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花嵐の夜  作者: 露刃
11/25

タイトル未定2025/07/15 22:36

 修司は、スマートフォンを取り出して庭の写真を撮った。角度を変えて何枚も全体図を撮ってから、そこに近づいていく。そしてそれの写真も撮った。修司の思った通りなら、これに触る前にまず橘佐和子に確認を取らなければ。

 電話を掛けた。相手は夕子だ。病院に詰めているなら出ない可能性もあったが、彼女は出た。

 手早く状況を話して、修司は問う。

「橘さんの容体は?」

「集中治療室にいます。意識はもうろうとしているようですが、呼び掛けにはかろうじて反応があります」

「なんとか一つだけ聞き出せないかな。しゃべらせなくてもいい。ただ、首を縦か横に振ってくれれば」

「やってみます。なんと聞けば?」

 修司からの答えに、夕子は意味を訊ねることもなく了承した。緊急を要していると理解しているのだ。

「渡辺刑事、今のは…」

「うん、ちょっと確認」

 駐在の問いに、答えにならない答えを返して、修司はそれ――プランターの前でひざを折る。数秒の間、白くて小さな花を眺めてから、プランターをどかした。

 思った通り。そこに、あった。

「…なるほど」

 修司が口角を上げる。その瞬間を見ていたのかと思うほどのタイミングで、夕子から着信があった。

「はいよ。聞けた?」

「はい。渡辺さんのおっしゃる通り、答えはイエスでした」

「そりゃ良かった。ありがとね、夕子ちゃん」

「いえ。…あの」

「うん、聞きたいよね。でももう一つ材料が揃うまで待ってくれないかな」

「はい、待ちます」

「いい子だ。じゃあ、橘さんが落ち着いたら署に戻っておいで。あと一時間で片づけるから」

 多少困惑した様子だったが、夕子は素直にうなずいて、電話を切った。

 修司は腕時計を見る。たぶん、間に合う。

 あと一つ。寺川たち同僚がなにか見つけてくれれば。

「駐在くん」

「は、はい!」

「俺は署に戻るから、きみはここを見張っててくれる?」

「はい。もちろん門番を…」

「そうじゃなくて」

 修司は駐在を手招きして、内緒話をするように声を潜めた。

「…分かった?」

「はい!」

 元気よく返事をしてくれた駐在ににっこり笑って、修司は車に乗り込んだ。ちょうどその時メールの着信があった。寺川からだ。タイトルは無く、本文は一言「見つけた」とだけ。そして、添付ファイルがある。画像を開いて確認して、修司は吹き出した。

「ビンゴ」

 車を発進させた。


 一時間後。物証と自白により、犯人たちが捜査一課に緊急逮捕された。夕子が帰署したときにはすでに、彼らがうなだれている状態だった。そう、犯人「たち」が。

「どういう…ことなんですか?」

 捜査一課の面々が帰ってきているので、部屋は賑わっている。修司にはっきり聞こえるように、夕子の声は少し大きめだ。

「つまり、被害者は四人じゃなかったんだよ。最初から、あのばあさん一人が被害者だったってこと。いや、マキちゃんも含めて一人と一匹だね」

「それはさきほど寺川さんから伺いましたが、どうして」

「どうして一課が逮捕したのか? 器物誘拐よりも宝石強盗の方が重罪だからでしょ」

「は? あ、あの、どういう…」

「個人的には器物誘拐もじゅうぶんに重罪だとは思うけどね。ま、それはともかく。説明はするけど、とりあえず座ったら? あと、悪いけど急いでるから細かい描写は無しね。明日…は俺が休みか。明後日以降でいいならコーヒーでも飲みながらゆっくり話すよ」

 修司は話し出した。先ほど、課長や寺川に話した内容を。


 今回の器物誘拐事件は、橘佐和子を除いた三件すべてが狂言だ。橘家を見張っていたもう一人を含め、彼ら四人は一週間前、宝石強盗を働いた。彼らがどこでどう知り合ったのかは知らないし、修司には興味も無い。そんなことは、これから一課が調べればいい。

 とにかく彼らは結託して強盗し、盗んだ宝石の隠し場所として橘家を選んだ。一人で暮らしている老婆が入院していることを、犯人の一人が知っていたからだ。看病していた息子がシンガポールに戻らねばならず、夜は完全に無人になることも知っていた。何故なら彼は、橘家の鍵を預かった近所の住人の親戚だったからだ。

 老婆は、退院すればシンガポールに引っ越し、あの家は年単位で誰も立ち入らないはずだった。最良の隠し場所だと確信し、庭のプランターの下に埋めた。物置小屋や物干し台をずらせば跡が残るし、サンルームの下には大の大人が入って穴が掘れるほどの隙間が無い。柿木の根元は目立ち過ぎる。

 ほとぼりが冷めるまで隠したままにするつもりだった。橘家が海外赴任を終えて帰ってくるまで三年。それだけ経てば、捜査本部も縮小される。

 なのに、老婆は引っ越しを取り止めた。退院する段になって、急に取り止めたのだ。もう、宝石を埋めてしまったのに。早急に隠し場所を変える必要が出てきて、彼らは橘家を見張った。その結果、今回の計画を思いついたのだ。

