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第42話 殺人鬼と恋人

 青い屋根の家の玄関まで、レン先生を送り届ける。


「送ってくれてありがとう。大和くん上がってく?」

 

 鍵をあけドアノブに手を掛けたレンさんは、いつもと変わらない顔でサラっとそんなことを聞いてくる。


 嬉しいような、腹立たしいような。相変わらず無防備なレンさんを後ろから抱きしめる。

 裏山を歩き回ったからだろうか、レンさんのにおいがいつもより強く感じる。


 その耳元に、吐息をかけるように囁く。

 

「レンさん。ほんとにいーの?ちゃんと考えて選んで。家上がったら次はもう、我慢できないから」


「あ、そうか。じゃあまたね!」


「……おい……」


 あっさりと引き下がりやがるその体を丸め込んで、ドアを開け勝手に家に上がる。


「ちょっと!許可してないよ。だめだよ、私大和くんのお母さんに約束したんだから!」


「レンさんが俺を襲わなきゃいいんでしょ?俺が手出す分にはいいでしょ」


「結果同じじゃない!」


「彼氏だからいーんです。それに今日、お袋帰り遅いんで。はい、靴脱いで。レンさん腹減った?先に風呂にする?」


「強引だなぁ。先にお風呂にしようかな」


「うん。一緒に入ろ」


「入らない!」


 照れ隠しにプンスカしながら風呂場へ向かうレンさんを見届けて、冷蔵庫を開ける。相変わらず中はスカスカ、こんなんじゃたいしたものは作れない。とりあえず野菜ジュースをいただき、イスに座る。


 シャワーの水音が聞こえる。

 

 ついこの前一緒に風呂に入った時の、しっとりとした肌の感触と体温、バラの香り、

 頭がおかしくなるようなキスの味が、蘇る。

 

 ……キスくらいはいいよな……


 どうやってそういう雰囲気に持ち込もうかと考えていたら、飾り棚の写真の中で微笑む、憎き駿河と目が合った。


 駿河聖。幼なじみだかなんだか知らねーが、闇落ちして毒薬作って、レンさんを昏睡状態に陥らせて。犯罪者になって。


 それで?この町で?レンさんが自分のところに来るのを待っている?

 自分を毒殺しに来るのに気づいていて、待っている?


 どういう神経してやがる。なぜ駿河は自分から動かない?


 ……ていうか。よく考えたら、昔好きだった男の写真をいつまでも飾っておくとか俺に失礼じゃね?


 何か大事なことを見落としているような気がしながらも、俺はその写真立てを伏せ、駿河の視線をシャットアウトした。

 

「お風呂先いただきましたー。大和くんも入る?」


「うん」

 

 風呂上り、さっぱりとしたレンさん。冷蔵庫をあけ、残っていた野菜ジュースをコップに注ぎ、うまそうに飲み干す姿を横目に風呂場に向かう。


 ――


「にしても今日、急に先生になったの驚いた」


「真島先生から、一日先生をやってくれませんか、って依頼されてね」


「つーかいつのまに真島と連絡先交換してたんすか」


「青木さんが、真島先生が持っている何かの情報と引き換えに私の連絡先を教えたらしい」


「青木、裏取引にまで手染めてんの??」


 テーブルに向かい合い、ちゅるちゅると温かいうどんを食べる。上にのっているほうれん草とにんじんは、レンさんが保管していた種を使い、急遽庭で「調達」したものだ。


「能力使って急成長させた野菜って、なんだかイマイチなのよね。やっぱり土でじっくり育てるのが一番おいしい。大地の恵みには叶わない」


「食えりゃなんでもよくね」


 レンさんはわかっとらんなぁ、とでも言いたげに、チッチッチと指を振る。


「言えてる」

「同意かよ」


「一時期食べるものに困った時期があってさ……空腹が続く辛さを今の若いもんは知らないだろう。もう食べられればなんでもいい」


「どんな人生送ってきたんだよ……そうだよ。レンさんってどんな人生送ってきたの?山本から聞いたけど、駿河の作った毒のせいで昏睡状態になって、山本ん家の地下室で寝てたって」


