第32話 真島の婚活大作戦④
「……つまり、レンさんは青木に頼まれて媚薬を作った。本来ならばこの飲み物は、青木が、意中の男に飲ませるはずだった。それをなぜか俺とレンさんが飲む羽目になってしまった、と。そういうことですね?うん、なるほど」
なるほど。とは言ったものの、真島は何ひとつわかっていなかった。眉をひそめ、自分の横で頭を抱えるサファリな女を見る。
「レンさんは薬剤師か何かですか?」
「どちらかというと魔女に近いです」
「魔女かぁ……」
なるほど。
「媚薬ってどうやって作るんですか?」
「今回はチューベをメインに作りました」
「ちゅーべかぁ……」
なるほど。
「この媚薬っていうのは、その、一般的に想像される媚薬の効果があるんでしょうか」
「そうです。服薬後数分から20分ほどで効果が現れます。特段好きでない相手に対しても発情します」
「はつじょ……な、なぜそんな危険なものを青木に渡したんです?!」
「だ……だって……!青木さんが、好きな男の子に振り向いてもらいたいって……媚薬をくれなきゃ死ぬっていうから……!」
レンは顔を両手で覆う。真島は慌てる。
「いや、責めてるわけじゃないんです!青木は男子にとても人気のある女子でして、そんなものに頼らなくてもいいはずなんです」
「そうですよね。青木さん、あんなに美少女なんだもの。あんな可愛らしい子が、私のお気に入りの雑木林で首を吊ろうとしているものだから私びっくりしちゃって。
話を聞いたら彼女、どうも自分に振り向いてくれない男の子を好きになっちゃったみたいで……。それで気落ちしていて。何か力になれるかなと思ったら、彼女、惚れ薬があればいいのにって泣きながらいうものだから。じゃなきゃ死ぬ!なんて言い出すものだから!そんなこと言われたらもう、作るしかないじゃないですかぁ」
「それで媚薬を作れるのもすごいですけど、お気に入りの雑木林……?
……そうか、青木はそこまで思い詰めていたのか。気がつかなかった。自分、教師失格です」
「真島先生……」
目にうっすら涙をためたレンと、がっくりと肩を落とす真島。
しばしの無言のあと、真島はすくっと立ち上がり、倉庫内をゴソゴソと漁り始めた。
「先生?何か探してます?」
「……あった。これで大丈夫かな。レンさん、このロープで俺を全身ぐるぐる巻きにしてください」
レンがはてなマークとMのアルファベットを頭に浮かべていると、真島はレンの手にロープを押し付けた。
「じゃないと俺、あなたに何かしてしまいそうで。こんな素敵な女性がそばにいたら、我慢できるか不安なもので……」
力なく笑顔を作る真島の優しさに、レンの体は熱くなる。ただでさえ暑いこの薄暗い空間、体の火照りは強さを増すばかり。
「先生を動けないようにしても、私が何かしちゃうかも」
「え?」
レンのどこか挑発的な目に、誘うような体に、真島はたまらなく切なさを感じた。
「……早く、俺の理性があるうちに!」
ぎゅっと目をつぶり、ロープを差し出す真島。
レンはそんな真島を、まっすぐ見つめた。
そして、一瞬でぐるぐる巻きにした。
「巻くの上手ですね……」
「師匠なので……」
マットの上、ロープでぐるぐる巻きにされた男と、サファリな女。なんとか理性を保ちたい真島は、レンにしりとりを持ちかける。
「俺からいきます。ア・イ・ス!」
「ストレリチアニコライ」
「い、いるか。なんですかそれ?」
「観葉植物の学名です。カシワバゴム」
「むし」
「シロバナマンジュシャゲ」
「げ?げーむ。シロバナ?まんじゅ?」
「白い彼岸花のことです。ム・ス・カ・リ」
「リンゴ」
「極楽鳥花」
「レンさん!植物じゃなくても大丈夫ですよ!」
真島がそういうと、レンはあははと笑いマットの上にバタンと大の字になった。そして数メートル先の無機質なコンクリート天井を眺めた。
