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第53話 大和の黙示録

 子供は保護された。涙で顔をぐちゃぐちゃにした母親に抱きしめられて家を出た。

 山本と青木は救急隊と共に二階に上がってきた。青木は血の海を見て気を失った。


 救急隊がレンを担架に乗せ救急車に向かう。だがレンは、もう大丈夫だからここでおろしてくれと、救急隊員の腕を掴んで頼みはじめた。

 

 当然、なに言ってるんですか!と叱りながら、隊員たちは運び続ける。それでもレンはめげない。


「もう!おろしてくれなきゃ恨むよ!一生恨むよ!私の一生の恨みは長いよ!めちゃくちゃ長いんだから!早くおろしてよ!病院はいやだ!」


「あなたね!3発も撃たれてるんですよ!早く摘出しないと!ていうかよくそんな状態でしゃべれますね!」


「だから大丈夫なんだって!なんならもう歩けるし!」


「不死身なんですか?!」


「不死身だよ!」


 あまりに元気にギャーギャーと騒ぐレンに痺れを切らし、救急隊員は担架を道路に下ろした。


「……一旦、寝てもらいましょうか」


「え?!催眠薬は嫌だ!それだけは嫌!」


「散々人に使ってるくせに……」


 大和たちが呆れながらも見守っていると、あろうことか、レンは隊員たちに当身を喰らわせ一瞬で気絶させた。


 そして担架から立ち上がり、血をボタボタと垂らしながら暗い道を走り出した。


「輸血は無理!」


 とても撃たれた人間とは思えないスピードで逃走するレンを、大和と山本は慌てて追いかける。


「レンさん!動くな!」


「そうだよ!レンちゃん、血が出過ぎてるよ!」


 レンは答えない。ただ夜道に赤い印を残しながら、一直線にどこかへ向かっている。


「レンさん!」


 その時突然、レンが立ち止まった。そして追いついた大和がその肩に手を伸ばそうとした時。レンはバッタリと前に倒れこんだ。


「……っぶね!」


 間一髪、大和が血まみれの体を支えた。大和は地面にあぐらをかいて座り、ゆっくりとレンの体を下ろし、自身の膝にその頭を乗せた。


「レンさん、レンさん!」


「大和くん……」


「レンちゃん!よかった、意識はあるな」


 レンの目は虚で、夜の闇の中でもわかるほどその顔には生気がない。だがレンは何かを、何かを2人に伝えようとする。


「……オー」


「なに?」


「……ショクダイオー……私を、ショクダイオーのもとへ連れてって……」


「だめ!レンさんまじでショクダイオーを最後に見たかったの?」


「ショクダイオーのにおいをかけば……死ねるかもしれないから……」


「死因:クサイ臭いにするつもりだったの?」


「いけるかなと思って……」


「ヤケクソにも程があんだろ!」


「……ところで私……血を流し過ぎたみたい」


「でしょうね!!」


 大和と山本は今にもあの世へ飛び立ちそうなレンに、ツッこんでいいのか戸惑いながらもツッこまずにはいはれない。 


 だがレンはやはり重症であった。あまりに多くの血を流しすぎた。


 その不老不死の体は回復を図るため、長い眠りを必要としはじめていた。

 レンは段々と意識が遠のいていくのを感じた。


「……あの時もそうだったの。聖が毒薬を使った時もね、私は死ななかった……私の体はどうやら眠りにつくことで回復して、不老不死を維持するみたいなの。あ、そうなの大和くん、実は私、不老不死なんだけどさ」


「急によく喋る!!知ってる!!」


「……聖の時は70年近く寝ちゃったの。きっと今回も死にきれないで眠っちゃう。今度はどのくらい眠るんだろう。大量出血のパターンは初めてだから」


「レンちゃん、急いで輸血してもらおう。大丈夫だよ」


「この不死身の体が一般人の血なんて受け入れると思う? そんなことされても苦しいだけだから絶対やめてね。私は医療を超越した存在……」


「じゃあどうすればいいんだよ!なにか……いい植物とか……」


 真っ暗な夜道を慌てて見回し出す大和と山本に、レンは思わず笑ってしまう。


「……ふふふ。イケメンたちがなんかやってる」


「なに笑ってんだよ。早くなんとかしねーと……」


 レンは目をギュッとつぶった。そしてなぜかご機嫌に話し始めた。


「山本くん。私が目を瞑ったら適当に火葬しといてくれる?土葬はダメ。ウォーキングデッドになる。火葬でお願いします」


「なに怖いこといってんの!」


「私も怖くてチャレンジできなかったんだけどさ。寝てる間ならいけるかなと思って。もうここまで来たら死にたい。殺して。死なせてください」


「バカ言わないで、早く、とにかく病院にいくよ!何かできることがあるかもしれない!……隊員さん!こっちです!」


 地面につく膝を赤く染めながら、山本は隊員を必死に呼ぶ。

 その山本の横で、固く閉じられたレンの目から一筋の涙がツーと、血の海にこぼれていった。


「怖いの。みんなと同じ時間に生きられないのが怖いの。みんな私を置いていっちゃうんだから。起きたらひとりぼっちなの。今回だって2人が生きてる間に起きれるかどうか。置いていかれるのはもうたくさん。目覚めた時にまた誰も知らない世界になってたら、辛すぎてほんと無理。無理無理無理」


