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第6話 誰をやる?


 この一週間、レンさんの家に行っていない。


 朝、庭からレンさんの生存を確認し、学校に行き、歴史の授業だけは真面目に聞き、放課後は安田に勉強を教えてもらってその後ジャングルガーデンを横目にまっすぐ帰宅。寝る前にはその日に覚えたことを眺めて復習する。真面目すぎる日々を送った。お袋は泣いた。


 勉強会の最初に安田は、「漫画 日本の歴史」を読もうと提案してきた。安田曰く、歴史を勉強するにはまず流れをイメージで掴み、そこから具体的な単語を覚えるといいらしい。漫画を読むのは苦ではない。それを読み終えると安田はその漫画をコピーしてきて、セリフや説明文の一部を緑色のマーカーで塗りつぶし始めた。


「緑マーカーで塗りつぶしたところに赤シートを重ねると文字が隠れる。そこにどんな単語が当てはまるか考えながら、もう一度漫画を読んでみて。わからなかったら横に付箋をを貼ってね。2周目は付箋があるところを解いて、正解なら付箋を外す。付箋がなくなるまで何周もする。


 何かを覚える時は脳の記憶を司る部分を騙すことが重要でね。何回も何回も繰り返して、脳に『これは生存のために重要なことなんだ』と思わせる必要があるんだ」

 

「おー、安田すげーな。本格的だ」


「いやいや、とんでもない。それと覚えたことは夜寝る前に復習すると、寝てる間に脳内で情報が整理されて記憶が定着しやすいから。大和君、今日から寝る前に必ずその日やったものを見直してね。主要な単語を覚えたら次は年号の記憶だよ。目指せ80点!」


「おー」

 

 予想以上にストイックな安田の指導を受け続けたこの一週間。正直、深刻なレンさん不足だ。でもこれもご褒美のため。ご褒美のためなのだ。


 先週トリカブトの花を食べ、テンパった俺に思いっきり揺さぶられ具合を悪くしたレンさんは、グッタリと俺によりかかり、まるで遺言のようにこう言った。


「大和くん……今月末、そこの海岸で花火大会があるでしょう……この小さな町の唯一といってもいい観光イベント……私はそれを、みたかった……」


「一緒に行きましょ。沢山花火上がってすげー綺麗ですよ。死なないで、はい、レンさんならトリカブトくらい、どーってことないでしょ」


「普通に気持ち悪い……私車酔いするタイプだから……あと大和君、来週テストがあるでしょう……」


「あるかも」


「君がなにか1教科でも、いい点を取れたら……花火大会奢ってあげるよ……」


「花火大会奢るってなに。あとなんで急に条件つけてくるの」


「花火大会には屋台が出るでしょう……屋台、屋台で好きなだけ遊ばせてあげるから……勉強しなさい。君には可能性がある……こんなところで燻ってる場合じゃないんだよ……」


「いやそんな屋台ではしゃがねーし。……でも乗った。今度のテストで1教科でもいい点取ったら、俺と花火デートね。はい、約束」


「でぇと……はい、うぅ気持ち悪い…………」 


「んで、いい点って何点取ればいい? 50点?」


「低っ……」


 ということで80点。このテストが終わったら速攻レンさんに会いに行こう。


 テスト終了後、いつもより早足で帰路に着く。


 やべー、今日なんの葉っぱも持ってきてないやと歩いていると、見慣れた青い屋根の家が見えてきた。だが家の前には見慣れない黒い車が一台。来客か?

 

 玄関の戸が開いて、中からスーツ姿の男が1人と、サファリなレンさんが出てきた。とっさに電柱の影に隠れる。2人は楽しそうに話している。いかにも仕事のできそうな風貌のその男は、背を屈めてレンさんの顔を覗き込み、なにかを話す。レンさんは照れたような顔をして、その男の肩を軽く叩く。それから男はレンさんの頭をポンポンして、車に乗り込んだ。レンさんは車が見えなくなるまで見送って、家に入っていった。



 何だあれ。誰だあれ。

 無性に腹が立つ。

 俺はこの一週間禁欲的に頑張ってきたというのに。


 腹の底にイライラを抱えて早歩き。玄関のチャイムを押す。


 はーい、と言ってレンさんが出てくる。あ!大和くん!テスト終わったの?上がって上がって!まずはお疲れ会だ!レンさんはすごく嬉しそうな顔をする。


 はい、ズルい。危うく毒気を抜かれそうになる。


「さっきいた男、誰?」


「あれ、大和君見てたの? それなら声かけてよ、紹介したのに。私の会社の人だよ」


「会社の人が自宅に来るのって普通なの?」


「私の仕事の場合はね。さっきの人ね、そこ、植物の種を届けにきたの」


 そういってレンさんは床に置かれた段ボール箱を指さした。


育種(いくしゅ)って知ってる? 植物を品種改良して、新しい種類を生み出すことなんだけど。普通は植物を掛け合わせて種を作って、それを栽培して、耐病性とか諸々試験して……って、ひとつの新しい品種を生み出すのにものすごい長い年月、ものによっては10年以上かかったりするんだけど。私の手にかかれば……」


