4.きっかけがあればお星さまはまた光るはず
お星さまのお医者さんと一緒にしばらく夜空を眺めていたヘカッテですが、きらきら輝く星々を眺めているうちに、再びあのお手紙の事を思い出しました。
マルメロは少し離れた場所でお友達のお星さまをぎゅっと抱っこしていました。長く旅をしていただけにショックも大きかったのでしょう。そんな彼女と、灰色のままのお星さまを見つめているうちに、ヘカッテも何とかしてあげたくなったのです。
そこで、ヘカッテはお星さまのお医者さんに再び話しかけました。
「ねえ、先生」
「なんだね、小さな魔女さん」
「あの子、先生の力ではどうしても光らせることはできないの?」
するとお医者さんは困ったように微笑みました。
「ああ、そうだね。私に出来るのは治療だけだからね」
そして、しばらく夜空を眺めてから、付け加えるように言いました。
「あのお星さま自身はどう思っているんだろうね。お星さまは言葉が通じても、しゃべることができないからね。その仕草だけでしゃべっているように見えるけれど、彼らの考えていることが正しく私たちに伝わっているかどうかは分からないのさ」
お医者さんの言葉を聞いて、ヘカッテはきょとんとしました。
言われてみればその通り。お星さまはしゃべっていません。よく懐いた子犬のようにマルメロの言うことを聞いていますし、問いかけに対するお返事もしっかりしていますが、お医者さんの言う通り、自分たちが思っているような返答であるかどうかは確かめる術がないのです。
「ひょっとしたら、あの子たちにもっとも必要なものは、治療やお薬なんかじゃないのかもしれないね」
「治療やお薬じゃない……」
では、何が必要なのでしょう。ヘカッテは少しだけ考えて、マルメロたちを見つめました。そして、あることをふと思いついたのです。
お医者さんは言いました。
「おやおや、魔女っ子さんはもう分かったのかい。それなら、あの子たちのところに行っておいで。力になってあげたいのならね」
そんなお医者さんの言葉に背中を押されるように、ヘカッテは歩き出しました。
向かうのはマルメロたちのもとです。お星さまを抱っこしたままふてくされている彼女に、ヘカッテはそっと声をかけました。
「ねえ、マルメロさん。隣に座っていい?」
すると、マルメロは無言のまま頷きました。ヘカッテはほっとして隣に座ると、なおも口を開こうとしないマルメロに話しかけました。
「あのね、マルメロさん。もしよかったら、お星さまのことを教えてくれる?」
「ここへ来る前に、もう話したでしょう?」
不思議そうに見つめてくるマルメロに、ヘカッテは言いました。
「光らなくなった原因はね。でも、まだ聞いていないことがあるよ。どうして、そのお星さまが一番のお気に入りなの?」
「光ると綺麗だから」
「それだけ?」
透かさず問いかけるヘカッテに対し、マルメロはゆっくりと首を横に振りました。
「この子はね。アタシを最初にあやしてくれたお星さまだったの」
そして、マルメロは静かに語り始めました。
◇
小さくて勇敢な冒険者のマルメロにも、当然ながら赤ちゃんの頃はありました。
どうしてマルメロがこんなにも小さいのに堂々としていて恐れなしなのかといえば、普通の赤ちゃんたちがお母さんにたくさん甘えている頃から、たったひとりで暮らしていたからです。
いったいいつから一人だったのか、マルメロはもう覚えていません。覚えていることといえば、たくさんのお星さまが楽しく踊っている夜空を見上げ、ひとりでしくしく泣いていたことでした。泣いていた理由は、さみしかったからです。
実のお母さんじゃなくたっていい。アタシにもお母さんのように甘えさせてくれる人がいてほしい。そんな願いのこもった泣き声が夜空に響き渡る中、ついに放っておけなかったのでしょう。
空から舞い降りたのが、七色のお星さまだったのです。お星さまはきらきら光ると、楽しく踊り、その動きで赤ちゃんだったマルメロをあやしました。
自分を楽しませようとしてくれている存在が現れたからでしょう。マルメロはすっかり安心して、それ以降は悲しくて泣くことも減っていきました。そして今のような立派な冒険者になったのです。
その頃には、マルメロもたくさんのお星さまとお友達になりました。お星さまたちの方もすっかりマルメロのことを家族のように感じていたようです。
けれど、お友達がどんなに増えても、一番のお気に入りはあの七色のお星さまのままでした。
