第3話 愛よ甦れ
通学途中にレンさんの庭に寄る。つまらなかった日々に楽しみができた。
一週間毎日学校に行ったものだから、担任から驚きの電話を受けたお袋は大喜びだった。
朝。高校に行く前に庭をのぞく。運がよければ家主に会える。朝の家主はTシャツにショートパンツ。そんな恰好でトロンとした顔して庭に出るものだから心配になる。そう言うと家主は寝ぼけ顔で、そこら辺の植物のツルをシュルシュルと伸ばし、俺の手首に巻きつけた。敵は逃さないから大丈夫だよ、なんて眠そうな声で言う。
渋々庭をあとにし、学校へ。そういえば樹齢300年の木は駐車場の奥にひっそりと、たしかにそこにあった。
教室で授業を聞く。屋上で飯を食う。寝る。教室で授業を聞きながら夢をみる。
安田に起こされる。学校から帰る。レンさんに頼まれたとおり、"変わった植物"を探しながら歩く。よくわからなくて、途中で適当に雑草を引っこ抜く。
また庭をのぞく。家主が庭にいなければ玄関のチャイムを押す。運がよければ家主が出てくる。昼間の家主はサファリファッション。これぞサファリお姉さん。
引っこ抜いた雑草を見せる。家主がそれをトレイに乗せ、あがれあがれと部屋に入れてくれる。図鑑を出してきて雑草の名前やら薬効やらを教えてくれる。雑草にもひとつひとつ、ちゃんと名前があるのだと知る。
それから冷たい飲み物やお菓子をもらいソファでくつろぐ。宿題をやれと家主に言われる。おとなしくやる。わからないところは、パソコンをカタカタしている家主に聞く。大体わからないのでほぼ教えてもらう。家主は研究者のくせに理系教科は苦手らしい。
日が暮れ始める頃にその家を出て、歩いて10分先の自宅に戻る。夕飯の支度をする。母親が帰ってくる。二人で飯を食う。
風呂入って、ゲームして、寝る。
運が悪いときは、朝も夕方も会えない。
そういう時は引っこ抜いた雑草を道端に捨てて、大人しく家に向かう。
そして先輩たちに詰められて、ボコられて帰る。
寝る。
今日は運がいい日。学校からの帰り道、家主が庭にいた。
本日の手土産は、どこかの庭からはみ出て生えていたのを引っこ抜いてきた、この丸っこくてデカい葉っぱ。「ツワブキ」というらしい。特段珍しい植物ではなかったが、抗菌作用のある葉は火であぶって揉んで柔らかくして、湿布のように使うこともできるそうだ。普通は。
ツワブキは汁を胃腸薬にすることもできるし、灰汁をとれば茎みたいな部分を食うこともできるらしい。冬には黄色い花を咲かせる。なかなか万能な植物だったようで、レンさんに生えていた場所を詳しく聞かれた。
俺の傷を治したレンさんは、またパソコンに向かう。
明日は土曜日、高校は休み。通学途中に寄ったという理由は使えないから、レンさんに会いに来る、なにか自然な言い訳はないものか探す。適当に葉っぱを引っこ抜いてきたら会ってくれるだろうか。いや、葉っぱ持ってきたら会ってくれる女ってなに。そんなことを考えてたら。
「大和くんのお父さんお母さんって、土日はお仕事お休み?」
「父親はいないです。うちシングルマザー。母親は平日仕事で、土日は休みです」
「そうなのか。じゃあ明日はお母さん、お家にいらっしゃる?」
「たぶん」
「そしたら明日、ご挨拶にいくね。10時ごろとかご都合どう?」
「え? 挨拶? なんで?」
「いやそりゃあさ、大事な息子が見知らぬ女の家に行ってたらさ、お母さん、心配になるでしょ。ご近所さんの目も気になるし。イケメンヤンキー男子高校生を、謎の一人暮らしの女が家に連れ込んでる……なんて変に思われても嫌だし。なのでその前にご挨拶しといたほうがいいかなと思って。お母さん好きな食べ物とかある?」
「そんな大丈夫なのに。でもレンさんが心配なら、まぁ。お袋は駅前のマドレーヌが最近好きみたいですけど」
「あそこのお店ね!私も気になってたの。よし、じゃあ明日お店にいって、それから大和くんのお家にいくよ。お母さんにご挨拶に行くこと伝えといてくれる?」
「はーい。でもお袋、驚くだろうな……」
彼女も紹介したことないのに。
ということで、翌日午前10時。
お袋には昨日の夕食の時に簡単に話しておいたが、普段見かけない少しかしこまった服を着て、分かりやすくソワソワしている。Tシャツ・ジーパン姿の息子とのギャップがすごい。レンさんはいつものサファリファッションで来るのだろうか。
お袋が玄関前でソワソワと歩き回っていると、家のチャイムが鳴った。
「はーい!」
お袋はすぐに戸を開ける。
「こんにちは、お休みのところ、突然すみません」
お袋の背中で見えないが、聞きなれた女の声がした。
「はじめまして。私、神野レンと申します。先々週、そこの青い屋根の家に越してきた者です。大和さんと仲良くさせて頂いております」
