1.両親からの手紙
皆さんは夜空にかがやくお星さまのことは好きですか。
きらきら光るそのお星さまたちも、ヘカッテたちの暮らす世界では、ときどき地上に降りてくることがあるんです。
地上に降りてきた星たちは、お空にいる時と同じようにきらきら光っているものなのですが、たまにさっぱり光らなくなってしまうお星さまもいるんです。
今回は、光らなくなってしまったお星さまと、そんなお星さまにまた光ってほしいと願うマルメロという女の子が登場するお話です。
ある日、彼らはいつも暮らしている場所を離れ、迷宮をてくてく歩んでいました。このお話は、そんなふたりがヘカッテたちのもとへとたどり着くより少し前から始まります。
その日、ヘカッテの暮らすお家には、いつものように郵便配達員をしている双子の姉妹妖精モルモとラミィがお手紙を届けに来ていました。
差出人はもちろん、離れて暮らすヘカッテの両親です。その大事なお手紙を、運んできてくれたモルモとラミィ、そしてヘカッテと共に暮らし、一人前の魔女になろうと日々がんばっている彼女を支えている、おしゃべりな黒猫のぬいぐるみカロンと、竪琴のような音色で歌うお花のメンテに、読み聞かせるのがヘカッテの日課でした。
便箋を丁寧に開くと、ヘカッテは少し緊張気味に言いました。
「じゃあ読むね」
そうして、今日もお手紙の朗読が始まりました。
◇
私たちの大切なヘカッテへ
お変わりはありませんか。あなたが生まれ育った故郷では、星の美しい季節になってまいりました。
こうしてお手紙を書いている時も、ヘカッテがこれを読んでいる時も、きっとお空では美しい星々が輝いているに違いありません。
迷宮ではお星さまの見えない場所も多いかと思いますが、もしもお空がよく見える場所を通りかかることがあったならば、ぜひ見上げてみてくださいね。
さて、ヘカッテ。
今回もまた私たちからあなたに贈る言葉があります。
「きっかけがあればお星さまはまた光るはず」
ヘカッテは光る事をやめてしまったお星さまに会ったことがありますか?
お星さまに限らず、私たち人間もまた、つらい事や悲しいことがいっぱいあって輝けなくなってしまうことはよくあります。
魔女の修行もその一つです。
どんなに苦労しても、あの魔法が成功しない。
そんな事が続いちゃったら、もう駄目かもなんて暗い気持ちになっちゃいますよね。
けれど、そういう時にこそ暗い気持ちにとりつかれないように気をつけて。
松明のあかりすら消えてしまうと迷宮は真っ暗になってしまって、心細さのあまりもうダメだと思ってしまうものですが、何かきっかけがあるだけで道が見えてくる時だってあるんです。
きっかけは色々あります。
火花かもしれないし、雷かもしれない。たまたま通りがかかった人の持っている新しい松明かもしれない。
とにかく、自分ではどう頑張っても駄目だった時は、少し腰を下ろして、落ち着いて機会を待ってみるのもいいかもしれませんよ。
遠く離れていても、私たちはあなたの味方です。
あなたの両親より
◇
「そういえば」
と、ヘカッテがお手紙を読み終えると、ラミィが口を開きました。
「ここへ来る途中に、変わった旅人さんを見たの。小さな女の子と小さなお星さまのふたり組よ。仲良くテクテク歩いていたのよね」
「そうそう」
と、その言葉にモルモも続きます。
「女の子の方はいかにも気の強そうな子だったわね。小さいけれどきっと立派な冒険者さんなのよ。お星さまの方はちょっとしょんぼりしていたわね。思い出してみれば、きらきら光ってもいなかったっけ」
言い終えると、モルモとラミィはふと顔を見合わせ、妖精のはねをパタパタさせました。
二人の話を聞いて、カロンは首を傾げ、太いしっぽをぶんぶん振り、渋い声でつぶやくように言いました。
