最終話 ヤンキー君はサファリお姉さんを口説きたい
私が死ぬのはこれが2回目。
1回目は終戦後、軍の研究所で。意識が途切れる直前に見たのは泣いている聖の顔だった。
目覚めた場所は、暗く寒い部屋。私を見た山本君は、恐怖に固まっていた。
そして今回。意識が途切れる直前に見たのは、やっぱり泣いている、大和くんの顔だった。
泣きながら、必死に笑おうとしてくれている大和くんの顔だった。
どうも私は死ぬ直前に誰かを泣かせてしまうらしい。
でも今回目が覚めた時、そこは明るい場所だった。
吹き抜けの天井、大和くんが電球を取り替えてくれた照明、大きな窓から差し込む光。
私の家の2階、ベッドの上だった。
どのくらい寝ていたのだろうか。
見慣れた光景は、変わっていない。
ベッドから起き上がる。
私の目の前に立っている、髪の分け目が変わっている山本くんは、今回は恐怖の顔じゃない。
むしろ底抜けに明るい、輝くような笑顔だ。
「おはよう、レンちゃん!今回は早く起きたじゃない!」
階段を下りていると、テーブルの方から、息をのむような音。
少し大人っぽくなった聡子ちゃんは、私を見て、パソコンを打つ手を止め、目を潤ませる。
「レンさん……!おはようございます!あぁ、将ちゃんと青木さんに電話しなくっちゃ!あ。真島先生にも教えてあげなくちゃ」
「あはは。安田君も青木さんも、東京から猛ダッシュできそうだね」
ぐるりと部屋の中を見回す。
特段、変わりはない。変わりはない。
でも、まだ足りない。
でも、その名を出すのは少し怖い。
振り返ると、どこかワクワクした顔をして並んでいる山本くんと聡子ちゃん。
二人は私が何か、言葉を発するのを待っているようだ。
いいのだろうか。その名を出してもいいのだろうか。
私がためらっていることに気がついたのか、山本くんが助け舟を出してくれる。
「レンちゃん。早くアレ、俺に聞いてよ。前は『わからない』って答えちゃったけど、今度はちゃんと答えるからさ」
そうだ。
私が探しているのは。
「やまとくんはどこ?」
二人はニッコニコの笑顔で、声をそろえて教えてくれる。
「庭にいるよ!」
◇◇◇
リビングの窓を開ける。
ふんわり心地よい風に包まれる。
爽やかな青空から注がれる柔らかい光が、庭の緑を照らしている。
その中で、誰かがしゃがんで、ヤンキー座りをして、ジョウロで水やりをしている。
それは見慣れた、大好きなあの後ろ姿……
でも、ちょっと違う?
髪の毛が黒い。金髪じゃない。
あと服が。サファリファッション。
ピタリと、その人の動きが止まる。その人が振り返る。
振り返ったその人は、私を見た。
そして胸が締め付けられるような、キラキラとした素敵な笑顔を向けてくれた。
「おはよ、レンさん。お寝坊さん」
「……おはよう大和くん。髪、黒いじゃん」
「そ。黒髪もいーでしょ?」
「うん。似合ってる。かっこいい」
「でしょ。レンさんが気持ちよーく寝てる間に、イメチェンしといたから。こっち来て。近くで見てよ」
履きなれたショートブーツに足を入れ、彼のもとへ歩きだす。
「……チューリップ咲いてる。春?」
「うん。春だよ。見てよこれ、俺の忘れな草。レンさんに言われたとおり、咲いたあとに種取っといた。んで秋に撒いたらまた咲いた」
しゃがむ大和くんの前には、青い、可憐な、小さい花が沢山咲いている。
「大和君ー、聡子ちゃんとスーパーに買い出し行ってくるけど。なにかいる?」
リビングから山本君が覗いている。横から聡子ちゃんがひょっこり覗いている。
大和くんは振り返って、声を張り、それに答える。
「豆腐お願いします。野菜と肉はあるんで。あと鍋のもともお願いします」
「はーい」
山本君は手を振って、部屋の中に引っ込んだ。
「なに。お二人仲良いの」
「一緒にここに住んでる」
「え!」
「誰かさんが起きるの、ずっと待ってた」
そう言って、上目遣いで見上げてくる大和くん。髪色が変わったからだろうか、いつもの制服のシャツじゃないからだろうか、随分大人っぽくなったものだ。
「ラッキー。今日は俺がベッドで寝る番だから、いっぱいイチャイチャできるね」
「え、え」
「俺、大学生になったよ」
「うそぉ」
「勉強頑張った」
「すごい……大和くん、すごいね。私が寝ている間に。いつの間に」
大和くんの手が、私の額に触れる。
髪をすくい、耳にかける。
「あったかい。ちゃんとあったかいな」
「うん」
「去年の春はさ、この花見てもただ寂しかったけど、今はすげーかわいく見える。忘れな草。忘れなかったよ」
「……ありがとう」
「あー待ちくたびれた。いっぱい話したいことある。真島がリナと付き合い始めた」
「嘘でしょ?? そこ??」
「あと、某立てこもり事件で人質になった子供が『さふぁりなお姉さんがたすけてくれた』って言ったから、去年サファリファッションが超はやった」
「やだ私ファッションリーダーになっちゃったの??」
大和くんはハハっと笑って、でもちょっと泣きそうな顔になる。
大和くんの温かい手が、唇をなぞった。
「レンさん、甦ってくれた」
「うん。甦ってしまった」
「嬉しー。これでちゃんと口説けるね」
「フローフシな女ですが……」
「すぐ人に薬使うしな」
「その節はすみません……」
「はは。素直なレンさん。かわいい」
大和くんは楽しそうに笑って、確かめるような触れるだけのキスを、唇にそっと落としてくれた。
そのどこまでも優しい熱に、視界が潤んだ。
頬に落ちてきた彼のあたたかい涙に、つられて涙がこぼれていった。
生きてる。
生きてるなぁ。
大和くんの時代に生きている。
いつ起きるかわからない女を健気に待っててくれた、
かわいいかわいいヤンキー君。
愛しさに胸がいっぱいになる。
「……じゃ。一緒に考えましょーか」
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、大和くんの顔をチラッと見上げると、そこには太陽よりもずっとずっと眩しい笑顔があった。
そして、再び、口付けを……
「……待って。歯磨きしてきていい? 寝起きだからさ」
「おい。雰囲気。雰囲気考えてください」
大和くんが呆れたような顔をしたその時、
リビングの窓からひょっこり、聡子ちゃんが楽しそうに顔を出した。
「レンさん!やっぱり人生は喜劇でしょ?」
(おわり)
人生は喜劇だ!
拙い文でしたが、ここまでご覧いただき本当にありがとうございました。




