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第38話 バラパーティー③ー大和の場合

 駿河聖は待っている。

 レンさんが来るのを、この町で。

 駿河聖は知っている?

 レンさんが毒殺しようとしていることを?


「駿河は賢いから。なんでも知ってるだろうねぇ」


「おばあ……師匠。なにも毒を盛らなくても、犯罪者なら警察に突き出せばいいんじゃないですか」


「私と駿河が持っているこの能力、どうやって世間に説明しようか、めんどくさくてねぇ」


「確かに、一般常識では考えられないもんな。司法の力じゃ裁けなさそうだ」


 安田は白いバラのドームを見上げる。


「安田くん。シェイクスピアはお好き?」


「名前だけは知ってますけど、作品を読んだことはなくて。お恥ずかしい」


「いえいえ。この白いバラにはね、そのシェイクスピアの有名な作品に登場する、とある悲劇の女性の名がつけられているの」


「オフィーリア?」


「さすが聡子ちゃん、英文学科!それは『ハムレット』だねぇ。『オセロー』に登場する悲劇の美女は?」


「デスデモーナ!夫のオセローに不貞を疑われて、無実の罪でオセローに殺されちゃうの」


「素晴らしい。このバラはそんな儚い美女の名前が付けられています。……ん〜、いい香り」


「……そのオセロー?って男は、無実の奥さんを殺したってこと?やべーやつじゃん」


「そう。その後、オセローは自分が間違っていたことに気がついて、自殺する」


「こえー」


「悲劇だ……」


「オセローはシェイクスピアの四大悲劇のひとつだからねぇ。悲劇、悲劇、トラジェディ。人生は悲劇だ」


「やだレンさん。人生は喜劇ですよ。チャップリンが言ってました」


 ――


 レンさんのバラ講座をひと通り受け、午前中に買ってもらった花の種を庭にまく。


 そして安田達が帰ったあと。


 レンさんが家の中へ俺を手招きした。なんだなんだ?ついていくと、風呂場。風呂場からフローラルな香りがする。


 するとレンさんが服を……白いブラウスのボタンに手をかけて……脱いで……次第に素肌が現れて……こ、心の準備が……ローズ色のスカートを脱いで……

 

 水着になった。

 白い水着からこぼれそうな胸、くびれた腰、すらっと伸びる手足、白い肌。


 思わず息を飲む。


「バラといえばバラ風呂!自家製のバラの花びらをお風呂に浮かべてみました。一緒に入ろ?」


 湯船には白、赤、ピンク色の花びらがたっぷりと浮かんでいて、貴族だか王族だかの風呂のよう。俺は上の服だけ脱ぎ、ハーフパンツ姿に。

 

 レンさんは自分と俺の体をシャワーで軽く流し、俺の手を取って湯船のなかへ。腕をくっつけるような形で、並んで座る。


 バラの香りに包まれて。

 温かくて、気持ちよくて。

 横にはおっぱ……かわいい水着姿のレンさんがいて。

 湯気がふわふわと二人を包み込んで。


 最高。

 バラパーティー最高!


 人生は喜劇だ!


 だがレンさんは、このロマンティックな雰囲気にそぐわぬ、戦に向かう武士のような顔をしている。


「大和くんとは、一度腹を割って話しておいた方がいいと思って」


「どうしたの」


「……今日種まいた、忘れな草。春に花が咲いたあと、種ができるんだけど。そのままにしておくと種が地面に落ちて勝手に発芽すると思う。

でも夏の暑さにやられて枯れちゃうと思うから、種ができたら地面に落ちる前に刈り取って、秋まで取っておいて。


 そうしたらまた秋に蒔いて、次の春も咲かせられるから」


「いーけど、またそのとき教えてよ。忘れるから」


「その頃には私がいないかもしれないでしょ」

 

 不穏な言葉だ。胸がソワソワする。

 レンさんの肩に、頭をのせる。


「……レンさん、駿河を毒殺したあと、どうするつもり?」


 レンさんはすぐそばにある俺の目を覗き込む。

 その眼の中に、自分の顔が見えた。


「今の法律ではね、故意に、相手の意思に反して人を殺した者は、死刑か無期懲役か、5年以上の懲役になる」


「やばいじゃん。今やったらレンさん、俺の忘れな草が咲くとこみれねーじゃん。毒殺なんてやめよ。駿河に自首するよう、説得しよーよ」


 レンさんは答えず、目を逸らす。


 ぽちゃん。

 

「来週。来週の土曜日あたり、決行するから。大和くん、あとはよろしくね」


「は?だめだめ、何言ってんの」


「私の財産は大和くんに全部あげる。口座預金も、私がコツコツ運用している株や国債も…………やば。全部山本くん名義だったわ。名前借りてんだった」


「おい……」


「身分証明書がない人間は生きづらい社会なんだよ……大和くんはしっかりした大人になってね……」


「レンさんが抜けすぎなだけでしょ。それに財産とかいらねーから。レンさんいないと意味ないし」


 レンさんは子犬を愛でるかのように、目を細める。

 

「大和くんは本当にかわいいねぇ」


「でしょ。毒殺なんてやめて、俺の彼女になって」


「彼女かぁ。私たちがもし恋人になったら、なにする?」


「そりゃあ」


「それ以外は?」


「……デート。レンさんどこか行きたいところないの?」


「オーストラリア!オーストラリアの熱帯雨林に、ギンピ・ギンピっていう植物が生えてるらしいの。すごいのよ、その葉に触っただけで激しい痛みに襲われて、それが長期間続くんだって。自殺したくなるほど辛いらしいよ」


「怖。まだ学生なんで、今はもーちょい近場でお願いします」


「そうだなぁ、デートかぁ。好きな人と行けたらどこでも楽しいよね」


「そうだよ。いろんなとこ、一緒に行こ」

 

 白くてスベスベした柔らかい胸元に顔をうずめると、レンさんはくすぐったそうに身をよじらせた。


 その華奢な体を腕の中に閉じ込めると、耳元で小さな、でも破壊力抜群の、可愛い声が。

 

「じゃあ来週。計画決行まで、大和くんの彼女にしてもらおうかな」


 バッと顔をあげると、顔を赤らめ微笑むレンさんが。


 たまらなくなって、全力で抱きしめる。


「大好き。レンさん大好き」


「ありがとう」


「延長プランもありますからね」

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