「………先生、結構時間経っちゃいましたね」
「ですね……」
「バスケの決勝戦、とっくに始まっちゃってますよね」
「なんなら終わっててもおかしくないですね……」
「見たかったなぁ、キラキラしてる大和くん。汗までキラキラしてたもんなぁ。大和くんだけじゃなくて、もう高校生たちみんな眩しすぎて、私、なんだか胸が痛いです」
「わかります。眩しいですよね。毎日彼らを見てますけど、毎日輝いてんなぁって思います。もちろん、綺麗事で終わらないこともありますけど。でも俺たちだって高校生の頃は眩しかったんですよ、きっと。
俺は高校の頃ずっと陸上をやってましたが、レンさんは何か部活とかされてたんですか?」
「私高校は行ってないんです。義務教育が終わったあとすぐに女中……メイドとして働いていたので」
「そうだったんですか」
「だからでしょうか、私もこんな青春時代を送ってみたかったなぁって、ちょっと思っちゃいました」
フフっと笑うレンの切ない笑顔に、真島は胸が締め付けられるようだった。
実際全身ロープで締め付けられている。
そんな真島に、レンは真剣な眼差しを向けた。
「先生、どんなこと言われても引かないので、今、お体どんな感じか、教えてもらってもいいですか」
「え?いや、それは……」
「今後の参考に感想を教えてほしいんです」
「今後も作るんですか!」
「ちなみに私は下腹部が疼いています。なんだか切なくて、誰かに触れてもらいたくて、思いっきり暴いてほしいような気分です。我ながらよく効く薬だなぁと感心しています」
真面目な顔して話しているが、レンの顔は紅潮し、寝転がっているだけなのに息があがっている。体の一部に熱が集まるのを感じた真島は、ぐっと目をつぶり、恐る恐る話し出す。
「その……自分は、聖剣エクスカリバーが、岩山に戻りたがっているような気分……とでもいいましょうか……」
「……お辛いですか?」
真島が目を開けると、切なげに潤んだ瞳を向けてくる、無防備に寝転がる女がひとり。
「正直いうと、とても……」
「先生、ご結婚は?」
「いえ、まだ」
「お付き合いされてる方は?」
「いません」
「こんな素敵な方なのに?」
「そんな、とんでもない。俺なんて全然……」
「私に触りたいと思いますか?」
「……それは聞かないでください」
「先生にこの熱をおさめてほしいって言われたら、どうでしょうか」
「……んん」
「ロープを解いたら、私、先生になにされちゃうんでしょうか」
「……レンさん……俺は……」
「せんせ?」
「……レンさん!」
真島がありったけの力でロープを振り解こうとしたその時、ガラッ!と倉庫の戸が開いた。
そこにはゼエゼエと息を荒げる大和と、無表情な青木がいた。
「真島!レンさんに手ェ出してな……なんだお前。ミノムシ??」
「大和くん!試合は?ごめんなさい行けなくて。決勝戦終わっちゃった?!」
「とっくに優勝しちゃったよ。ったく全然サファリな女が応援にこねーと思ったら、何とじこめられてんすか。しかも童貞と!」
「おい橘!言うな!」
「なんと……!29歳男性、女性経験なし。効果は抜群。これも貴重なデータです!ありがとうございます。それと大和くん、優勝おめでとう!」
マットから勢いよく立ち上がったレンは、大和の両手をとり、ブンブンと縦に振る。大和はそのままレンの体を引きよせ、正面から抱きしめる。
死闘を繰り広げたばかりの男の匂いが、レンをダイレクトに刺激する。
「ひゃ、大和くん!今は、ちょっと」
「だめでしょ、俺の活躍を見るって約束破ったんだから。悪いおねーさんにはお仕置きがいるんじゃない」
「その前に!」
レンは大和の分厚い胸を押し戻し、その背後でつまらそうな顔をしている青木を見た。
「弁解なら聞くよ。青木さん」