「数分でそれができる」


「そう。だからこうやって私の元に早く日の目を見たい新品種候補たちがやってくるの。依頼料すごーく高いらしいし、ごく一部にしか知られてないから数はそんなに多くないんだけどね」


「あれ完全にチートだもんな。なるほどそんな商売の仕方もあるのか。じゃあ会社の人はレンさんの能力、知ってんだ」


「うん。といってもさっきの山本君と、あと1人くらいかな」


「山本?って男、仕事の付き合いにしてはすげー仲良さそうだったけど」


「山本君とはもう長い付き合いだからなぁ」


「山本……この写真の男とは違う?」


 セピア色加工の、レンさんと男が写った写真を手に取る。よく見るとさっきの山本とかいう男の方がもっとこう、ギラギラしていたか。


「違う人だよ。その写真の人は駿河聖」


「するがひじり。見た目に合わず古風な名前っすね。レンさんはこの、駿河聖に最強の毒薬を飲ませたいんだっけ?この人なにもの?抹殺したくなるほどやべーやつなの?」


「駿河は私みたいに特殊能力を持っていて、それを悪用したの」


「こいつ何したんすか」


「大量殺人」


「本物の犯罪者じゃないっすか。捕まんねーの?」


「駿河は捕まらないよ」

 

「なんで?」


 レンさんは何も答えず、俺が持っていた写真を優しく取り、元の場所に片付けた。


「話すとすごーく長くなっちゃうから。この話はまた今度。今日はとにかく大和くんのお疲れ会をしなくっちゃ!この一週間勉強頑張ってたんでしょ。大和君のお母さん泣いて喜んでたよ。テストの出来はどうだった?」


「あー、まあまあ。初めて答案全部埋めた。安田に勉強教えてもらったんだけど、あいつ色んな記憶法とか知っててさ。マインドパレスー記憶の宮殿ーとか必殺技みたいなやつ使っててさ。すごかった」


「それはすごい!安田君さまさまだね。話してみたいなぁ。やっぱり鍋に誘うのリベンジしなきゃな」


 そう言ってレンさんは小躍りしながらキッチンに行き、冷蔵庫をあける。うーん、納豆とサラダチキンしかない。ケーキ屋さんにでも行く?なんて言い始めたレンさんのすぐ後ろに立って、一緒に冷蔵庫を眺める。


「まじでスカスカっすね。まぁ別に、食いもんなくても俺は良いですけど、お疲れ会かぁ。頑張った大和クンに、レンさん何してくれるんです?」


「わっ、耳元で喋らないの!えっと……そうだなぁ。食べ物以外の方法が思いつかないなぁ……やっぱり買いに行こう」


「良い方法がありますよ」

 

「なに?わっ」


 レンさんをお姫様抱っこ。驚くレンさんをソファに強制連行する。

 

「重いよ!自分で歩けるって」 


「全然重くないよ。レンさんもっとちゃんと食べた方がいいよ。……はい、ここ座って」


 あわあわするレンさんをソファに座らせ、その前の床に座る。


「はい。肩揉み。お願いします。慣れないことしたもんで、肩こりました」 


「あ、肩こりに効く植物あるよ」


「そーゆーのじゃなくて。レンさんの手がいーの」


「私の力使えば速攻で効くよ!」


「いーから。はい、手で。お願いします」


 レンさんは納得できなさそうな顔をして、小さい手で俺の肩を揉み始めた。そのぎこちなさが逆に嬉しくて、俺は目を瞑ってその時間を堪能した。

 

 はー。

 頑張ってよかった。

 

 レンさんはずっと、ヨモギとかさー、血流改善にいいんだよー、どうかなぁ試してみたいなー、とかなんとかブツブツ言っていた。うるさかった。


◇◇◇

 

 後日、テストが返却された。

 なんと驚異の81点。社会科の教師が恐れ慄いていた。

 安田はテストを見せた瞬間、立ち上がってガッツポーズをしていた。意外と元気なやつなんだな。

 とにかく、これで堂々と花火大会デートに行ける!


 と、その前に。


「安田、約束はちゃんと果たすぜ。誰をやる?」


 安田は口をキュッと結んで、俺の目をまっすぐに見た。

 

「大和君。俺の願いを聞いてくれる?」

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