介に気づく。


「宮坂くん……」


圭介は言った。


「すみません。相談があって」


その瞬間、高橋の父親が振り向いた。


目が合う。

そして表情が変わる。

“見つけた”という顔。


「――おい。宮坂」


指が圭介を指す。


「ちょうどいい。お前、何しに来た?」


教頭が間に入ろうとする。


「高橋さん、今は――」


「いや、今だ。本人がいる。

ほら、原因がここにいるじゃないか」


原因。

圭介はその言葉を、ただ聞いた。


高橋の父親が圭介に詰め寄る。


「お前が“記録する”とか言って回ってるせいで、

蓮が悪者にされてるんだよ」


斎藤の母親が泣きそうな声を出す。


「颯太だって……学校行けないって……周りが怖いって……」


黒川の母親が続ける。


「ミオもです。

“正義”を振りかざした子たちに、今度はミオが狙われている。

先生方は、何を守るんですか」


守る。

その言葉は便利だ。

誰かを守ると言えば、別の誰かを切っても正義に見える。


圭介は職員室に入った。

自分から入った。

逃げないためじゃない。

彼らの勘違いを正すために。


教頭が小さく頭を下げる。


「宮坂くん、すまない。……少しだけ」


圭介は頷いた。


高橋の父親が言う。


「お前、もう“勝った”つもりか?

殴って、先生に守られて、今度はネットで蓮を潰すのか?」


圭介は淡々と答えた。


「潰すつもりはない」


「じゃあ何だ。

息子から聞いてるぞ。お前が“覚えてる”とか言うから、クラスが怯えてるらしいじゃないか。

それは脅しだろ」


圭介は首を振らない。


「脅してない。忘れないだけ」


高橋の父親が声を荒げる。


「気持ち悪いんだよ、それが!

そういうのが、炎上の燃料になるんだ!」


燃料。

燃料という言葉を、大人が使う。


圭介は、ふと思った。

この人も、空気の中で生きている。


黒川の母親が口を挟む。


「高橋さん、今は――」


高橋の父親は止まらない。


「娘さんだって叩かれてる? それは分かるよ。

でも、うちは息子が“加害者”にされてる。

学校は、蓮を“被害者”として守れ」


“被害者として守れ”。

それがこの人の目的だ。


圭介は言った。


「被害者にしたいんですね」


高橋の父親の眉が跳ねる。


「は?」


圭介は続ける。


「高橋を“被害者”に。

僕を“加害者”に」


教頭が言いかける。


「宮坂くん――」


でも圭介は止めない。

止める必要を感じない。


高橋の父親が笑った。


「当たり前だろ。

お前が殴ったんだから加害者だ。

だから、見せてやるよ。これが“証拠”だ」


高橋の父親がスマホを掲げた。

画面には、圭介が蓮を殴った場面の切り抜き動画。

コメント欄には「やば」「鷺宮終わってる」みたいな軽い言葉が並んでいる。


高橋の父親は勝ち誇ったように言った。


「こうやって世間に示せば、蓮は被害者として守られる。

学校も動かざるを得ない。違うか?」


圭介は、画面の上部を見た。

投稿者名。

アイコン。

投稿時間。


圭介は言った。


「それ、あなたのアカウントですね」


空気が止まった。


斎藤の母親が「え」と声を漏らす。

黒川の母親の目が揺れる。

教頭が息を吸った。


高橋の父親の顔が一瞬だけ固まる。

固まって、すぐに怒りに戻そうとする。


「何言って――」


圭介は自分のスマホを取り出した。

机に自分のスマホを置き、画面を見せる。


「昨日の夜、保存しました。

投稿時間、アカウント、URL。

この動画の投稿は、あなたのアカウントからです」


教頭が覗き込み、学年主任が表情を変える。

“親が拡散している”は、学校にとって一段階上の問題だ。


高橋の父親が声を荒げた。


「お前、俺を盗撮したのか!」


圭介は淡々と言った。


「盗撮じゃない。公開されてるものを保存しただけです」


高橋の父親が机を叩く。


「ふざけるな! 俺は蓮を守ってるんだ!」


圭介は言った。


「守り方が、同じです」


高橋の父親が言葉を失う。


圭介は続けた。

声音は変わらない。

変わらないから、言葉だけが刺さる。


「高橋を“被害者”にするために、

僕を“加害者”として拡散した。

それは、黒川がやってたことと同じです」


黒川の母親が息を飲んだ。


「……やめてください。ミオを同列に――」


圭介は黒川の母親を見た。


「同じです。

叩く相手が変わるだけで、やってることは変わらない」


斎藤の母親が泣きそうな声を出す。


「……そんな……。じゃあ颯太はどうなるんですか。

颯太は、ほんとに巻き込まれただけで……」


圭介は斎藤の母親を見た。


「巻き込まれた人は、あの時笑わない」


斎藤の母親が固まる。


圭介は続けた。

「斎藤は笑ってました。止めませんでした。煽ってました。

それから、送ってました。――“回ってきた”じゃない。回した側です」


斎藤の母親の口が開いたまま止まる。


教頭が低い声で言った。


「高橋さん。あなたが拡散している事実があるなら、

この件は学校だけで扱える範囲を超えます」


高橋の父親が「教育委員会に言うぞ」と叫びかけた。

でも、その言葉は弱くなっていた。

言った瞬間、自分が危うくなるからだ。


学年主任が言う。


「こちらからも教育委員会に報告します。

必要なら警察相談も含めて検討します」


黒川の母親が顔色を変える。


「警察……?」


教頭が頷いた。


「“拡散”が止まらない場合、学校としてできることに限界があります。

大人が関与しているなら、なおさらです」


職員室の空気が、別の温度で固まった。


圭介は思った。


大人も、空気で動く。

子どもより静かに。

子どもより狡く。


高橋の父親は圭介を睨んだ。


「……お前、気持ち悪いな。

なんだその……記録、記録って」


圭介は答えた。


「僕は誰の味方でもない。

ただ、忘れないだけです」


その言葉が、部屋に残った。


教頭が深く息を吐き、言った。


「本日はここまでです。

各家庭には改めて連絡します。

――宮坂くん、廊下で待っていて。お母さまにも連絡する」


圭介は頷き、職員室を出た。


廊下の空気が薄い。

薄いのに、指先は冷たい。


圭介は自分が最初に何をしに来たのかを思い出した。

DMの相談だ。


圭介はポケットのスマホを握り直し、教頭に言うための言葉を頭の中で整えた。


――家に来ると言っている。

――母と弟がいる。

――だから、止めたい。


校舎の窓から外を見ると、校門の向こうを制服のない大人が歩いていた。

誰かの親だろうか。

鷺宮の噂は、もう学校の外に拡がっている。


圭介は通知を一つだけ保存した。


【鷺宮高、親まで出てきて草】

【高橋パパが拡散してるってマジ?】


画面の文字は軽い。

軽いまま、現実を削る。


圭介は画面を閉じた。


閉じる指が、今日も冷たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