「聞いたんだ。そう、あの毒薬はヤバかった。もう少し早く完成していたら、今頃世界地図はがらりと変わっていただろうね」


「そんなやべーの?レンさんよく死ななかったな……さすがトリカブトを克服した女」


「私以外の人は即死だった。十数人、その場にいたけど、浴びた人みんな即死」


「……まじか」

 

 どんぶりを掲げてスープを飲み干すレンさんの顔は変わらない。


「ていうかそんなに死んでたらやべー事件になってない?殺人鬼じゃん。俺、駿河聖のことググったけど、何にも情報出てこなかった」


「若者よ。世の中には表に出てこない事件が山ほどあるんだよ」


 そういって遠い目をしたレンさんは、立ち上がって、食べ終わった皿を片付け始める。俺も後に続く。

 

「闇だな。それで?毒にやられたあと、なんで山本のとこで監禁されてたの?」


「事件現場の後処理にきた人たちの中で、私がまだ死んでいないことに気が付いた男が一人いて。それが山本君のおじいちゃんだったの。


 彼は特殊体質な私を病院に連れて行っても仕方がないと考えて、自宅に連れ帰り、地下室に寝かせたの。でもさぁ。いいんだけどさぁ。もっとさぁ、もっと明るい部屋に寝かせてほしかったんだよねぇ。おかげでしばらく日の光を見るのが辛かった。私ディオ様と鬼舞辻無惨の気持ちがわかるもん」


「ドンマイ。毒をまいた駿河は?逃げたの?」


「そう。逃げてこの町にやってきた」


 ソファに並んで座る。リビングの大きな掃き出し窓からは真っ暗な空と、木々の影が見えた。もうすっかり秋、あっという間に冬が来るのだろう。


「……警察は知ってんの? そんなやべーやつがこの町にいるって」


「どうかなぁ」


「レンさん、駿河の居場所、正確にわかってんの?」


「多分」


「多分って。今度の土曜日あたり、毒殺決行するんでしょ?させないけど」


「……」


「……レンさん、ほんとは駿河のこと、殺したくないんじゃねーの?でも誰も駿河を捕まえられないから、社会の闇?で消されちまうから、だから幼なじみで、毒を浴びても死なない、あいつとやりあえる可能性のある特殊能力を持ったレンさんが、自分の手を汚してまで罪を償わせようとして………レンさん?」


 ふと横をみると、レンさんのショートパンツの上に雫がポタポタ落ちていた。慌てて顔を覗き込むと、苦しそうに歪められたその目から、ボロボロと涙が溢れ出していた。


「レンさん」


「……ごめん、ごめんね大和くん」


 レンさんの声は今にも切れそうな糸みたいに細くって、胸が痛い。

 火照った小さな背中をさすると、レンさんは涙をぬぐって、ぎゅっと目を閉じた。


「……でもやらなくちゃ。やらなくちゃ」


「じゃあ一緒にやらね?俺も一緒にやる」


「何言ってんの。若者は若者らしく若者しといてよ」


「大好きな彼女に辛い思いさせたくない。どーしてもやるっていうなら一緒にやるけど」


 レンさんは俺の胸に、ゆっくりもたれかかってきた。


「……大和くん優しすぎ。決心したのに、心揺れちゃう」


「ひとりで背負うことないよ。俺がいるじゃん」


「君を幇助人にしたくはないなぁ」


 肩をヒック……ヒックと震わせるレンさんの頭を撫でて、その前髪をすくって額にキスをする。


 俺にすがりつく華奢な体を抱き上げる。


 レンさんは抵抗しない。


 そのまま階段を上がる。


 2階に着く。ベッドの上に、その体をやさしく寝かせ、覆い被さる。


 目の前に横たわるレンさん。切なげに濡れた目、紅潮した頬……。

 

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