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異世界推し活公爵  作者: 超山熊


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1/1

プロローグ

新作です!


「レオンハルト様、本日の公務は以上となります」

「ご苦労、ギルベルト。今日は休んでいいぞ」


 今日の仕事が整理されているメモ帳を閉じた妙齢の男性は、自分の執事兼秘書のギルベルト。

 白い口髭を整えながら執務室を後にするギルベルトの主人こそ、この屋敷の主人であり当主である自分、レオンハルト・フォン・アルノードだ。

 現在、20歳にして貴族階級最高位に置かれる公爵家を纏める自分は一言で言えば”転生者”である。

 前世が日本生まれ日本育ちの純粋な日本人であったことは覚えているが、どんな過去があり、なぜこんな世界に生まれているのかは分からないという。もう少し情報をくれてもいいのではないだろうか?といった具合でアルノード公爵家に赤ん坊として誕生した。


 前世のかすかな記憶にある転生物のライトノベルでは確か、貴族の末弟として生まれ前世の知識を生かしたり余る才能を生かしてハーレムを築き上げていく。というのが定石だったようだが……。


 そんなうまくいくわけもないのが現実である。

 公爵家の長男として生まれて最初に問題になるのは継承権争い。

 別に血なまぐさい兄妹同士での殺し合いや、暗殺などが起こるわけでは無いが。それでも公爵家の当主になりたいのは子供も同じであり、誰よりも勉強し、誰よりも自分に才能があるのだと現当主に証明しなくてはならない。

 他の弟妹よりも早く生まれ尚且つ赤ん坊のころから意識があることを生かし、早い段階で信頼と継承権を勝ち取ることができた。

 妹弟たちも自分のことを信頼し尊敬してくれているので血なまぐさいことにならずに済んだと、正直かなり安心した。


 さりとて公爵家の次期跡取りとして立場を確立したあともやることは山積みであった。

 跡取りとして他貴族への挨拶回りは勿論のこと、貴族として必要な礼儀作法、子供のうちに就学しておくべき学問書、父親であり当時の現当主の仕事を覚えること。

 他にも様々なことを幼い頃から叩き込まれた自分に、休む暇もゆっくりと世界の神秘に向き合う暇も無かった。


 かくして綺麗な婚約者や魔法の才能、自身がどんな役割でもって転生させられたのか。などは知らないままに17歳を迎えた日だった。


「坊ちゃま!旦那様が!」


 自分の面倒を見てくれていたギルベルトに深夜の時間にも関わらず起こされたとき、父は突然亡くなっていた。

 どうやら子供達には隠していた持病があったらしく医者からも残り少ないと言われていたようだった。


 悲しくないわけがない。

 17年という短い歳月であったが紛れもないこの世界での肉親であり、跡取りとして確立してからは父親が「自慢の息子です」と他家に紹介するたびにむず痒いような照れくさいような感覚に陥ったのも懐かしい。

 それほどに自分を愛し、自分もそんな父親の背中を尊敬していた。

 冷たくなった手をしばらく握っているとギルベルトが一つの封を渡してきた。


「こちら旦那様が亡くなられた場合に備えていた封書でございます」


 中を確認するとそこには、自分を当主に任命する旨と家族は任せたという短い文章。そして最後に、父親として成長を見届けられなくてすまない。といった家族への文言が記されていた。

 手紙を胸に熱くなった瞼が冷めるのを待ち、傍で控えていたギルベルトへ決意と共に伝える。


「今日から私がアーノルド公爵だ。父の意志を受け継ぎ、父以上の功績を世に遺してみせる。ついてきてくれるか?」


 それは自分にとって勇気のいる言葉だった。もしかしたら仕えている者達は納得しないのではないだろうか。家族は離れていくのではないだろうか。他の貴族たちから反感を買うのではないだろうか。

 胸には靄がかかり不安で押しつぶされそうになる。

 それでも、言わなければならない一言だった。自分自身への覚悟と仕えてくれている者達への信頼を勝ち取るために。


 自分の言葉に少し驚いたようなギルベルトは姿勢を正し恭しくこう言った。


「我ら使用人一同、新しく拝命されました”新当主”様に仕えてもよろしいでしょうか?」

 

 どこか安心したような、それ以上に期待するような視線を向けるギルベルトに言う。


「お前たちがいてこそ、私は私たり得る。ついてこい。”家族”を守るために」


 それからしばらく、新公爵として王族への挨拶や我が公爵家の傘下に入っている貴族家当主への挨拶周りの仕事で忙しく目を回すような日常が続いた。

 それが本日、ようやくひと段落といった形で久しぶりの我が家へ戻ってきたのだ。

 長年にわたり公爵家に仕え様々な危機的状況も見てきたであろうギルベルトにも疲労が見えたことから、ここ数日の忙しさが良くわかる。


 それでも止まるわけにはいかないのだ。

 今日までの働きは全て前座に過ぎず、仕事はこれから指数関数的に増えていくのだろう。


「……いつまで続くんだ。……早く、休みたい――」


 書類仕事の手を止め、豪華な装飾の施された天井を久しぶりに眺める。

 当主に就任してからというもの、この部屋に入る機会は数度しかなかった。

 父親であった元公爵の執務室、他の部屋よりも厳重な造りがされ如何にも貴族らしい部屋となっている。

 葬儀をしてからすぐに使用人たちの手で部屋の移動が為され、今は自室となった慣れない部屋の天井を眺め目を瞑る。

 

