3.お星さまのお医者さん
「冥界の丘」は、ヘカッテたちのお家から少しだけ離れた先にあります。美しい夜空を楽しめる「ながめの丘」とはまた違って、あまり人気のない場所です。
けれど、それだけにお星さまはたびたび降りてきて、気ままに遊んで帰る秘密基地のようになっているのです。
メンテやカロンが知っていたのは、そこにお星さまのお医者さんは診療所を構えているというお話でした。
マルメロはその話を聞くなり、お友達のお星さまとふたりきりで旅立とうとしました。
けれど、いくら一人前の冒険者だと聞かされても、やっぱりヘカッテよりも小さな女の子です。
どうしても心配だったのでヘカッテたちも一緒について行くことにしました。マルメロのプライドを傷つけないように、興味があるからと言い訳をして。
それに、ヘカッテは気になっていました。
もしも、両親からのお手紙にあった「お星さま」というのがマルメロの連れているあの子だとしたら、これまでの経験から考えて、自分たちの力もやっぱり必要になるんじゃないかと思ったのです。
幸いなことに、マルメロもお星さまもヘカッテたちの同行を嫌がらなかったので、つつがなく「冥界の丘」へとたどり着きました。
ヘカッテたちがたびたび流れ星を観に行く「ながめの丘」は、同じく綺麗な星空を楽しみたい冥界の人達が集うものですが、「冥界の丘」は雰囲気が全く違います。
どうやらここは昔から幽霊たちが集会場にしているらしいというウワサがあって、あまり人が寄り付かないのです。
といっても、ほとんどみんな怖がっているわけではありません。幽霊たちの多くは静かな雰囲気を好むので、気を遣っているだけなのです。
そういうわけですから、ヘカッテたちもなるべく騒がないように気を遣いながら「冥界の丘」を歩きました。
見晴らしはよく、空気も綺麗です。ただあまりに静かだからでしょう。たまに甲高く鋭い音が響き渡ります。
何の音なのでしょう。ヘカッテは疑問に思いました。しかし、程なくしてその答えが見えてきました。丘のてっぺんでトンカチを持ったおばあさんが、近くにいるお星さまの体をトントンと軽く叩いていたのです。
叩かれたお星さまは少し怖がっているのか縮こまっていましたが、おばあさんが手を休めると、体のあちこちを確認し、嬉しそうにはねまわりました。どうやら、治療だったようです。
「あ、あの……」
ヘカッテが声をかけに行こうとしたその時、マルメロが大きな声をあげました。
「こんばんは、アナタがお星さまのお医者さんね?」
あいかわらず恐れのない態度にヘカッテの方が怯んでしまい、心臓がドキっとしてしまいました。カロンも、そしてヘカッテの持っている鳥かごの中にいるメンテも、同じようにビックリしたようでした。
しかし、話しかけられたおばあさんはというと、落ち着いた態度でマルメロを振り返るとヘカッテたちにも気づき、優しそうに笑いました。
「おやおや、ずいぶんと元気のいい患者さんだこと。ああ、そうだよ。わたしがお星さまの医者だよ」
「よかった! あのね、先生。患者さんはアタシたちじゃなくてこの子よ」
マルメロはそう言うと、ここまで連れてきたお気に入りのお星さまを抱きかかえ、うんと持ち上げました。すると、お医者さんはまじまじとお星さまを見つめると、にこにこ微笑みながら頷きました。
「なるほど、光らなくなってしまったのだね」
「うん。アタシのお友達でね、もともとはとっても見事な七色に輝いていたの。だけど、気づいたらこの通り。まるで燃え尽きちゃった花火みたいに灰色になっちゃったの」
「生きていればよくあることだよ」
「どうして光らなくなっちゃうの?」
「理由は色々さ。人間だって色々な理由で心がしぼんでしまうだろう。お星さまも同じさ。飽きてしまったり、疲れてしまったり、あるいは悲しい事があったりして、光れなくなってしまうんだ」
「じゃあ、どうか治してちょうだい」
マルメロはお星さまを抱っこしながら言いました。
お星さまはというと、少し緊張しているようでした。お医者さんが持っているトンカチが怖かったのかもしれません。
けれど、マルメロのためなのでしょう。逃げ出したりはせずに、震えながらも胸を張るようなポーズのまま、おとなしくじっとしていました。
「そうかい。では、やれるだけの事をやってみようね」
お医者さんはそう言うと、お星さまを目の前におろすように促しました。
マルメロがそれに従うと、さっそく手に持っていたトンカチで、カン、カンと優しく叩き始めました。お星さまは震えていましたが、そんなに強い力ではないのでしょう。痛がるような素振りは見せません。
ヘカッテやマルメロたちが固唾を飲んで見守る中、治療らしきその好意は続きました。カン、カンとお医者さんがトンカチでお星さまを叩くたびに、お星さまはピカッピカッと光りました。一瞬ではありましたが、マルメロの言うように綺麗な七色の光でした。
やがて、お星さまの全身をトントン叩き終えると、お医者さんは言いました。
「体の凝りはなくなったはずだよ。光れなくなる深刻な病気なども隠れていないようだ」
しかし、解放されたお星さまは灰色のままでした。
マルメロはうんと渋い表情をして、お医者さんを見つめました。
「だけど、光ってないようなのだけど」
「そのようだね。でも体はちゃんと治っているよ」
お医者さんがうなずくと、マルメロは不機嫌になってしまいました。
「光らないのなら治っていないじゃない。ちゃんと治してちょうだいよ」
「こらこら」
と、ずっと黙って見守っていたカロンが声を発しました。
「そう騒いじゃいけない。幽霊たちが近くにいたら驚いてしまうよ」
「だって!」
と、マルメロが反論しようとした時、お医者さんが首を振りました。
「大丈夫だよ、黒猫さん。私がちゃんと説明するからね。いいかい、小さな冒険者さん。医者というものはね、病気を治せても、すべての不調を取り除いてやることは難しいんだ。あんたのお友達は光る力を失ってはいない。いつでも光ることが出来るはずだ。だけどね、医者の私に出来る事はここまでなんだ。あとはお星さまの気持ち次第といったところだね」
「気持ち次第?」
マルメロはお医者さんの言葉を繰り返すと、がっくりと肩を落としてしまいました。
無理もありません。だって、お星さまは灰色のまま光る気配がないのですから。マルメロがあまりにがっかりした様子なので、黙って見守っていたヘカッテは思わず口を開きました。
「あの、先生」
「なんだね?」
「気休めでも良いんです。もうちょっと何かできませんか。トンカチでもう少しだけトントンするとか……」
お医者さんがお星さまの体をトントン叩いていた時には確かに光っていました。その輝きを思い出しながらヘカッテは言ったのですが、お医者さんは静かに首を横に振りました。
「こういうのはね、やりすぎるのも良くないんだよ。とにかく今は様子をみなさい。そして、向き合ってあげなさい。ひょっとしたら、医者の私では出来ないことも見つかるかもしれないよ」
そう言うと、お医者さんはまるで穏やかな魔女のように笑いました。
何にせよ、お星さまに出来る処置はそれが全てのようでした。お薬もありません。マルメロはすっかり気を落としてしまいました。
帰る気にもならないようで、しばらく「冥界の丘」に座り込み、お星さまを抱っこしたまま空を見上げていました。そんな彼らを放っておけず、ヘカッテはお医者さんにたずねました。
「わたしたち、しばらくここに居てもいいかしら」
「ああ、構わないよ。好きなだけいなさい」
お医者さんはそう言うと、椅子に座って星空を静かに眺めはじめました。