「今回の言葉はそのお星さまと関係があるのだろうか……?」
そんな彼に応えるように鳥かごの中に入ったメンテが竪琴の音色のような声で何かを呟きます。それを聞いて、モルモがすかさずヘカッテに訊ねました。
「この子はなんて言っているの?」
ヘカッテはそっとしゃがみ、鳥かごの中に笑みを向けながら答えました。
「『焦らなくても大丈夫』だって。こっちが何もしなくたって、お手紙の言葉が役立つ時は絶対に来るからね。わたしたちはいつも通りに過ごしていればいいってことかも」
ヘカッテの返答に、モルモとラミィはすっかり納得しました。
その後もしばらく雑談が続きましたが、ふたりはお仕事中です。やがて、いつまでも油を売っているわけにはいかないと、飛び去ってしまいました。
小さな春の嵐のような妖精の姉妹を見送ると、いよいよヘカッテたちの一日も始まります。
日も暮れはじめる夕方でしたが、ヘカッテたちのような迷宮の住民にとっては、朝のようなものです。太陽光ではなく月光を反射する鏡たちが迷宮を照らし始める頃になると、ヘカッテたちは迷宮を歩き、ヘカッテの魔力の源であり、お花のメンテにとっては命の源でもある月のしずくを集めるために、まずは月のつららのもとへと向かいます。
迷宮にはモノ探しの怪物をはじめとした恐ろしい生き物もたくさんいるため、道のりはとても危険です。けれど、ヘカッテたちはもうずいぶんと長いことこの暮らしを続けてきているので、すっかり慣れっこになっていました。
その日も順調に瓶いっぱいに月のしずくを集め終わり、ヘカッテたちは迷宮の道を後戻りして、お家へと戻っていきました。
迷宮の片隅にあって、少しだけ空も見えるその場所は、恐ろしい怪物も滅多に来ない安全地帯です。その姿が見えてくると、知らず知らずのうちにリュックと一緒に背負っていた緊張も、どさりと抜け落ちていくものでした。
慣れっこになっているとはいえ、やっぱり迷宮の探索は怖いものですし、お家というものはいつだって、目に入るだけでホッとするものなのです。
しかし、その日は少し違いました。というのも、お家の前に見慣れぬお客さまたちがいたからです。
「誰かいる……」
ヘカッテがつぶやくように声をあげると、お客さまたちの方も気づいて、立ち上がりました。
背丈はヘカッテよりも低いふたり組。いかにも気の強そうな、むすっとした表情をした女の子と、その女の子の足元に身を寄せてこちらを窺う小さなお星さまでした。
「やっと帰ってきた!」
女の子がぎょろりとした目をヘカッテに向けて言いました。
「ここに暮らす魔女っていうのはアナタね? 魔法で何でも解決できるっていう話を聞いて、遠い場所からはるばるやってきたの」
強い口調でそう言われ、ヘカッテはぼう然としてしまいました。けれど、ハッと我に返ると、慌てて首をふりました。
「確かに見習い魔女だけど、まだ一人前じゃないの。それに、いくら魔法が使えても魔女だって『何でも』は解決できないと思う」
正直な返答でしたが、女の子は不機嫌そうな顔になって反論しました。
「アタシはそんなことを聞くためにはるばる歩いてきたんじゃないの!」
思いがけず怒られてしゅんとなるヘカッテを、鳥かごの中のメンテがそっと慰めました。
その傍らから、カロンが腕を組み、女の子に問いかけました。
「では、何をしに来たんだい?」
すると、その質問を待っていましたと言わんばかりに女の子は笑みを浮かべ、足元で怯えている様子のお星さまを抱っこしました。
そして、子犬や子猫でも見せつけるように、ヘカッテたちに見せながら答えたのです。
「この子がもう一度、きらきら光れるようにしていただきたいの」
そうです。
この女の子こそが、今回のお話の中心人物となるマルメロだったのです。