 レンの声は震えていた。

 また涙が落ちていく。


 レンさん、大丈夫だよ。

 きっとすぐに目覚めるよ。


 そんな言葉はとても、大和には言えなかった。不老不死の人間の気持ちなんて想像がつかなかった。

 どんな言葉も彼女の前では安っぽく、嘘っぽく見えてしまう。


 だから大和は、自身の膝に乗せたレンの頭をゆっくり撫で、ここに来るまでに思い出したあの話を、することにした。

 

「……ねぇ、レンさん知ってる? 聖書の「ヨハネの黙示録」によるとさ……


 この世界の終わりが始まる時にはさ、まず、キモイ子羊が封印を解いて、地上に7つの禍が起こるんだって。それから天使が7人現れて、一人ずつ終末のラッパを吹くの。そのたびにまた禍いが起こる。


 しかもそのあと天使たちがまたやべーことしてさ、世界が終わるんだって。そのあといろいろあって最後の審判が行われるんだけど。すごくね? 世界の終わり。いろいろありすぎじゃね?」


「大和くん……ふんわりしてるけど詳しいね……」


「子供の頃、お袋が寝る前に話してくれた」


「ヨハネの黙示録が子守唄だったの……?」


 レンは固く閉じていた目をゆっくり開いた。


「よく覚えてるでしょ。……んで思ったんだけどさ。レンさんはそのすごい終わりを見れるかもしれないってことでしょ。そんな人、他にいなくね? すげーじゃん、不老不死。うらやましいわ。俺も不老不死になって世界の終わり見てーよ」


「そんな見たくなる要素あったかなぁ……」


 力なく、呆れたように笑うレンの目からは、光が徐々に消えていく。


「……俺、これでも必死に考えたんだよ、レンさんに落ち込まないでほしくって。

『不老不死 メリット』とか、『不老不死 なってよかった』とか、ググっても全然出てこねーからさ。でもレンさんが、答えがなくても考えるのを止めるなって言ったから。頑張って考えた」


「考える方向性……」


「だからさ、一緒に考えるから……今は正直いい策浮かばねーけど、でもレンさんが寂しくならない方法、絶対考えるから。だから今は、レンさんに生きててほしいよ」 


 冬の始まり、冷え込む夜。


 レンの周りには赤い海が生まれている。

 大和は膝に乗せた、次第に温度を失っていくレンの頬を両手で挟み込む。


「だからもう死にたいなんて言わないで。まだちゃんと口説けてない」


 レンの滲んだ世界には、暗い夜空と、必死に救急隊員を呼び込む山本と、

 サラサラと流れる金髪の下で綺麗な顔を悲しく歪ませた、ヤンキー君がうつっていた。

 

 レンは精一杯、震える手を伸ばし、大和の頬を包みこんだ。

 だがその手は氷のようだった。大和はその冷たさに胸が詰まった。


 連れていかれる。

 そう思った。


 どうか連れて行かないでくれ。 

 この人を眠りに誘わないでくれ。

 大和の言葉は、胸から込み上がる感情にかき消されてしまった。


 必死になにかを堪えるような大和を見て、レンは今にも途切れそうな声で、でも優しく穏やかな表情で、小さな願いをささやいた。

 

「女を口説くときは笑顔じゃないと。大和くんの笑ってる顔、ちゃんと見せて」


 だから、大和は精一杯、笑った。


 真下にあるレンの青白い顔にボタボタボタと涙が落ちていくのも気にせず、とにかく、口角をあげて、笑った。


 笑った顔なんてどうやって作るのが正解なのか、大和にはわからなかったけど、


 でもレンが嬉しそうな顔をしたから、多分それで合っていた。


「……レンさん、そこにツワブキの黄色い花が咲いてるよ。ツワブキ、レンさんがよく俺のケガ治してくれた、ツワブキ……の花言葉さ。


 『愛よ(よみがえ)れ』っていうんだって。


 知ってた? 甦るんだよ、愛はさ。甦るの。すげーかっこよくね?」


 レンは満足気に、首を縦にコク、コク、とゆっくり振った。


 甦るよ。愛は何度でも甦る。


 レンの腕がボシャンと血の海に落ちた。




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