「ええ、昨日息子から聞きました。あの子、最近珍しく学校に行っていると思ったら!こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「ありがとうございます。お邪魔します」
そういって玄関に入ってきた女は、膝丈のブルーの襟付きワンピースに、髪をハーフアップにして、マドレーヌ屋の紙袋を両手でキュッと持って、ザ・令嬢感を出していた。おいおいこりゃ誰だ。普段のあのワイルドさはどこにいった。
「レンさん、今日全然サファリじゃないじゃん」
「サファリ?」
お袋が首をかしげる。レンさんにジロっと睨まれる。
「レンさん、いつも探検家みたいな恰好して植物ハンティングしてるんだよ」
「あらぁ。そうなの? 想像つかないわ」
レンさんと話し始めたお袋は上機嫌だった。レンさんも楽しそう。歳は倍ほど離れている2人だが、「俺」という共通の話題で大いに盛り上がっていた。
「こう見えてこの子、優しいんですよ。ほら、うち母子家庭でね、私は働いてるんだけど。私が帰ってくる前に晩御飯を作って待ってくれてるんです。洗濯もしてくれてね」
「えらい。大和くん偉すぎます。今どきそんな男子高校生いないですよ」
「そうでしょ?学校はサボるし、喧嘩はしてくるし、見た目もほら、こんな金髪にしちゃってねぇ。ヤンチャの盛りですけど、根はいい子なの」
「わかります。この不良っぽい見た目では隠しきれない優しさ、ありますよね」
「わかる?それにね、この子、モテるんですよ。中学の時なんかバレンタインにチョコレートを紙袋いっぱいに詰めて持って帰ってきてね。私も一緒に食べちゃったの」
「さすが!大和くん、細かいところによく気づくし、優しいから女の子達も好きになっちゃうんでしょうね」
「レンさんから見て大和はどう? まだまだ子供だけど。いい男になりそう?」
「おいやめろよ」
「今でもいい男です、大和くんは」
「あら!ならその……2人は歳が離れてるし、今は大和がレンさんのお仕事のお手伝いをしてるということだけど、これからその、恋愛関係に発展したりする可能性はあるのかしら」
「お袋いい加減やめろって」
「そうですね……」
レンさんは少し悩んだ顔をして、それから何かを決めたように、キリッとした顔をした。
一体何を言い出そうとしているんだ。ドキドキして言葉を待つと。
「安心してください。息子さんを襲ったりはしません!」
至極真面目な顔をして、レンさんはお袋の目をまっすぐ見つめた。お袋は空気砲でも喰らったかのような顔をしている。
「大事な大和くんの貞操を奪うようなことは決してしません!その点は!ほんとに!安心してください!」
お袋はハッと我に返り、それから勢いよく笑い出した。
「レンさん!あなた!それは男のセリフじゃない?」
「いえ、私の方が年上ですから!年長者がしっかり責任を持たなければ」
「あはは。しっかりしてるんだか、ブっ飛んでるんだか」
お袋は笑いすぎて目に涙をためている。
俺は自分の手を眺めてやり過ごすことに徹底した。
爪、伸びてるな。切らなくちゃ。
レンさんが帰った後もお袋は笑っていてた。
「大和、あんたすごい人を見つけたね。手当してもらったのが出会いだなんて、怪我した甲斐があったわねぇ」
もちろん、お袋には超能力者だということは話していない。
「レンさんとなら、母さん安心だわ〜」
「はぁ。まだ会って一週間なんだけど」
「でも大和が毎日学校に行っちゃうくらい、大和にとって存在感のある人なんでしょ」
「まぁ。勉強教えてくれるし。怪我治してくれるし」
「美人だし」
「面白いし」
「ま。大和が楽しいならなんでもいいわ。でもそうね、いくら相手が社会人で襲ってこないと宣言しているとはいえ、男のあんたがしっかりするのよ」
「うるせぇよ」
それにしても、なんだよ急に……。
まだそんな気配はちっともないのに。というか男女のそれみたいな空気、あの人から感じたこと一度も無いのだが。いつも隙だらけだし、俺のことはせいぜい近所のよく遊びにくるヤンキー高校生くらいに認識されてるのかと思ってたけど。
もしかして、それ以上に思ってくれている……?
少しは期待していいのだろうか。
と思って翌日。買い物に行く途中にレンさんの庭をのぞいたら、あのツワブキがジャングルガーデンの仲間入りをしていた。丸っこいツヤツヤした葉の間から、黄色い菊のような花がぐーんと伸びてきている。あれ、ツワブキ、花が咲くのはたしか冬じゃなかったか?
スマホで検索してみると、まだツワブキの花が咲く時期じゃない。レンさんがまたチートパワーを使ったのだろう。
検索画面に出てきたツワブキの花言葉に目がいく。
「愛よ甦れ」
愛よ甦れ、なんて花言葉があるのか。甦れ、というのは、愛は今死んでいる、ということか。
レンさんにも失われた愛があったのだろうか。あの人、今までどんな恋愛をしてきたんだろう。そういえばあのレトロな写真の男、結局誰だったんだ?