 17年生きてきたが、前世のことはいまだはっきりとは思い出せない。

 しかし所々で「ああ……あそこは日本と違うな」程度を思い起こすだけで、忙しい日常の中で徐々に自分が転生者であるという自覚も薄れてきている。

 仕事をしていても、それが自分の日常で、たまに「疲れた」「休みたい」といった感情が無くなるように働く瞬間もあるぐらい。――限界が近いのだろうか。


 確か明日は、辺境の村へ視察に行くという仕事が入っていたはず。少しでもいいから寝ておくか。


 そう考えるが寝所に行くと寝過ごしてしまいそうだったので椅子に背を預け意識を落としていく。

 願わくば何も起こらないことを祈って。


 

「……ハ……ま。……オン……様。レオンハルト様」

「――ん?……ああ、すまない。寝ていたようだ」


 翌朝、揺れる馬車の中で微睡みに沈んでいたところをギルベルトに起こされた。

 昨日はあのあと1時間ほどの仮眠だけ取り書類仕事に戻った。急ぐものではなかったけれど仕事を残すのは性分的に気に入らないため片づけたかった。

 そのせいで今寝てしまっているわけなのだが。


「最近の忙しさでは仕方ないでしょう。もう少し寝ておられますか?」

「いや、もう着くのだろう?寝起きの顔で行くのも失礼だ。起きてるよ」


 公爵家御用達の豪華な造りの馬車の窓から外を覗くと、のどかな草原には少しばかりの雪が積もり太陽の明かりをキラキラと幻想的に反射している。

 鳥たちも小さなさえずりを交わし仲良く空を飛ぶ。


「良い天気だな……これなら今日の視察も上手く進みそうだ」

「そうですね。本日は特産の酒を見るというだけですので、何もないとは思いますが」



 アルノード公爵領にある辺境の村で造っている酒が絶品であるという噂を聞いて自分が視察に向かうことになったのが今日の経緯である。

 この世界では12を超えれば酒を飲むことができ、15を超えれば成人と見做される。

 貴族社会で12歳のころから酒を飲む習慣が出来上がっているため視察で少量嗜むくらいなら仕事に支障はでない。

 それに数か月前の事前調査で噂の酒がそこまで度数の高い酒ではないことが分かっている。

 

「――着きましたな」


 馬車がゆっくりと止まり、外からざわざわと人々の声が聞こえる。きっと村人全員で出てきているのだろう。

 ギルベルトが扉を開けて外光が目を刺激する。眩しさに目を細め、馬車を出ると簡素だが少し厚手の装いを纏った村人が出迎える。

 その先頭に立つのがこの村を纏める村長であろうか。


「ようこそお越しくださいました。レオンハルト・フォン・アルノード様、新公爵拝命おめでとうございます」

「うむ。盛大な出迎え感謝する。前公爵から引き継ぎの仕事で参った。酒は用意してあるか?」

 

 自分の言葉に村長は頭を地面にたたきつける勢いで下げ村民たちも姿勢を低くする。

 突然の土下座に自分は何かしてしまったのだろうかと一歩前に出たとき、自分の代わりになるようにギルベルトが口を開いた。


「何があったのでしょうか?理由を説明してもらわなければ公爵様も困ってしまいますよ?」

「申し訳ございません。……数か月前の暴風雨で酒の倉庫が壊れ井戸の水が汚れてしまったので、次も準備できず……公爵様には足を運んでいただいたにも関わらずこのような事態になってしまい申し訳ございません!」


 つまり公爵を呼んだにも関わらず不慮の事故により酒が用意できていない。ということらしい。


 ギルベルトの優しい問いかけに村長は焦るような顔を上げて説明した。

 まるで処刑前の罪人のような面持ちで土下座をする村人一同。

 そんな村人たちの前で自分は全く違うところに視線が行っていた。


 平伏する村人たち、大人も子供も老人も老若男女問わず地面に伏す……その背後でただ一人。

 自分からは見えないようにされた家屋の隙間から見えた一瞬、その一瞬に垣間見えたただ一人の少女。


 はっきりとは姿が見えなくて、なぜ村人たちが全員集まっているはずの場所にいないのかも分からない。

 それでも自分の気持ちははっきりと確かに、彼女の存在に釘付けになっていた。

 これは、そう、前世でいうところの――。



「……あ、俺。この人を“推してる”」


 異世界で推しを見つけた瞬間だった。


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