マルメロがどんなに立派な冒険者になったとしても、そのお星さまはマルメロが赤ちゃんだった時と同じように七色にきらきら輝いて、その心を癒そうとしてくれました。その輝きが、小さなマルメロには何よりの宝物でした。
◇
「あれ……」
事情を話し終えると、マルメロは自分が泣いている事に気づきました。
立派な冒険者になって以降、こんな事は初めてでした。迷宮の中でどんなに恐ろしい怪物に追いかけられても泣いたりしなかったのに。
そう思いながら涙をぬぐっている間、ヘカッテは涙のことには触れずに、穏やかな気持ちで寄り添い続けました。そして、今も大事に抱えているお星さまをちらりと見つめて言いました。
「そっか。じゃあマルメロさんにとって、この子のきらきらってたとえば……そうだ! 子守歌みたいなものだったのかもね」
「ち、違う」
しかし、マルメロは首を振りました。
「違うもの。光れなくて困っているのはこの子の方だもの。それに、アタシはもう大人なの。立派な冒険者なんだから、子守歌なんて必要ない。もう赤ちゃんじゃないもの」
強がるようにマルメロはそう言いました。
ポロポロこぼれる涙の理由も、どうやらその表情と同じようにぐちゃぐちゃになってしまっているようです。わけもわからず泣き続ける彼女を覗き込むと、ヘカッテは言葉を探りながら話しかけ続けました。
「赤ちゃんじゃなくたって、子守歌が必要な人だっているんだよ」
「本当に?」
涙を流しながらけげんそうに見つめてくるマルメロに、ヘカッテは力強くうなずきます。
「そう。たとえば、わたし!」
と、そこへ、お医者さんと一緒に星を眺めていたカロンが、メンテの入った鳥かごを抱えて近づいてきました。
そして、彼がその鳥かごをヘカッテとマルメロのちょうど間にトンっと置いたその時、メンテは歌いだしたのです。
その不思議な歌声に合わせて、ヘカッテもまた口を開きました。
いとしき子よ お眠りなさい
楽しいことも 悲しいことも
すべていっしょにしまいこんで 夢の国へ行っておいで
眠るあなたのゆりかごは あなたへの愛でできています
ヘカッテとメンテが歌い終わったその瞬間、みんなの頭上で空の星々が輝き始めました。ヘカッテの魔法の力が、お空を彩ったのです。
きらきら輝くその美しい光景を眺めていると、マルメロはふと口を開きました。
「アタシ……本当はそんなに強くないのかも」
誰にともなくマルメロは言いました。
「胸を張って強くあらなきゃって思っているだけで、本当はまだまだ子どもなの」
その告白を、ヘカッテはただ静かに聞いていました。
マルメロは続けて言いました。
「お母さんがいなくたって、お父さんがいなくたって平気。どんなに怖い冒険をしたって平気。だってもう大人なんだから。そう思っていたのだけれど、この子のきらきらがなくなった途端、アタシ、すごく寂しくなってしまったの」
ポロポロこぼれる涙のように、言葉もまたこぼれていきます。
そのまま、マルメロは、はっきりと言いました。
「ええ、そうね。認めなきゃ。お星さまがきらきら光れなくなって困っているのはアタシの方。誰よりも光って欲しいのもアタシの方。アタシには……この子のきらきらが必要なの!」
マルメロが正直にそう言った瞬間、お星さまはぴょんとその腕を飛び出しました。
そして、見えない階段をのぼるように空中をはねると、マルメロの頭上で立ち止まりました。
お星さまが何かを訴えるように動くと、メンテが再びあの子守歌を歌い始めました。
すると、その子守歌に合わせて、お星さまは踊りだしたのです。そして、ろうそくに明かりがともるように、お星さまは七色に光り始めたのです。
「あっ!」
マルメロは目を丸くしました。そしてすぐに涙をぬぐうと、満面の笑みを浮かべ、言葉も忘れてお星さまの踊りを楽しみ始めました。
──きっかけがあればお星さまはまた光るはず。
共にお星さまを眺めながらヘカッテがお手紙に書かれていた事を思い出していると、離れた場所から杖をつきながらお星さまのお医者さんが近づいてきました。
「おやおや、どうやら治ったようだね」
朗らかにそう言いながら、彼女もまたヘカッテやマルメロたちと一緒に座ると、七色に光るお星さまの楽しい踊りを眺め始めました。
お星さまはその後も、ずっと踊り続けました。
ヘカッテやマルメロたちは、そんなお星さまの踊りを飽きることなく眺め続けました。そして、その踊りは、太陽が昇り、夜の時間が終わるまで続いたのでした。




