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第4話 ケルベロスのよだれ


「毒草っていったら、やっぱりトリカブトじゃないっすか」


「トリカブト、ドクウツギ、ドクゼリ。日本三大毒草はもう全部試した」


「どうやって試したの?」


「わたし」


「え? 自分で? 自分に毒草使ったの?」


「そう。私に効かなければ使えないから。だからお試しに、まずは『普通に』食べてみたの。でもこの超特殊体質には効かなかった。能力で毒の力を引き出した状態で食べてみたりもしたんだけど、それもダメだった」


「まーじすか。ていうかそんな危ないこと今後はやめてくださいよ。つーかその人もレンさんみたいに毒が効かない?特殊体質なの?普通の人間相手ならそこらのちょっと毒のある植物でもレンさんの能力があれば十分っすよね」

 

「うん。普通の人相手ならもう、いくらでもヤりようはあるんだけど。だから大和くんを攻撃してくる奴もね、本当は程よく懲らしめてやりたい」


「程よくって。アイツらのことは気にしないでください。俺もやり返してストレス発散になってるんで大丈夫っすよ」


「やり返してたのか。次はもっとやってやれ。二度と関わりたくなくなるくらい、徹底的にだ」


 スーパーでシュッシュッとボクシングのポーズを取る、サファリ女25歳。を、少し離れたところから子供が指さして、母親に見ちゃダメよと叱られている。


 物騒な会話をしながら、カートに乗せた買い物かごに食材をポンポン入れていく。


 今日はお袋が仕事を早く上がれるので、レンさんの家で鍋なのだ。お袋はあの日以来すっかりレンさんを気に入って、この鍋パーティーも心待ちにしていた。まだ鍋には早い季節だが、スーパーには鍋用のスープがズラリと並び始めている。

 

 高校の授業が終わったあと、レンさんと駅で待ち合わせてスーパーで食材の買い出し。もちろん買い出しだってレンさんはサファリな格好でくるから、人ごみの中でもすぐに見つけられる。SNSでバズりたくないと言っていたくせに、目立つ服を着るのはなぜなのか。サファリ服へのこだわりはなんなのか。

 

「大和くんは絶対に食べちゃダメだよ。普通は数時間で、下手すると数分で死ぬからね。特にトリカブト。誤食して死亡する事故も聞くから。わたしはすり傷とか捻挫とかそういう怪我はするけど、風邪はひかないし、内臓系の疾患には無縁でね、だから毒もあんまり効かないの。私が超特殊体質なだけだから、普通の人は、ダメ、絶対」


「言われなくてもやらねぇっすよ」


 先日の『襲いません宣言』にも関わらず、レンさんの俺への態度は何も変わらなかった。変わらず学校帰りに引っこ抜いた草を持ってくる俺を、変わらず無防備に迎え入れる。そんなレンさんに少しムカついて、パソコンをカタカタしてる後ろから、小さな肩に顎を乗せてグリグリ。


 驚いて振り返ろうとするレンさんの横顔を間近で味わってから、鍋パーティーやりましょ、食材の買い出し一緒に行きましょ、待ち合わせ用に連絡先教えてよと言うと、レンさんは顔を赤くして、「仕事!」と言ってまたパソコンに向かってしまった。


 それでもなんとか連絡先をゲットできた。

 

「でもさぁ、トリカブトって最強の植物毒でしょ?それでダメなら全部ダメなんじゃないですか。植物以外の毒を探したほうがいいんじゃないすか?サリンとかVXとか。詳しくないですけど」


「植物以外の毒は手に入れるのが難しいからなぁ。強さで言うとボツリヌストキシンが一番致死量少ないんだけど、一般人が集めようとして集められるのものではないし」

 

 すれ違った子連れの母親が勢いよく振り返った。

 

「あれは?キノコは?毒キノコ。ダメだった?」


 レンさんは無言で首を横にふる。試した前提で聞いてる自分が怖い。


「へび。毒ヘビ。蜂。フグ」


「フグはともかく、動いてる生き物は苦手なの。それに痛いのは無理!」


「散々毒試しといて、痛いのは無理って」


「ヘビの毒にも種類があるんだけど、日本にいるヘビの多くが出血毒でね。出血毒ってめちゃくちゃ痛いらしいよ。痛いのは無理。あと多分私には効かない」


「うーん。レンさんにも効くくらいの最強の毒薬作り、夢はなかなか叶いそうにないっすね」


 レンさんは寂しそうに頷く。その間にも手はポンポンと野菜をつかんでかごに入れている。顔と手の動きが一致していない。

 

