あこがれ
『憧れの人を真似るとその人に近づけるという。』
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不況の煽り、失業したばかりの私は毎日毎日、動画を観てはゴロゴロしていた。
今見ているのは、20代の若さでFIRE(なんか、一生遊んで暮らせるだけの大金を前もって稼いじゃった人の事らしい。)を達成した人物がハワイのようなところで遊びまくっている様子である。
眩しい青空、青々とした海・・といった、なんとも解放感あふれる動画。
初めは楽しく動画を観ていた。
が、しかし。
だんだん卑屈な感情がわいてくるのを抑えきれなくなり、思わずコメント欄を見ると・・一見、正論には見えるがやっかみとしか思えないような内容のコメントが複数並んでいた。
”若いうちは苦労を買ってでもした方が良いのに” ”全然人の役に立ってなさそう”
”お金を持つことだけがすべてじゃないよ”
私はこれらを見てフン、と鼻で笑った。
おそらくスルーしているだろうが、発信した当人もこれらのコメントを見て同じように鼻で笑っているはずだ。
何言ってんだ、こいつら。 結局、金がすべてだろ。 きれいごとなんてよせばいいのに。
あ~。一瞬でもコメントしようとした自分がアホに思えた。やめだやめだ。
すっかり萎えた私は気分を変えるために、別の動画を観る事にした。
金はほとんどないが、まあまあ時間はあるから。
・・・何を観よう。 そうだ、これとか面白そうだな。
それはパンダの動画であった。
寝っ転がりながら笹をむしゃむしゃとほおばる愛らしい後ろ姿が映し出された。
「・・・・・・・。」
かわいい。
思わずほっこりする。先ほどまでの妬みと憎悪の入り混じった負の感情がしだいに消えていくのがわかった。
ああ、なんだか癒されるなぁ。
私もクッションを抱えてソファーにゴロンと転がる。そして・・その姿勢のままサイドテーブルの上のポテトチップスの袋をつかむと寝ながらむしゃむしゃと食べ始めた。
ああ、なんという怠惰。
しかし、大金を稼ぐような頭も才能も与えられなかったのだから、おまけにクビ切られたんだから、このくらいの贅沢・・普通に許されるだろ。
画面の中のパンダが、笹をほおばりながらふりかえる。
ムシャムシャ。
なんだか、私を見つめているような気がしたので、私もパンダを見る。
むしゃむしゃ。
私たちは食べる手を止めずにお互いに見つめ合った。
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「それで、ご自分で飼う事になさったの?」
「エエ、マア、ソウイウコトニナリマス。」
ターバンを巻いた男性はアパートの管理人に頭を下げた。
あいかわらず行方不明のお隣さん。
いつも仲良くさせてもらっていたので、本場のカレーをおすそわけしようと出向いたところ、応答が無かった。
しかし、部屋の中から何者かの気配を感じたのだ。
どうも胸騒ぎがしたので、管理人に頼みこみ合鍵で突入してみたところ・・・・。
・・・・・・・本人は留守の様であった。 しかし。
ハグハグ、ガサガサ、という何者かの息遣いと、袋をガサガサ漁るような物音が部屋の中心部から聞こえてきた。
彼と管理人がおそるそるリビングへ続く扉を開けると・・・・・・・・・・・・・・・・・。
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・・・・・・・・・・・・マグカップの置かれたサイドテーブルの付近にはポテトチップスの袋がいくつか散らばっており、ソファーの上には新たな袋を抱えて寝転ぶパンダの姿があった。
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「そこまで落ち込んでいた様子は特になかったけどね。クビになったとか言ってたけどへらへらしてたし、もとからクヨクヨするタイプの子じゃなさそうだったからね。・・でも心配だわ。どこ行っちゃったんだろ?」
「管理人サン。彼ト連絡ツイタラ、ボクガ○○区に出シテル店デ求人ダシテマス、トオ伝エクダサイ。ボクノ名前ヲ出シテ頂ケレバトモ。」
「わかったわ。あ、そうだ。ところでパンダちゃんは?」
「モウ自家用機デ実家ニ送リマシタ。」
「・・ああ、あのご実家。」
管理人のおばさんはふいに、遠い目になる。
雑誌で何回か見た事がある。・・・・・あのアラジンに出てきそうな宮殿。
彼がインドで最も有名な富豪の息子だと知った時には驚いた。
そして彼自身も、親からの援助を一切受けずに自力でカレービジネスを日本で成功させつつある。
「デハ。」
仕事に向かう彼をいってらっしゃい、と見送りつつ管理人さんは、とりあえずパンダちゃんは幸せになれそうでよかったな、と思うのであった。
完




