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第43話 超危険人物


 いつもと同じようで、俺にとっては全く違う朝が来た。


 大きな窓からキラキラと光が差し込むベッドの上。時計を見たら、火曜日、午前7時。


 隣でレンさんがスースー寝息を立てている。その顔にかかった茶色い髪を梳いてやると、ンンンと眉をしかめて、少し腫れた瞼が持ち上がった。


「おはよ、レンさん」


「……大和くん。おはよう」


「いい天気だよ」


「うん……」


「もう7時だよ」


「うん……」 


「寝起きのレンさんもかわいいね」


「……」


「夜、すげーかわいかった」


「事後感出すのはやめましょう」


「バレたか」


 そう。残念ながら、昨晩は何もなかったのだ。

 あとで安田と反省会だ。


 目覚めたレンさんは、ガバっと起き上がり俺の腹に頭突きをし、シュタっとベッドから出てダダダと階段を下り、上着を羽織って庭に出た。

 早。寝起きとは思えない機敏な動きだ。


 ダルダルと階段を下りて庭をのぞくと、レンさんはホースでシャーシャーと植物たちに水をやっている。

 

「レンさーん。俺もう学校行きますけど、ちゃんと大人しく家で待っててくださいね」


「はーい。いってらっしゃーい」


 そう言ってひらひらと手を振る笑顔なレンさん。

 ……いつも通りだ。あまりにいつも通りすぎて、逆に怖い。


「ちゃんと大人しく家にいれます? 急に今日決行するとか思い立たないでくださいよ」


「大丈夫だよー。いってらっしゃーい」


 ……怖い。素直なレンさんは怖い。


「レンさんー、夜ご飯は俺が帰ってきたら作るんで。食材全然ないからあとで一緒に買いに行きましょ。それまでちゃんと家にいてくださいよ。あと知らない人が来てもドア開けちゃだめっすよ。山本の野郎とかは特にだめです」


「おかんなの? 一人で留守番くらいできるよ!わたし成人してるからさあ!」


「いや、レンさんが素直だと逆に怖えーなって」


 ホースの水を止めて、レンさんが部屋に戻ってくる。


「大丈夫だから。今日はなにもしないよ」


「ほんとに? 約束できる?」


「うん。タイミングが、まだその時じゃない」


 そう言いながらレンさんはテレビの電源を入れ、ニュース番組をつけた。


「じゃ、早く帰ってくるから。ちゃんと待っててね」


「はーい。行ってらっしゃい、大和くん」


 あきれたように笑うレンさんが、たまらなくかわいい。


 ――

 

「おはよう、橘!ギリギリ間に合ったな!今日はなんだか一段と眩しいな!」


 ダッシュしてなんとか朝のホームルームに間に合うと、真島が目を細めて俺を見た。クラスの女子が何人か倒れた。席につき、ふーっと長い息を吐くと、隣の青木が恐ろしい顔で睨みつけてきた。


「なにかあったでしょ。今日のあんた輝いてる。あのあと師匠と何かあったでしょ」


「そんなに今日の俺かっこいい?」

 

 アァッ!後ろの席から断末魔の叫びが聞こえた。青木はチベットスナギツネみたいな顔をして、ゆっくり首を動かし、正面に向けた。


「真島、昨日のレン先生とは進展あったの?食事でも誘った?」


 クラスの男子からの問いに、真島はがっくりと肩を落とす。

 

「勇気を出して誘ったんだが、レン先生、『図書室で図鑑を見ていたら変わった名前のバラがあって、それが気になって仕方がないからお食事には行けません』、と。言われてしまった」


「断り方が斬新すぎる」


「そのバラ? 何て名前なのー?」


「あぁ、それは、ちょっと口にだすのがだな」


「ちんちんでしょ!」


 クラス中が一斉に息を止め、青木を見た。

 青木は真顔で腕を組んでいる。


「……フランス語で乾杯って意味だって」


 クラス中が息を吸って、吐いた。


 ――


 昼休み、恒例の進路指導室での作戦会議。

 メンバーは、俺、安田、それに色々弾け飛んでまっさらになった元美少女・青木。


「大和君、駿河聖のこと、なにかわかった?」


「駿河の作った毒でレンさんが昏睡状態になったとき、その場にいた十数人が死んだらしい。でもその事件は社会の闇に隠された。レンさんは山本の爺ちゃんに地下室に連れていかれて匿われた。駿河は逃げてこの町にきた。これ以上はわかんねー」

 

「十数人も毒殺?!駿河聖、本物の犯罪者なんだな……。そんな奴がこの町にいるなんて怖いな。すれ違ってるかもしれないよね。どこにいるんだろう」


「そこも曖昧なんだよな。レンさん、ちゃんと住所まで把握してるのか謎」


「まさか広範囲攻撃する……とか?」


「あの人、無関係の人を巻き込むようなことはしねーだろ」


「うん。師匠はそんなことしない」


「だよな。でもレンさん、まだ何か隠してそうなんだよな……」

 

 昨晩、ベッドの上にレンさんを連れて行ったあと。

 駿河のことを聞いても、レンさんは首を横に振るばかりで何も答えてくれなくなってしまった。


 仕方がないのでキスしようとしたら、気づいたら朝だった。

 枕元には白いハンカチが置いてあった。


「あれ。山本さんから電話だ……出るよ。もしもし?」


 安田が電話をスピーカーにする。


『安田君。こんにちは。今昼休みだよね? 大和君は近くにいる? レンちゃんの件、なにかわかった?』


「おい何やってんだ山本。早く全部なんとかしやがれ」


『あのねぇ。俺も調べたけど、なんで今度の土曜日「あたり」なのかわからないんだよ。なんだよ「あたり」って。わからないから木曜日、レンちゃんをうちに連れて行く。しばらく外に出さないで厳重に見張る。これが一番だと思う』


「仕方ねーな。木曜日な。俺も一緒にお前ん家行く」


『いいよいいよ大和君は学校に行きなよ。学生だろ』


「彼氏だからな。今朝だってレンさん家からそのまま学校きたし」


 山本、無言。

 勝った。


「……とにかく。連れ去ることをレンちゃんに悟られないようにして。あと迂闊にレンちゃんに近づかないこと。催眠薬を使われるから。木曜日の朝、有能な部下数人を武装させて家に行くから、君はレンちゃんをなんとか油断させて」


「おう」


「超危険人物扱いじゃん……」


 そんな火曜日が過ぎ、水曜日。今日は午前中で学校が終わった。明日山本が連れ去りを決行するまで、レンさんの家に行って見張らねーと……


 その前にお袋に頼まれた買い出しだ。スピーディーに買い物を終わらせ自宅に着き、荷物をしまう。

 さて、レンさんの家へ。と歩き出したその時、スマホが鳴った。安田だった。

 


『大和君! 今どこ? 今から会える? 大和君に早く見せたいものがあって』


 安田に指示された駅近くの寺に行くと、門の前に安田とサトコちゃんが立っていた。


「大和君!」


「安田どーした、そんな急いで」


「大和君には早く伝えた方がいいと思って!」


「なんだよこえーな」


「聡子ちゃんがね、よくここのお寺に写経のお稽古にきてるんだけどさ」


「たまたまね、お墓の中を歩いていたら、聞き覚えのある名前が彫られた小さな墓石があったの。こっちよ」


「?誰の墓?」

 

 安田がいつになく興奮した顔をしている。


「駿河聖。駿河聖の墓があったんだ」

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