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第28話 毒草使いの弟子

 怒涛の林間合宿を終え、穏やかな日常が帰ってきた。


 闇堕ちした幼なじみを毒殺するため、日々近隣の植物を集め研究し、時にヤバい現場を見てしまった無関係な人に催眠薬を盛る。そんな健気な女を観察して。

 ガラの悪い連中に絡まれて思いっきり殴り飛ばし、殴り返され怪我をして。

 

 窓から見える空は青く、部屋には秋の涼しい風が吹き込んでくる。

 なんて穏やかな日なんだろう。


 レンさんの家、リビングのソファに寝転がる。いつのまにかこの家には俺の私物が増えていた。

 お泊まりセット、制服のシャツの予備、レンさんに押し付けられた「初めての投資信託」とかいう本、レンさんに押し付けられたガーデングローブ、剪定バサミ、シャベルにスコップ――


「大和くん。働いて得られるお金って限度があるのよ。どんなに高収入なお仕事でもね。でも、お金が稼ぐお金って、限度がないのよ。つまりね、投資。資産を増やすためには投資を学ばなくてはいけないよ。それと大和くんはそろそろ植物を育てたほうがいい。庭に大和くん専用栽培スペースを作るから、今度の週末一緒に園芸店に行って選ぼう」


 そう脈絡のないことを言って、庭を整えに行ってしまったレンさん。さりげないデートのお誘いに胸が躍る。

 にしてもあの人の口から投資なんてワードが出てくるとは。大丈夫か。やばい詐欺にでも引っかかってるんじゃないか。


 そんな心配をしていた時。テーブルの上に置いてあったレンさんの携帯電話が鳴った。

 画面を見ると、「弟子②」からの着信。


 あ゛あああー??

 

 自分が「弟子」で登録されているのは知っていた。

 だが!いつのまにか弟子②ができてるじゃねぇか……!いったい誰だ?安田か?


 俺は静かなる怒りを抑えながらも、リビングの窓から庭仕事に勤しむレンさんを呼ぶ。


「レンさんー、弟子②から電話です。俺出ちゃっていいすか」


「②?いや、私が出る!そのまま待ってて」


 レンさんは慌てて戻ってきて、俺の手から電話を優しく引ったくり庭の奥へいってしまった。聞かれたくない内容なのだろうか。しばらくして戻ってきたレンさんはせかせかと外出の用意を始めた。


「急用ができた。出かけます」


「②に会うの?」


「それは言えない。でもとにかく行ってきます。大和くんは帰る?」 


「うん。どこまでいくの?送ってく」


「いいよいいよ、ありがとね」


 慌ただしく動くレンさんの後ろに張り付いて、その細い腰に腕を絡める。


「レンさん、今日全然イチャイチャできてない」 


「彼氏面しないの」


「どうしたら彼氏にしてくれる?」


「急いでるから!」


「急いでない時ならいいの?」


「ダメ!はい、出ます」


 どこかへ走っていくレンさんを見送る。こっそり尾行しようと思ったが、奴はいきなり他人の家の塀を乗り越えて行きやがったので、見失う。


 仕方がないので安田に電話をかけた。


『大和君?どうしたの?』


「お前、②じゃねーよな?」


『はい??』


 安田は違ったらしい。


 謎の②の正体を探るもわからない日が続き、とある日、高校の教室、ホームルーム。


 今日は席替えをした。窓側前から2番目、隣は安田じゃなくなっちまった。

 振り返ったら、廊下側一番後ろの席で伸び伸びイキイキとした顔をする安田と目があった。が、すぐに逸らされた。なんで逸らした。


「大和君。よろしくね」


 隣は青木美玖になった。前に安田が美少女降臨とか騒いでた女。おーとかなんとか適当に返事をすると、青木はにっこり笑って、洒落た小さな紙袋を渡してきた。


「なに?これ」


「お隣さん記念!大和君にあげる。あけてみて!」


「?……お。サラサじゃん。3本も入ってる」


「大和君がサラサの書き心地が好きだって言ってたって、安田君から聞いてね。私、前に間違って沢山買っちゃって大量に余ってたの。よかったら使ってくれる?」


「おー。助かるわ。ありがとう」


「どういたしまして!」

 

 サラサを大量に買いすぎる女とは。


 席替えの後は体育祭の話し合いが始まった。どの種目に誰がエントリーするか。クラス対抗戦ということで、担任の真島が一人燃えている。


「青木、適当に俺の名前出しといてくんね?タルいから俺帰るわ」


「え!帰っちゃうの?……種目、希望はある?」 


「卓球以外ならなんでも。ちまちましたやつ苦手」 


「了解!」


「青木!了解じゃない!橘!帰るな!」


 ビシッ!と真島に指を指されるが、構わず席を立つ。


「橘!いいのか、お前、ここで帰っても」

「なにが」 


「今年の球技祭は数年ぶりに観覧者席が作られる。保護者や近隣の方々が参加できる、坂上高校伝統の競技も復活だ。その日、学校外の人間がここに沢山来るんだ」

「それがなに」


「つまりだ。スポーツに燃える男の雄姿を、『誰か』に見てもらえるということだ」

「はあ」


「いいかお前ら!」


 バシンッ!真島が教卓を叩く音に、教室中が肩をビクリとさせる。真島のすぐ後ろで黒板にエントリー種目を書いていた体育委員がチョークを落とす。


 真島は至極真面目な顔で教室を見回し、体育教師らしく暑苦しく、語りだした。


「スポーツで活躍できる男はモテる。無条件にかっこいい。そう、顔も普段の成績も!スポーツマジックの前には何者も及ばない!真島裕也、29歳!俺は……俺はこのクラスと共に頂点を目指したい!

 そして……見に来た綺麗な姉ちゃんに、あの先生素敵~連絡先聞いちゃおうかな♡と言われ!長年の合コン生活にピリオドを打つ!……だから、お前ら、力を貸してくれ!俺の婚活のために!」


 しばしの沈黙のあと、真島は、力を込めて、さらにこう、言い放った。


「俺は……卒業したい。このまま魔法が使えるようになる前に……卒業したいんだ……!」


 その心からの、曇りないまっすぐな言葉に、男どもは胸を打たれたのだった。


「真島……!」


 クラス委員の男が立ち上がり、真島に惜しみない拍手を送る。

 そしてそれに続き、立ち上がり拍手を送る男達。

 

「いいぞ真島!」「ガンバレ真島!」「ドンマイ真島!」

 

 あきれる女子。

 

「俺の夢は!願わくば逆ナン!おねーさんからの逆ナン!お前らも逆ナンされたいか!」


「されたい!」

「サレタイッ!」


 安田がちっせー声で同調しているのを、俺は見逃さなかった。

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