「それで、その最強の毒薬は結局誰に使うんでしたっけ? あとレンさん、知ってました? 人を殺すと殺人罪になるんすよ」


「私は治外法権な存在だからいいの。治外法権といえば?」


「チガイホウケン、ムツムネミツ」


「おぉ!よく覚えたね!」


 この前レンさんに教わった単語だ。意味は知らない。

 

 会計を終え、店を出る。ひとりだけ手ぶらなことを渋るレンさんを宥めていると、道の反対側から視線を感じた。

 

「あ、安田だ」

「ん?知り合い?」


 安田は俺と目が合うと、気づかなかったふりをしてゆっくり目を逸らし、早足で歩き始めた。


「逃げちゃった」


「あーー、そっすね。同じクラスの同級生です。いつもペンとか貸してもらってる」


「そうなんだ。大和くんがお世話になってる人なのね」


「まあ、少し」


「でも逃げられると追いかけたくなるよね」 


「うん……え?」


 レンさんはパパーッと道路を渡って、反対側へ。慌てて俺も追いかける。レンさんはすぐに安田に追いつき、背後から肩をトントンと叩いた。


「あのー、安田さん」


「え?ひえっ」


「はじめまして、私、大和くんの近所の者です。急ですがこれからうちで鍋をするので、よかったら安田さんも来ませんか」


「えっ、えっ」 


「レンさん何急に誘ってるんすか」


「大和くんがお世話になっている方なんでしょ?ご挨拶しておきたくて」


 見知らぬサファリ女に突然鍋に誘われて、その女の後ろには俺。安田も災難なことだ。


 可哀想な安田はわかりやすく動揺して、俺の目を見ないように早口で答える。


「あ、あの、これから塾なので。すみません行けませんすみません」


「そうですか、残念。ぜひまたやりましょう」


「おー、じゃあな安田」


「し、失礼します!」


 安田は背を丸めてリュックの紐を握りしめて、全速力で走って行った。あいつ、あんな足はやかったんだな。

 

「逃げられてしまった。安田くん。塾だって。そういえば大和くん、高2かぁ。高校卒業したらどうするの? 大学は?」


「大学なんて行く金も無いし。卒業したら適当にここらへんで働くつもり」


「植物の勉強以外に何かやりたいことはあるの?」 

「植物? いや、なーんにも。……でも何かしら働くつもりなんで。早くお袋を安心させてやりたいし」


「そう。大和くん、ちゃんと将来を考えてえらいね」

 

「考えてるよ。レンさんとの将来のこと。……だからレンさんのこと、もっと教えて」


 そう言いたかったのにその言葉を飲み込んだのは、どこかを見つめるレンさんが、いつになく寂しそうな顔をしていたから。

 

 安田に逃げられたのがそんなに……というわけではないよな。


◇◇◇

 

 レンさんの家、キッチン。レンさんはそんなに料理をしないらしい。包丁を持つ姿が調理というより狩りだったし、見ていてハラハラしたので代わる。


 玄関のチャイムが鳴る。お袋参戦。レンさん、本当にサファリね!お袋は感動していた。

 3人で丸テーブルを囲んで鍋を食う。食べながら部屋の中を見回すお袋。


「素敵なお家ねぇ、吹き抜けがあって、開放感があって。お庭は緑がいっぱいで。2階は寝室?ベッドが見える」


「はい!2階はベッドがドーンと置いてあります。コンパクトだけど好きなもので埋め尽くしました!」


「いいわねぇ。でもレンさんの歳で持ち家なんて珍しくない? 大体みんな結婚してから家買うでしょ。うちみたいに父から引き継いだ、とかそういう訳ではないでしょ?」


「たしかに独身女が家を持つのはそんなに多くないかもしれませんね。でも私、もともと植物を沢山育てたくて、家が欲しいなって探してたんです。この町は海も川も池も山林もあって、いろんな植物の生態が見れそうだなって思ってたところに、この家が売りに出てたので。勢いでゲットしちゃいました」