 まず、橘家には猫がいる。老婆は猫をマキちゃんと呼んでかわいがり、サンルームでは一緒に日向ぼっこをしている。次に、異様なほどお守りの類に心酔している。お守りやお札は人が踏まないところに置くべし、という習慣のもと玄関の庇にわざわざ神棚を造ってまで飾り、毎日決まった時間に長い時間手を合わせている。

 これならば、と犯人たちは考えた。猫を攫い、それだけでは怪しまれるので自分たちのペットも一時的にどこかに預け攫われたことにし、脅迫状を全員に送り付けたのだ。警察には相談してもしなくてもかまわなかったが、相談したほうが自然だと考えたらしい。

 二通目の脅迫状を玄関庇にわざわざ脚立を使って貼り付けたのは、ポストに入れると入れた時間を特定される可能性があるからだ。朝刊、回覧板、郵便物、営業チラシ、夕刊。これらを手掛かりに時間を特定されると、警察が目撃情報を拾いやすくなる。一方、佐和子が庇に手を合わせるのは、一日一回だ。いつの間に、と思わせることが出来る。

 美鷹市から遠い公園を指定して、長時間外出させている間に庭を掘り起こすつもりだった。ところがここで予定外のことが起きた。佐和子が再び倒れたのだ。救急車が呼ばれたことで、見張り役は困惑した。仲間たちのところには刑事がいるから、もう落ち合って相談することも出来ない。修司と夕子が橘家に到着したときには、脚立を持って近くにいたのだ。修司の予想通り、つなぎを着てさも作業中のような顔をして。どこの業者も、工事をする際には近所の住民に挨拶をする。「この期間に工事音などでご迷惑をお掛けします」というような内容の。その期間、工事関係者のような顔をしている人間が近所をうろついていても、誰も気にしない。

 佐和子が救急車で運ばれた、その瞬間に庭を掘り返したかったと、彼は供述していた。だが、夕子は優秀な警察官だ。自分の代わりにとすぐさま駐在を呼んでいる。駐在がいつ飛んでくるか分からないのに庭を悠長に掘り返すことなど出来ない。救急車を橘家まで誘導するために、夕子は外にいたのだ。同じく外で家を見張っていた犯人には、会話がほとんど聞こえていた。仕方なく、彼は佐和子と夕子を乗せた救急車が去ってから当初の予定通りに庇に脅迫状を貼り付けた。それしか出来なかった。焦っていて脚立の跡まで気が回らなかったらしい。それが、修司たち警察には幸いした。修司は脅迫状を見つけ、なぜここにあるのかを考え、結果的にプランターの下にある宝石を見つけたのだ。

 修司が電話で夕子に確認させたのは、数日前に退院して家に戻ってきた後、佐和子が庭の掃除をしたかどうかだ。修司はしていないだろうと踏んでいた。心臓疾患で入院していた老婆が、この寒空の中、そう広くないとはいえ一人で柿木の葉が落ちる庭をきれいに出来るとは思えない。実際、庭には葉っぱが散らばっていた。そして思った通り、答えはイエスだった。

 ならば、一つおかしいことが発生する。あの、白くて小さな花が元気に咲いていたプランターだ。あれほど枯れ葉が散っていた庭で、あのプランターにはほとんど葉っぱが乗っていなかった。乗っていなかったからこそ、白くて小さい花があると認識出来たのだ。それは何故か。誰かが動かしたから、葉っぱが落ちたとしか考えられない。それも、この数日中に。

 時を同じくして、課長からの指示を受けた寺川もほかの被害者と思われていた男の部屋で脅迫状を見つけた。なんのことはなく、封筒にも入れずに鞄の中に折りたたまれて入っていた。被害者を装う以上二通目の脅迫状も全員が持っていたほうがいい。ただ、橘家のようにひっそりとしておく必要はない。すべてことが済んだら、自ら警察に渡せばいいのだから。一人で来いと書かれていたので一人で出向き、金を払ってペットを返してもらったことにすればいい。それぞれの脅迫状に書かれていた日付と時刻は、みんなばらばらだった。架空の犯人は一人で金を回収していると思わせる為だったのだろう。

 あとは、課長を通して一課に連絡してもらうだけだった。橘家に置いてきた駐在も役に立った。修司からの指示で、彼には一芝居打ってもらっている。大げさなものではなく、スマートフォンで着信音らしきものを鳴らし、通話しているふりをして「では今から戻ります」と橘家の前で大きな声を出してもらっただけだ。そのうえで、裏口からこっそり庭に入って見張っていた。のこのことやってきた犯人を取り押さえたのは、彼の手柄だ。自白はスムーズだった。言い逃れのしようがないことを、修司が優しい口調で懇切丁寧に教えて差し上げたからだ。

 駐在が聞いた橘家にかかってきた電話が、佐和子の息子からであったことも確認出来た。以前、病院を名乗る不審者からの電話で詐欺に遭いかけたので、母親の不在を確認する為だったという。佐和子はまだ携帯電話を持っていない。今時の病院は、個人情報保護を謳って電話では病状を詳しくは教えてくれないのだ。家族と名乗る相手が本当に家族かどうか、病院側には確認する術が無い。だから無理もないとは言える。従って病状を知るには病院まで出向かなければならないが、シンガポールにいる息子は、病院へちょっと様子を見に行くことが出来ない。とりあえず家の電話にかけて、不在を確認することしか出来なかったらしい。

 歯痒かったであろうことは、想像に難くない。

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