「レンさんは植物ひと筋ねぇ。でもこんなに可愛い人だもの、言い寄ってくる男、沢山いるでしょう」


「いえいえそんな。ちっともです。大和くんくらいです、私に付き合ってくれる男の人は」


 突然の流れ弾にむせ込む。

 お袋はまた楽しそうに笑う。


「大和は惚れ込んだらひと筋だもんねぇ」


「本当にありがたいことです。植物に興味を持ってくれる若い人が増えることは。今の人たちは植物のことを知らなさすぎるんです。この植物が食べれてこれは食べれないとか、ちゃんと判別できる人って少なくなってますし。こういう知識って文字だけで受け継ぐよりも、実際に見て受け継いだ方が絶対いいです。だから私、毎日のように植物を持ってきて、ちゃんと私の説明を聞いてくれる大和くんは、本当に勉強熱心で素晴らしい子だと思ってます。大和くんは私の大事な弟子です!」


「……」


 しみじみと、でもアツく語るレンさんをお袋は少し目を見開いて眺めて、そのままゆっくり首を動かして、俺を見た。


「頑張れ大和」

「うるせぇよ」


 まぁ、そんな気はしてたんだよなぁ。

 別に弟子入りしたくて来てるわけじゃないんだけどなぁ。


◇◇◇

 

 じゃ、あとは若いお二人さんで!と言ってお袋が先に帰ったあと、レンさんはキャビネットの引き出しをゴソゴソしはじめた。


「探しもの?」 


「うん、そういえばトリカブトの種、どこやったっけなぁと思って」


「怖ぇーのなくさないでください」 


「トリカブトっていってもね、無毒なものもあるんだよ。私が持ってたのは……どうだったかな」


「ほらやっぱり怖いじゃん!」


「あ、あった!これこれ」


 レンさんは小さな紙袋を取り出して、中から黒い種らしきものを取り出した。


「これがトリカブトの種? 普通だ」 


「ね。サヤに入っているときはヒラヒラみたいなのがついてるんだけどね、それを剥いたのがコレ」


 レンさんはすっかり暗くなった庭に出て、種を一つ土に埋めて、両手をその上に重ねた。錬金術でもするのかと思いきや、


「トリカブト、花を咲かせて」


 何もなかった場所から小さな芽が出て、それはあっという間に成長し、細かく切れ目の入った葉を茂らせながら膝丈くらいの高さになった。


「わー。何度見てもすごいっすね。俺以外にこの能力のこと知ってる人いるんですか?」


「うん、ほんの数人」


「いつから使えんの?」


「忘れた。あ、これね。トリカブトの葉っぱ。よく似たヨモギは葉の裏に毛が生えてて白っぽいから。ニリンソウは一本の茎に葉っぱが一枚で、トリカブトとは葉のつき方が違う。でもこれは絶対の見分け方じゃないから、こういう形の葉っぱがあったら食べないのが無難」


「なるほど。食わないのが一番っすね」


 葉を見ている間に、いつのまにか紫色の花が咲いていた。それは平安時代の貴族が被ってそうな帽子のような形で、お行儀よくいくつも連なっている。

 

「これがトリカブトの花っすか」


「そう。ちょうど今くらいの時期に咲くの。花にはもちろん根っこまで、全体にアコニチン…っていう神経伝達を阻害する成分が含まれてるからね。葉っぱ数枚食べただけでもヤバいの。こんなに綺麗な花なのにね。


 ギリシャ神話ではね、冥界の番犬・ケルベロスが地上に引き摺り出された時に垂らしたよだれからトリカブトが咲いた、なんて伝説もあるらしいよ」


 そういってレンさんは、その恐ろしい花を愛しそうに撫でた。優しく優しく、その花を撫でた。

 そしてそれを、むしって食べた。


「おい!何食ってんの!」


「普通は経口接種20分くらいで症状が現れる。そういえば昔、トリカブトの毒とフグの毒を組み合わせた毒殺事件があってね」


「いやいいから!吐け!」


「トリカブトとフグの毒は神経に対して反対の作用をもたらすから、お互いの毒が拮抗して摂取後すぐには死に至らず、アリバイができたって話……ちょ、大和くん、ちょ、大丈夫だからやめっ」


 レンさんの細い肩を掴んで体をガンガン揺さぶり続けていると、レンさんは気持ち悪そうにグッタリしはじめた。


「やべぇ、救急車!」

「これは、大和くんが、揺らすからぁ」


 そういってレンさんは力なく俺にもたれかかってきて、俺の背中に腕を回し弱々しくトントン、と叩いた。


「落ち着いて、大和くん」

「いやアンタが落ち着け!」

 

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